黒鎧の魔王との出会い
「ふふふっ、ほら早く来なさいよ! それでも勇者なのかしら?」
「くっ、それならお望みどおり!!」
私の城の王の間にて、1人の勇者と戦っている。
エルフ耳に背中には弓を背負った勇者の少女だ。しかし、間合いや建物内ということもあって、今はその手には短剣を握っている。
その彼女が私に向かって一気に間合いを詰めて攻撃をしようとしてくるが、私はそれを簡単にいなした。
「な、なに!? 何をしたの!」
「ここは私の城の王の間よ? 何をしたどころか、なんでもできると思ったほうが良いんじゃない?」
もちろんそんなことはないけれど、この勇者は戦闘経験はかなり少ない。
それなら、挑発して思考させつづけて体力も精神力も削っていったほうが良い。
なにせ、この子は私の同級生でクラスメイトだったのだから、この世界にきてから1ヶ月もたってないはず。
そんなひよっこ勇者と、選ばれた魔王である私のどちらが強いかなんて、一目瞭然というわけだ。
「まおおおお!!」
もっとも、この子はそれに気がついていないみたいだけれどね。
「そろそろ終わりにしましょうか」
私が指を鳴らすと、勇者の足元と周囲の床が大きく開く。
「なっ!?」
「それじゃあ、暗闇の中へいってらっしゃい」
「いやあああああ!」
可愛い悲鳴とともに勇者は穴の中へと消えていった。
「ふぅ……それじゃあ少し休憩してからあの子に会いにいくとしましょう」
私はそういいつつ王の間の椅子に座ろうと歩く。
その途中で、飾られた鏡に私の姿が映った。
18歳前後といった年齢に見えるドレス姿の女子だ。
今ではこの姿が当たり前と思えているけれど、女になってからまだ1ヶ月しかたっていない。
そう、この世界にきてから。
***
1ヶ月前、僕は修学旅行1日目の新幹線の中、窓から外を眺めていた
田畑や木々がひたすら見えている地元よりは、色鮮やかな風景を見せてくれる観光地は悪くない。
「おーい、水琴。ずっと外みてっけど大丈夫か?」
「え? うん、大丈夫」
隣の席の桧山がそう言って僕に話しかけてくる。
桧山は数がそれほど多くはない友達の1人だ。同じクラスにこいつがいなかったら、今頃ぼっちだっただろうな。
「へーい! 深山達起きてる?」
後ろの席の女子がそう言って話しかけてくる。
黒髪ポニテの入江美香と、茶髪のショートカットの三枝美奈の2人だ。
ちなみに深山は僕の苗字である。
「まだ時間あるしトランプでもやらない?」
「お、いいねいいね。ほら、水琴も」
「わかったよ」
一度席を立って、反転させて向かい合うようにする。そして机を広げた。
ちなみに団体で、少なくともこの車両は貸し切りになっているらしい。
そして、トランプを始めてからしばらくたった頃に事件は起きた。
車両の中が騒がしくなってくる。
「なんだ?」
「何かあったの?」
「わかんねえ……って、はっ!?」
桧山は何かに気づいた様子で突然そんな声を上げる。
釣られて桧山の視線の先を見ると新幹線はいつの間にかトンネル内に入っていた。
いや、それだけならおかしいことはない。問題はそのトンネルの壁が不自然に紫色に発光しているのだ。
そして光はだんだんと輝きを増していく。
「な、なにこれ!? 美香!」
「大丈夫だって、ただのなんか機械の光だって美奈」
女子二人は心配そうに寄り添い合っている。
そして僕と言えば、ただただ窓の外を見て声も出せずにいた。
それから光はさらに強まっていき、僕達を飲み込んでいった。
いつの間にか意識を失っていたらしい。
ゆっくりを目を覚まして体を起こす。
「どうやら起きたようだな」
「えっ!?」
僕は近くから聞こえる馴染みのない声に、思わず身構える。
「まぁ、そう慌てるな」
そこにはフルフェイスで全身を黒い鎧で包む大男がいた。
いや声と身長や装備から判断して男だと思っているだけで実際には違うかもしれない。
ただ、それはどうでもいい。そもそも、なんでそんなコスプレまがいな事をしている人が僕に話しかけてきたんだ。
「あれ? ここどこ?」
そこで周りをふと確認すると、石造りでできたかなり広々とした空間にカーペットがしいてある。そして奥には細かな階段とその上に立派な椅子が存在していた。
まるでファンタジーゲームの王の間とでもいうんだろうか。
さらに、確認していくと僕の周りに他にも何人かの人が気を失って倒れている。
全員僕の学校と同じ制服を着ていることからも、あの新幹線に乗っていた人の一部だとすぐに予想がついた。
その中の知り合いをゆすり起こす。
「入江さん……入江さん!」
「んぅ……深山? あれ、さっきの光は……って、え? ここどこ!?」
起きてすぐに周りを見て僕と同じような気持ちになったみたいだ。
「み、美奈! 起きて、美奈!」
三枝さんも近くにいて、入江さんが起こそうとする。
「あぁ……そうだな。ひとまず全員起こしてくれるか? 話はそれからにしよう」
黒鎧の人は、様子を見てかそう言ってきた。
今は何にしてもそれがお互いに得策だと考えて、その場にいた人たちを起こした。
僕を含めて全部で11人になる。
そのうち僕のクラスメイトは入江さんと三枝さんだけだった。
他の人達は顔見知りだとか全く知らない人たちだ。
「あぁ~、ごふんっ! それじゃあ、説明してもいいかな? ひとまず今の状況を」
皆それぞれ不安が隠しきれないようにして、友達や左右の人をみながらも聞く姿勢みたい。かくいう僕も左手で右手を抑えている。こうしてないと体も手も震えてしまいそうだった。
「簡単に言うと、私が君たちに力を借りたく、召喚させていただいた。魔王の1人、ガズ・ゴールガウンという。まあ、魔王だからといって身構えずにガズと呼んでくれ」
あくまで柔らかく伝えているような雰囲気を感じるが、フルフェイスの仮面のせいで表情はさっぱりわからない。
「それで、力ということなんだが。ここは君たちの世界とは別の世界になる。現在は人族連合と破壊魔王率いる魔王軍の長きに渡る戦争が起きているのだが、私はそれを止めたいと思い、君たちを呼ばせてもらった」
ガズさんはそう説明してくる。
「ちょ、ちょっと待って下さい。戦争を止めるって……僕達そんな力持ってませんよ」
周りの人の様子を見ても同じようなことを思っているはずだ。僕は勇気をだしてそう声を出した。
「わかっている。だから、まずは呼んでおいてあれだが君たちの素質を見せていただく。それに応じて、役割や対応をしていきたいと思うが……こちらが勝手に巻き込んだ部分もある。戦いを避けたいという物は仕方ないので、こちらで元の世界への戻り方がみつかるまでの間保護しよう」
ガズさんは最後は申し訳なさそうにしながらそう言った。
「ちょ、ちょっと待ってください! 見つかるまでって、すぐには戻れないんですか?」
女子のうちの1人の三つ編み眼鏡の子が恐る恐る質問をする。
あの子には見覚えがないからだれだかわからないけれど、その子の近くにいる男子が小声で「委員長、無理はしないで」と言っているから、学級委員長なんだろう。
それに対してガズさんは、
「すまない。何分初めてのことだったのもあってな、文献自体は揃っているから、解読を進めれば必ず方法の1つはわかる。そもそも、すぐには使えないが、確定してわかっている方法もある。なので、その方法が使えるまでか、その前に別の方法をみつけるかまでは待って欲しい」
「わ、わかりました」
三つ編みの子はどうにか自分を納得させるようにそう言った。
恐らく予想としては「帰る方法はない」くらい言われてもおかしくないと思ってたんだろう。時間はかかるとは言え確実な方法が存在しているというのは精神的に大きい。
他の人もそれを聞いて少し安心するような素振りだった。
「しかし、脅したいわけではないが、今この国は邪魔者として狙われる立場にある。すぐには来ないと思うが、戦力がなければ帰る前にやられてしまうかもしれない……そのための防衛だけでもいいので手を貸してはくれないだろうか。全員とは言わない……もしも心の準備や協力してくれるというならば、隣の客室へと来てくれ」
そう言うとガズさんは静かにこの部屋を出ていった。開いた扉の先には別の両開きの扉が有り、そこが客室なんだろう。
「ど、どうする?」「いや、でもまずこれって現実なのか?」「夢だったらとっくに覚めててもおかしくないし、ここまで全員が驚くのも変だろ」「いって、頬つねっても痛いわよ」
周りでは各々自分の知り合いとどうするかを話している。というよりも混乱した心を共有している。
「み、深山……どうしよう」
「ぼ、僕に聞くの?」
「だって、深山君ってなんだかんだで縁の下の力持ちみたいにいつも頼りになるから」
入江さんと三枝さんは僕にそう言ってくる。
「えっと……そう、だね。どうしようか」
「み、美香はどうするの?」
「あたしは美奈を守るためなら、そういう力をくれるって意味ならいくよ」
「美香……」
「で、でも、さすがに1人じゃ怖いから。その、深山にもきてほしいっていうか」
「そういうこと……まあ、でも僕も死ぬのは嫌だし、何もできないよりは何かしたいからいくよ。1人じゃないなら心細さも少ないしね」
「美奈は……美奈のことはあたしが守ってみせるけど、それでも美奈の自分の考えで動くべきだと思う」
「2人がいくならいく! わたしだって何もせずにいるのはいやだもん。動いてたほうが怖くなさそうだし……戦うのは怖いけど」
「わかった。それじゃあ、いくよ。美奈、深山」
「うん」
「わかった」
僕たちは覚悟を決めて部屋を出る。どうやら一番最初になったらしい。
両開きの扉をゆっくりと開いて中に入ると、長机と椅子が並んでいる。
その中心の開いたスペースに、紫色の大きな水晶が置かれた小さな机とガズさんがいた。
「きてくれたか。まずは感謝する。そして巻き込んでしまって申し訳ない。だが、これしか方法が今の私には思いつかなかったのだ」
ガズさんは魔王という雰囲気はなく深く頭を下げてくる。
それで許せる人もいれば許せない人もいるような状況だろう。ただ、この状況で、一番この世界を理解しているであろう人と敵対したり関係を悪くすることに意味を感じない。
ひとまず僕は気にしないことにする。
「それで、あたし達はどうすればいいんですか?」
「この水晶にひとりずつ触れてくれ。それによって適性の力がわかる。場合によっては人間ではない体になってもらわねばならないかもしれないが、そういう適性の場合は改めて君たちに選んでもらうことにする。人をやめてくれというのを強要はできない」
「わ、わかった……」
入江さんは深呼吸をすると、水晶に触れようとする。しかし、今の話を聞いてか結果を見るのに躊躇するかのように手が震えてなかなか触れられない。
「僕が先にやるよ」
「深山……」
「ふふっ、任せて。こうみえて肝っ玉は強いんだ」
本当は内心ビクビクで仕方がない。
でも、女子がこんなに震えているときに、表だけでも繕いたくなるのが男のさがってやつだ。
「それじゃあ……いきます!」
僕は意を決して水晶に触れた、その瞬間ガズさんは驚きの声を上げた。
この適性が僕の運命や人生を大きく変えるものだとは、思いもしなかった。