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scene:8 オーク

 エイタが地下迷路採掘場へ来てから一ヶ月が経過し、東側に在る通路のほとんどは調べ尽くした。その成果として新たに三つの小空間を発見した。


 新小空間一つ目は、ウィップツリーが二匹居る小空間である。ウィップツリー二匹は厄介だが、丈夫な紐を使って二匹纏めて縛り上げ、転がして主根を下から蹴り上げると主根が折れて仕留められると判った。

 採掘場所からは、緑煌晶が計量枡三杯分と鉄鉱石も採れたので、鉄の武器作成を始めた。また、その小空間には『治癒』の魔導紋様が有ったので、怪我した時には治療出来るようになった。


 二つ目は双角小豚二匹が居る小空間である。そこで採掘されたものは緑煌晶が計量枡四杯分と石墨であり、小空間に有った魔導紋様は『形状加工』で、物質をイメージ通りに加工する効果を持つものだった。

 『形状加工』の魔導紋様は、酷く使い勝手の悪いものだと知った。イメージ通りに加工可能だというと何でも出来そうな感じがするが、人間のイメージとはあやふやなものであり、出来上がったものはほとんど使えなかったのだ。


 だが、ある切っ掛けで『形状加工』が使える魔導紋様へと化けた。それは実物大の設計図を見ながらイメージし魔力を込めると言うやり方だ。

 設計図と言う具体的なものが目の前に有れば、イメージが確固たるものになり正確に加工を行えた。


 三つ目の小空間に居たのはオークだった。その醜い顔の中心には大きな豚鼻と白目のない真っ黒な眼がある。背丈はエイタと同じほどだが、腕や身体の厚みは倍ほどもあり、力の強さを物語っている。全身は青白く人型の魔物であるので獣より知性はあるが、行動から推測すると本能を優先しているらしい。

 薄汚れた貫頭衣のような物を纏っているが、防具らしいものは何一つない。

 一番厄介なのは棍棒を武器として持っている事だ。しかも振り回す速さが、そこらの軍人以上で、残念ながら今のエイタの実力では手を出せない存在だ。


 エイタは槍の稽古を続け、その技量を上げた。青銅の槍も鋼鉄製の槍に変わり、双角小豚二匹程度なら何とか倒せるようになっている。だが、そのオークは一人前の探索者と互角の強さを持つ魔物だ。槍を持って一ヶ月ほどの者が倒せる相手ではなかった。


 最近の基魂情報ステータスは次のように変化していた。


====================

【エイタ・ザックス】

【年齢】十七歳

【性別】男

【称号】ジッダ侯主連合国生まれの傀儡工

【顕在値】レベル12

【魔力量】252/252

【技能スキル】一般生活技能:六級、槍術:七級

【魔導スキル】魔力制御:五級、魔導刻印術:七級

【状態分析】

 魔導異常<なし>、疲労度<0>

====================


 顕在値レベルは探索者のレベルに近付き、魔力量も四倍以上まで増えている。新たに槍術スキルも増え、魔力制御と魔導刻印術も技量アップしている。

 エイタは自分が成長したのを感じていた。


 エイタの部屋も様変さまがわりしている。作業台と椅子、寝台が完成し少しマシな部屋に変わっていた。

 ジェルドが初めて作業台を見た時、苦笑いしていた。そして、椅子と寝台が完成すると。

「おい、お前は一生ここで暮らすつもりなのか」

 呆れたように言うジェルドに、エイタは言い返した。

「オイラは職人だ。物を作るのは職人のさが、好きにさせてくれ」


 オークと言う大きな壁にぶつかり、エイタの探索はとどこおっていた。別段、迷宮内を調べて回る必要はないのだけど、小空間で見付かる魔導紋様が知りたくて探索を続けていた。

 そんな時、広場で久しぶりにオルダ爺さんに会った。

「爺さん、元気だったか」

「何じゃ、お前は?」

「ここで一ヶ月前の夕暮れ時に会っただろ。忘れちまったか」

「ん……あん時の小僧か。もう死んだかと思っとった」

「冗談じゃねえ。それより、オークについて何か知ってるか?」


 オルダ爺さんが白い髭をしごきながら考え返答した。

「あのオークを見付けたのか。よく生きとるな」

「凄い勢いで棍棒を振り回しながら追い駆けて来たから必死で逃げたよ。ありゃ勝てねえ」

「当たり前じゃ、お前のような小僧が勝てるもんか」

「倒した者が居るのか?」

「居たぞ。一〇年ほど前だったかのぉ……だけど、どうやって倒したのかは知らんぞ。ただ、奴は変な事を色々調べとった」

「何を調べていたんだ?」

 オルダ爺さんが広場の四方にある奇妙な図柄模様を指差し。

「まずはあれじゃ。それから、西の方にある迷路も調べとった」


 それから少し話をしたが有益な情報はそれ以上引き出せそうに無かった。エイタは広場の四方にある図柄に興味を持った。

 一刻(二時間)ほど四つの図柄を観察したが、何も分からない。

「取り敢えず記憶しとくか」

 エイタは四つの図柄を記憶して頭の中で念入りに調べる。頭の中であらゆる角度から図柄を調べ、最後に二つの図柄を重ねてみる。線と線が交差して意味を成さない図柄となる。

「ん……もしかして回転させるのか?」

 重ねた一方の図柄を少し回転させてみた。線と線が交差しない位置まで回転させると。

「おおっ……迷路の地図じゃねえか?」

 他の二つの図柄も回転させてから重ねて見る。最後には迷路の地図が完成する。


 すごい発見だった。大声で喜びの声を上げそうになったが、寸前で思い留まり小声で声を上げる。

「や、やった」


 こうしてエイタは迷路の地図を手に入れた。

「オークは後回しにして西側の迷路を先に攻略しよう」

 西側の攻略は割と楽だった。地図に罠の位置が記されていたからだ。落とし穴や飛び出す槍、落ちる天井などの様々な罠が有った。

 もちろん、魔物も住み着いていたが、大吸血コウモリや一角兎いっかくうさぎ、八つ目蜘蛛、巨大ムカデ、アモンバードなどの比較的脅威度の低い魔物しか住み着いていなかった。


 一ヶ月掛けて念入りに調査し小空間や隠し部屋を多数発見した。その中には貴重な魔導紋様も存在し、エイタは知らなかったが、各国の王家やギルドでも所持していないものも存在した。


 西側で手に入れた魔導紋様は多種多様なもので、手に入れた順番で列記すると次のようになるが、エイタの頭の中で未だに整理がついていない。


 『遮音結界』『隠蔽』『物品召喚』『研磨』『魔力盾』『簡易魔力制御』

 『物質融合』『凍結』『思考加速』『硬強化』『なめし』『慣性加速』『幻影』

 『見えない手』『魔瞰視まかんし』『浄水』『雷衝撃』『魔力変換』『次元深層信号』


 この中で希少な魔導紋様は『隠蔽』『思考加速』『慣性加速』『物品召喚』『次元深層信号』の五つで、中でも最後の三つは、世の中から忘れ去られ喪失した魔導紋様だった。

 エイタは、それらがどれほど貴重な知識か本当の価値に気付いていなかった。傀儡工や魔導工芸技師は、己の習得した技術を秘匿する事が常識となっており、誰がどれほどの知識を持っているかは出来上がった作品でしか推測出来ないからだ。

 だから、ここの迷宮で得た知識も一人前の魔導工芸技師なら知っているものだとエイタは勘違いしていた。


 西側に有った採掘場所の地層には緑煌晶と青煌晶が多く、食糧は緑煌晶と引き換えに手に入れている。内容は相変わらず硬いパンと薄いスープだが、肉を定期的に双角小豚から得ているので食生活の面では少しマシになっている。


 渡していない魔煌晶は少しだけ天窓の横に隠しているが、ほとんどは西側で見付けた隠し部屋に保管している。この隠し部屋は、元工房だったらしく様々な道具が残っていた。

 金床と鋼鉄製の槌、やっとこ、ヤスリなどだ。そしてもっとも重要な道具は、『紋様圧縮』と『刻印』の魔導紋様が刻まれた刻印台だった。金属製の四本足にに支えられた円錐形の水晶が円形の平らな部分を上にして一体化したもので、傀儡工や魔導工芸技師には無くてはならない道具だった。

 しかも見付けた刻印台は大型の魔導紋様も扱える一級品で職人なら家宝とするようなものだった。


 刻印台……それは小さな魔導工芸品を製作する為の道具で、上部の円形部分に必要な魔導紋様を描き、下の尖った先端部分に素材を置いて使用する。

 刻印台を使って作られる一般的な魔導工芸品は、魔導符と呼ばれる小指の長さほどの楕円形のメダルや指輪などがある。その素材は魔煌合金と呼ばれる各種金属と魔煌晶との合金で高価な金属や魔煌晶を使って作られたものほど複雑で強力な魔導紋様を刻めると言われている。


 エイタは折角刻印台を発見したにもかかわらず使わなかった。この迷宮を脱出する為には、強くなるしかないと考え槍の稽古と魔物狩りを優先したのだ。


 迷路の西側を制覇した後、東側に戻った。オークと決着をつける時が来たとエイタは考えた。

 エイタの装備は鋼鉄製の仕込み槍、豚革のベストである。心許ない装備だが、エイタが用意可能だった精一杯のものだ。

 槍は杖に見えるような鞘を用意する事で、槍と見破れないように工夫した。

 頭の中に有る地図に従いオークの居る小空間へと向かう。


 小空間の中央にオークが立ち、入り口から姿を見せたエイタを睨んでいる。

「ブゴゥオオオーッ!」

 棍棒を振り上げたオークがダッシュした。エイタは杖に仮装した鞘を外し槍の穂先をオークへ向ける。

 振り上げられた棍棒がエイタの頭目掛けてブゥンと振り下ろされる。左足で地面を蹴り横ステップで躱す。棍棒が頭の横を通り過ぎ、ヒヤリとする。


 エイタはオークの胸を狙い槍を突き出した。オークは体を捻り槍の穂先を躱す。胸を掠めてオークに血を流させるが、致命傷には程遠い傷だ。

「ウゴォオオオッ!」

 再び吠えるような声を上げ振り回す棍棒を、エイタは槍で受け流し、ステップで躱す。棍棒の空気を切り裂く音がエイタの耳に届き冷や汗が流れる。

 ……おっかねえ、一片のお迷いもなくオイラの頭を潰す気だ。こいつ正真正銘の化け物だ。


 オークはエイタの頭を狙って棍棒を振り回し始めた。そこが急所だと知っているのだ。

 棍棒を躱した後、槍を突き出そうとした時、オークが微かに笑ったように見えた。槍がオークの肩に突き刺さる。槍の穂先で肩をえぐろうとしたが、肩の筋肉が盛り上がり槍の刃をガッシリと挟み込み固定する。

 痛みを我慢していたオークが切れて棍棒で槍を払う。槍が肩から抜け手から弾き飛ばされそうになる。慌てて握り直すが体勢を崩してしまった。そこにオークが体当りする。

「ウワッ!」

 エイタの体は吹き飛ばされ、地面を一転二転し壁に激突して止まる。


 起き上がろうとして右膝に激痛が走った。……拙い。この痛みはただ事じゃない。戦っている最中に『治癒』の魔導紋様を描いている暇なんかないし。クソッ、治癒の指輪位作っておくべきだった。


 薄笑いを浮かべたオークが棍棒を振り上げ迫って来る。立ち上がろうとして激痛が走り、前のめりに倒れる。……オークの居る方に倒れてどうすんだ。……自棄糞やけくそだ。

 槍をオークの方へ突き出した。偶然にも槍の穂先がオークの下腹に突き刺さる。オークが怒りの叫びを上げ、棍棒を槍の柄に振り下ろした。

『バギッ』

 槍の真ん中が折れ、バランスを崩したオークが転んだ。オークの自重が槍に掛かり、その穂先が背中に抜ける。


「ブゴグッ」

 オークの腹から大量の血が流れ出し血の池を作る。オークが真っ赤な血溜まりの中で藻掻き痙攣を起こして死んだ。オークの魂から顕在値が抜け出し、エイタの魂に吸い込まれる。


 久しぶりに身体が熱くなり力が溢れ出す。レベルアップしたようだ。


「死ぬとこだった。……痛っ……オイラ、全然強くなってないよ」

 ここ二ヶ月必死で槍の稽古をして来たが、無駄だったのか。エイタの心にそんな考えが浮かんだが、すぐに否定する。たかが二ヶ月で槍術のレベルが七級《駆け出し》より上になれるものではない。


「考え方を間違えていたのかもしれないな。職人であるオイラが、槍術の腕を上げて魔物を倒そうとしたのが間違いだったんだ」

 役に立つ道具をたくさん作れたのに、槍術の稽古ばかりしていた自分を反省する。

 ……明日にでも『治癒の指輪』は必ず作ろう。


「いかん、マナ珠を回収しなくちゃ」

 オークからマナ珠を回収した。オレンジ色をした飴玉ほどのもので四等級に相当するだろう。

 壁の銅板からは『付与陣』の魔導紋様を手に入れた。

 その後、『治癒』の魔導紋様を使って怪我した膝を治療を行った。おそらくヒビが入っていたであろう膝の痛みが和らいだ。だが、完治はせず鈍い痛みが少し残る。


 怪我した足をかばいながら採掘場所の地層で魔煌晶を掘り出した。緑煌晶と青煌晶が手に入る。その他に赤い色をした鉱石、辰砂の塊が転がり出たが必要になるとは思わなかったので拾わなかった。


 エイタは足を引き摺りながら迷路を戻り広場まで帰って来た。

「なんて日だ。今日は徹底的に運が悪い」

 広場の中を覗くと、あの三人組が居たのだ。


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