喫茶店では珈琲を
君が気持ちに応えてくれたら。私は周りなんて気にせずに大声で泣いて喜ぶんだ。
君と付き合えれば。二人っきりでどこかへ行きたいな、なんてことのない会話を君の隣で聞いて。嬉しくて、自然に笑うことができて。1分間の幸せを噛みしめるんだ。
たらればなんて仮定を話したって意味はない、時間の無駄だと誰かが決めつけたのだとしても。私はやめることは出来ないんだ。夢も希望もない、現実は残酷で非常なんだとしても。望んだ結果を迎えることが叶わないのだとしても。
君のことが好きなことに変わりはないんだ。夢や希望がない? そんなもの、抱いちゃいけないと世界が決めてしまったなら。
私はこの恋を、意地とでも名付けてしまおう。意地でも嫌いになんてならない、君が振り向いてくれるように、無駄な努力と言われたって頑張ってやる。
知ってるよ、君が私を特別に見てないことなんて。叶わないなら言わずに諦めればいいなんて自分勝手だ。私は私の行動に、たらればなんて考えない。言わないままなんて、そんなの好きじゃないのと一緒だ。どんな結果でも受け入れてみせる。 言わないで泣くより、伝えて泣いた方が。心の中に後悔は残らないと思うから。どっちにしろ、きっと涙無しには終わらない恋だろうから。
だって私は涙もろい、君に恋した日もなかなか泣き止まなかったよね。そんな私を、君は優しく慰めてくれたから。悲しみは薄れて、単純だけど惹かれてしまって。休日に君の元へと自然と足を運ぶんだ。
♦︎
「いらっしゃいませ」
扉を開けて声が聞こえたなら、その休日は有意義なものになって。聞こえなかったら、変わりにマスターさんの無愛想な「いらっしゃいませ」で気持ちが下がる。
「…… えっと」
「いつものでよろしいですか?」
「…… はい、お願いします」
彼の口角が少し上がる。舌がお子さまだと思われているのかな。喫茶店はやっぱりコーヒーが主流なのかな。確かにコーヒーの香りは店内にするけどさ。
「お待たせしました」
君が目の前に置いてくれた私の『いつもの』、しかし実際は君が持って来てくれると『特別』になるってご存知? 知ってるわけ、ないよね。
マスターさんは、慣れた手つきでコップを磨いている。うちのコーヒーは飲めないってか、なんて思っているなら安心してください。そもそもコーヒーは飲めないんです。苦いから。
それに、メニューにないものを頼んでいるわけではないので迷惑はかけてないかなと思います。マスター自慢? のコーヒーを飲まないのは失礼なのかもしれないけれど。好きなんだから、仕方ない。好きなものは、どう頑張っても好きなんだから。
「おかわりはいかがですか?」
「…… え?」
私の滞在時間はせいぜい30分。『いつもの』を頼んで、それをゆっくり飲みながら小説を読む。でも絶対に、読み終わったものを持っていく。作者さんには大変失礼なんだけど、この場では君をチラ見する最強の武器として使わせてもらってます。
でも今日は暑いせいかな、自然と飲み終わるのが早かったみたいで。
「お飲みものがなかったので」
「あ、え、はい…… じゃあその、同じのを」
「はい、かしこまりました」
話しかけられたのは、初めてだな。嬉しくて、離れていく彼を目で追っていたらマスターと目があってしまい慌てて小説で隠した。何度もすみません、作者さん…… あなただけが頼りなんです。
「お待たせしました」
「あ。 ありがとうございます」
「僕も好きなんですよ」
「…… はい?」
「これと、それ」
そう言って、君は私の前に置かれた飲み物と手に持っている小説を指差した。
「…… あ、ありがとうございます」
「いえ。ごゆっくりどうぞ」
そう言って彼は背中を向ける。…… もしかしたら、マスターに睨まれていた気もするけれど。いいからコーヒーを注文しろとか思われたかもしれないけれど。お子ちゃま舌でごめんなさい、でも今余裕はないのでごめんなさい。
オレンジジュースをストローで吸い込んだ。甘みと酸味? とにかく美味しくて好きな味。
彼も好きだと言ってくれた、特別な味。読書も好きだと言ってくれた、読み終わっているから貸してみようか? いやでも私に度胸はない。
君には、オレンジジュースと読書が好きな人と認識されてるのかな? 特別ではないにしても、私のことは知ってくれてるのかな?
「ご、ごちそうさまでした」
「はい。またお越しください」
お釣りが君の手に近づけるチャンス、なんて考えてるのは私だけ。君はおそらく接客の何気ない一コマ。でもねーー
「…… あの」
ちょっとだけ、ちょっとずつ。
「はい? なんでしょう?」
君のこと、知りたいです。一歩でも、近づきたいです。だから……
「コーヒーって、美味しい、ですか?」
君の『好き』を、まずは好きになってみます。
終