scene:69 カッシーニの駐屯地
新型軍用傀儡らしい謎の機体は、鎧を着た熊が背中に砲塔を載せたような姿形をしていた。人型でない軍用傀儡は珍しくないが、関節部分などに独特の特徴がある。
カッシーニ共和国のキラーマンティスに類似した構造だった。
「チチラト村虐殺事変の黒幕はカッシーニ共和国だったって事か」
エイタが呟くように告げるとルチェス大尉が忌々しそうに舌打ちをする。
「チッ、カッシーニの奴らめ……だが、どうしたらいい。あの抜け穴を登れば奴らの餌食になるだけだ」
狭い抜け穴なので一度に登れるのは一体か二体が精々。上で袋叩きに合い、穴の底に落とされるだろう。
「こうなったら、抜け穴を登るのは諦めよう」
エイタが言うとオスゲート上級曹長が鬼のような形相で。
「このまま引き返すのですか。チチラト村の住民を皆殺しにした奴らなんですよ」
「帰るとは言っていない。抜け穴が使えないなら湿原を通って行けばいい」
ルチェス大尉はエイタ達が乗って来たホバースレッドを思い出した。
「もしかして……ホバースレッドは湿原も移動可能なのか?」
「水陸両用だと言っただろ」
オスゲート上級曹長が身を乗り出し質問する。
「アサルトスパを載せられないのですか?」
エイタは少し考え。
「無理をすれば二機を載せて移動可能だろう」
「そうか。何往復かすれば戦力になるだけのアサルトスパを移送可能だな。でも、湿原のどこに通じているのか判らない。どうしたら?」
ルチェス大尉が目を瞑り考え出す。オスゲート上級曹長がハッと目を見開き声を上げる。
「狼煙を上げたらどうでしょう」
「狼煙……どういう事だ」
「抜け穴の底で狼煙を上げるんですよ。その煙は湿原にある出口から立ち昇るはずです」
「そこが敵陣という訳だな。いい考えだ」
オスゲート上級曹長は狼煙に必要なものを集め、エイタとモモカ、メルミラ、ルチェス大尉の四人はホバースレッドに乗って湿原の方へ移動する。
迷宮の入り口から南方へ進み、小山が三つ並んでいる場所を越えると湿原が広がっていた。水草や葦が生い茂る湿原で水の深さは大人の膝くらいだろうか。
湿原が始まる付近まで近付きガードビーストとホバースレッドの連結を解除した。重量のあるガードビーストはスパトラと一緒にここで留守番である。
両方をホバースレッドに載せ移動する事は可能だったが、重量のある傀儡を載せるとどうしてもスピードが落ちるので仕方ない。
湿原を見張っていると南東の方向から狼煙が上がった。オスゲート上級曹長が抜け穴まで行き狼煙を上げてくれたのだ。
「見て見て、煙が上がってる」
モモカが狼煙を見て騒ぐ。エイタは狼煙を確認するとホバースレッドの浮上用送風装置を起動する。
ゴーッという風の音が響き始め、ホバースレッドが浮き上がる。次に推進用送風装置を作動させるとホバースレッドが動き始めた。
湿原に入り水面を滑るように移動を始めたホバースレッドは徐々にスピードを上げる。
狼煙が上がっている場所まではかなりの距離がある。迷宮内部を通って行く場合の五倍以上は距離がある感じだ。迷宮は不思議な場所だとつくづく思う。
暫らくすると湿原の中に島みたいな場所が有るのに気付いた。敵はその島に駐屯しているようだ。もう少し近付き観察すると、島から東の方に道らしいものが伸びている。
島に近付き過ぎると敵に気付かれる恐れが有るので、適度な距離を保ったまま偵察する。
見付けた道に並行して進み、上陸する場所を探す。背の高い水生植物が生い茂る場所が有った。そこにホバースレッドを入れ道に近付ける。
道に乗り上げホバースレッドを止めた。道幅は二マトル《メートル》ほどで曲りくねりながら東の方へ続いている。
「凄いですね。カッシーニ共和国の人が作ったんでしょうか」
メルミラが湿原を縦断する形で伸びている道に驚いていた。モモカはホバースレッドに天井に登り島の方を興味深そうに見ている。
「これは自然に出来上がった道を補修して使えるようにしたものだろう」
ルチェス大尉が道を調べて告げた。道幅はおよそ二マトル《メートル》となっているけれど一定ではなく、少し広くなったり狭くなったりしている。
「ここにアサルトスパを一〇機ほど運び込んで、夜になってから奇襲するのがベストだな」
「一〇機か、五往復する必要がある」
エイタ達は急いで引き返し迷宮前で待っていたオスゲート上級曹長達と合流した。
それから夜になるまで、アサルトスパを載せ何とか五往復する。
「感謝する、エイタ。君はここまで、後は我々軍人の役目だ。迷宮前まで戻って休んでくれ」
ルチェス大尉はエイタに感謝し、湿原から帰らせた。
ホバースレッドが湿原の道から離れた後、部下の騎乗兵と共に闇が深くなるのを待った。島の方で明かりが点き暗闇を照らす。月が昇り優しい光が地上を照らし始めた頃、ルチェス大尉は移動を開始した。
アサルトスパに乗りゆっくりと島の方へ歩かせる。
島に到着すると散開し、カッシーニ共和国の駐屯地に近付いた。そこは一.五マトル《メートル》ほどの土嚢の塀が築かれていた。敵に備えるというより、湿原に住む蛇や虫を中に入れない為のもののようだった。
中を偵察すると約五〇人の兵士と一〇体ほどの軍用傀儡が確認された。
そこに居た軍用傀儡はキラーマンティスが二体、ヴィグマンⅡ型が五体、新型が三体である。
「敵陣に飛び込み、まず軍用傀儡を動けなくする」
ルチェス大尉が作戦を指示し始めた。
「ダブルショットボウには特殊硬化弾と専用弾を装填。専用弾で敵陣を混乱させ、軍用傀儡に特殊硬化弾を叩き込む」
侵入経路や部下の配置など細かな指示を出す。
ルチェス大尉が無言で合図を送る。
アサルトスパの集団が一斉に駆け出す。騎乗兵達は土嚢の塀を飛び越えダブルショットボウの専用弾をばら撒く。敵兵が強力な弾丸で引き裂かれ血飛沫を上げ吹き飛ぶ。専用弾は威力が有り過ぎ人間に向け発射すると人体を貫通し背後の人間をも破壊する。
「ウワーッ、敵襲だ!」「グハッ!」「軍用傀儡を出せ」
敵は混乱し反撃が遅れた。アサルトスパは軍用傀儡に駆け寄り特殊硬化弾を撃ち込んだ。
軍用傀儡の半分が硬化剤に塗れた。やっと反撃を開始した軍用傀儡はアサルトスパを追い駆け始めた。
アサルトスパは逃げながら反撃の機会を狙う。一機のアサルトスパがヴィグマンⅡ型の戦槌を受け頭部が破壊される。騎乗兵は宙に投げ出され地面に転がった処を敵兵の槍に貫かれた。
そのヴィグマンⅡ型に後方から来たアサルトスパが特殊硬化弾を撃ち込む。特殊硬化弾を撃ち込まれた軍用傀儡の動きがギクシャクし始め動けなくなった。
それを見ていた敵の指揮官が声を上げる。
「奴ら、何をやった。何故、傀儡が動かなくなった」
敗北の予感を覚えた指揮官が新型軍用傀儡に背中の遠距離兵器を使用するよう命じる。
熊型軍用傀儡が背中の砲塔を稼働させた。カッシーニ共和国の新型軍用傀儡は正式名称『キルバイン』と名付けられたが、その姿が熊型なので『キャノンベア』と呼ばれる事が多くなっている。
キャノンベアが背負っている遠距離兵器は、噂に有った『燃焼』ではなく『爆裂』の魔導紋様を使って砲弾を撃ち出すバーストキャノンと名付けられた兵器だった。
『爆裂』の魔導紋様が刻まれた魔導符と徹甲弾を組み合わせた魔導徹甲弾を使い、敵の軍用傀儡にダメージを与えるだけの破壊力が有った。
特殊弾頭として『燃焼』の魔導符を仕込んだ爆裂弾も存在する。但し砲弾自体が高価なので装弾数は少ない。
とは言え、魔導徹甲弾なら一発でアサルトスパを破壊可能である。
ドンと言う発射音がし魔導徹甲弾がアサルトスパの胴体を貫通する。燃料タンクを破壊されたアサルトスパは炎を噴き出し燃え上がる。
ルチェス大尉は集中的にキャノンベアを狙うように命令する。
特殊硬化弾の集中射撃を受けたキャノンベアは、ヴィグマンⅡ型よりも長い時間抵抗を示したが、最後には動かなくなり守秘機構が働き自壊する。
この戦いで四機のアサルトスパが破壊され三人の騎乗兵が戦死した。しかし、戦果も大きかった。奇襲で五機の軍用傀儡を仕留め、乱戦になりながらも残りの五機を撃破した。
敵が兵士だけになると戦いは一方的になる。走り回るアサルトスパには剣や槍は届かず、少数の弓矢もマナシールドが撥ね退けた。敵兵の半数が戦死し四分の一が負傷した。
このままでは全滅すると悟った敵の指揮官は白旗を上げた。
今回の夜襲が成功したのは、狼煙も影響したようだ。敵の指揮官は抜け穴を通って自由都市連盟軍が攻めて来ると予測し、湿原から侵入されるとは考えなかったようだ。
敵の指揮官を捕虜としたルチェス大尉は一番に迷宮に通じる洞窟の場所を訊いた。
「ふん、どうせ探せば判るんだ。教えてやる。駐屯地の一番奥にある」
ルチェス大尉は部下の一人に探すよう命令を出す。
「中には入るな。新型軍用傀儡が待ち構えているはずだ」
指揮官が迷宮に配置されている新型軍用傀儡を呼び寄せなかったのは、呼び寄せるのに時間が掛かるからだろう。中の新型軍用傀儡をどうやって始末するのかが問題になる。
部下が迷宮に通じる洞窟の入口を発見し報告した。
確かめに行くとアサルトスパが二機同時に入れるほどの洞窟が存在した。
ルチェス大尉は日が昇ると狼煙を上げた。エイタへの合図である。
暫くしてアサルトスパ二機を載せたホバースレッドが島に上陸する。
「おめでとう。作戦は成功したようだな」
エイタがルチェス大尉を見付け声を掛けた。
「ああ、君の協力のお陰だ」
勝利したというのに大尉の顔には喜びは無く、疲れた表情をしており、時折悲しげな表情を浮かべていた。エイタはアサルトスパが数機破壊され、騎乗兵も死んだと聞いたので無理はないと感じる。
「エイタ、済まんが一〇機ほど応援を運んでくれるか」
「いいぞ。オスゲート上級曹長に何か伝える事は有るか?」
「もう一度、狼煙を上げるよう言ってくれ。洞窟内に敵兵士が居るようなら燻り出したい」
最初に狼煙を上げた時に、敵兵士は洞窟から避難したと思われるが、念には念を入れたいのだろう。
エイタは一〇機のアサルトスパを運び、オスゲート上級曹長に狼煙の件を伝えた。
昼頃、再度狼煙が上がったが、洞窟から誰も出て来なかった。
軍用傀儡だけに迷宮を見張らせ、抜け穴を登って来るものを攻撃するように命令を出しているのだろう。
エイタは新型軍用傀儡の残骸を調べた。装甲はメルドーガと同程度だろう。四つ足で走り回り、攻撃時に二本足で立って両手から伸びる魔剛鋼製の爪で攻撃する仕様のようだ。
何だかアイスを大型化したような軍用傀儡である。そして、注目すべきは背中の遠距離兵器である。射程距離はそれほど長く無いようだが、威力はダブルショットボウ以上であるのは確実だ。
高価な砲弾も使用しているようだ。爆裂弾は対人用だろう。軍用傀儡には至近距離で魔導徹甲弾を放ち装甲を貫通させるのだろう。
エイタが調査した結果は参謀本部へ提出する事になるが、その報告書を読んだ参謀達はダブルショットボウ用の爆裂弾や徹甲弾を作れと言ってくるかもしれない。
「その時は、メルドーガの生産数を削って予算を作ってから来やがれと言ってやるかな」
参謀本部はメルドーガが失敗作だと薄々気付いていながら、未練たらたらにメルドーガの予算を守ろうとしている。他国が新型軍用傀儡の開発に成功しているのに、自分達だけが失敗したとは言えないようだ。
洞窟内部に配置されているキャノンベアの始末は、新しく応援として来たアサルトスパに依ってなされた。囮のアサルトスパが洞窟内に入りキャノンベアに特殊硬化弾をばら撒き、反撃して来たのを確かめてから、洞窟の入り口まで逃げ帰った。
通常なら軍用傀儡の命令者が居て、罠ではないかと慎重になるのだが、狼煙の所為で不在だった。
のこのこ誘き寄せられたキャノンベアはアサルトスパが包囲する場所まで飛び出し、一網打尽となった。
指揮官の居ない軍用傀儡の弱点を突いた典型的な作戦だった。
その後、迷宮の抜け穴に空気圧式昇降機を実験的に設置し試してみた。
「駄目だな。動くには動くが効率的じゃない。ロープと巻き上げ機を使った堅実な方式が一番のようだ」
風の音が煩く、細かく操作しないと抜け穴の天井にガンとぶつかるので使い勝手が悪い。それでもアサルトスパを三〇機ほど上げ、騎乗兵も上げる事は可能だった。
昇降機を使ってモモカとメルミラも上がって来た。モモカの腕の中にはアイスが居る。アイスは上がって来ると洞窟の外へと駆け出した。
モモカに危害を加えるような魔物が居ないか偵察に出たようだ。エイタとモモカ達が駐屯地に出た時、撃破されたキャノンベアの残骸をジッと見ているアイスの姿が目に入った。
モモカがトコトコとアイスの後ろに歩み寄り、ちょっと低めに声で。
『……と、父さん、どうしてこんな事に……カッチーニなんかに味方するから……残念!』
アイスがパッと振り向き。
「ヘカヘカヘケッ!」
アイスの鳴き声は『後ろで変なアフレコするな』みたいに聞こえた。
その声を聞いてモモカが『キャハハ……』と笑い出す。
呆れ顔で見ていたエイタとメルミラがモモカの笑い声につられて。
「アッハハハ……何だそれ」
「プッ……ウフフフ……」
モモカは十分に旅行を楽しんでいるようだった。
アサルトスパ部隊の活躍により、チチラト村虐殺事変の黒幕がカッシーニ共和国だと判明し、連中の駐屯地を奪取した。
その情報は自由都市連盟の政府関係者と軍人を震撼させる。
ジッダ侯主連合国だけでも手一杯なのに、カッシーニ共和国にも備えなければならなくなったからだ。
ダルザック連盟総長は一つの決断をした。
戦力とならないメルドーガに割り振った予算を別の即戦力になるものに振替えようと決めたのだ。問題は即戦力になるものが何かという点だ。
連盟総長は参謀本部や職人達を呼び集め意見を聞く事にした。
工廠の大会議室に集められた参謀達と工廠で働く技術者からのアイデアは幾つか上がったが、連盟総長自らも考えていたものが多かった。
一つはショットボウの量産、もう一つはアサルトスパの更なる追加生産である。
中には予算の振替自体を反対する者も居た。オベル工廠長の一派である。
「私は反対です。メルドーガさえ数が揃えば戦えるのです」
「オベル工廠長、その数が揃わないではないか。一ヶ月後に五〇体揃えると言う要求には何とか間に合ったようだが、後が続かないではないか」
工廠長はメルドーガを五〇体揃えろと言う要求に、工廠で働く傀儡工達の寝る時間を削って働かせる事で要求に応えたのだ。
その結果、その月は生産数が増えたが、翌月の生産数がガタッと減った。
「メルドーガの量産に失敗した工廠長には後で責任を取って貰う。それより他にアイデアは無いのか?」
連盟総長は厳しい声を上げた。
恐る恐る一人の傀儡工が声を上げた。
「あの……エイタ顧問が所有する傀儡は使えないでしょうか」
キリアル中将が声を上げた傀儡工に視線を向け問い質す。
「顧問の傀儡と言うのは何だ?」
傀儡工はメルドーガが投擲したウォーアックスを盾で弾き返したガードビーストの事を伝えた。
連盟総長とキリアル中将は顔を見合わせ。
「そんな傀儡を持っていたのか……興味深い。エイタを呼び戻せ」
ダルザック連盟総長が命じた。