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scene:7 青銅の槍

 朝起きて体の調子を調べてみるとだいぶ良くなっているのが判った。青痣が薄くなり、打撲に因る痛みも軽くなっていた。

 朝食を食べてから、ウィップツリーの小空間に向かった。半刻《一時間》ほどで到着しウィップツリーの姿を探す。細い灌木の生えた小空間で、鞭を振り回すウィップツリーの姿を認めた。


 前回と同じようにウィップツリーを誘い出し、双角小豚の所へと向かった。狙い通り双角小豚とウィップツリーの戦いとなったが、最初だけ危なかった。双角小豚がウィップツリーを無視し、エイタを攻撃して来たのだ。紙一重で鋭い双角の攻撃を躱し身構えた時、双角小豚の背後からウィップツリーが攻撃し、二匹の魔物による戦闘が始まった。


「この手は危険だな。一つ間違うと両方の魔物がオイラを攻撃する可能性も有った訳だ」


 急いで元の小空間へ戻り、採掘場所の地層でツルハシを振るう。

『ガシッ……ガシッ……』

 黄煌晶と緑煌晶が地面に零れ落ちた。ここの地層は魔煌晶の他に亜鉛の鉱石が採れるようだが、必要ないので無視する。

 一刻(二時間)ほどで魔煌晶が尽きた。黄煌晶が計量枡六杯分、緑煌晶は計量枡一杯分を麻袋に仕舞うと小空間に戻り、灌木を一本だけ切り倒す。青銅ナイフを使っての作業だったので少々時間が掛かった。


 切り倒した灌木の枝葉を払い、杖みたいな形に整える。それを持って双角小豚の小空間へ向かった。途中でウィップツリーとは遭遇しなかった。

 双角小豚の小空間では、ウィップツリーと双角小豚が絡みあうようにして倒れていた。ウィップツリーの鞭が双角小豚の身体に絡みつき両者とも藻掻いていた。


 こんなチャンスを逃すエイタではなかった。ツルハシを握り締めると藻掻いている双角小豚の頭に振り下ろす。双角小豚は呆気無くご臨終となった。

 休む間もなく、エイタはツルハシをウィップツリーの主根に向けて振り下ろす。ウィップツリーを仕留めるには多少時間が掛かった。


 二匹の魂に溜め込まれていた顕在値がエイタの魂に吸い込まれた。

 マナ珠を回収する。ウィップツリーは簡単だったが、双角小豚のマナ珠は解体しないと回収出来ないようだ。ウィップツリーと一緒に逆さまに壁に立て掛け血抜きをする。

 青銅ナイフで皮を剥ぎ、心臓からマナ珠を取り出した。ウィップツリーと同じ五等級のものだった。それから背中の肉をごっそりと切り出し、皮で包んで麻袋に入れた。


 エイタは周りを見回す。この小空間には大きな茸がたくさん生えていた。美味しそうだが採取している時間はない。急いで奥の採掘場所まで行き、地層に向けツルハシを振るう。ここの地層は緑煌晶だけが取れるようだ。

 緑煌晶が計量枡三杯分も採れた。魔煌晶ではないが、見覚えのある結晶がある。少し調べてみると岩塩だ。

「こいつはいい。持って帰ろう」


 腹が減ってきた。

「時間がねえ……オイラの腹時計が後半刻(一時間)ほどしか猶予がねえと騒ぎだしやがる」

 杖、魔煌晶、岩塩、肉と皮と荷物が多くなった。それらを持って広場まで戻った。入り口で中の様子を探る。あの三人組は居ないようだ。


 広場を走って横切り自分の部屋へと辿り着いた。部屋の中に入り緑煌晶を一つに纏めた途端、ジェルドの声がした。エイタはドキリとする。

「どうした。まだ身体が痛むのか」

 エイタが驚いた顔をしていたからだろうか。ジェルドがそんな事を訊いて来た。

「いや、何でもねえ。それより、今日緑煌晶が手に入ったんだ。ノコギリと針と丈夫な糸を用意してくれ」

 今度はジェルドが驚いた。

「ちょっと待て、計量枡三杯分の緑煌晶ならノコギリだけだ」


「計量枡三杯分に計量枡一杯分を加える。そいつで針と糸も追加だ」

 緑煌晶をジェルドに渡した。

「ふん、まあいい。明日用意してやろう」

 ジェルドは食い物を置くと去って行った。


 食事をして、岩塩を細かく砕いて塩粒にした。豚肉を幾つかの塊に切り分け、その塩を満遍なく塗る。ドアの穴から見えない部屋の隅にウィップツリーの鞭を割いて作った紐を使って天井から吊るした。天井にはゴツゴツした突起が有り、そこに紐を結べば吊るせるのだ。

 ウィップツリーの鞭から作った紐は丈夫で、これから重宝しそうだ。


 藁束に横になり眠ろうとした時、重大な失敗に気付いた。慌てて双角小豚の小空間から戻ったので、あそこに魔導紋様がないか調べるのを忘れていたのだ。


 藁束に横になると完全には治っていない傷が疼き、傷の原因である三人組を思い出す。

「あの三人は強かった……絶対、顕在値レベルを上げてるはずだ」

 三人組と争った時、エイタの拳が太った円月ハゲの男を何度か殴った。だが、ほとんど効いていなかった。耐久力が一般人とは違ったのだ。

 あいつらは迷宮の魔物を殺し、顕在値レベルを上げているのだ。ただ、探索者ほどには上がっていないように思う。手加減されていたとは言え、攻撃力にそこまで威力が有るとは思えなかったからだ。


「たぶん顕在値レベルが7から10という所だ。勝つには顕在値レベルを探索者平均の15位に上げなければ……」

 危険なのは承知の上で魔物を狩りに行こうとエイタは決意した。それにはちゃんとした武器が必要だ。

 杖のような木の棒を取り出し、先端部分を加工する。そこに青銅の刀身を組み込み紐で固定した。簡素な槍だが十分な殺傷能力を持っている。


 完成したのは短槍である。そのままでは迷宮へ持ち出せないので刀身に麻袋を巻き付け紐で縛る。出発が少し遅くなったからだろうか。途中の広場には誰も居ない。

 広場を横切り、双角小豚の小空間へ向かった。予想通り双角小豚は復活していた。荷物を入り口の地面に置き短槍だけを持って中に入る。

 すぐに双角小豚がエイタに気付き、威嚇の鳴き声を上げた。


 エイタは槍を構え小空間の壁際を回りながら双角小豚の様子を窺う。双角小豚が突撃して来た。もの凄い勢いで二本の角が迫って来る。

「ウワーッ」

 必死で横に飛び退く。双角小豚が壁に激突した。少しだけヨロっとしている。エイタは槍を突き出す。クッと槍の先端だけが魔物の胴に突き刺さる。……浅い……駄目だ。手だけで槍を突き出してしまった。


 双角小豚の鼻息が荒くなった。また突撃して来る。両足を揃えてピョンと飛んで避ける。……格好悪い。

 戦う前は、鮮やかに魔物の攻撃を避け華麗に反撃しようと思っていたが、本番では体が動かない。いきなりは無理だったかなとエイタは弱気になる。


 何度目かの突撃を躱した時、双角小豚が変な角度で壁にぶつかった。双角小豚がふらりとよろける。槍を握る手に力を込め身体ごと突き出した。槍の穂先が双角小豚の胸にズブリと突き刺さった。

 甲高い悲鳴が上がり、双角小豚が藻掻く。ここで仕留めなければ、二度めのチャンスはないと思い、握り締めている槍を全力で捻る。傷口が広がり大量の血が吹き出した。槍を引き抜きもう一度刺す。もう一度。悲鳴が止み静かになった。


 全身に力が満ち溢れる。顕在値がレベルアップしたようだ。


 皮を剥ぎ取り、マナ珠を回収する。角が何かに使えないかと思い剥ぎ取る。今日は肉は無視する。

 周りの壁を調べ銅板を見付けた。そこに記されていたのは『加熱』の魔導紋様だった。

「これで焼き肉が出来るって訳だ。偶然なんだろうか。それとも……」

 早速、魔導紋様を記憶する。緑煌晶の採掘を手早く行い計量枡二杯分を手に入れる。やはり連続で採掘すると採掘量は減るようだ。


 まだ、時間に余裕が有るので東側の迷路を探索する。一旦広場に戻り別の入口から迷路に入り三箇所の採掘場所を発見した。但し二箇所には先客が居て採掘をしていた。

 その二箇所は小空間も魔物もおらず、通路からいきなり地層が剥き出しになっている場所へと通じている採掘場所だった。もちろん、先客に警告を受け引き返した。


 残る一つは小空間があり、中にはバーサクラット五匹がちょこまかと動いていた。

 エイタは短槍だけを持って中に飛び込んだ。すぐにネズミどもが騒ぎ出し、エイタに襲い掛かった。一匹目がすねを狙って噛み付いて来たので、槍で払い弾き飛ばす。


 二匹目は背後から襲い掛かりエイタの背中を引っ掻かいて飛び離れた。五匹のバーサクラットがお互い競うようにして襲い掛かる。

 エイタは一箇所に留まらず動き回りながら戦うようにした。敵との間合いを考えながらステップを踏み、バーサクラットの攻撃を避ける。

 敵の攻撃を冷静に見詰め、動きを読んで躱す。言葉では簡単だが、実際は難しい。最初の一、二回なら冷静でいられるが、続けて何度も攻撃されると恐怖と不安が体の動きを鈍らせる。

 それでもエイタは諦めずにバーサクラットの間を飛び回るようにして躱し続けた。

 何度か攻撃を食らったが、次第になんとか避けられるようになった。そうなると攻撃する余裕が生まれる。

「ヨッ」「ハッ」「ドリャッ」

 エイタは槍を振り回し、払い、突く。飛び掛って来た一匹を空中で串刺しにして仕留め、もう一匹を片足で踏みつけてから止めを刺す。


 それから一気に戦いが楽になった。だが、エイタの攻撃にも問題が有った。突きや払いがなかなか敵に当たらないのだ。無理もなかった。何の戦闘技術もない職人なんだから当たり前だ。

「当たらきゃ意味がない。今夜から槍の稽古を始めるとしよう」


 銅板を探すと小空間の壁に『刻印』の魔導紋様を発見した。『刻印』は特別な魔導紋様である。二重丸の外側と内側の間に複雑な【天霊紋】が描かれているもので、中心の丸の中に刻印する魔導紋様を描いて『刻印』の魔導紋様に魔力を流し込むと中心部の魔導紋様が描かれたものに刻み込まれる。


「ここはルシアテス共和国という国が作り上げた施設だと聞いたけど、不思議な場所だな」

 『刻印』の魔導紋様を記憶し、採掘場所の地層へ向かった。そこでは大量の黄煌晶が採掘出来た。三日分の黄煌晶だった。

 その他に黒曜石も出て来た。ちょうど板のような黒曜石が有ったので、それも麻袋に仕舞う。


 自分の部屋に戻り、夕方になるのを待つ。

 いつものようにジェルドが現れる。

「おい、ノコギリと針と糸を持って来てやったぜ」

 エイタはそれらを受け取り、黄煌晶を渡した。

「また、黄煌晶に戻ったのかよ。緑煌晶が出る採掘場所を見付けたんじゃねえのか?」

「あんな危険な場所に、毎日行けるもんか。それに連続だと採れる量が減る」

 ジェルドが納得して頷いた。


 エイタはジェルドが去ると、麻袋から黒曜石板を取り出し、天窓の下の明るい場所に置く。

 その上に『組成変性』の魔導紋様を描いてから、五個の黄煌晶を置き魔力を込めた。黄煌晶が黒曜石の中に沈み黄煌晶の粒子が拡散する。これで下準備は済んだ。

 黄煌晶混じりの黒曜石板に『刻印』の魔導紋様を描いた。そして、中心の空白に『加熱』の魔導紋様を描く。

 それが完成すると『刻印』の魔導紋様に魔力を流し込む。大量の魔力がエイタの身体から流れだし『刻印』の魔導紋様に吸い込まれる。全体が白い光を放ち始め、中心にある『加熱』の魔導紋様が一旦浮き上がる様に輝いた直後、黒曜石の内部に沈んでいった。


 暫くして白い光が消えた時、『加熱』の魔導紋様が刻まれている黒曜石が完成していた。


 吊り下げていた肉の一部を切り取り、細かく切ってから黒曜石の上に並べる。黒曜石に魔力を流し込むと魔力が熱に変換され黒曜石が焼石のように熱くなった。

 黒曜石の上に並べた肉が焼け、肉の含まれる脂が溶け出す。甘い匂いが鼻孔をくすぐり、口の中に唾液が溢れる。焼けた肉を口の中に放り込む。

「アチッ」

 火傷しそうなほど熱かった。だが、美味い。岩塩が肉の旨味を引き出している。久しぶりに食べる肉だったので、夢中になって食べた。


「ケフッ……久しぶりに満足した」

 お腹を擦り満足そうに呟く。


 胃の中の食べ物が消化された頃、槍の稽古を始める。槍を適当に振り回す。槍の扱いに慣れる為の練習だ。次に上下左右から槍を払う。バーサクラットの動きを思い出しながら何度も払う。

 そして、突きの練習である。真っ直ぐに突く、掬い上げるように突く。これを繰り返す。日が沈み暗くなっても月明かりの中で続けた。


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