それぞれの考え方
次の日、朝早く目を覚ました。
寝るのが早かったのもあるけれど、それ以上に部屋の中でそわそわして動いてる人物が気になってしまった。
「おはよう」
「あ、おはよう。ごめん、起こしちゃった?」
「いえ、大丈夫。それより、少しは落ち着きなさい」
「うっ、そ、そうなんだけど。どうにも、緊張して」
まあ今日の朝食後にって言われてるから仕方ない部分もある。
しかも、本人からすればどんな姿になるか想像もつかないわけだ。
いや、それを言うと私も想像は女ということ以外はついてなかったけど。
だけど、案外決意はすぐに固まったのは2人がいたからか。
敬はそういう人がいない。私と大きく違うのはそこだと思うけれど、やっぱり精神的な安心感は違うのかもしれない。
「無責任に大丈夫って言えないけど。少なくとも私はあなたが戻ってくるのを待ってるから」
「う、うん! ありがとう、水琴!」
「礼を言われるようなことじゃないわよ」
これで安心させられたかはわからないけれど、敬は落ち着きを取り戻した。
そして、予定通り朝食後にガズさんに連れられて地下へと移動していった。
私といえばやることがなく時間を持て余している。
他の人にしても似たような状態らしい。
今のところ私含めた3人ともうひとつ別のクラスの仲がいい3人グループが魔族となり、残りの3人は決め兼ねているか受けないことを決めたという状況だ。
ただ、そ残りの3人と仲が良かった1人が単独で魔族となることを決めて、敬と一緒にいったらしいので、ここにきた11人の行動方針はこれでまとまったともいえる。
まあ魔族になった後に、どうするかまでは把握していないので何も言えない。
「うぅん……敬が戻ってくるにしても早くてもお昼頃よね。それまでが問題なのよ」
ちなみに美奈は自分の翼で空を飛んだり、構造が少し変わった足で動くことに慣れるために城の中ある訓練場にいっているらしい。美香はそのつきそいだ。
私も行けばよかったかな。
そう思いながら泊まっている部屋があるフロアの廊下を歩いている時だった。
「あ、こ、こんにちは」
「こんにちは」
三つ編みのあの子とばったり出会った。今残ってる人から推測すると、人間のままの3人組はこの子のグループか。
「え、えっと……あの、人間の方ですか?」
彼女は私を見るとそう聞いてくる。
まあ、たしかに色白ではあるけど角が生えているわけでもないし翼があるわけでもない。人間かもしれないと思う人もいていいのか。
「一応、元人間ね」
「えっ!? あ、あれ、でもあなたみたいな方に見覚えが……」
「まあ、元男だからね」
「えぇっ!? そ、そんなことまであるんですか!?」
「あるみたい。実体験したから、それは言えるわね」
彼女はそれを聞くと、何やらブツブツと私には聞こえないような声でつぶやきだす。
その雰囲気は現実逃避をしているかのようにも見える。
「あの……えっと……私は深山水琴っていうのだけれど」
「えっ? は、はい。私は比嘉美園といいます」
「美園って呼んでもいい?」
「そ、それはかまいませんけど」
「それじゃあ、美園。ちょっと私と話さない? この先にお茶できる部屋があるのよ」
「は、はぁ……私とですか?」
「そう、あなたとよ。それじゃあ行きましょう」
私は少し強引に彼女の手を引っ張りながら、フロアの奥の部屋へど移動した。
部屋の中にはティーポットやコンロのように使える道具等が揃っている。
「こ、こんな場所が」
「ガズさんが教えてくれたのよ。今は時間の使い方にも戸惑うだろうし、互いに話をする場所も必要だろうって。この道具もわざわざ用意しておいてくれたみたい」
「あの黒鎧の方が……へぇ」
「ちゃんといれたことがないから、そんなに美味しくはできてないかもしれないけどどうぞ」
私は一般家庭でもできた簡易的な方法で紅茶をいれた。
「ありがとうございます」
自分の分もいれて彼女の隣りに座る。部屋は元々会議室か食堂だったのか、向かい側だとかえって話しにくい。
「あの、それでお話というのは?」
「なんでも良いわよ。ただ、まだ話したことなかったから話してみたかっただけだから。それに、時間も持て余していたしね」
「そうなんですか? そ、その、そういう姿になったらやることがあるものとばかり」
「いずれはあるでしょうけど、まだここに来た人たちの全員の意思確認が済んでなかったり、色々と環境を整えてくれてるみたいだからね。ガズさん、かなりお人好しだと思うわよ」
「人は見かけによらないってことですね」
「そういうことみたい」
会話がそこで途切れてしまう。
緊張しているのかもしれないけど、それ以上に話題が見つからない。
元の世界のこととかを中心に話しても、暗い話題になる可能性もあるし選べない選択肢の方が現状多い。
「私に聞きたいこととかある?」
「へっ? えぇと、そうですね」
この話題は外れだったみたい。
「いきなりごめんなさい。それじゃあそうね……そういえば、1人で廊下にいたけどどうしたの?」
この時間だと朝食帰りにしては遅い気がするし、それこそ一緒にいるものと思う。1人でいたのには違和感があった。
「ちょっと、考え事というかがあったもので」
「考え事?」
「はい。ここにきてからまだ数日ですけど、色々有りすぎて」
「それはたしかにそうね」
「特にその……人間を辞めるとか言われてもピンとこなかった部分もあるんですけど、だけどこの状況自体が非現実的で、本当にそうなるかもと思ったりすると、安易に決断してはいけないと思ったんですよ。それに戦いに巻き込まれるみたいなこともいってましたし」
そういえば、すぐに元の世界には戻れないということを聞いたのは彼女だった。
最初は現実と受け入れられなくても、それでも現実だった場合を考えての質問だったのか。
「そして昨日の夜だったんですけど、別のクラスの男子とばったりあったんです。去年まで一緒のクラスだった」
「そうなの?」
「はい。ただ彼は魔族になってまして。話し方とかは同じだったんですけど見た目は完全に変わっていて、それを見た瞬間に、魔族になるっていうことを理解してしまって」
「ちなみにだけど、どんな姿だったか聞いてもいい? 私もなりはしたけどこんな姿だし、同じクラスだった2人は人間の雰囲気は残ってるから」
「彼はリザードマンになったと言ってました。実際にトカゲ人間と言いますか、そんな雰囲気の姿になってて最初は誰だかわからなかったです。だって、顔もトカゲで人であった名残なんて話し方と立ち振舞くらいしかないんですから」
リザードマンか。たしかに、それは人の原型はないに等しい。
でも、リザードマンは魔族なのか亜人なのかって、私の中だともやもやする立ち位置なのよね。
「それで私はあんな風になった自分が自分じゃなくなるんじゃないかって少し怖くなったんです。でも、その夜に同じクラスの友達の1人が自分は行くって言って……4人で一緒だったんですけど、他の2人も少し考えてみたいっていいはじめたので、私にそれを止める権利はないとおもって……それで、ちょっと1人でいました」
「そういうことだったのね」
「あの、さっき言ってた聞きたいことでひとつあるんですけど」
「なにかしら? 私でいいならだけど」
「その、魔族になるってどういう感じなんですか」
これは難しい質問がきた。だけど、彼女は少し体を震わせながらも私の方をまっすぐに見ている。ごまかすのもよくない気がする。
「私の場合だけど、男だった記憶とかそういうのはちゃんと残ってるわ。ただ、見ての通り女の子の口調になったりみたいな影響はあるみたい。種族によるものともいっていたけどね」
「そう、ですか。その、自分が自分じゃなくなってしまうとか、そういう感じは?」
「少なくともそれはないわね。ちゃんと自分が元男でこの世界とは違うところからきたってことも覚えてるし、それに違和感は感じない。男が女になったってことはあるけど、水琴という自分が水琴じゃないって風には思わない……って答えでいいかしら?」
「は、はい。ありがとうございます」
「役に立てたならいいけど」
「もちろんです。その、私のことは決断できないけど、友達の邪魔をしちゃいけないって気持ちがあって、それと同じくらいに1人にしてほしくないって気持ちもあって……だけど、ひとまず皆に何を言われても受け入れようと思えました」
「それならよかったわ。まあ、姿形が変わっても友情は変わらないはずよ。自分が自分だということを忘れなければね」
「はい! あ、そういえば愚痴みたいになってしまってすいません」
「いいのよ。私から誘ったんだし」
「なぜか深山さんには話しやすかったです」
敬もだけど、私ってそんなに相談役とかに適しているのかしら。
「紅茶なくなっちゃったわね……これから予定は?」
「もう一度……自分の考えと向き合って、2人とも話してみたいと思います」
「そう。それじゃあ頑張って。まあ、また何か話したり聞きたいことがあれば私とか他にも聞いてくれる人はいるはずだし、何か要望があればガズさんにいえば聞いてくれると思うわ」
「わかりました! ありがとうございます」
「それじゃあ……片付けは私がしておくから、頑張って」
「はい!」
彼女は何か吹っ切れたようにそう返事して、部屋を出る時に私に改めて一礼してから部屋を出ていった。
「ふぅ……そうよね。そう簡単なことじゃないわよね」