scene:9 リベンジ
広場に居たのは三人組とオルダ爺さんだった。
「爺さん、魔煌晶を出しな」
大男のバカ面男がオルダ爺さんの胸を掴み吊るし上げる。
「ウウッ、こ、こんな爺さんから盗るのか。見逃してくれぇ」
オルダ爺さんは哀れな声を上げ、三人組に懇願した。
「五月蠅えよ、ジジイ。さっさと出せばいいんだよ」
リーダー格の太った円形ハゲがオルダ爺さんが大切そうに手に持っていた麻袋を奪い、その身体を投げ捨てるように合図する。オルダ爺さんは地面に腰から落ち痛めたようだ。
「なんだ、黄煌晶が計量枡二杯分かよ。使えねえジジイだぜ」
円形ハゲが麻袋の中身を確かめ、吐き捨てるように言う。
「ちょいと、お仕置きしてやろうぜ」
三人組が倒れているオルダ爺さんを取り囲む。
……あいつら、爺さんを袋叩きにするつもりだ。怖えぇけど……許せねえ。
「止めねえか。腐れ外道ども!」
エイタは広場に進み出た。三人組の動きが止まり、視線がエイタへと集まる。
「なんだ……この前痛め付けてやった小僧じゃねえか。偉そうに……気でも狂ったか」
「あの時、頭もどついたからな。その所為じゃねえか」
円形ハゲ男と眉毛の太い男が揶揄するようにエイタに言葉を投げつける。
「いかん、若いの逃げるんじゃ」
倒れたままのオルダ爺さんが声を上げた。
「ジジイは黙ってろ!」
そう言うと、大男がオルダ爺さんの頭を踏みつける。
エイタの心の中に吐き気がするほどの怒りが湧き起こり、一声吠えると大男に突撃した。この時、エイタは仕込み槍だけを持ち身軽に成っていた。
仕込み槍を逆さに持ち、石突の方で大男の腹に突きを入れた。全体重を乗せた突きだった。石突の先が腹に減り込み、大男の身体を持ち上げる。しかも、急所である鳩尾に綺麗に決まっている。
「ウゲーッ」
大男が白目を剥き宙を飛んだ。重い地響きがして大男は地面に沈む。
「クソガキが!」
中肉中背の眉毛の太い男が棍棒をエイタに向けて振る。仕込み槍で棍棒を受け流し、相手の膝に蹴りを叩き込んだ。足を払われた格好になった眉太男は、俯せに顔面から倒れた。
鈍い音がして地面に血が広がる。眼を血走らせて顔を上げた眉太男が鼻から流れ出る血を無視して立ち上がった。
「ぬぅ、よくもやりやがったな」
そう言うと棍棒を闇雲に振り回し始めた。怒りで完全に冷静さを失っている。エイタは慎重に棍棒を仕込み槍で受け流し、眉太男の攻撃を防ぐ。何度目か攻撃で棍棒が大振りとなった。エイタは横にステップして躱し、敵の横面を仕込み槍の柄で殴った。バギッと音がして眉太男の口から歯の欠片が飛ぶ、ヨロヨロとした男は力尽きたように倒れて動かなくなる。
太った円形ハゲ男が呆然として倒れた二人を見下ろしている。
「どうしたデブ男。怖じ気付いたか」
エイタが誂うように声を掛けた。
「何だと!」
円形ハゲ男が歯を剥き出して吠えるように声を上げる。
自分の胸をドンと叩いた円形ハゲ男は、肩から体当りするように突進して来た。
「ウワッ」
エイタが横に飛び退いて躱した直後、その鼻先を巨体が通過した。円形ハゲ男はドタドタとした歩みで減速しクルッと振り向いた。その頭に仕込み槍を叩き込む。
「ふん、そんな攻撃が俺様に効くもんか」
円形ハゲ男は仕込み槍の一撃を物ともせず、鼻息を荒くしてエイタに掴み掛かる。エイタの持つ仕込み槍が奪われ、投げ捨てられた。その瞬間、エイタは敵の油断に気付いた。懐に潜り込んだエイタの拳が円形ハゲ男の顎を下から抉った。
脳を揺さぶられた円形ハゲ男は意識が一瞬飛んだようだ。フラッとして棍棒を取り落とした後、頭を振って意識をはっきりさせている。エイタが再び懐に飛び込み顔面に拳を叩き込もうとした時、分厚い掌がエイタの頭を張り飛ばす。
エイタの身体が宙を舞い、地面に叩き付けられる。二ヶ月前のエイタだったら、その一撃で気を失っただろうが、今のエイタは探索者並みにタフになっている。
「俺に勝てると思ったか。小僧!」
円形ハゲ男が片足を上げ、エイタの腹を踏み付けようとする。エイタは敵の軸足に両足を絡め引き倒す。素早く立ち上がったエイタは、宙に飛び上がると倒れた円形ハゲ男の腹に膝を落とす。膝が鳩尾に減り込み、円形ハゲ男が醜い悲鳴を上げさせた。
この一撃には円形ハゲ男も大きなダメージを受けたようで、激しい苦痛で顔を顰めている。
エイタが鋭い視線を向けながら、倒れている男の傍に立つ。
「ま、待ってぐれ。降参だ、俺達が悪かった。もう許してくれ」
エイタは肩で息をしながら首を振る。
「ハアハアハア……許してくれと懇願されて許した事が有るのか?」
「え?」
その問い掛けの意味を理解した円形ハゲ男の顔に恐怖が浮かび上がる。外見は純朴な田舎者のように見えるエイタだったが、果断な性格も併せ持っていた。
「お仕置きだ」
落ちていた棍棒を拾い上げたエイタは、倒れている三人組を思う存分に叩きのめした。
「ウギャ」「ガハッ」「グッ」
広場にはボロボロになった三人組が残された。エイタは荷物を拾い、オルダ爺さんの下に行く。
その時。
『ウォオオオオルーーーーッ』
突然、身震いするような咆哮が空気を震わせた。
その咆哮を聞いた瞬間、オルダ爺さんが飛び起き大声を上げた。
「アサルトウルフじゃ。逃げろ!」
エイタは、オルダ爺さんの忠告に従い自分の部屋とへ逃げ込んだ。背後では三人組の悲鳴が聞こえたが、無視して逃げた。
……ヤバい、あの咆哮の主は化けもんだ。
部屋に戻ったエイタは、寝台の上に身を投げ出し身体を丸めた。あれは魂が凍るような咆哮だった。化け物退治を専門にしている探索者でも中堅以上でなければ絶対手を出さない魔物だった。
エイタが、この先数年武術の修行をすれば戦えるようになるかもしれない。だが、今は駄目だ。
「だけれども、アサルトウルフの巣が有るという北側も探索したいんだよな。あそこにも希少な魔導紋様がありそうな気がするし……どしたら……」
エイタは考えて一つの結論に達した。
「職人のオイラが生き残るには、武器となる魔導工芸品を作るしかない」
どんな武器を作るかは、まだ決めていないが、まずは便利な魔導工芸品を製作する事にした。
翌朝、採掘には行かず西側の工房へと向かった。魔導工芸品の製作場所として西側に有る工房が良いと考えたのだ。幸運にも工房には銅や鉄、亜鉛などの金属を貯蔵してあった。
魔導工芸品の中でも最も簡単なものは『魔導符』と呼ばれるものだ。魔力を蓄積する性質を持つ魔煌合金に魔導紋様を刻み、必要な時に魔力を込め使用する。
製作に必要なものは、符の素材となる魔煌合金と刻印台、刻印呪液である。
魔煌合金には幾つかの種類が存在する。その中で最も安価なものが銅と黄煌晶との合金であるが、強度がないので、今回は真鍮と青煌晶の合金である青煌真鍮を使用しようと考えた。
真鍮は銅と亜鉛の合金で、ある程度の強度と扱い易さを特徴とする金属だ。
銅の塊を金床に乗せ、工房に有ったハンマーを手に取った。
『カン、カン、カン……』
とハンマーで叩いて薄く伸ばし硬貨ほどの厚みを持つ板にする。その銅板に魔導紋様の『組成変性』を描き、そこに亜鉛を乗せる。亜鉛の量は銅の三割より少し多い位にする。目分量なので正確ではないが、そこに魔力を流し込み『組成変性』の魔力効果を発動させると、ちゃんとした真鍮が出来上がった。
次に真鍮板の上に『組成変性』を描き直し一〇粒ほどの青煌晶を乗せてから、魔導紋様に魔力を流し込む。魔力を流し込んだ瞬間、赤い光を放ち始め青煌晶が真鍮板の中に粒子となって拡散し真鍮の金属組織と結合する。
赤い光が消えた時、青煌真鍮が完成していた。
「よし、魔煌合金はこれでいいとして、まずは<基魂符>を作るとするか」
青煌真鍮の板からタガネで使って楕円形のメダルを切り出し、仕上げとしてヤスリで表面を滑らかにしてから、最後に表側に数字の『1』と印を付けた。
そのメダルを刻印台の下にセットし、刻印台の上面に小空間で見付けた『基魂表示』を描く。一つでも間違ったら、これまでの苦労が無駄となるので【天霊紋】の一つ一つを丁寧に描いた。
完成した後、刻印台に魔力を流し様子を見る。師匠が所持していた刻印台を一度だけ使った経験があるが、あの時は師匠がそばに居て助言をしてくれたので、一人で行うのは今回が初めてだ。
刻印台が青白い光を放ち刻まれている『紋様圧縮』と『刻印』の【天霊紋】を順番に励起していく。最初に『紋様圧縮』が起動し、次に『刻印』が起動する。
刻印台の上面に描かれた『基魂表示』が刻印台の水晶に吸い込まれ圧縮されながら下へと移動し下部にセットされたメダルに刻み込まれた。
「ふうっ、やっと<基魂符>が出来た。試しに使ってみよ」
基魂符の端を二本の指で摘み、その表側を額に押し当て魔力を流し込む。例のチクチクする感触を味わった後、エイタの脳裏に基魂情報が浮かび上がる。
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【エイタ・ザックス】
【年齢】十七歳
【性別】男
【称号】ジッダ侯主連合国生まれの傀儡工
【顕在値】レベル13
【魔力量】221/273
【技能スキル】一般生活技能:六級、槍術:七級
【魔導スキル】魔力制御:五級、魔導刻印術:七級
【状態分析】
魔導異常<なし>、疲労度<1>
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前回調べた時と比べ顕在値レベルが1アップしている他は、あまり変わっていない。
「成功だ。次は何を作るか」
エイタは次々に魔導工芸品を作り上げた。
作った魔導工芸品は、魔力に因って敵の位置を知る『魔瞰視』の魔導紋様が刻まれた<索敵符>、魔力により負傷した傷を癒やす『治癒』の魔導紋様が刻まれた<治癒の指輪>、魔法攻撃を防ぐ『魔力盾』の魔導紋様が刻まれた<魔盾符>である。
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採掘下人の管理をしているジェルドが住む小屋で、商人のドラウスは目の前に居る子供を見て溜息を吐いた。
小屋の中は三つに仕切られており、東側に寝室、中央が仕事場、西側に炊事場が有る。その子供はテーブルや椅子の有る仕事場中央に佇んでいた。
子供は八歳の小柄な少年で、ここに集められて来る採掘下人と同じように継ぎ接ぎの有る粗末なシャツとズボンを着ていた。その顔は殴られたのか腫れており、鼻血の痕も有った。
「ドラウス様、こんな小さなガキをどうするんですか?」
「借金の形に押さえていたガキが、こんなに幼いとは知らなかったのだ」
「まさか採掘下人にするつもりじゃないでしょうね。すぐに死んじまいますよ」
「んん……」
暫く考えていたドラウスは、ジッダ侯主連合国の武官から預かった罪人を思い出す。
「エイタはどうしている?」
「あいつは思っていた以上に逞しい奴ですよ。今は緑煌晶を中心に最低限の量だけ採掘してますが、何か欲しい時は危険を犯して大量の魔煌晶を手に入れるようです」
ドラウスが何か閃いたように目を見開き、ボーッとしている子供を値踏みするように見る。子供は自分が何故ここに居るのか判っていないようだ。
「おい、小僧。名前は何と言うのだ?」
ジェルドが子供に尋ねると怯えた様子を見せながらも答える。
「……モモカ」
ドラウスは子供の叔父から聞いていた名前と違っていたので「オヤッ」と思う。
「ん……リュカじゃなかったか」
「違う……モモカ」
「まあ、どっちでもいい。こいつをエイタの部屋に入れろ。奴に世話させるんだ」
「エッ、今まで部屋に二人入れた事はありませんが……それに他の部屋が空いています」
「エイタと言う小僧には、余裕が有りそうだ。このガキの分も働かせろ」
ジェルドはなるほどと納得する。