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エルフの勇者

 戦いが始まってから20分程度たっただろうか。

 外での轟音は収まりはじめて、城の1階から金属同士がぶつかる音が響き始めた。


「そろそろくるかしらね?」


 王の間の椅子に座りながらその時をまっていた時、扉が開かれた。


「はぁ……はぁ……」

「随分お疲れみたいね」


 うまい具合にグランが誘導してくれたみたい。

 そこには耳の長い金髪のエルフの少女が1人だけ息を荒くして立っている。


「あなたが魔王…………」

「だったらどうするの?」

「倒す! 元の世界に帰るためにも!」


 まだ遠くで顔がよくわからない。少なくともエルフになっている時点で、ある程度変わってるかもしれないしどうにか名前だけでも聞けないか。


「はあっ!」


 私がそう考えているうちに、彼女は身につけていた短剣を抜いてこちらへと向かってくる。

 背中には弓を背負っているけど、使う気はないらしい。まあ、弓なんて簡単に使いこなせるようにはならないか。ましてやこの距離で一対一をするなら短剣の方がいい。

 私は彼女の攻撃を見極めて回避した。

 その後、身軽さを活かして攻撃を続けてくるけれど、やはり疲労があるのか簡単に見切れる。

 少しすると、彼女は私から距離を取って構えを取る。息は更に荒くなっているのがバレバレだ。


「次はこちらから行くわよ!」


 私はそう言って地面を強く蹴って一気に距離を詰める。

 予想外の速度だったのか驚きの表情が見えたその顔を私はそのまま右手でつかむ。


「ふふっ、ほらほら抵抗しなくていいの?」


 私の今の目的は攻撃ではない。私は相手の魂の中へと干渉を開始した。


「ぁっ! ぐうっ!」


 流石にそれには抵抗を見せて短剣で斬り払うようにされたので、後ろに下がる。


「ところで、1つ聞きたいんだけど。あなたの名前は何ていうのかしら?」

城原久喜(じょうはらひさき)……えっ、なんで私!?」


 どうやら上手くいったようだ。洗脳ってどうすればいいのかまだイメージつきにくいけど、ひとまず簡単に質問に答えさせるくらいの方法はわかった。

 まあ、今回は彼女が披露してたから成功したのもあるけど。

 そして、城原久喜は予想外の名前が出てきたわね――私のクラスの学級委員じゃない。

 改めて目の前にいる彼女を顔を見てみる。

 そう言われればたしかに面影がなくもない。ただ、彼女は結構生真面目な性格で、黒髪にメガネのイメージが強かった。

 金髪でメガネもない美少女エルフになっているせいで、初見がわからないわね。


「髪なんて染めちゃって、不良になったわね」

「これはこの世界に来た時にはすでになっていて、勇者となった以上仕方ないって……え? なんで魔王がそれを知ってるの!?」

「なんでかしらね~」


 久喜とはそこそこ話したことがある仲だから、やっぱりあんまり手荒な真似はしたくない。


「くっ、馬鹿にしてるの!?」

「そんなことないわよ」


 まあ、ひとまずはもう少し疲れさせちゃうのがいいかしら。部屋の罠に誘うなら、攻撃とかに集中させたほうがやりやすそうだし。


「でも、そんなに話に驚いてばかりだとこうやってまた近づかれちゃうわよ」


 私は再び間合いへと飛び込んで、今度は単純に肩に振れる。魔法を使うわけでも強くおすわけでもない。

 けれど、警戒してた彼女は大きく反応して振り払ってくる。


「くそっ! なんで、こんなに!」

 攻撃が当たらず警戒してもすぐに間合いに入られてしまって、久喜は自分へのいらだちと恐怖が混じり合った感情に襲われているだろう。

 少なくとも冷静とは言えないはず。


「ふふふっ、ほら早く来なさいよ! それでも勇者なのかしら?」

 私はそこで挑発してみる。


「くっ、それならお望みどおり!!」

 久喜は感情に流されてか一気に踏み込んで私に接近してくる。ただ短剣の動きはかなり直線的で、回避するまでもなくいなしてしまえた。


「な、なに!? 何をしたの!」

 久喜は状況把握すらままならなくなってきたのか混乱し始めたようすだ。特に何をしたわけでもないけど、もしかして戦闘訓練の回数もかなり少なくて、攻撃を回避されることには慣れても、流されることに慣れていないのか。

 ただ、ここは魔王らしく挑発しておきましょう。あちらは私の事なんて未だにわかってないみたいだし。


「ここは私の城の王の間よ? 何をしたどころか、何でもできると思ったほうが良いんじゃない?」


 実際には私じゃなくて待機しているリュリアの援護だけど。

 今は私の力だけでもどうにかなってしまっている。


「まおおおお!!」

 久喜はヤケになったのか私にさらに突撃ともいえる動きを見せてきた。


「そろそろ終わりにしましょうか」


 意識も完全にこちらに向いている。今なら確実に落とせる。

 私は魔力を込めて指を鳴らす。その瞬間、音と魔力に反応して久喜の足元を含めた床が大きく開いた。


「なっ!?」

「それじゃあ、暗闇のなかへいってらっしゃい」


 最後に私の方を見ていた久喜の顔は今にも泣き出しそうと言った雰囲気だった。


「いやあああああ!」


 女子らしい悲鳴と共に彼女は落とし穴の中へと消えていった。


「ふぅ……それじゃあ、少し休憩してからあの子に会いに行くとしましょう」


 私は背伸びをして王の間の椅子に座る。

 すると待機していたリュリアがでてきた。


「あたしが出る幕はなかったわね」

「近くにいることがわかっているだけで、心に余裕がでるわ」

「そう言ってくれると嬉しいわ。しかし、流石に攻めるには練度不足よね」


 リュリアはそう言って私の横まできてローブから水晶玉を取り出す。

 水晶玉が淡く光ると、どこかの風景が映し出される。


『ふぅ……これにて終了』

『これで最後か』


 1階で戦っていたグランと城下町跡地にいるガガだ。周りには倒れた兵士の姿がいくつもある。

 どうやら問題なく勝ったらしい。


「これにてミコト様の初戦闘は勝利ね」

「どうにかなってよかったわ」

「後片付けはあいつらに任せておいて良いと思うわ。あたしは隠れている皆のほうにいってくるから」

「ありがとう。リュリアが戻ってから牢屋に行きましょう」


 落とし穴の先にある地下の牢屋。久喜が落ちた場所だ。

 大怪我はしないように設計したと聞いたけど、心配だからね。

 リュリアが王の間から出ていくのを見送ってから、椅子によりかかって少しの休憩に入った。

 本当に何事もなく終わってよかったわ。

 私はこの時、心の底からそう思った。


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