scene:77 高難易度迷宮
遅くなりました。
一方、北側の森に逃げたアサルトスパの部隊は、追って来たキャノンベアを引きずり回した後、全速で逃げ出した。
これはキャノンベアを南側の森に行かせない為の作戦である。
本当は一気に仕留めたかったのだが、盾の存在が邪魔で仕留められなかった。
キャノンベア部隊の指揮官が追撃を諦め、ファダル砦に戻って目撃したのは、意気消沈した味方の姿だった。
「いったい何があったのだ?」
指揮官が味方の兵士を捕まえ尋ねると。
「歩兵部隊が、自由都市連盟の奴らの罠に嵌まったのであります」
数千人単位の歩兵が死んだと聞いた指揮官は仰天した。それほど多数の死者が出た場合、自軍の士気が一気に下る事は確実だったからだ。
歩兵の数だけなら、まだカッシーニ軍の方が多い。だが、自由都市連盟軍には数千人の兵士を一日で倒すだけの兵器があると知ったカッシーニ軍は、敗北の予感を覚え始める者が増えた。
自由都市連盟軍は、この時を唯一の好機と考えた。
クロンバイト少将は、その日の夜に配下の者達を集め戦果と部隊の状況を確認した。
「十分な戦果が上がったか。ご苦労だった」
ヴォレス大尉はエイタの姿が見えないのに気付き。
「少将、エイタ顧問は呼ばなかったのですか?」
「ああ、顧問には近くの『岩宮殿迷宮』へ行き、赤煌晶と神銀を手に入れて来て貰う事になった」
「ユ・ドクトにも赤煌晶や神銀がないのですか?」
「現在、ユ・ドクトで集めていると連絡があったが、少し時間が掛かりそうなのだ」
ヴォレス大尉は不安そうな顔をする。
「『岩宮殿迷宮』と言えば、高難易度迷宮と聞いておりますが、顧問は大丈夫なのでしょうか?」
「中難易度迷宮の『峡谷迷宮』は攻略済みだそうだ。戦争がなければ、高難易度迷宮に挑む予定だったらしい。エイタ顧問は相当な強者のようだぞ」
その頃、エイタ達は岩宮殿迷宮へ向っていた。
岩宮殿迷宮はニルム砦から南西の方角にあるパタルス草原の中央に在る。
ガードビーストが曳くホバースレッドに乗ったエイタ達は、草原を眺めながら移動していた。ホバースレッドの底に発生した小さな複数の魔力盾が車体を持ち上げ、滑るように移動する事を可能にしていた。
「あっ、キツネさんだ」
モモカが大きな声を上げた。それを聞いたメルミラが。
「違うよ。あれはね、ミツモンって言う動物だよ」
「ミツモン……大きな耳で大きな尻尾なのに、キツネさんじゃないんだ」
時折、モモカは楽しげに笑い声を上げ、迷宮への旅を楽しんでいるようだ。
子供心にも、戦争を身近に感じ鬱積したものがあり、久しぶりの迷宮探索を楽しく感じているのかもしれない。
岩宮殿迷宮は、世界で三番目に大きな一枚岩の内部に発生した迷宮だ。
この迷宮は四層に分かれており、一層、二層、三層、四層と登るに従い強い魔物と遭遇する事になる。
目的の赤煌晶と神銀は、一層に存在する事が判っていた。これは探索者ギルドから仕入れた情報で間違いない。
ガードビーストは、馬が駆けるのと同程度の速度で長時間走る事が出来る。
そのガードビーストが曳くホバースレッドも、同程度の速度で移動可能だった。
岩宮殿迷宮に到着したエイタ達は、装備を確認してから中に入った。
エイタの装備は防護鎧・召喚籠手・プロミネンスメイス・リパルシブガン・プラズマ投擲弾である。中難易度迷宮ではフィストガンも装備していたが、高難易度迷宮では役に立たないだろうと判断し装備から外した。
「岩宮殿迷宮は高難易度迷宮だ。二人共慎重に進むんだぞ」
スパトラに乗ったモモカとメルミラが元気よく返事をした。
岩宮殿迷宮の内部には広い通路が縦横無尽に広がっていた。入口付近の通路は幅十二マトル《メートル》、高さ九マトル《メートル》の通路で西へと伸びており、中は薄暗かった。
とは言え、光源が無かった訳ではない。内部は濃い瘴気が漂っており、それが淡い光を放っていた。
内部の暗さに目が慣れると、迷宮の様子がはっきりと分かるようになった。
「これは自然に出来上がったものじゃないな。何か生物が掘ったものだ」
エイタが通路の壁を調べて声を上げた。
「これ、人間が掘ったの?」
モモカが尋ねた。
「いや、人間じゃないな。もっと大きな生物だ」
「だったら、魔物なんでしょうか?」
メルミラが不安そうに周りを見回した。
「そうだな。このまま進めば、遭遇する危険もある」
「エイタさん、私の武器は通用するでしょうか?」
「一層までなら、大丈夫だと思う」
その時、メルミラが前方の気配に気付いた。
「何か居ます」
現れたのは、頭部に山羊のような角を持つ鬼、山羊頭鬼だった。身長二マトル《メートル》少し、体色は青く手には棍棒を持っている。
エイタはガードビーストを前衛として前に進ませる。
山羊頭鬼が棍棒でガードビーストに殴った。ガードビーストは盾で防ぐが、一発一発がかなり重い一撃らしくガードビーストの躯体が大きく揺れる。
エイタは素早くリパルシブガンを構えた。セレクトレバーは【4】にして引き金を引く。
亜鉛鍍金銅弾である専用弾は、山羊頭鬼の胸に命中した。その胸筋を抉り肺を傷付ける。
山羊頭鬼が血を吐きながら凄絶な咆哮を放った。
口から血を流す鬼が、ガードビーストを無視し手に持つ棍棒を振り上げ走って来る。メルミラがプラズマ投擲弾を投げた。指先から離れたプラズマ投擲弾は急加速し、白い光を放ち始める。プラズマを纏った投擲弾は、着弾の直前にプラズマを山羊頭鬼の腹部に向って放ち青い皮膚と筋肉を焼く。
その後、投擲弾が内臓を抉りダメージを与えた。
山羊頭鬼がガクリと膝を突いた。直後、スパトラに搭載しているリパルシブガンから専用弾が放たれる。モモカが発射したのだ。
専用弾は山羊頭鬼の額に命中し息の根を止めた。山羊頭鬼の顕在値がモモカに移り、レベルを二つ押し上げた。それだけ強い存在だったようだ。
メルミラは角とマナ珠を剥ぎ取った。マナ珠は二等級のものでかなりの価値が有るだろう。
エイタは山羊頭鬼の傷口を見て、専用弾が貫通していないのを確認し、この迷宮の難易度の高さを思い知った。一層の魔物だというのに凄まじく頑丈な肉体を持っていると感じたのだ。
一層の入口付近には、神銀が採掘出来る場所が在ると探索者ギルドから情報を貰っているので、そちらの方へ進む。最初の角を右へ、次を左に進んだ所で、別の山羊頭鬼と遭遇した。
エイタはリパルシブガンのセレクトレバーを【5】にして山羊頭鬼の胸を狙った。バンという発射音と同時に凄い反動が肩を叩く。防護鎧がなければ吹き飛びそうな反動だ。
専用弾は山羊頭鬼の心臓を貫通した。それでも即死せず、二、三歩走った所で倒れた。
「リパルシブガンを最高出力にして、急所を狙えば仕留められるようだ」
メルミラが自分の武器であるプロミネンスクラブとプラズマ投擲弾をチラッと見て。
「私の装備だと高難易度迷宮は苦しいですね」
「そうだな。メルミラの装備は、後で何とかするよ」
スパトラの首に跨っていたアイスが、手を振りながら踊り始めた。
「ヘカヘカヘケッ」
「あのね~アイスも新しい装備が欲しいって」
モモカが通訳した。
エイタは苦笑しながら、アイスにも新しい装備を用意すると約束する。
神銀が採掘出来るという場所まで辿り着いた。その採掘場には、岩肌に大きな神銀の結晶が生えていた。
エイタは以前に作った神銀抽出具を取り出し、一番大きな結晶に押し当て起動させた。神銀抽出具は淡く黄色の光を放ち、神銀と何かの結晶らしい鉱物から神銀だけを吸い上げ始める。
幾つかの結晶から神銀を抽出し、十分な量の神銀を確保した。その神銀はスパトラの後部にある収納部に仕舞う。
「次の赤煌晶は、奥に有るんですよね」
「そうだ。二層に上がる階段近くにあるらしい」
エイタ達は階段を探して歩き回り、身体が牛、頭が豚の化け物カトブレパスに遭遇した。
そのカトブレパスは、以前に遭遇した同種の魔物より一回り大きく、体毛の色も異なり真っ赤だった。
「レッドカトブレパスという所か。手強そうだな」
エイタが呟き、リパルシブガンを構えた。
レッドカトブレパスはエイタ達に気付くと、荒い鼻息を響かせた。
硬い通路の床を削るような勢いで駆け出したレッドカトブレパスが、エイタ達に迫って来た。
「突進を止めろ!」
ガードビーストが盾で突進を受け止めるが、レッドカトブレパスの突進力は凄まじく、ガードビーストを撥ね飛ばしてしまう。
「避けろ!」
エイタの叫びで、モモカとメルミラがバラバラに散開した。
モモカがリパルシブガンを発射した。高速で飛翔する専用弾が、レッドカトブレパスの肩に命中し頑丈そうな毛皮を抉り筋肉で止まった。
「おいおい、リパルシブガンでも奴の筋肉を貫通出来ないのかよ」
エイタは愚痴りながらプラズマ投擲弾を投げた。加速した投擲弾が高熱のプラズマに包まれ飛翔し、カトブレパスの顔に当たった。プラズマが魔物の眼を焼く。
レッドカトブレパスがのた打ち回り、凄まじい咆哮を上げた。
目が見えなくなったレッドカトブレパスは、音で敵を探し始めた。標的になったのは、スパトラである。
どうしても機械音が発生するので、標的となったようだ。
「逃げろ!」
「こっちに来ちゃダメぇー」
モモカは大声を上げながらスパトラを操り逃げる。
逃げるスパトラに向かって、レッドカトブレパスが突撃する。エイタはリパルシブガンを連射した。専用弾が魔物の体に命中するが、分厚い筋肉に阻まれ急所にまで専用弾が届かない。
それでも、スパトラを追うレッドカトブレパスの動きが止まった。
魔物の体中に刻まれた弾痕から血が流れ出し、少しずつ魔物を弱らせている。
専用弾がレッドカトブレパスの首に開けた穴から、大量の血が吹き出ているのを見たエイタは。
「二人とも、奴の首を狙うんだ」
逃げるのを止め、引き返して来たモモカはリパルシブガンを首目掛けて連射する。
続いてメルミラがプラズマ投擲弾を投げ、レッドカトブレパスの首を焼き焦がした。それが致命傷となったらしく、魔物が倒れる。
その瞬間、レッドカトブレパスの顕在値をメルミラが吸収し、力が溢れ出すような感覚を覚えた。
飛ばされたガードビーストが戻って来た。躯体のあちこちに傷が付き、帰ったら修理が必要だろう。
エイタ達は倒した魔物からマナ珠だけを剥ぎ取り、先を急いだ。
装備している武器だけだと不安だったのだ。エイタ達が予想していたより、高難易度迷宮の魔物は強かった。
高難易度迷宮に挑戦するには、装備から考え直さないと駄目だったようだ。
その後、二匹の山羊頭鬼と遭遇し何とか仕留め、赤煌晶の採掘場を探し当てた。
岩肌から赤煌晶が飛び出している光景には違和感があった。だが、元々迷宮とは不可解な場所だと納得する。
急いで採掘すると、迷宮を引き返す。
途中、レッドカトブレパスと遭遇したが、戦わずに逃げた。何とか逃げ切り迷宮を脱出した。
「怖かったね、アイス」
モモカがアイスに声を掛ける。
「ヘカヘカ」
たぶん同意しているのだろうアイスの声が聞こえた。
エイタ達はニルム砦の背後に在る宿場町バルムに戻って来た。
軍が手配し世話になっている工房に向かう。
「おおっ、無事で戻って来たな」
工房主であるベッサムが角張った顔で笑う。
「高難易度迷宮は手強かったよ。今の装備じゃ足りないって感じた」
「そうだろ、やっぱり高難易度迷宮を攻略するには、強化装甲鎧が必要なんだ」
このベッサムという職人は、国でも希少な強化装甲鎧の製作ノウハウを持つ匠だった。
「どうだい例の件を考えてくれたかい?」
例の件というのは、軍からの依頼で、特殊大型雷撃弾を製作出来る職人を増やしたいというものだ。
これは秘密にしていた『慣性加速』の魔導紋様を教えるという事である。エイタは渋ったが、軍はその代価として、強化装甲鎧の製作ノウハウを教えると交渉して来た。
「申し出を受けるよ」
エイタはベッサムに『慣性加速』の魔導紋様を教え、ベッサムは自分が纏めた強化装甲鎧の製作ノウハウ帳を貸してくれた。
取り敢えず、軍からの依頼である特殊大型雷撃弾の製作に取り掛かった。依頼数はアサルトスパ一機に五発ずつである。
『慣性加速』の魔導紋様を使える職人が二人に増えたので、作業は早めに終わった。出来上がった特殊大型雷撃弾を軍に収めたエイタは、強化装甲鎧の研究を始めた。
強化装甲鎧の装甲部分は、魔物の革が一般的である。但し魔物の革だけだと、どうしても強度不足で魔物の攻撃により破損する場合があり、要所要所を軍用傀儡に使われる魔剛鋼で補強する必要が有った。
その為、強化装甲鎧が重くなり、装着者の動きを制限するような強化装甲鎧が出来上がる。
それらの点も考慮しながら、強化装甲鎧の製作者は、装備する武器や遭遇するだろう魔物に合わせて設計しなければならない。
ただ近年は、大量の人造筋肉を使い重い強化装甲鎧を大馬力で動かすものが主流らしい。
一方、武器の方も強化を考えていた。
まずはリパルシブガンの強化だ。方法は二つ、特殊大型雷撃弾のような特殊弾を製作するか、現在十五個組み込まれている<斥力リング>の数を増やすかである。
エイタは<斥力リング>を二十五個組み込んだリパルシブガンを作り始めた。
数日掛けて作り上げたリパルシブガンは、前のものより少し大型化し専用弾も大きなものに変わった。エイタの予想では、専用弾を大きくし発射速度を上げた事で、威力は倍以上になるはずである。
心配なのは発射時の反動を防護鎧で吸収しきれるかである。
試す為に、メルミラとモモカを誘って町の近くに在る河原へ来た。
「この辺なら人目もないし、新しいリパルシブガンの試し撃ちが出来るな」
「エイタさん、新しいものはどれくらいの威力が有るんですか?」
「今までの最大砲口初速だったセレクトレバー【5】が、こいつだとセレクトレバー【3】になる。しかも専用弾が大型化しているので、威力もその分大きい」
「あの~、威力を大きくして反動は大丈夫なんですか?」
「それを試す為に、ここへ来たんじゃないか」
ここの河原は砂が溜まっており、少しくらい転んでも怪我する事はなさそうなのだ。
エイタは向こう岸に生えている大木に狙いを定めてから、セレクトレバー【3】で引き金を引いた。
バンという発射音と同時に反動が防護鎧を叩いた。反動の衝撃はほとんど防護鎧が防いでくれたが、完全ではなく一歩だけエイタの身体を後ろへよろめかせた。専用弾が大きくなった分、反動も大きくなったようだ。
専用弾は大木の幹に命中し、拳ほどの貫通孔を開けた。
「わっ、大きな穴が開いてる」
モモカが驚きの声を上げた。
確実に以前のリパルシブガンより威力が上がっていた。
次にセレクトレバー【4】で引き金を引いた。銃床で肩を殴られたかのような衝撃があり、尻もちをついた。
「凄い!」
メルミラの声が聞こえた。
エイタが立ち上がって標的にした大木を見る。幹の穴が開くと同時に縦に亀裂が走っていた。
「威力は十分だけど、防護鎧の性能が追い付いていないな。本格的に強化装甲鎧を作るか」




