scene:74 ニルム砦の騎乗兵
久しぶりの投稿になってしまいました。
申し訳ありません。
ユ・ドクトの工廠ではホメンドーラの製造が急ピッチで進められていた。
三〇体のホメンドーラをアシルス砦へ送り出した後、エイタと工廠の職人達は懸命に作業し二〇〇体のホメンドーラを製造した。
その時点で、備蓄していた偽魂核が品切れとなり、ホメンドーラが製造が止まった。
エイタは工廠の職人達に製造中断と休みを言い渡した。
完成したホメンドーラはカッシーニ共和国との国境付近に有るニルム砦へ送られる予定になっている。
職人達に休みを言い渡した翌日、キリアル中将に呼び出された。
参謀本部の二階にある中将の部屋に行くとキリアル中将とバオレル大佐が待っていた。
「ホメンドーラの件は聞いた。ダルザック連盟総長が喜んでおられたぞ」
「そうですか。職人達も光栄に思うでしょう」
「ところで、工廠は偽魂核が揃うまで作業が止まると聞いたが、その間何か予定が有るのかな?」
その質問を聞いて、エイタは嫌な予感を覚えた。
エイタが予定はないと答えると、キリアル中将が獲物を見つけた獣のように笑った。
「済まないが、ニルム砦へ行ってくれないか」
「何故、ニルム砦へ。ホメンドーラの整備なら、砦に居る傀儡工で十分なはず」
キリアル中将が首を振る。
「整備の仕事を君に頼むつもりはない。やって欲しいのは、敵の新型軍用傀儡の対応について研究して欲しいのだ」
バオレル大佐から詳しい説明をして貰った。
カッシーニ共和国の新型軍用傀儡キルバイン(愛称キャノンベア)が、味方に大きな被害を与えているそうだ。
アサルトスパの部隊に一度は破れているキャノンベアだが、あの時は地形が不利で数も圧倒的に少なかったので完勝出来たのだ。平原において同数で戦えば、アサルトスパに勝ち目はないだろう。
「ニルム砦の前面に広がるケスベル平原で、四日前に戦いがあった。敵のキャノンベア一〇〇体が戦場を駆け回りながら砲撃し、味方に甚大な被害を与えた」
キャノンベアが使用出来る砲弾は爆裂弾と魔導徹甲弾である。魔導徹甲弾は対軍用傀儡用で、モルガートはもちろん、メルドーガも撃破された。
しかも爆裂弾が自由都市連盟兵士達の頭上に襲い掛かり、兵力の二割が死傷者となる大ダメージを与えたらしい。
ニルム砦に集結した兵力の二割と言えば、二〇〇〇人以上になる。バオレル大佐の顔には無念そうな表情が浮かんでいた。
キリアル中将がニルム砦に移動中である第二騎乗傀儡特別大隊を思い出し。
「ヴォレス大尉が率いるアサルトスパの部隊に、キャノンベアが抑えられると思うか?」
エイタはキャノンベアの性能を吟味し判斷する。
「二〇〇機のアサルトスパと一〇〇体のキャノンベアか……二対一では厳しい。少なくともキャノンベア一体にアサルトスパ三機は必要だと思います」
中将が拳をきつく握り締め目を瞑る。
「もう少し時間が有れば……」
バオレル大佐がエイタの方へ顔を向け。
「君はキャノンベアをどう思う?」
「装甲の厚さはメルドーガより劣るけど、馬力は同等。両手の爪は恐ろしいほどの切れ味で兵士を切り裂き、背中に搭載されているバーストキャノンは兵士や軍用傀儡を効率的に倒すバランスの良い軍用傀儡ですね」
「キャノンベアに有効な戦術、または兵器を考案してくれ」
エイタは承知した。ニルム砦が落ちれば、自由都市連盟とって存亡の危機となるからだ。
ケスベル平原にあるカッシーニ側の砦は『ファダル砦』である。その砦には二〇〇〇〇の兵士とキラーマンティス三〇〇体、キャノンベア一〇〇体が集結していた。
一方、ニルム砦の兵力は死傷者を除くと兵士八〇〇〇、モルガート三六〇体、メルドーガ三五体である。
自由都市連盟にとって厳しい状況である。
カッシーニ側にすれば、自由都市連盟とジッダ侯主連合国との戦いが終わる前に、自由都市連盟の領土に侵攻したいと考えているようだ。
自由都市連盟が持ち堪えられているのは、頑強なニルム砦と優秀な指揮官であるクロンバイト少将の御蔭であった。クロンバイト少将は防衛戦の天才と呼ばれ、砦や城などを起点にした戦いに秀でていた。
だが、クロンバイト少将の技量を持ってしても勝利の天秤は敵方の方へと傾いていた。キャノンベアの砲撃で砦の防壁の一部が破壊され、土嚢で応急修理がされているような状況なのだ。
そこにヴォレス大尉の第二騎乗傀儡特別大隊が到着した。
ヴォレス大尉がクロンバイト少将の下へ報告に行くと。
「待っていたぞ、ヴォレス大尉」
疲れた顔をしている少将が歓迎してくれた。
大尉が到着の報告をし、戦況を尋ねた。
「それなんだが、前回の敵の攻勢はなんとか防いだ。……が、次が危ない」
ヴォレス大尉は戦況を聞いた後、少し考えてから。
「我々が時間稼ぎをしましょうか?」
クロンバイト少将が何を言っているのかという顔をする。
「何をしようというのかね?」
「奇襲です。敵の砦に専用弾と焼夷弾を御見舞して来ます」
少将が呆気に取られた顔をする。
「そんな事が可能なのかね」
「それだけで砦を落とす威力は有りません。ですが、敵を混乱させ時間を稼げるのではと考えます」
「なるほど……面白い。検討する価値が有るようだ」
クロンバイト少将は幕僚を招集し、ヴォレス大尉が提案した奇襲作戦を検討した。
作戦の詳細が決まるとヴォレス大尉は部下達に休息するよう命じた。
時間が経過し夜半を過ぎた頃、アサルトスパの部隊が密かに砦を出て大きく迂回しながら敵領土に向かった。
カッシーニとの国境線は長大であり、万里の長城のような壮大な建造物を建てる資金もないので、高さ三メートルほどの塀が築かれていた。
両国が共同で築いたものである。中途半端な高さの塀なので越える事は容易だった。その為、兵士達が見回りをしている。
カッシーニ側は戦いが優勢であるからなのか国境線の警備が緩くなっている。
その夜の空には月が昇っており、地上を淡い光で照らしていた。
工兵が堀に丈夫な板を斜めにかけ、アサルトスパが登れるように細工した。
次の見回りが来て去った後、ヴォレス大尉はアサルトスパを操り板を足場にして塀を登り、反対側に飛び降りた。ドスンと音が響く。
ヴォレス大尉に続いて次々にアサルトスパが塀を越えて来る。
アサルトスパの一団は、闇に紛れてカッシーニの領土に潜入した。
ファダル砦に近付いたアサルトスパは、砦から最も近い林の中に潜み、時を待った。奇襲の時間は夜明けと同時である。
東の空が明るくなる。ヴォレス大尉は旗下の騎乗兵達に片手を突き上げて合図を送った。
アサルトスパがファダル砦に向かった駆け出す。アサルトスパの上ではダブルショットボウの取っ手を握り締めた騎乗兵達が砦の内部に狙いを付ける。
ヴォレス大尉の第一射を合図に奇襲が始まった。ダブルショットボウに装填されている弾倉には焼夷弾が込められていた。
砦の建造物に命中した焼夷弾は爆発音を響かせてから炎を撒き散らす。
内部から悲鳴や叫び声が上がった。
ファダル砦は石造りの建物だが、全てが石で出来ている訳ではない。窓や内装などは燃えやすい木材や紙、布なども使われていた。
焼夷弾が窓から内部に飛び込むと派手に燃え上がる。
ヴォレス大尉が砦の頑丈な門に向かう。その後ろには配下の騎乗兵が続いている。弾倉を大型専用弾に切り替えたダブルショットボウが発射音を響かせる。
風を切る弦の音が連続して響き、大型専用弾が門に集中し命中する。鋼鉄製の扉は大型専用弾の一発や二発ではビクともしなかったが、それが十数発も続くとボコボコになりキシミ始める。
大型専用弾の一発が扉の蝶番を吹き飛ばした。
その頃になって、砦側から反撃が始まる。防壁の上から矢が飛んで来たのだ。
矢はアサルトスパのマナシールドにより弾かれ虚しく地に落ちた。
見ると防壁の上に一〇〇人ほどの弓兵が並んでいる。
ヴォレス大尉が声を張り上げた。
「弓兵を狙え!」
騎乗兵達はアサルトスパを駆りながら、携帯して来たショットボウを構え弓兵を狙い撃つ。ダブルショットボウを使わないのは、大型専用弾ではオーバーキルとなるからだ。
弓兵に鉛の銃弾が命中し、その命を奪う。
防壁の上から弓兵が次々に落下する。そして、それを補充する為、砦の内部から防壁に弓兵が駆け上がって来る。
敵は混乱しているようだ。矢がアサルトスパには効かないと気付かない。二〇〇人ほどの弓兵が防壁から落下した頃、防壁の上にキャノンベアが現れた。
それに気付いたヴォレス大尉は顔を顰めた。軍用傀儡の背中に搭載されたバーストキャノンが火を噴く。
駆け回るアサルトスパの間に爆裂弾が轟音を響かせる。
ヴォレス大尉は撤退のタイミングだと感じた。最後に砦の内側に残った焼夷弾を全弾撃ち込ませた。
砦から新たに火の手が上がり、叫び声が木霊する。
早朝に始まった奇襲は、カッシーニ側の混乱が収まる前に終了した。アサルトスパの部隊は退却し、戦場となったファダル砦には、戦死した多くの弓兵と焼け焦げた建物が残された。
ファダル砦の指揮官であるメイリゲル中将は、砦の惨憺たる様子を見て拳を執務机に叩き付けた。
「何故だ! ここまで積み上げた戦略が」
副官であるボルノフ大佐が落ち着かせようと。
「中将、被害は軽微です。落ち着いて下さい」
「軽微だと……弓兵の死傷者は?」
「二〇〇名ほどです」
「ん……思っていたより少ないな。だが、あの火は何だ?」
中将の視線の先には盛大に炎と煙を上げている建物が有った。
「軍用傀儡の燃料庫に火が入りました」
それを聞いた中将の顔が苦いものに変わる。
「燃料庫は石造りの頑丈な構造になっておるのではなかったのか?」
ボルノフ大佐も顔を歪め、苦々しげに答える。
「敵の焼夷弾が偶然にも換気用の小さな窓に命中したようなのです」
これは運が悪かったとしか言いようがない。軍用傀儡の燃料を失ったカッシーニ軍は、一気に攻勢に出ようと思っていた矢先に、戦略自体を再検討する必要に迫られた。
ニルム砦に帰還したヴォレス大尉は、戦果を報告した。
「ありがたい、これで砦の防備を固める時間が出来た」
クロンバイト少将から礼を言われたヴォレス大尉の顔には、笑みは浮かばなかった。今日戦ったキャノンベアが強敵だと感じていたからだ。
キャノンベアの移動砲台としての性能には侮れないものがあり、効率よく配置されたキャノンベアが進撃してくれば、アサルトスパでも大きな被害を出すかもしれない。
問題はバーストキャノンの射程が、ダブルショットボウより長いと言う事だ。防壁の上から爆裂弾を撃ち込まれた時、その点に気付いたヴォレス大尉は危機感を抱いた。
ケスベル平原での戦いが小休止状態となった頃、ニルム砦にエイタ達が到着した。
モモカとメルミラも一緒に来たのだが、ニルム砦の傍にある町に宿泊した。この町は砦の城下町で、戦争状態になる前は、交易路の宿場町として栄えていた。
モモカとメルミラを宿に残し、砦に入ったエイタはクロンバイト少将と面会した。
エイタが少将の執務室に入るとヴォレス大尉の姿が見えた。
「君が工廠の顧問なのかね」
少将が戸惑ったような声を上げた。ヴォレス大尉が苦笑いして。
「間違いありません。エイタ顧問です。アサルトスパやホメンドーラの開発者でもあります」
「失礼した。あまりに若いので驚いてしまったのだ」
エイタはこういう対応を慣れているので聞き流し、戦況を聞いた。
全体としては劣勢にあり、先の奇襲で休戦状態になっているようだ。
「問題は、敵の新型軍用傀儡キャノンベアの存在だ」
ヴォレス大尉がキャノンベアの脅威を告げた。
「キャノンベアのバーストキャノンは強力だ。特に射程がダブルショットボウより長いのが問題なのだ」
それを聞いて、エイタはなるほどと頷いた。
ダブルショットボウの射程や威力を上げるには、大型専用弾や特殊硬化弾を魔煌合金で製作し、魔導紋様を刻印するのが一番簡単だろう。
アサルトスパの開発当初に提案され、予算の都合でボツになったものである。
それを少将と大尉に説明すると少将が。
「簡単に思い付くのなら、何故もっと早くに作らなかったのだ?」
「アサルトスパを開発した頃は、予算のほとんどをメルドーガに割り振って、アサルトスパの開発条件に低予算じゃないと駄目だと注文を付けられたからですよ」
クロンバイト少将は先見の明がない参謀本部の連中をど突き倒したい気分になった。
「エイタ殿、その特殊大型専用弾の製作を頼んでもいいだろうか」
「予算の縛りがなくなったから作ってもいいけど、やっぱり生産数は多く出来ないですよ。材料に魔煌晶やマナ珠を使うから」
少将が顔を顰める。ヴォレス大尉が何か思い付いたように顔を上げ、視線をエイタに向けた。
「敵の爆裂弾や魔導徹甲弾も同じようなものなのでは?」
「間違いなくそうだ」
「だったら、奴等に無駄玉を撃たせるのも有効な戦術ではないか」
エイタは頷いた。
「魔煌晶やマナ珠は迷宮に潜って取って来なきゃならないから、爆裂弾や魔導徹甲弾の在庫は少ないはずだ」
その後、どうやってキャノンベアに無駄玉を撃たせるか検討が始まった。
翌日、砦の前にある草原にアサルトスパが出て塹壕掘りを始めた。
ここでもアサルトスパの足の裏に装着する小さなスコップが活躍する。アサルトスパも行き来出来る幅のある塹壕が瞬く間に掘られていく。
ヴォレス大尉は設計図のようなものを手に持ち、作業をしている騎乗兵達に指示を出す。
「そこ、もっと深く掘れ。頭が地上から見えると爆裂弾で殺られるぞ」
塹壕は砦を中心に半円状に広がり、その内部は迷路のような形状になり始めていた。
一方、エイタはモモカ達が居る町に戻り、町の傀儡工房に向かった。
砦の中にも工房は有るのだが、砦にはモモカ達が入れないので町の工房で特殊大型専用弾を製作しようと決めた。モモカとメルミラはエイタの工房で手伝いをしているうちに簡単な作業なら任せられるまで成長していた。
「ダブルショットボウの特殊な弾を作る手伝いをして欲しいんだけど、いいか?」
モモカが嬉しそうに笑顔を見せ頷いた。
「任せて、頑張るよ」
「私も頑張ります」
ホメンドーラの製作で忙しくしていた間は、あまりモモカ達と一緒にいられなかったので、モモカは一緒に居られるだけで嬉しいようだ。