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scene:70 新たな軍用傀儡

 エイタに連盟総長からの呼び出しが届き、ユ・ドクトに戻った。

 戻った早々、連盟総長の秘書官が訪ねて来て、連盟総長の下へ行く事になった。秘書官はエイタを連盟議事堂の総長執務室へ案内してくれた。そこには連盟総長の他に、キリアル中将、バオレル大佐、マルオス学院長がエイタを待っていた。

「お呼びと聞きましたが、何の御用でしょう?」

 エイタが尋ねると、連盟総長が重々しく切り出した。

「君も分かっているように、我が国はジッダ侯主連合国とカッシーニ共和国の間で問題が起きている」

 『チチラト村虐殺事変』がカッシーニ共和国の仕業だと判明し、ジッダ侯主連合国とのいざこざは解消されるかと期待したが、ジッダ侯主連合国はヴィグマン()型の軍事機密が漏れたのは自由都市連盟にも責任があると言い出した。

 ユ・ドクトの治安に問題が有ったからだと主張するジッダ侯主連合国の人間が現れた。これは言い掛かりだった。真の狙いはカッシーニ共和国と自由都市連盟との間に戦争が始まりそうなのに気付き、隙きあらば自由都市連盟に戦争を仕掛け、ウェルナー湿原を手に入れようと画策しているのだ。

 カッシーニ共和国がウェルナー湿原の内部に道を発見した事を知り、湿原の開発が可能になるかも知れないと考えたジッダの連中は是が非でも領有権を確立させたいらしい。


「二国を相手に戦う戦力は我が国には無い。そこで君の力を借りたい。戦力アップの為にガードビーストと呼んでいる傀儡を軍用傀儡として利用出来ないか?」

 ガードビーストは魔物の攻撃を受け止める為に開発した自動傀儡である。敵味方の判断基準が攻撃を仕掛けて来る生物となっており、極めて単純である。

 そのままでは軍用傀儡としては使えない。大きな改造が必要になる。

「……と言われても……大きな改造が必要になります。それに参謀本部はどんな使い方をするつもりなんです」


 バオレル大佐が運用面について要求仕様を告げる。

「まず、カッシーニ側とジッダ側の二方面で使用する予定だから数が欲しい。そして、自陣を守る為の防御力とある程度の機動力が必要だ。……結論から言うと必要としているのは大国との兵力差を補う為の兵器なのだ」

 防御力か……ガードビーストのような盾や丈夫な装甲が必要だろうか。数が必要となると高価な素材は使えなくなる。それに自陣を守るという目的なら、複数の相手を倒す手段も必要になる。


 エイタは基本的にガードビーストと同じケンタウロス型にしようと考えた。

「基本構造はガードビーストと同じにしようと思います。ただガードビーストは魔剛鋼製の分厚い装甲を持っているが、同じようにすると製作費が高くなる。そこで前面だけを魔剛鋼製にして、他は鋼鉄製というのはどうでしょう」

 その案を聞いてバオレル大佐が考え込んだ。

「そうすると馬体部分を攻撃されれば簡単に破壊される事になる」

 鋼鉄製でも装甲を厚くすれば頑丈になるが、そうすれば重くなり動きが鈍くなる。従って装甲厚は無闇に厚く出来ず、弱点になってしまう。


「そこは割り切るしか無い。馬体部分は傀儡馬の部品を多用して安く仕上げ、人型の上半身は頑丈になるよう工夫する」

 キリアル中将が鋭い視線をエイタに向け。

「それなら数が揃えられるのだな?」

「ええ、アサルトスパ並みに生産性は上がると思……います」

 さすがに相手は中将や連盟総長であり、エイタは言葉に注意しながら喋るのに苦労する。


「武器はどうする……槍か剣にするのか?」

 エイタは新しい軍用傀儡の為に剣や槍を操る動思考論理の開発期間が貰えるとは思えなかった。元になるガードビーストに組み込まれているプロミネンスソードの制御系動思考論理も未完成なのだ。

「新しい軍用傀儡が戦う相手は敵兵士ですか、それとも軍用傀儡ですか?」

 エイタの質問に、バオレル大佐が応える。

「兵士だ。軍用傀儡は騎乗兵達で対処するしか無いと思っている」

「だったら、ショットボウ……いや、『ダンセル』はどうでしょう」

 キリアル中将とバオレル大佐が『それはどうなんだ?』という顔をする。


 ダンセルとは圧縮した空気の圧力を利用し弾丸を撃ち出す武器で、空気銃と同じものである。

 軍人の二人が怪訝な顔をしたのは、空気銃は鳥を仕留める為の武器として使われており、威力が低いものだと言う認識が定着しているからだ。

 因みにダンセルと言う名は、初めて空気銃を製作した職人の名前である。

「鳥撃ち用の武器じゃないか。そんなものが戦いに使えるのか?」

 ダンセルは人気のある武器では無かった。故に二流の職人しか作る者は居らず、威力が上がらなかった。空気を圧縮し溜め込むシリンダーやバルブには精密加工が必要で、溜め込む空気の圧力をそれほど上げられなかったのが原因である。


「工廠の職人達が作るのなら、高威力の武器になります。彼らには高度な精密加工の技術が有り、高圧に耐える容器を作る素材も有る」

 エイタが空気銃が強力な武器になると説明した。それに対してバオレル大佐が質問を返す。

「その手の武器は空気を溜め込むために時間が掛かったはずだ。その点はどうする?」

「『大気制御』の魔導紋様を使います。それなら短時間で空気を集め圧縮が可能なはずです」

「なるほど、大丈夫そうだな。後は威力次第か……そうだ、その空気圧だが別の武器にも応用出来ないか」


 それから討論が始まった。それぞれが要求とアイデアを出し、その問題点を上げる。この軍用傀儡の開発において一番の問題は開発に時間を掛けられない点である。

 それ故、現在存在するものを組み合わせて開発する事になった。基本構造はガードビーストを使い、モルガートとメルドーガの技術を組み込み、武器は空気銃の原理を利用する。

 制御コアに使われる動思考論理はガードビーストとモルガートのものを組み合わせて作り上げる。


 討論は白熱化し、興奮したキリアル中将とバオレル大佐が大声を上げる。

「こいつに剣を持たせられないのか。白兵戦になった時、使えれば有利になる」

 キリアル中将の要望だった。それにエイタが応える。

「駄目です。腕一本に一つの機能しか組み込まない。複数持たせれば構造も複雑に、動思考論理も複雑になる」

 エイタは無理な要求は容赦なく拒否した。例え、それが連盟総長や中将からの要求だったとしてもだ。


 新しい軍用傀儡は『ホメンドーラ』と名付けられた。『中継ぎ』と言う意味で、連盟総長も参謀本部もホメンドーラを将来まで使おうとは思っていないようだ。

 エイタにしても寄せ集めの技術で作り上げるホメンドーラには、利点も多いが弱点も数多く抱える軍用傀儡になると思っていた。


「それでは最終確認をしよう」

 連盟総長の掛け声で討論の纏めに入る。

「全体的にはガードビーストの構造を元に開発。そして、人間の上半身には四本の腕を組み込む。上左腕は盾を持ち、上右腕には連射可能なダンセル……いや、ストームガンを仕込む」

 連射可能な空気銃を『ストームガン』とするようだ。

 エイタは新しい軍用傀儡の基本仕様の最終確認を続ける。

「次に下側の両腕ですが、オイラ……私にアイデアが有るので任せて下さい」

 バオレル大佐がエイタの話に割り込む。

「出来るなら、敵の軍用傀儡に通用する武器を付けて欲しいんだが」

 エイタは首を振り。

「大佐、この軍用傀儡は対兵士用と決めたはずですよ」

「わ、判っているが、敵が特殊硬化弾の対策をしたら、と考えると不安になるのだ」

「……では、製作が一段落したら、考えるという事で」

「分かった」


 基本仕様が決まった後、エイタはホメンドーラ開発チームの責任者に選ばれた。工廠内の資材や人材は好きに使って良いと大きな権限を与えられる。

 エイタはメルドーガの開発を任されていた最優秀の設計技師や傀儡工達をホメンドーラ開発チームに移した。そのメンバーを集め、エイタは宣言する。

「メルドーガの開発が失敗に終わったのは判っているだろ」

 設計技師や傀儡工達が顔を伏せ、何人かは溜息を吐いている。


「気落ちする必要はない。連盟総長が我々に新しい軍用傀儡の開発を任せてくれた」

 設計技師の一人が手を上げ声を上げる。

「ちょっと待ってくれ。戦争が始まるかもしれないという時なんだぞ。今から開発を始めるのか」

「そうだ。一〇日で基本的な設計を終わらせ、試作に入る。開発する軍用傀儡の外観と基本仕様は、今配る」

 エイタは人数分の資料を配り、読む時間を与えた。


 読み終わった設計技師から呆れたような声が上がる。

「これは……軍用傀儡とは言えない」

「中途半端な構造はどういう事だ」

 設計技師達の間から否定的な意見が溢れ出す。それはエイタも予想していた。高い防御力と敵軍用傀儡を破壊する攻撃力、その二つが備わってこそ軍用傀儡だと考えているのだ。

「この傀儡は役には立たんでしょ。後ろから狙われれば敵軍用傀儡の一撃で破壊されてしまう」

 設計技師の長老的存在であるミルトンと言う男が最後に意見を言った。


 ざわざわしている彼らを見ていたエイタが発言する。

「静かに……」

 エイタの声は大きくはない。だが、何となく人を従わせる響きが有った。迷宮に出向き命懸けで何度も戦った経験がエイタに人間としての厚みを与え、その声に強い気迫が込められたのだ。

「ホメンドーラは敵軍用傀儡を相手にしない。こいつは敵歩兵力を駆逐する為に作り上げる」

 ミルトンが確認するように言う。

「カッシーニのキラーマンティスと同じか。敵の軍用傀儡が襲って来たらどうする?」

「敵の攻撃を盾で受け止め防御し、味方のアサルトスパが敵軍用傀儡を仕留めるまで耐える。それが基本戦術となる」

 傀儡工達が不満そうな顔をする。彼らは敵の軍用傀儡を倒す傀儡を作る為に努力していたのだから当然だろう。


 ミルトンは納得出来ないという顔で。

「待ってくれ。それはダブルショットボウの特殊硬化弾が有効な間だけだろ。敵だって馬鹿じゃない。特殊硬化弾の存在を知れば対策を講じるはずだ」

「敵が対策を打つ前に、戦争を終わらせるんだ。その為にホメンドーラを開発する」

 エイタが力強く宣言すると一応は納得してくれた。だが、開発期間の短さに文句が出る。

「メルドーガの開発に我々がどれほどの時間を掛けたか知っているだろ。二年近い期間が必要だったんだぞ。それを一〇日で基本設計を終わらせろ。無理を言うな!」

「ミルトンさん、既に存在する自動傀儡を元に設計するんですよ。馬体部分は材質を魔剛鋼製から鋼鉄製に変える必要からちょっと変更するけど、ほとんどガードビーストの構造そのまま。人型の上半身もガードビーストのものにモルガートの技術を取り入れるだけだ。時間が掛かるとは思えない」


 設計技師達は頭の中で設計作業に掛かる時間を計算する。この人数なら不可能ではないが、厳しいスケジュールとなる。

「傀儡工の皆には、『ストームガン』の試作品を作って貰う。必要なのは高圧空気ボンベと幾つかの部品、それにストームガンの本体だ。ストームガンはダンセルに改造を加えたものになるので、大体の構造は解かるだろ」

「ダンセルは知っているが、鳥撃ち用だろ。本当にダンセルでいいのか?」

「もちろん、高圧空気ボンベは大型化し、既存のものより高圧に耐えられる構造にする。ストームガンも連射が可能な機構を組み込む。ショットボウの仕組みが参考になるかもしれん。そこは工夫してくれ」

 エイタは次々に指示を出し、メンバーに作業を割り振った。


 その日から、設計技師と傀儡工達は工廠に泊まり込んで働く事態となる。メルドーガの開発の時にも有った事

である。但し、メルドーガの開発は遅々として進まず時間だけが過ぎるという状況だった。

 だが、ホメンドーラの開発は違った。

 エイタは情報の共有化の為に朝一で打ち合わせを行い、昨日に上がった問題点や成果を全員に共有させ、アイデアや意見が有る者には積極的に言わせた。

 そして、大きな問題が発見されると担当者と話し合い、短時間で解決策を探し出した。

 その頃になるとチームの人間はエイタをリーダーとして認め始めた。それも頼りになる一流のリーダーとして。


 一〇日後、基本設計が終わった頃、ストームガンの試作品が完成した。

 傀儡工数人と一緒に演習場に行くと試射の準備をする。『大気制御』の魔導紋様を使った吸気圧縮装置を作動させ高圧空気ボンベに空気を送り込む。計算した上限近くまで空気の圧力を高め、今度は筒状のストームガンを持ち上げる。ストームガンと高圧空気ボンベは耐高圧導管で繋がれていた。


 傀儡工の一人がストームガンを標的に向け発射ボタンを押す。

 鋭く軽快な音を発しながら弾丸が発射された。装填されていた弾は九発だったが瞬く間に撃ち尽くす。

 標的にした丸太には複数の穴が空いていた。深く弾丸が食い込んでいるようだ。

「人間相手だったら十分な威力だ。成功ですよ」

 エイタも同意した。

「新しい弾倉は大型化すると聞いた。込められる弾数は?」

「五〇発です」

 馬体部分に保管エリアを設けるつもりなので、弾倉(五〇連マガジン)を一〇本ほど携帯可能だろう。


 エイタは基本設計が終わったので詳細設計を開始しながら、ホメンドーラの試作を指示した。馬体部分は傀儡馬と構造が似ているので、時間を要さず組み上がっていく。

 問題は人型の上半身だが、詳細設計が終わらないと試作は難しかった。

 エイタはストームガンの改良に数人の傀儡工を残し、残りは動思考論理の開発に振り向ける。


 エイタ達がホメンドーラの開発を行っている頃、カッシーニ共和国軍とジッダ侯主連合国軍に動きがあった。

 カッシーニの補給部隊がウェルナー湿原の道を通って現れたのだ。当然の如く、駐屯地の島に居るルチェス大尉達と戦闘になった。

 結果はルチェス大尉達が勝利した。ただ逃げる補給部隊を追撃したが、取り逃がしてしまった。

 逃げ帰った補給部隊は駐屯地が自由都市連盟に奪われた事実を報告した。それを知ったカッシーニ共和国は、兵力を自由都市連盟との国境付近に移し始めた。


 そして、カッシーニ共和国の動きと合わせるかのように、ジッダ侯主連合国も自由都市連盟との国境付近に兵力を集め始める。

 その動きを知ったダルザック連盟総長は、八〇〇〇の歩兵とモルガート四〇〇体、メルドーガ五〇体をカッシーニ共和国との国境付近に在るニルム砦へ送り、九〇〇〇の歩兵とアサルトスパ三〇〇機をジッダ侯主連合国との国境付近に在るアシルス砦へと送った。


 アサルトスパ三〇〇機を率いたルチェス大尉達がアシルス砦に到着した頃、粘り強くジッダの全権大使と交渉を続けていたダルザック連盟総長に、全権大使が最後通告を行った。

 そこには三日以内にウェルナー湿原をジッダ侯主連合国の領地と認めない限り、戦争状態となると書かれていた。

 これは宣戦布告と同じだった。


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