scene:73 ウェルナー大橋の戦い
テストに合格したホメンドーラの量産が開始された。同時にホメンドーラが使うストームガンの弾丸や弾倉も国中の工房へ発注され、大量に生産され始める。
とは言え、アサルトスパやショットボウの量産も継続しているので全体的に職人不足となっていた。ダルザック連盟総長は全国の職人に呼び掛け、軍の生産活動に協力するよう頼んだ。
御蔭でホメンドーラの存在は国中に知れ渡り、隣国にも存在を知られる。
ジッダ侯主連合国の首都タントでは大侯主ヒルデラント二世がホメンドーラの存在を知り、ニメルド元帥に確認した。
「このホメンドーラの存在を量産が開始されるまで気付かなかったのは何故だ?」
他国が軍用傀儡の開発を始めると何らかの情報がジッダ侯主連合国の諜報網に引っ掛かり、ヒルデラント二世の下へ報告されて来るのが普通だった。
ニメルド元帥は緊張した面持ちで。
「この軍用傀儡は最近になって開発を開始されたもののようです」
ヒルデラント二世が納得出来ないという顔をする。
「待て、量産を開始しているのであろう。少なくとも一年前から開発は始まっているはず」
「そ、それが開発は二、三ヶ月前からのようなのです」
「軍用傀儡の開発というものは二、三ヶ月で可能なものなのか」
ニメルド元帥が吹き出た汗を拭いながら。
「特殊な軍用傀儡だと思われます」
「どう特殊なのだ?」
「これは噂程度の情報なのですが、傀儡馬を元にした軍用傀儡だそうです」
「傀儡馬……そんなものが軍用傀儡となるものなのか?」
「量産化に失敗したメルドーガに代わり急遽開発された軍用傀儡ですので、性能より量産性を重視した機体となったようです」
ヒルデラント二世は不安が消えたかのように、そして、馬鹿にしたように笑う。
「そんな間に合わせの軍用傀儡など恐れる必要などないか。問題は騎乗傀儡と特殊弾丸に対する対応策だ。技術者達はどんな対策を考えたのだ?」
ニメルド元帥による説明だと、技術者達は軍用傀儡にローブのようなものを着せ、硬化剤を防ごうと考えたようだ。
「なるほど、分かった」
ヒルデラント二世は納得し防護ローブの製作を急ぐように指示した。
大急ぎで防護ローブが作られ、援軍のヴィグマンⅡ型二〇〇体と一緒にウェルナー大橋に送られた頃、ユ・ドクトからも完成したホメンドーラ三〇体がアシルス砦に送られた。
アシルス砦で騎乗傀儡特別大隊を指揮するルチェス大尉は、その功績により少佐に昇格していた。こんな短期間に続けて昇格するなど異例の事だった。
ユ・ドクトからの補給部隊が到着したと聞いて、ルチェス少佐が砦の中庭に出ると奇妙な軍用傀儡が目に入った。
「エイタ顧問のガードビーストに似ているが、四本腕とは珍しい」
ホメンドーラを観察していると顔見知りの者が近付いて来た。
「ルチェス大尉……いや少佐になったんでしたね。おめでとうございます」
主任技師になったベルグルだった。
「ありがとう。ところで、何故ここに?」
ベルグルは溜息を吐いて。
「エイタ顧問の代わりにホメンドーラの面倒を見ろと言われて来たんですよ」
「なるほど、ホメンドーラ部隊の指揮官は誰なんだ?」
「モルガートの部隊を指揮していたガルフ中尉です。参謀本部で聞いたら期待の俊英だそうですよ」
「参謀本部の評価は今一つ信用出来ないからな……話半分として聞いておこう」
「あっとそうだ。ヴォレス中尉からの伝言で、残り二〇〇機と訓練中の騎乗兵達はカッシーニ共和国との国境付近に有るニルム砦へ派遣されるそうです」
カッシーニ共和国との本格的な戦いは始まっていないが、両国の関係は決裂していた。
カッシーニ共和国はウェルナー湿原の領有を主張し、カッシーニ軍が駐屯していた湿原の島での戦いで戦死したカッシーニ兵士と破壊された軍用傀儡の賠償金を要求した。
この要求には自由都市連盟の外交官も激怒した。
事の発端は『チチラト村虐殺事変』である。無断で他国の領域に侵入し村人を殺したのが原因なのに、村人を殺した犯罪者達を討伐したら、賠償金を要求されたのだから自由都市連盟側が怒るのは当然である。
カッシーニ共和国の首脳陣はウェルナー湿原と自由都市連盟の領土を本気で狙っているのだと思い知らされた。
我慢出来なくなった自由都市連盟の外交官が『チチラト村虐殺事変』に対する賠償金を要求すると交渉の場は罵り合いの場に変わり、両国の関係は決定的に崩壊した。
結果、カッシーニ共和国の全権大使が宣戦布告を自由都市連盟へ伝えた。カッシーニ共和国の思惑通りである。
カッシーニ共和国は国境線に兵力を集め、いつでも戦いが始められるように準備を進めていた。
自由都市連盟も仕方なく第二騎乗傀儡特別大隊を編成し、ヴォレス中尉を大尉に格上げした上、指揮官として第二騎乗傀儡特別大隊を率いてニルム砦へ送る事を決定したようだ。
「そうか、カッシーニとも戦いになるのか。拙いな……ジッダ軍との決着を急がねば大変な事になる」
ルチェス少佐は祖国の行末を案じ表情を曇らせた。
ベルグルからホメンドーラの機能や性能を聞いたルチェス少佐は運用方法とアサルトスパとを組み合わせた戦術を考える。
その時、ケムフェス少将の従卒が呼びに来た。少将の部屋に行くと。
「ジッダに潜入している諜報員から連絡が入った」
自由都市連盟は以前から各国の首都に諜報員を派遣し密かに情報の収集をさせていた。今回その一人が奇妙な情報を伝えて来たらしい。
「その情報とは何でしょう?」
「ジッダ軍の工廠で大量のローブが発注されたそうだ。参謀本部は特殊硬化弾対策ではないかと心配している」
敵が何らかの特殊硬化弾対策を取る事は予測していた。少佐はエイタと話し合い、どんな対策を取るかを予測し、そんな場合の対応策もいくつか考えていた。
「ローブですか……想定内ですから大丈夫です」
「そうなのか、それならいいのだが」
翌日、少将との話を聞いていたかのように、ジッダ軍の軍用傀儡部隊が動き出した。
ヴィグマンⅡ型二〇〇体を率いるのは、ジッダ侯主連合国軍の猛将と呼ばれるヒュルド大佐であった。
「我々は必ずや敵の騎乗傀儡を殲滅する」
そう豪語したヒュルド大佐はローブを着たヴィグマンⅡ型二〇〇体を率いて、味方陣地から出撃した。
その光景はアシルス砦の物見櫓からも見え、見張り兵が敵襲の鐘を鳴らした。
その時、見回りをしていた五機のアサルトスパが敵の軍用傀儡と遭遇した。
騎乗兵はあっさりと撤退を開始する。そういう風に訓練されているのだ。逃げた騎乗傀儡を追って五体のヴィグマンⅡ型が追撃を開始する。
五体しか追撃して来ないと知った騎乗兵は欲を出してしまう。追撃して来るヴィグマンⅡ型を待ち伏せ、奇襲で撃破しようと考えたのだ。
藪に飛び込んで姿を隠した騎乗兵とアサルトスパは敵が来るのを待った。
「なあ、あの軍用傀儡、変なローブを着ていたけど何だと思う?」
「さあな、軍用傀儡の雨具じゃないのか。アサルトスパ用も有るんだから、軍用傀儡だって必要だろ」
「でも、今は雨なんか降ってないだろ」
騎乗兵達は首を捻って考えたが、答えは出なかった。
数人の敵兵と五体のヴィグマンⅡ型がほどなく現れ、騎乗兵が潜む藪に近付いた時、アサルトスパに乗った騎乗兵が藪から飛び出しヴィグマンⅡ型に特殊硬化弾を撒き散らした。
特殊硬化弾はローブに命中し、その丈夫な布に包まれながら中の軍用傀儡に激突した。衝撃でローブに小さな穴が開く。次の瞬間、硬化剤が詰まった弾丸が潰れ中身を撒き散らす。硬化剤のほとんどはローブに掛かり、その表面で硬化する。
「そんな、硬化剤が!」
騎乗兵達はローブで特殊硬化弾を防がれたので慌てた。騎乗兵達はローブなど簡単に貫通し中の軍用傀儡の装甲に当って硬化剤が飛び散ると考えていたようだ。
そこにヴィグマンⅡ型が襲い掛かった。
アサルトスパ三機が破壊され、二機は森に逃げ込んで助かった。
一方、アシルス砦ではルチェス少佐が出撃の準備をしていた。
物見櫓から見える敵は、軍用傀儡の一団を先頭に六〇〇〇の兵士達が続いている。そればかりではない。攻城兵器を運ぶ工兵の姿も有った。
だが、物見櫓に立つ見張り兵の注意を惹いたのは、変なローブを着た軍用傀儡の姿である。
その情報はルチェス少佐にも連絡が行き、ダブルショットボウの弾倉の補充数を変更するよう指示が出された。
ジッダ軍は砦の近くに軍用傀儡を配置し防備を固めた後、攻城兵器を設置した。大型の投石機である。
その照準は砦の門に向いていた。
ケムフェス少将は弓兵隊に攻城兵器を操作する兵士を攻撃するよう命じた。
幾本もの矢が放たれたが、敵の軍用傀儡が掲げる盾により防がれた。
「駄目か。こうなれば……ルチェス少佐に出撃するよう伝えろ」
近くに居た伝令係に命じた。
ルチェス少佐はホメンドーラ部隊の指揮官ガルフ中尉と打ち合わせを行い、ホメンドーラ部隊には敵に気付かれないようアサルトスパの背後に控え、目立たないように進んでくれと頼んだ。
「しかし、敵の軍用傀儡は硬化剤対策を行っていると聞きます。騎乗兵には不利です」
「いや、敵の軍用傀儡は我々が始末する。君等には突破口が開いた時に敵陣に突貫して欲しい」
ガルフ中尉は複雑な表情をする。本来ならホメンドーラのような部隊が敵の軍用傀儡部隊を相手するのが普通だからだ。
ガルフ中尉が率いるホメンドーラ部隊が最終チェックを始めた頃、ルチェス少佐は部下達を集め作戦を説明した。
「ヴィグマンⅡ型が着ているローブは硬化剤対策だと思われる」
部下達の顔色が変わった。ルチェス少佐は不安そうな顔を見せる部下を見回してから。
「安心しろ。対策は考えている」
作戦を話し終えると部下達の顔色が戻った。
砦の外では投石機が門に向かって大きな石を投擲し始めていた。
門に石の当たる音が響き、このままではアサルトスパも外へは出れない。
一〇機のアサルトスパが防壁の上に登り、ダブルショットボウの照準を攻城兵器に向け大型専用弾をばら撒き始める。
大型専用弾もヴィグマンⅡ型が掲げる盾により防がれるのだが、一発一発の威力が弓矢とは段違いで、盾を大きく揺さぶり何発かは、奥の攻城兵器や兵士に命中する。
そうなると投石機の攻撃も止まった。
その瞬間、砦の門が開き、アサルトスパの集団が飛び出す。
砦の前に広がる草地を駆け抜ける騎乗兵達は、一直線に敵軍用傀儡へと向かう。敵の直前で左と右に方向転換をした騎乗兵達はヴィグマンⅡ型に特殊硬化弾を撃ち放った。
硬化剤はローブにぶち撒かれ、その表面を滴り落ちた。
「クソッ、硬化剤が関節まで届かない」
騎乗兵の一人が腹立たし気に口走った。
その様子を見ていたジッダ軍側の指揮官ヒュルド大佐は嬉しげに声を上げた。
「見ろ、奴等の武器が通用しないぞ。ヴィグマンⅡ型は騎乗傀儡を攻撃しろ」
ヴィグマンⅡ型がアサルトスパを追い駆け始めた。
あちこちで騎乗傀儡と軍用傀儡の追いかけっこが始まり、乱戦状態となる。運の悪い騎乗兵はヴィグマンⅡ型に捕まり、数機が戦槌で破壊された。
そのタイミングで騎乗傀儡がダブルショットボウに焼夷弾が詰まった弾倉をセットし、ローブ姿のヴィグマンⅡ型を撃ち始めた。
ローブ姿の軍用傀儡に着弾した焼夷弾は、ローブに火を付けた。鉄線で補強されているが布製のローブなのでよく燃えた。数分でローブが焼け落ち、ヴィグマンⅡ型の装甲が顔を出す。
「な、何っ……いかん」
ヒュルド大佐が思わず声を上げる。
騎乗兵がニヤリと笑い、弾倉を特殊硬化弾に切り替える。
「少佐の言った通りだ。一番安上がりな方法を選んだジッダ軍は大きな損をする事になるぞ」
剥き出しになった関節に特殊硬化弾が撃ち込まれた。
戦場のあちらこちらで動かなくなったヴィグマンⅡ型が炎を上げ始めた。敵のヒュルド大佐は予想外の事態に声を失い、その心に迷いが生まれていた。
ヒュルド大佐は大勢を立て直すべくヴィグマンⅡ型を呼び戻す命令を発した。
その命令は大きな間違いだった。戦闘を止め戻り始めたヴィグマンⅡ型は、騎乗兵により追撃を受け急速に数を減らしていく。
ヒュルド大佐は慌てて命令を出した。
「弓兵、騎乗兵を狙い撃て!」
ジッダ軍は弓兵隊にアサルトスパに騎乗している騎乗兵を狙わせた。だが、アサルトスパにはマナシールドが張られており、矢の攻撃など騎乗兵には届かない。
雨のように降り注ぐ矢がシールドに当って虚しく跳ね返された。
騎乗傀儡特別大隊はヴィグマンⅡ型を駆逐するとジッダ軍の陣地を取り囲み、土嚢と木材で作られた防壁の背後で怯えた目をしているジッダ兵に、ダブルショットボウの照準を向けた。
騎乗兵達は防壁の一箇所に大量の大型専用弾を撃ち込んだ。土嚢が弾け、補強用の木材が破壊された。
突破口が開けた場所に騎乗兵が突貫し中に侵入しようとするが、盾を構えた重装兵と槍を構えた何百という歩兵が数に物を言わせて撃退する。
ジッダ軍は数十、数百の死傷者を発生させながらも、何とか陣地を守った。陣地の総指揮をしていたミルドック少将が、そう判断した時、アサルトスパの背後から、ホメンドーラの部隊が現れ突破口に飛び込んだ。
三〇体のホメンドーラはジッダ兵が集中している場所に飛び込み、ストームガンを乱射した。
ポポポッと軽い発射音を響かせ弾丸をばら撒くとジッダ軍の陣地は地獄に変わった。
近くの敵はポンスクレイパーで突き、少し離れた敵はストームガンで一掃する。
「少将、お逃げ下さい」
「逃げろだと、駄目だ。ここで逃げたら……」
ミルドック少将がグズグズしている間に、数体のホメンドーラが少将と参謀達が指揮を執っている場所まで迫っていた。
「ヴィグマンⅡ型に命じろ。敵の新型軍用傀儡を防ぐんだ」
残り少ないヴィグマンⅡ型がホメンドーラの前に躍り出た。奇しくも一体ずつが相対し戦いとなる。
ほとんどのホメンドーラは、持ち前のスピードを活かしヴィグマンⅡ型から逃げながら、ジッダ兵に死の弾丸をばら撒いていく。
逃げられなかったホメンドーラだけがヴィグマンⅡ型と対峙し、猛スピードで襲い掛かるとポンスクレイパーをヴィグマンⅡ型に突き出した。
迎え撃つヴィグマンⅡ型は戦槌を振り下ろし、ホメンドーラは盾で戦槌を受け流しながら下の腕に仕込まれた魔剛鋼製パイプから鋭い切っ先を持つ魔剛鋼製の槍が撃ち出す。
ポンスクレイパーは猛烈な速度でヴィグマンⅡ型の胸を抉り、その奥にある燃料タンクに穴を開けた。
タンクから零れ落ちるアルコールがジッダ兵には血を流しているかのように見えた。
ホメンドーラも無事ではなく、ポンスクレイパーを組み込んだ腕がもげ落ちていた。
もちろん、ヴィグマンⅡ型を仕留められなかったホメンドーラも存在し、そのホメンドーラはヴィグマンⅡ型から反撃を受け破壊された。
ヴィグマンⅡ型から逃げ回るホメンドーラの一体がミルドック少将の目前に飛び出し、ストームガンを乱射した。その一発がミルドック少将の腹を貫く。
ヴィグマンⅡ型の部隊を指揮していたヒュルド大佐もホメンドーラに撃たれ戦死した。
それが切っ掛けとなり、ジッダ軍の組織的な防御が霧散した。総崩れとなったジッダ軍はホメンドーラに蹂躙され敗北した。
自由都市連盟軍はウェルナー大橋を制圧した。そればかりではなく手薄となったジッダ侯主連合国の内部にまで侵攻し付近の町や村の幾つかを占領する。