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scene:75 騎乗兵の塹壕戦

遅くなりました。

 町の傀儡工房に魔煌晶やマナ珠を集め、特殊大型専用弾の製作が始まった。

 作る特殊大型専用弾の種類は『慣性加速』と『雷衝撃』の魔導紋様を組み込んだ特殊大型雷撃弾である。

 今回は国の存亡を左右する戦いとなるので、秘密にしていた『慣性加速』の魔導紋様を使う事に決めた。

 但し軍に『慣性加速』の魔導紋様については話さなかった。故に特殊大型雷撃弾を作れるのはエイタだけである。

 エイタは特殊大型雷撃弾に『慣性加速』と『雷衝撃』の魔導紋様を組み込む作業だけを担当し、他は工房の職人に任せた。

 アサルトスパ二〇〇機に二発ずつ配布するとしても四〇〇発の特殊大型雷撃弾を製造しなければならない。短期間にそれだけ製造するのは大変な作業となる。

 また敵の軍用傀儡に致命傷を与えるには高性能の特殊大型専用弾が必要だと判断したエイタは、最高級の素材を使用する事にした。町と砦にある赤煌晶と質の良いマナ珠を集めさせた。

 町の職人全員に協力を要請した。そして、モモカとメルミラにも手伝って貰う。

「お兄ちゃん、赤煌晶を持って来ようか?」

 エイタの手元に赤煌晶が少なくなったのに気付いたモモカが尋ねた。

「ああ、二〇個ほど持って来て」

 モモカは工房の奥に行って赤煌晶を抱えて来た。

「少し休んだ方がいいんじゃないですか?」

 メルミラは朝から休みなく働いているエイタを心配して声を掛けた。

「大丈夫。ホメンドーラの製造が終わった後休んだから気力体力ともに十分な状態なんだ」

 エイタ達と工房の職人達の頑張りにより三日間で四〇〇発の特殊大型雷撃弾が完成した。


 一方ヴォレス大尉率いる第二騎乗傀儡特別大隊は砦の前に広がる塹壕網を作りながら、ある訓練をしていた。

 それは塹壕を駆け巡りながら塹壕の外に駆け上がる訓練である。塹壕の中には数十箇所に階段状の台が作られており、そこを足場としてアサルトスパが外へ出られるようになっていた。

 アサルトスパが勢いを付けて塹壕の外に飛び上がり、また塹壕に飛び下りる。それを繰り返し訓練を続けた。


 その間、カッシーニ軍のファダル砦では、砦の修復と補給が行われていた。特に軍用傀儡の燃料である高純度アルコールが不足していたので、急遽輜重隊がアルコールを砦に運び込んだ。

 そして、ファダル砦の警備は厳重になり、国境付近の見回りも大幅に増員された。

 ファダル砦の作戦会議室では、メイリゲル中将が主だった将校を集め、今回の失態で失った失点を取り戻すべく次の作戦の検討を始めた。

「首都のハルトマン元帥から警告の言葉が届いた。今回のような失態が二度続けば我々の更迭も辞さないそうだ」

 副官であるボルノフ大佐が額にシワを寄せ。

「拙いですね。何とか挽回せねば」

「そうだ。それにはどうする。何か意見の有る者は?」

 中将が集まっている将校達を見回した。将校の中で眼をギラつかせ闘気を溢れさせている者がいた。

「オスヴァルト中佐、何か意見が有るのかね?」

 中佐が姿勢を正し中将の眼を見る。

「私は軍用傀儡による奇襲を提案します。ニルム砦の奴らを同じ目に遭わせるのです」

「馬鹿な、こちらが奇襲された直後ならまだしも、今は奴らも警戒している。その証拠に防御用の溝を掘り始めているではないか」

 ボルノフ大佐が反論した。

「待って下さい。確かに奴らは堀を作り防御力を高めようとしています。だからこそ早い時期に攻撃しなければならないのではありませんか」

 カッシーニ軍は塹壕を防御用の堀と勘違いしていた。

「いや、今は補給物資が十分に集まっていない。もう少し待つべきだ」

「それでは奴らの堀が完成してしまう。未完成のうちに叩くべきです」

「燃料のアルコールは兎も角、キルバインの特殊弾が不足している」

「一度戦うだけの備蓄は残っています」


 将校達が議論を戦わせ、その結果すぐにでも攻撃すべきだという声が多くなった。

 メイリゲル中将はジッと議論を聞いていたが、皆を静かにさせ。

「君達の意見は判った。ここはオスヴァルト中佐の意見を取ろうと思う。即刻攻撃の準備を始めよ」

 中将も奇襲作戦は無理だと理解しており、奇襲作戦は否定された。故にファダル砦の総力を持って攻撃する作戦案が立てられた。


 その日、カッシーニ軍は軍用傀儡を先頭にして自由都市連盟軍が作製途中の塹壕網に近付いた。先頭のキラーマンティス三〇〇体の部隊が塹壕から目視出来る位置まで進んだ時点で自由都市連盟軍の兵士に発見され、塹壕の中が慌ただしくなった。

 塹壕の中ではアサルトスパが戦闘準備を始め、工兵達は素早く退避を開始した。

 ヴォレス大尉は敵の先鋒がキラーマンティスなのを確認してニヤリと笑う。

「特殊硬化弾を装填しろ。奴らはこいつの威力を知らないようだ」

 ジッダ軍には怖れられている特殊硬化弾だが、カッシーニ軍はまだ驚異的な威力を知らないようだ。

 特殊硬化弾の存在はカッシーニ軍にも伝わっていたが、正確な情報が伝わっておらずカッシーニ軍は特殊硬化弾に対する警戒が薄かった。


 先頭を行くキラーマンティスの部隊と一緒に移動して来たオスヴァルト中佐が戦闘開始の号令を発した。

 巨大な蟷螂の姿をしたキラーマンティスが塹壕を作っている工兵達を仕留めようと走り出した。

 何千もの歩兵を血祭りにした軍用傀儡である。アサルトスパに乗る騎乗兵達も顔色を青褪めさせ、ダブルショットボウの取っ手を固く握り締めた。

「塹壕を出て、キラーマンティスを無力化する」

 ヴォレス大尉が騎乗兵達に声を掛け、攻撃の合図を出した。

 塹壕からアサルトスパが勢い良く飛び出す。飛び出したアサルトスパは国境地帯の草原を疾駆しキラーマンティスに近付くと特殊硬化弾を撃ち込んだ。

 実戦経験の少ない騎乗兵達だったが、ヴォレス大尉とオスゲート上級曹長に鍛えられた者達はキラーマンティスに特殊硬化弾を命中させた。

 騎乗兵達は一発や二発を命中させても効果があるとは思っておらず、何発も叩き込みキラーマンティスを硬化剤塗れにする。


 飛び散った硬化剤はキラーマンティスの関節部分に入り込み固まり始めた。

 動きを止めたキラーマンティスが目に入り、ヴォレス大尉は満足そうに頷く。

 オスヴァルト中佐も動きを止めたキラーマンティスには気付いていた。それでも命令は変えなかった。動かない軍用傀儡を押し退け新たなキラーマンティスが進んで来た。

 騎乗兵達は新たな獲物に特殊硬化弾を撃ち込む。最初に動きを止めたキラーマンティスの守秘機構が働いた。

 制御コアが自壊し人造筋肉が火を吹いて燃え出した。


 これを眼にしたオスヴァルト中佐は初めてキラーマンティスが撃破されたのだと気付いた。

「何故だ。こんな馬鹿な事が……」

 火を吹き煙を上げるキラーマンティスの数が増え始める。その数が一〇〇を超えた時、後方のメイリゲル中将からキラーマンティスを後退させるように命じる伝令が来た。

 オスヴァルト中佐は顔色を青褪めさせキラーマンティスに後退を命じた。

 逃げ始めたキラーマンティスを追撃するアサルトスパに気付いたヴォレス大尉は、大声で戻るように命じた。

 だが、深追いした騎乗兵の中にはキラーマンティスに取り囲まれ命を落とす者も出た。


「クソッ、実戦経験の浅さがこんな処で……」

 ヴォレス大尉は唇を噛み締め、キラーマンティスに取り囲まれたアサルトスパの姿をジッと見ていた。

 大尉の周りに騎乗兵達が集まり、カッシーニ軍の動きを見ているとキャノンベアが進み出て来た。

 一列に並んだキャノンベアがバーストキャノンの筒先をこちらに向けた。その直後、草原に発射音が響き渡る。


「塹壕に飛び込め!」

 騎乗兵達はアサルトスパを塹壕に飛び込ませ、塹壕全体に散らばる。

 キャノンベアが発射した爆裂弾が塹壕近くの地面に着弾し爆発した。盛大な爆発音と草混じりの土煙が舞い上がると視界を遮りキャノンベアの姿を隠す。

 塹壕に潜ったヴォレス大尉は土煙が収まるのを待ってから、敵の様子を観察する。

「またか」

 また発射音が響きバーストキャノンから爆裂弾が発射された。今度は塹壕に狙いを定めたようで何発かが塹壕に着弾し爆発した。

 幸いにもアサルトスパに直撃しなかったので、死者は出なかった。

 高価な爆裂弾が無意味に炸裂したのを見たキャノンベアの指揮官は顔を顰めた。


「あいつら前進して来ます」

「塹壕を狙うには遠すぎるんだろう」

 少し前進したキャノンベアが隊列を整えてから、もう一度爆裂弾を発射した。今度は続けざまに三連射である。幾つかが塹壕に飛び込みアサルトスパを破壊した。

 アサルトスパに組み込まれたマナシールドは爆裂弾を弾き返すだけの力はなく、爆発により騎乗兵は吹き飛び無残な姿を晒す。

「ヴォレス大尉、特殊大型雷撃弾で反撃を」

 部下の騎乗兵の言葉にヴォレス大尉は首を振る。

「まだ距離がある。もう少し近付くまで待つんだ」

 塹壕から煙が上がるのを見たカッシーニ軍はアサルトスパを何機か仕留めたのを知った。


 キャノンベアの指揮官はもう少し前進するよう命じた。キャノンベアが前進し隊列を整えようとした時、ヴォレス大尉の命令が響いた。

「突撃だ!」

 塹壕からアサルトスパが飛び出しキャノンベア目掛けて疾駆する。二〇〇機から少し数を減らしたアサルトスパの部隊は瞬く間にキャノンベアに近付きダブルショットボウの照準にキャノンベアを捉える。

 十分に近付いたアサルトスパはキャノンベア目掛けて特殊大型雷撃弾を放った。

 ダブルショットボウから放たれた特殊大型雷撃弾は途中で加速する。『慣性加速』の魔導紋様が効果を発揮し始めたのだ。

 通常の大型専用弾に比べ三倍の速度となった特殊大型雷撃弾はキャノンベアの分厚い装甲に命中し抉って内部に飛び込むと雷撃を放った。

 雷撃は自動傀儡の最も重要なパーツである制御コアを焼き破壊した。


 特殊大型雷撃弾が命中したキャノンベアは炎を上げた。爆裂弾や普通の雷撃弾ではここまでの威力はなかっただろう。キャノンベアの装甲は強靭で破壊力の大半を防ぐだけの防御力を秘めていた。

 だが、『慣性加速』の魔導紋様が組み込まれた特殊大型雷撃弾は装甲を貫通し内部で雷撃を放った。それがキャノンベアの致命傷となり撃破したのだ。

 オスヴァルト中佐は呆然とした様子で炎を上げるキャノンベアを見ていた。

「馬鹿な……我軍の新型軍用傀儡が」

 騎乗兵達は二発の特殊大型雷撃弾を撃ちキャノンベアの半分以上をを撃破した。


 ヴォレス大尉は塹壕に引き返すように命じた。

 塹壕に戻った騎乗兵達は口惜しそうに言う。

「もう二発特殊大型雷撃弾が有ったら全滅させられたのに」

 ヴォレス大尉は苦笑した。

「そう言うな工房の職人やエイタ顧問が不眠不休で作ってくれた特殊大型雷撃弾だったんだぞ」

 敵陣を見るとキャノンベアが後退している。予想外の被害に驚きカッシーニ軍は軍用傀儡を下げたようだ。

 代わりに出て来たのは弓隊である。三〇〇〇ほどの弓兵が草原を前進して来る。

 騎乗傀儡には弓兵の攻撃は効かないが、騎乗兵には有効だろうと考えたようだ。


 今度はメイリゲル中将自らが前線に出張って来た。

「中将、一旦退いて作戦を練り直した方が……」

「馬鹿な……このまま退けるか」

 ボルノフ大佐の助言を中将は退しりぞけた。

「ですが、我々は敵の騎乗傀儡を過小評価していました。このまま戦いを続けるのは危険です」

「危険を冒さずに勝利をもぎ取れるとでも思っているのか?」

「危険を犯して勝利が手に入るなら、軍人として嫌とは言いません。しかし、今回は勝利が手に入るとは思えません」

「やってみねば分からん」

 メイリゲル中将は血走った目で塹壕の方を睨み弓隊に攻撃の命令を下した。


 塹壕を這い回っていたヴォレス大尉は、敵の弓隊が出て来たので不審に思った。

「塹壕にはアサルトスパの部隊しか居ないのにどうしようと考えているんだ」

 部下の一人が応えた。

「自分達を射殺す気なんですよ」

「そうだな。三〇〇〇の弓兵をすり潰す覚悟が有るなら不可能ではないかもしれないな」

 アサルトスパにはマナシールドが装備されており、通常の弓矢の攻撃を弾き返す能力が有る。ただダブルショットボウやショットボウが攻撃に使う狭い範囲がマナシールドの穴となるので、それを狙って相打ち覚悟射れば騎乗兵を倒す事も可能だった。


 ヴォレス大尉は次にカッシーニ軍と戦う時は、騎乗傀儡への対策がなされているだろうと予想し、今回の戦いで敵の兵力を少しでも多く削るべきだと判断した。部下の騎乗兵達に攻撃の合図をする。

 塹壕を飛び出す騎乗兵達の顔から疲れているのが判った。

 草原を最高速度で駆けたアサルトスパは敵の弓隊に近付く。

「放て!」

 三〇〇〇の弓兵が一斉に矢を放った。上空に舞い上がった矢は重力に負け雨のように騎乗兵達の頭上を襲った。だが、騎乗兵達にとって頭上からの攻撃は怖くなかった。

 マナシールドの穴は側面に有ったからだ。


 雨のように降り注ぐ矢はマナシールドに当たり跳ね返される。

 その様子を見たメイリゲル中将は顔色を青褪めさせ身体をふらりと泳がせた。

「中将」

 近くに居たボルノフ大佐が中将の身体を支える。

 その間に騎乗兵達は弓兵に近付きショットボウの弾丸を連射した。軽装の弓兵は弾丸を受けてバタバタと倒れた。弓隊は総崩れとなり我先に逃げ始めた。

 その間思う存分に暴れ回った騎乗兵達は弓兵八〇〇ほどを仕留めていた。


 ヴォレス大尉は後退の合図をする。

 塹壕に戻った騎乗兵達は弾丸の補給を行いヴォレス大尉の命令を待った。

 ヴォレス大尉は塹壕から敵を観察する。大きな盾と槍を持つ重装歩兵が前に出ていた。敵は守りに入ったようだ。

 大尉は部下達に休息するよう命じてから塹壕を抜け出しニルム砦に戻り、クロンバイト少将と相談した。

「少将、部下達の疲労が大きいです」

「そうか、無理はさせられんな。敵はどう動くと思う?」

「かなりの損害を与えたので攻勢に出る事はないと推測します」

「なるほど、今日は戻って作戦を練り直すか……私でもそうするだろう」

「部下達を休ませてやりたいのですが」

「判った。モルガート一〇〇体と弓兵部隊を塹壕に移動させる。配置が終わったら砦に戻って来い」

 ヴォレス大尉は安堵の溜息を吐き、騎乗兵達に知らせる為に塹壕に戻った。


 その日の戦いはカッシーニ軍が兵を退いた時点で終わった。

 疲れ果てた騎乗兵達は兵舎に戻ると寝台に倒れるように横になり寝た。

 ヴォレス大尉だけはクロンバイト少将の下へ行き次の戦いに備えて話し合う。その席にはエイタも呼ばれた。

「特殊大型雷撃弾だが量産出来ないものなのか?」

 クロンバイト少将の質問にエイタは苦い顔をする。

「あれは赤煌晶を使っているので量産となると……」

「ユ・ドクトに連絡して赤煌晶の補給を頼むつもりだ」

「……ホメンドーラの製造でも赤煌晶を大量に使ったから。ユ・ドクトの備蓄も少なくなっているはずです」

「そうだったのか。そうなると量産は難しいのか」

「それに特殊大型雷撃弾だけに頼るのは危険だと思う」

 エイタの言葉にヴォレス大尉が反応する。

「どうしてだね?」

「特殊大型雷撃弾を防ぐ方法も幾つか有るんです」

「例えば?」

「一番単純なのが、分厚い盾を装備する事かな」

 軍用傀儡なら可能な事なのでクロンバイト少将とヴォレス大尉は深刻な顔になった。


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