scene:72 ホメンドーラ試作機完成
自由都市連盟とジッダ侯主連合国の間に架けられている橋は、近くに在る湿原の名前に因んでウェルナー大橋と名付けられている。
ウェルナー大橋の自由都市連盟側に即席陣地を構築したジッダ軍は、自由都市連盟軍が奪還作戦の準備に手間取っている間に強固な陣地にしようと砦から多量の資材を運び込んだ。
その御蔭で即席にしては立派な陣地が構築されてしまった。
遅ればせながら、ケムフェス少将の指揮の下に奪還作戦が実行されたが、予想以上に陣地の防御力が高く、作戦は失敗に終わる。
初戦の戦いと奪還作戦の様子は、傀儡馬による緊急伝令により両国の首脳に報告された。
ジッダ侯主連合国の首都タントでは大侯主ヒルデラント二世が報告を受け、一緒に報告を聞いているニメルド元帥を睨んだ。
「この作戦は成功したのかね。それとも失敗なのかね?」
ニメルド元帥が顔を伏せ腹から絞り出すような声で。
「どちらであるとも申せません」
「どういう意味か説明して貰おうか」
「ハッ……ウェルナー大橋を確保したと言う点では成功だったと言えますが、大量の軍用傀儡を失った今、次の作戦であるアシルス砦の攻略に支障が出ています」
ヒルデラント二世は眉を顰め、壁に張られている地図を見た。
「つまり、アシルス砦を落とせないと言っているのだな」
ニメルド元帥は噴き出した汗をハンカチで拭きながら。
「そうは申しておりません。ただ時間が掛かるかもしれません」
「時間だと……予定では五日でアシルス砦を落とすと申していたはず」
「敵のアサルトスパと呼ばれる新型傀儡が思いの外手強く、我軍の軍用傀儡が苦戦しています」
「思いの外手強いだと……報告ではヴィグマンⅡ型はおろかベルゴルドも破れているそうではないか。それで本当にアシルス砦を落とせると断言出来るのか」
ニメルド元帥は背中に嫌な汗を掻きながら。
「現在、優秀な技術者を集め、敵が使っている特殊兵器の対策を考えさせております。その対策が判明すれば、必ずやアシルス砦を……」
「分かった。技術者達を急がせろ」
元帥は深々と頭を下げ承諾した。
同じ頃、ユ・ドクトでは、工廠の全員が一丸となってホメンドーラの開発を進めていた。
エイタは多くの傀儡工や技術者に指示を出しながら、ストームガンと組み合わせる武器の開発を進めていた。
それは空気圧を利用し仕込み槍を突き出す武器である。
ホメンドーラには四本の腕が有り、最初の段階で決めたように上部の二本の腕は盾を持つ手とストームガンを仕込んだものになる。
下側の二本は、指の部分が簡略化され『やっとこ』のように二本の指だけになった。その代わり指と指の間にパイプを組み込み、そのパイプから仕込み槍が飛び出すようにした。
槍が飛び出す原動力はストームガンと同じ圧縮空気である。
ホメンドーラはストームガンで仕留め損ない接近戦となった場合、その仕込み槍を使って敵を倒すと言う戦闘アルゴリズムが組み込まれる予定になっている。
エイタは仕込み槍に似た武器を試作すると試してみた。
工廠の作業台の上に高圧空気ボンベを乗せ、試作した武器を作業台に固定する。標的となる掌を広げたほどの分厚い木の板を武器の正面近くに置く。
作業台の周りには試作を手伝った職人達が数人集まって来た。
高圧空気ボンベと試作武器を連結し、圧縮空気の放出量を少なめに調節してからボタンを押す。『ポン』と軽い音がしてパイプの中から槍が飛び出し、的となった板に突き立ち分厚い木の板がズッと作業台の上を滑る。
「オッ」職人の一人が声を上げる。
次の瞬間、また『ポン』と音がして槍がパイプの中に消えた。この武器は空気圧で槍を突き出した直後、もう一度圧縮空気を放出し、その力でパイプ内に槍が戻るような仕組みが組み込まれているのだ。
エイタは的の板を調べた。板の三分の二ほどまで貫通している。人間なら致命傷となってもおかしくない。
「威力はどうだ?」
エイタの助手みたいな立場だったベルグルは主任技師に出世していた。
「威力はまあまあですね。人間相手なら問題ないレベルです」
「まあまあか。圧縮空気の放出量を増やしたらどうだ?」
「そうですね」
エイタは放出量を調整した。
「それじゃあ、もう一度」
少し離れてボタンを押す。『ポポッ』という連続音が響き、目にも留まらぬ速さで槍が突き出されパイプ内に戻った。槍が板に当たった瞬間、カツッと音がしたので正常に動作したしたらしいのは分かる。
的の板を見ると新しい傷が増えている。
「ウオッ、見えなかったぞ」
ベルグルが驚いて声を上げた。
先程と同じように板の傷を見ると新しい傷は完全に貫通している。
エイタが板を作業台に戻すと、ベルグルが丹念に調べ始めた。
「なあ、これだけの威力が有れば軍用傀儡にも通用するんじゃないか?」
「どうだろう。無理そうな気がするけど」
「試してみようじゃないか」
ベルグルはモルガートと同じ厚さの装甲板を持って来て試作武器の前に置いた。
エイタに代わってボタンを持ったベルグルが皆を下がらせた後、ボタンを押した。
『ポン』と飛び出した槍が装甲板に激突した瞬間、大きな音が響き皆を驚かせた。
「ワッ!」「アッ!」「なんだ!」
口々に驚きの声を上げる職人達。エイタとベルグルも驚き試作武器の方に目を向ける。
壊れていた。槍が真っ二つに折れ、パイプが曲がっている。
「強度不足だったようだな」
ベルグルの言葉に、エイタがちょっと疲れたような顔をする。
「普通の兵士を相手に使う武器だから、今のままでもいいんじゃないか」
職人達が首を傾げる。
「戦場で敵の軍用傀儡と遭遇した場合はどうするのです?」
「逃げればいい。カッシーニ共和国のキラーマンティスと同じだ」
「しかし、味方の兵士が襲われていたら」
エイタは困ったような顔をして考える。
「おいおい、武器の強度上げるだけだろ。素材を鋼鉄と木材から魔剛鋼に変えるだけでいいんじゃないのか」
ベルグルが助け舟を出す。
「いやいや、武器だけ魔剛鋼に変えても、それを取り付ける本体も強化しなけりゃ駄目だろ」
エイタが指摘するとベルグルも困ったような顔をする。
魔剛鋼製にした武器が軍用傀儡の装甲とぶつかった時、大きな衝撃がホメンドーラ側に戻って来る可能性が高い、そうなるとホメンドーラの腕に大きいな負荷が掛かり故障の原因となる。
だが、ここで設計を変えると開発期間が伸びてしまう。
エイタは考えた末、決断した。
「よし、この武器を魔剛鋼製に変更するだけにしよう」
ベルグルが驚いた顔をする。
「エッ、さっき駄目だと言っていたじゃないか?」
「軍用傀儡を攻撃した場合、腕が故障する危険性が高いが、味方を見殺しにするよりはいいだろ」
後に槍型の武器は『ポンスクレイパー』と名付けられた。ポンという音と同時に攻撃する刃という意味である。
ウェルナー大橋で対峙する自由都市連盟とジッダ侯主連合国の間で戦いが続いていたが、両国軍の兵士は疲れ膠着状態に陥り、一ヶ月が経過した。
その頃、エイタが開発指揮を執っていたホメンドーラの試作機が完成した。
ケンタウロス型の身体に四本の腕を持つ姿は、意外なほど頼もしく見えた。参謀本部の人間もホメンドーラの試作機を見て満足そうに頷いている。
軍事演習場に引き出されたホメンドーラの試作機は、ダルザック連盟総長やキリアル中将の前でテストを開始する事になっていた。
メルドーガの時は散々な結果となったのを思い出し、、エイタは身震いする。
「ホメンドーラ、ああいうのは御免だぞ」
事前に何度かテストする時間が欲しかったのだが、量産を急ぐ参謀本部はエイタに時間を与えてくれなかった。今回が初めての本格的なテストになる。
その日、モモカとメルミラも見学したいと言い出したので連れて来ていた。本当は軍事機密を関係者以外に見せるのは禁止なのだが、ホメンドーラの元になったガードビーストをよく知っている二人には、意外なほどあっさり許可が下りた。
工廠でエイタの権威が認められつつある事とキリアル中将が孫のようなモモカを気に入っている事も許可が下りた理由の一つらしい。
モモカが楽しそうにホメンドーラに駆け寄り、その機体をパンパンと叩いている。
「お兄ちゃん、これ強いの?」
「人間が相手なら強いよ」
「じゃあ、メルドーガと比べるとどうなの?」
「メルドーガの方が強いかな。でも、負けないよ」
モモカが首を傾げる。一緒にいるメルミラも同じ仕草をした。
「ん? どうして、メルドーガの方が強いんだよね」
「ホメンドーラはね。逃げ足が速いんだ」
「キャハハハ、戦わないで逃げるんだ」
その話を聞いていた参謀本部の軍人達が苦り切った表情をする。
軍人達は敵の軍用傀儡と真っ向から戦える本格的な軍用傀儡が欲しいのだ。その方が作戦も立てやすく、弱点も少ないので戦力として計算しやすいからだ。
騎乗傀儡は乗り手を討たれれば戦力として成り立たなくなり、ホメンドーラも側面や背後に弱点を抱えているので、戦術や運用方法に工夫を凝らさないと一方的に敗れる可能性が有る。
その点を参謀本部では問題視しているようである。戦いにおいて、突然敵と遭遇し戦闘となる場合や戦局が急変する場合などで、咄嗟に指揮官が判断しなければならない状況が起こり得る。
優秀な指揮官なら素早く判断し、味方のアサルトスパやホメンドーラに的確な命令を下せるのだが、そんな優秀な指揮官は少ない。
大概は力押しで敵を撃退するよう命令してから考える凡庸な指揮官が多いのだ。
ホメンドーラが演習場の中央に進み出た。
参謀本部の人間が固まっている辺りからざわざわと声がし始める。
「あれが一ヶ月足らずで開発された軍用傀儡か」
「欠陥兵器だと聞いたが、どうなんだ?」
参謀本部の中でも、軍用傀儡の開発に関連していなかった者は、ホメンドーラの詳細については知らなかった。ただ参謀本部に流れる噂でホメンドーラが中途半端な軍用傀儡であると聞いていた。
「あいつの仕様を読んだ。魔剛鋼製の装甲は上半身だけだそうだ」
「冗談だろ。そんな装甲で敵軍用傀儡とどうやって戦うんだ」
工廠の職人達と同じような会話をしていると思っていると、キリアル中将がテストの開始を宣言した。
演習場に高圧空気ボンベに空気を補給する甲高い音が響いた。
ホメンドーラが演習場を疾駆しながら、標的として立てられた一〇本の丸太にストームガンの弾丸をばら撒いた。カッカッカッ……と丸太に弾丸が食い込む音が響いた。
「ほう、速いな。ショットボウと較べても断然速いではないか」
キリアル中将が連射速度について感想を口にする。
「威力はどうなんだ?」
ダルザック連盟総長が標的となった丸太に歩み寄り、弾丸が減り込んでいる様子を調べる。
「威力も有るようじゃないか。弾丸が深く食い込んでおる」
「総長の言われる通りです。ストームガンは使える武器のようです」
キリアル中将も威力については満足しているようだ。
次に機動性能についてもテストが行われた。
ホメンドーラが命令者の指示に従い演習場を駆け回るのを見て、中将達は満足したようだ。ホメンドーラの下半身は傀儡馬の構造を参考にしているので問題が起こるとは思っていなかったが、開発責任者エイタとしては一応ホッとした。
「ねえねえ、ホメンドーラはガードビーストを元に作っているんだよね。ガードビーストより弱そうなのはどうして?」
モモカはガードビーストに較べ装甲が薄いのに気付き、ホメンドーラが弱そうだと思ったらしい。
「ホメンドーラはたくさん作らなきゃならないから、作りやすいように装甲を薄くしたんだよ」
エイタが幼いモモカにも分かるように説明する。
「……でも、上だけは腕が四本も有って作るの大変そうだよ」
「ホメンドーラが戦うのは大勢の兵隊さんだから腕を増やしたんだよ」
「ふーん」
何とか納得してくれたようだ。
最後にポンスクレイパーのテストが行われた。丸太に穴を穿つ威力を見て参謀本部の軍人の一人が、軍用傀儡の装甲も貫けるんじゃないかと言い出した。
「どうなんだ、エイタ?」
キリアル中将が確認を求めて来た。
「計算した処、全速力で走りながら比較的装甲の薄い首関節などに打ち込めば貫通する可能性が有ります」
「やって見せてくれ」
中将が指示を出した。エイタはしょうがないという感じで魔剛鋼製の装甲板を用意させた。丸太に装甲板を括り付ける間にキリアル中将とダルザック連盟総長に説明する。
「ホメンドーラは敵軍用傀儡との戦いは想定していません。よって、内部構造に弱い部分が有ります」
「どういう意味だね?」
ダルザック連盟総長がもっと詳しい説明を求めた。
「ポンスクレイパー自体は魔剛鋼製に変更しましたので十分な強度を持っています。ですが、激突の衝撃でポンスクレイパーを装備している腕がもげる可能性が有ります」
キリアル中将が難しい顔になり、ホメンドーラの方へ目を向けた。
用意が整い、遠くから加速したホメンドーラが装甲板にポンスクレイパーを繰り出した。魔剛鋼製の槍が装甲板を貫いていた瞬間、バギッという大きな音がしてホメンドーラの腕がもげた。
「アアッ」
そういう声が演習場のあちこちから聞こえた。
キリアル中将が厳しい目をして呟いた。
「蜂の一刺しか」
蜜蜂は一度刺したら死んでしまう事から、命懸けで相手に致命傷となる一撃を与える事を指す言葉である。
ホメンドーラの腕がもげるという事故は有ったが、想定内だったと工廠側は報告した。
この事によりテストは合格したとされ、大量生産の命令が下った。