ダークエルフ
「これは少しまずいことになった……」
「どうしたの? 戻ってきた矢先に」
数日後。戻ってきた平和な日常をしつつ城下町をまずは建て直す準備を始めようとしている時のことだ。
ガズさんがあちらの城から戻ってきた矢先に、私にそんな事を言った。
「召喚の儀式についての様々な解読を行っていたのだがな」
「もったいぶらずに言ってくれない?」
「簡単に言うと、勇者のことだ」
「なんで、勇者の話になるの。私達は魔王に召喚されたから勇者とは違うのよね?」
「まあ、たしかに種類は違う。しかし、できるだけ早い帰還方法の確立ということになれば召喚魔法全体についての解読も必要と考えていてな。その中で勇者の召喚魔法についての情報の一部を知ることができた」
「へぇ……それがまずいことなの?」
「勇者召喚を行った魔法陣とその魔法陣を起動させた魔術師達は、召喚した勇者に関してのみ魔力を感知できるらしい」
「つまり……?」
「勇者が生きていることがバレた場合、人質だとか色々と悪評を流されていく可能性がある」
「それは……でも、死んでも同じことじゃないの?」
「良くも悪くも死んだならば、相手はそれほどに強いだとかですむ。攻め込んできたのが自分たちなのはわかっているからな。たまに、命の尊さをといて無慈悲にも勇者を殺したとかいいだす国もあるが、そういう国は大抵は洗脳に近い形の国家ができあがっているから、どうにもならん」
「そういう国に対しては諦めて相手するしかないってわけね」
「そういうことだ。まあ、それで魔力感知は死亡するか魔力が変質しない限りは相手にバレてしまうらしい」
「魔力の変質?」
「魔族化・アンデット化・魔物化など色々あるが、ようするに勇者の魔力が別の質の魔力に飲み込まれて変質することだな」
「なるほどね……あの私達を変えた水晶は使えないの?」
「あれは魂の適性にあわせると説明したな。だが、勇者の召喚術だと予想だが神の加護がかかっている可能性がある。つまりはそれに無意識的に抵抗されたりな。昔、人族の神官が逃げ込んできてあれをつかったが、弾かれてしまった」
「その人どうなったの?」
「最初は落ち込んでいたが一ヶ月後には、性の邪神のダークプリーストとなっていて、魔力も変質していたな」
「堕ちたのね」
「まあ、ある意味で適性に近いとも言えるがな。ようするにあの勇者が生きていることがバレてしまうと厄介だというわけだ」
「事情は理解したわ」
要するに相手にこちらを攻める上で団結を強めかねない理由を与えてしまうってことか。
「ちなみに、この世界での捕虜の扱いってどうなってるの? 私の世界だと、白旗で伝わるかわからないけど降参した相手への追撃は社会的に責められることもあった覚えがあるの」
「わりと雑だな。完全に国によりけりだしそれがまかり通ってしまっている」
「何か理由があるの?」
「自分の種族を一番とする国の中でかなり過激思想を持っている国があった。その国は他種族は奴隷にする価値もなく存在が許されないと、降参しようと捕まえようと殺していたし、挙句の果てに敗戦して捕虜となった自国民ですら、相手国を攻める際に『別種族に負けるような者たちに価値はない!』といってな」
「ひどい話ね……」
「その時代の風習や種族間の考えの違いが未だに残っていて、人道的国ならば捕虜にしたり交渉によっては生きて帰れるが、場合によってはというところだ」
「人族の勇者を召喚した国は少なくとも、そこをついてくる可能性があるのね」
「そういうことだ」
でも久喜を殺すわけにはいかない。
何か方法を考えないといけないということか。それに、これはこれからさらに勇者が見つかった際の対策としても絶対に解決しなければならない問題だ。
「ちなみにまずいことなったって言ってるってことは解決法はまだわからないのよね?」
「考えている所だ。魔力の変質は魔族の得意分野だが、神の加護をどうアプローチすればいいのかが問題になる」
「魔力の変質に必要な要素は?」
「魂そのものから魔力は生まれている。もちろん体の器官的にも魔力器官は存在しているがな。だから、魂にアプローチできればいいのだが。人間相手だと無意識の抵抗も存在する」
「それって、相手が受け入れていればやりやすい?」
「そうだな。君たちの変質に同意を求めたのもそのためだ」
「じゃあ、私がやるっていうのは? 戦っている時にも軽い洗脳はできたし、一度は入ってる……のは関係ないか」
「いや、一度入ったことがあるのはでかい。それならば、ミヤマ君にまかせるのも有りな選択かもしれんな」
「それなら、とにかくやってみましょう。大事になる前に」
私達はすぐに準備を始めた。
少し時間が過ぎて私は王の間に久喜を呼んだ。
この場にいるのはガズさんと久喜に私、そして魔法の知恵があるリュリアとメイドの1人だ。
「もしもの時に備えて我々は待機しているが。基本的には君たちにまかせる」
ガズさんんはそう言った。
王の間の中央に魔法陣を書いて、私と久喜がその中心に立っている。
「久喜……さっき説明したとおりよ。無茶かもしれないけれど、私のことを受け入れて」
「わ、わかった……大丈夫!」
「正直、どんな姿になるかは私にもわからない。ただ、絶対に一緒にいるから」
「うん……!」
久喜はそう言って覚悟するように目を閉じてその時を待つ。
「それじゃあ始めるぞ」
ガズさんの合図でメイドの1人が魔法陣に両手を突く。
魔法陣は触れられた場所から徐々に光を広げていって私達を包み込んだ。
私はそれと同時に久喜の額を自分の手で触れる。
「いくわよ……」
自分に言い聞かせるように呟いた後に、私の目を閉じて意識を集中させた。
私の一部がどこか浮遊感のある空間へと入り込む。おそらく久喜の意識の中だ。
私は久喜の魂を目指して一気に進む。ただし、洗脳の時のような強引な方法だと一時的な潜り込みが限界らしい。
私はとにかく深くに入り込むようにして久喜の魂を目指すが、その途中で見えない何かにぶつかった。よく見ると奥がぼやけている。
「ぐぅっ!」
「加護の壁は壊しても問題ない! そこは強引にいけっ!」
外から聞こえる声を聞いて、強引に霊体の拳をぶつけると割れるような音とともに視界が鮮明になる。
さらに奥へと進んでいくと、最後に人の頭ほどの大きさの球体にたどりついた。
「球体があったわ。これ?」
「それだ! 魔力をゆっくり流し込め!」
私はその球体に両手で触れて魔力を送り込む。
すると少しずつ球体の色は紫色に染まっていき、周りの空間も変質していく。
しかし、最後にもう少しといったところで魔力に抵抗するような重さが襲いかかってきた。
「もう少しなのにっ!」
『こわい……やっぱり怖いよ』
その時、声が聞こえた。
空間に響くような久喜の声だ。
「久喜……?」
『これからどうなっちゃうかもわからなくて、それなのにこれ以上私じゃなくなるかもしれないなんて、もう変わりたくないよ。1人になりたくない』
外の久喜は目を閉じたままで声は出していない。おそらく魂の奥底に眠ってた、本人も無自覚な恐怖だ。
そうだ。久喜はエルフになって自分だと認識しても、本当なのかと思ってしまうような姿だったんだ。これ以上の変化なんて怖いに決まっている。
でも、このままだともっと大きなことになって、久喜のことだって守れなくなる。引き渡さなければならない状況だってある。それは嫌だ。
「久喜……私だって嫌よ。久喜とまた離れるなんて嫌よ。今まではあんまり話したことはなかったかもしれないけど、この世界でまた会えて嬉しかった。皆だってそう思ってる。絶対に1人になんてしないわ!」
『でも……そんな口だけの約束じゃ、わからないじゃない!』
「なら、口だけじゃない理由があればいいのね!」
『それは――』
私は外に意識を戻して久喜の額にあった手を後頭部に移して抱きせる。そしてそのまま唇を奪った。
「『み、深山くん!?』」
すごい、魂の声と現実の声が重なった。
「これで、責任とってもらうまで私を離すわけにはいかないし、私も離れられないでしょ?」
「な、なに、突然!?」
『なんで……そんな……!』
「もっと欲しい?」
『そ、そんなんじゃ!』
「じゃあ、私で染め上げてあげる。だから受け入れなさい!」
『い、いや、なんで! 染められるのがさっきまで怖かったのに、気持ちいい!』
私は球体に最後に魔力を奥深くまで送り込んで染め上げた。
その瞬間に空間も変質が終わって私は強制的に意識を外に戻される。
「や、やった?」
「ぁ、あっ!」
すると、抱きしめてた久喜の体が少し震え始める。
「な、なにこれ、変な感じ!」
「受け入れるのよ。全部」
「う、うん……あぁっ!」
ゆっくりと肌の色が日焼けしたように染まっていき、久喜の姿はダークエルフに変わった。肌の色以外は特に変化はなかったけれど、魔力の質はたしかに変わっている。
「成功だな。それに、大きすぎる種族の変化もなかったようだ」
「ダークエルフは魔族なの?」
「区分は曖昧だが、人族の多くは魔族としてしまっているな」
ダークメイジとかダークプリーストとか曖昧な種族も多いのね。まず種族っていっていいのかもよく考えたらわからない。
「深山くん!」
「わっ!?」
「ありがとう! これで、もう大丈夫なんだよね?」
「そうよ。これで、ちゃんと私達といれる」
「よかった! これからもよろしくね」
「もちろんよ」
「あ、あと、その……水琴くんってこれから呼んでいい?」
「ん? 別にいいけど」
「やった!」
なんか若干性格が変わったような気がしないでもないのだけど。
「ガズさん、本当に成功?」
「成功だぞ」
「洗脳かけちゃったとかやりすぎちゃったとか」
「魔王の適性で魔族に好かれやすいのもあるが、あんなキスを自分のためだけにされたらときめくものだろう」
全身黒鎧の人にときめきを説明された。
「ふふふっ」
「久喜……今更だけど、私も名前で呼んでいい?」
「もちろん! 一回一回呼ばれる度に、私は水琴くんと繋がってるって思えるし」
あれ、なんかやばい気がする。
「ひ、ひとまず、結構体力使ったし休みましょう。そうしましょ? ね?」
「水琴くんがそういうなら」
目的は達成したのに新しい問題が浮上した気がした瞬間だった。