不穏な気配
城を移動して数日が過ぎた。
城内の掃除もすみ、この世界についての勉強などもゆっくりとだが始まっている。
そんなある日のことだ。
「水琴様、少しお話が」
「どうしたの。グラン」
この城に来て私達に文字と魔族について教えてくれている初老のワーシープのグラン・マクダルが話しかけてきた。
ワーシープは人の姿を多く残しつつ手足や腰に羊毛などの羊の雰囲気がある獣人魔族だ。頭にも巻角が生えている。ちなみに、羊の要素と人間の要素どちらが強いかは個体差があるらしい。グランは人間のほうが多い。
「ここから一番近くにある人族の小国で不穏な動きが見られているそうです」
「不穏な動き?」
「はい。魔族国との戦争の中ではありますが、あの小国は前線に兵を送ることや物資を届けるには些か負担が大きく、今までは自立していた国です。しかし、何やら外からいつもよりも多くの物資が届いていたと」
「そうなの……というか、斥候いつのまに?」
「いえ、ガズ様の城にいる時より付近の国には定期的に調査を行っています」
「そういうことなのね。でも、それでどう対策すればいいのかってところよね。まず、ここに私が来たことがバレてるかもわからないし」
「ですが、頭にとどめておくだけでも大きく違いますので」
「わかった。ありがとう……そうね。ひとまず、もう少し詳しく調査してみてくれる?」
「わかりました。精鋭を送ります」
そう言うとグランは去っていく。
呼び捨てとかはともかく、やっぱり年上からこういう風に扱われるのは慣れない。
私は城の外にあったスペースに作った訓練場へと移動する。
そこには美香と敬がいる。
「調子はどう?」
「あ、深山。まあ、ぼちぼちってところ?」
美香は巨大な棒を藁で包んだカカシ相手にぶつけていた。
「武器なんて使ったことないからね。でも動かないとそれはそれで鈍っちゃいそうで」
どうやらミノタウロスの体になってから、体力を余してしまっているらしい。
そんな時に自衛術の一貫で武器の扱いを習う段階で、ひとまずは棒からということになった。ただ、棒というよりは丸太に近いぐらい太い。
「敬、調子はどう?」
「あ、水琴。まだ地面の外にでると難しいな」
自分の根を動かしながらそう言ってくる。
敬はここで自分の体を使いこなす練習を毎日のようにしているらしい。私は毎日は来ていないからわからないけど、たしかに動けるようになっているのはわかる。
その後、2階にあるバルコニーに移動するとメイドさんが一人いる。
「水琴様。どうかいたしましたか?」
「美奈の様子を見にきたの。調子はどう?」
「とても上手になりましたよ」
彼女はそう言って空を見上げる。つられて視線を空に向けるとオレンジの翼を広げて飛んでいる影が1つ。
「あっ! 深山君。どうしたの?」
私に気がつくとバルコニーに降りてきた。
「うまくなったわねと思って」
「そうでしょう。手とか使えなくなっちゃったからね。それなら今の正しい体の使い方覚えないと」
「頼もしいわね」
「あとで、空飛んで見る? 足のほうも加減はできるようになったから」
「き、機会があったらね」
ハーピィの場合は空を一緒に飛ぶとなると背中に乗るとかじゃなくて、足で持ち上げられる感じなのは容易に想像がつく。
「ここにいたか」
美奈と話しているとガズさんもやってきた。
「どうしたの?」
「少しあちらの城で何かあったらしくてな。もう少し滞在はするつもりだが、一度戻ると伝えておこうとな」
「わかったわ。他の皆にもよろしく」
「わかった」
ガズさんはそう言うとこの場から去っていき、少ししてから城から馬車が出ていく音が聞こえた。
それと入れ替わるように大男が帰ってくるのが見えた。
私は王の間へと戻ると、すぐにその大男が入ってくる。
「ガズ様はどうしたのだ?」
「あっちの城で何かあったって」
「そうか。心配だな……って、違う。ミコト様、報告がある」
この2メートルを超える筋肉質で緑肌の男は魔族であるオーガのガガという。ガズさんの部下の一人でこの城にきて戦闘についての指南をしてくれている。
「報告? 外に言ってたのよね?」
「ああ、近くの森に食料にでもなる動物がいないかと思ってな。そしたら、別の獲物を見つけた」
「獲物?」
「獣人だ。ワーキャットだとは思うが、人族側のやつだろう。逃してしまったが、どうやらこちらを見張っていたか観察していたという感じだ」
「獣人ね」
ワーシープは数が少なく、魔族側にしかほとんどいないために魔族扱いとなっているけれどワーキャットなどはどちらにも存在する亜人となっている。
ただ、問題はその獣人に城が見張られていたという事実だ。
「さっき、グランからも人族の国が何か動いてるって話があったのよね。ガガからしたらこれはどういうことだと思う?」
「こちらへの攻撃を考えているか、こちらが動き出す前に防御を固めようとしているか。簡単に思いつくのはそこらへんだ」
「そうよね。でも、今の戦力だと、どうにかなるものかしら」
ここにいる戦闘がすでにできるとわかる人材はガガとグランにもう1人魔法を教えてくれているダークメイジの女性の3人だ。
使用人も戦闘可能な人材ではあるけれど、彼女たちには現状戦えるを言い切れない美香達を守ってもらいたい。
「私がどうにかしたとしても4人よね」
「あの小国なら、よほどの騎士や魔法使いでもきてないならば。オレとグランの2人でも最悪どうにかなる。ただ、動きがあるってのを考えると安易に考えてはいけない」
「私も素人考えだけどそこは同感だわ。グランに調査を強めるようにいったけど、多少でもいいから早く情報を集めるようにしてもらうわ」
「それがいい。オレも城周りに気を配ろう」
「お願いするわ」
その後、改めてグランに頼むと「おまかせください。それならば1人最近育ったばかりの適した人材がいます」と自信満々に答えてくれた。
しかし、こんなに早く戦いになる可能性があるなんてね。