第一章
更新遅くてすみません。
昔から、少し目の色が人と違かった。両目ではなく、左目だけが、灼熱のような赤色・・・紅だった。周りからは『鬼の子』『呪われた孤児』と揶揄され軽蔑され、石をぶつけられた。
―失せろ、バケモノ!
そんな言葉で罵られた俺は流石に我慢の限界だった。この目のせいだ。顔も知らぬ両親の形見だと言われた、赤目。孤児院の園長先生はきっと幸せを呼ぶと言っていたけど、正直信じられない。この目のせいでやられた仕打ちをどう幸せと考えればいい?この目を抉ってしまえたらどんなに楽だったか。悔しくて虚しくてないていた俺に園長先生は、ある店の地図を渡した。
――あまりにも、苦しくなったらここへ行って来なさい。先生の知り合いがやっているお店なんだけど。きっとあなたの役に立ってくれるわ・・・。
こんなのはどうせデマだと思って長年放置してきた。今までは。
「・・・どこだよ、これ」
鳥居を抜けた先は見覚えの無いところだった。竹薮が広がって、茶庭のような庭に『九十九屋』の文字の暖簾。ここに来ようと決心したのは、あの地図を貰ってから十数年後。今はもう大学生の俺は、それなりに人との付き合い方も覚えてきたところだった。けれど、成長すると比例して人ではないもの・・・この世の者ではない者が見えてくるようになった。
「ご、ごめんくださ~い」
とりあえず暖簾をくぐってみる。干された薬草のようなものと消毒液の匂い。背の低い棚の壁の突き当たりに人影を見つけた。男は上へと続くであろう階段の中段に腰掛け、足を組んでいる。
「・・・おや、お客様ですか。何をお求めで?」
ゴクリと唾を飲み込む。声を発したのは着流しの男だった。浅葱色の着物に薄紫の羽織。いぶした白に近い髪色。右手には紫煙の漂う煙管が持たれている。
「人間のお客様とは。珍しい」
無機質な声で言い放たれた言葉の余韻も残さず、男は煙管の煙を吐き出した。
「お、俺が求めるのは・・・」
「呪われた目を元に戻す方法・・・でしょうかね?」
「なっ?!」
つまらなそうな顔で男は立ち上がった。階段を下りて俺のほうへと歩み寄る。
「そのカラーコンタクトをはずしてください」
目を覗き込んで、男は心底嫌そうな顔で言った。とてつもなく、無愛想な店員だなっと腹を立てながら赤を隠す為に入れていたカラコンを取る。
「これはこれは。素晴らしい赤ですね」
「素晴らしくなんか、ない!」
男の言葉に俺は怒鳴っていた。普段ならスルーしていた言葉だったのに、今日はなぜか気に障った。
「こんな目さえなければ・・・!俺は普通に暮らせたんだ!こんな目じゃ無ければ・・・辛苦を味わうことなんか無かったんだ!!」
「・・・本当にそう思っているのですか?」
けして大きな声ではなかったのに、俺はすぐに黙ってしまった。なぜか黙れと言われている気がしたのだ。
「その目が赤くなければあなたは普通だった?その目が赤くなければ平凡な暮らしができた?果たして本当にそうなんでしょうか」
「本当にって・・・この目が」
「いえ、違います」
「は?」
心底呆れた顔で男は煙管の煙を吐いた。
「はっきり言って言い訳にしか聞こえないんですよ。上手く行かないことがあると対策も考えずその目のせいにして、考えることを拒否している。だから学ばないし個性も無い。今のあなたは目だけがとりえの人間になりかけている。片目だけがこんな色であるが故に自分は人に受け入れてもらえない。片目だけ主張してどうするんですか、一つ目小僧かなにかですかあなたは」
「っさっきから聞いてれば」
「ほらそうやって正論言われると怒る。今、あなたがとるべき行動は考えて学ぶことなんですよ?怒ってどうするんですか。幼少のころでも、眼帯の存在くらい知っていたでしょう?なぜそれを買わなかったのですか。園長に言えば買ってくれたはずですよ」
簡単に言わないでくれ。そう思ったが口に出す前に男は饒舌に毒を吐く。
「あぁ、なるほど。あなたは多少なりともその目に誇りを持っていた。期待していたんですね?」
「き、期待なんて!!」
「するわけが無い?本当に?もしかしたら、両親が来てこの目を見て思い出してくれるかも知れない。自分に気がついてくれるかもしれないと思ったのではないので?」
「なっ・・・」
正直言って図星だった。小さいころは孤児院でもしかしたら顔も思い出せない両親が迎えに来て、俺の赤い目を見て家に連れ帰ってくれるのではないかと。だから、眼帯もしなかった。一時期、前髪をのばして隠してみたけれどやっぱり、0に近い確率を信じていた俺はあえて隠さなかった。
「・・・まぁ、一応お客様なので言っておきますが」
男は階段へと戻り、足を組む。
「その目を戻すことは無理です」
「な、なんで!?」
「後天性ならどうにか出来たかも知れませんが、あなたのは先天性・・・つまり生まれつきなのでどうすることも出来ないのですよ」
園長先生の言ったことはやっぱりでまかせだったのかと思うと悔しくなってきた。最初から期待はそこまでしていなかったけれど、やはりショックだった。
「・・・ですが、その赤い目の原因はお教えできますね」
「えっ・・・?」
「知りたいですか?」
怖かった。知ったら戻れなくなる気がした。けれど、好奇心の方が勝った。
「知りたい・・・教えてください」
にやりと男は笑った。妖しく艶やかに。
「いいでしょう。全て教えてあげますよ・・・」
そうして俺は踏み込んだのだ。自分の秘密へと。