scene:68 メルドーガと特殊硬化弾
アサルトスパが軍用傀儡と戦える武器を持ったとオベル工廠長や参謀本部の人間の前で証明しなければならない。
翌日、演習場にキリアル中将を始めとする参謀本部のメンバーとオベル工廠長と数人の傀儡工が集まり、一体のメルドーガと三機のアサルトスパの戦いが始まるのを見守っていた。
エイタとベルグルは観戦者たちの片隅で静かにしている。
「ふん、無駄な事を。メルドーガがあんな傀儡に倒されるなど有りえん」
オベル工廠長は鼻息を荒くし息巻いた。メルドーガの戦闘アルゴリズムは不具合の箇所が見付かり修正されていた。
傍に居たバオレル大佐が工廠長に鋭い視線を投げ告げる。
「実験中隊の者は自信が有るようでしたよ」
「どんな自信かは知らんが……あのアサルトスパの武器は、メルドーガが装備するダブルショットボウと同じもの。装甲厚から計算するとメルドーガが専用弾を弾き返すのは明白ですぞ」
工廠長は専用弾がメルドーガの装甲を撃ち抜けないので、メルドーガの勝利は揺るがないと考えているようだ。
審判役である若い大尉の合図で模擬戦が始まるとルチェス大尉・ヴォレス中尉・オスゲート上級曹長の駆るアサルトスパが走り出した。
メルドーガは背負っていたダブルショットボウを取り、アサルトスパに向け連射する。その弾は模擬弾で殺傷能力のないものに替えてある。
メルドーガが操作するダブルショットボウの命中率は高くない。特に動いている敵への攻撃はほとんど外れている。しかも、アサルトスパは機動力を発揮し左右に蛇行しながら駆けるので中々命中しない。
メルドーガは模擬弾を連射し周りにばら撒いた。動き回る敵には弾をばら撒くように撃つ戦闘アルゴリズムが組まれているのだ。偶然にも、その一発がヴォレス中尉が駆るアサルトスパの胴体にに命中した。模擬弾なのでダメージはないが、審判が『大破』の旗を上げる。アサルトスパ一機が脱落した。
今回の模擬戦ではアサルトスパに装備されているマナシールドは封印された。模擬弾だとマナシールドに弾かれ命中しない可能性が有るからだ。実戦では専用弾がマナシールドを貫通するのが確かめられているので、アサルトスパ側は同意している。
「よし、いいぞ!」
オベル工廠長の大声が響いた。
関節部分を狙う為に近付いたアサルトスパは専用弾を発射した。『ガン…ガン』と大きな金属音を響かせながら専用弾が狙い通り関節部分に命中する。だが、大したダメージは与えられなかった。
メルドーガは弾が切れたダブルショットボウを投げ捨て、ウォーアックスに持ち替える。あれだけばら撒けば弾切れになるのは当然である。
ルチェス大尉とオスゲート上級曹長のアサルトスパは、一旦距離を取ってから突撃し、今度は特殊硬化弾を発射する。
特殊硬化弾が膝関節に命中し硬化を始める。メルドーガの動きがおかしくなった。本来なら畳み掛けるように特殊硬化弾を連射するのだが、効果を確かめる為に静観する。
メルドーガは力尽くで硬化した硬化剤を引き剥がした。
そこに狙い澄ました特殊硬化弾が命中する。一発……二発……三発……十五発以上が命中した時、メルドーガが藻掻くだけで動けなくなる。
エイタとベルグルは笑顔を浮かべ駆け戻るアサルトスパの姿を見ている。
一方、工廠長は顔を青褪めさせていた。負けるはずがないと思っていたメルドーガが敗北したからだ。
「そ、そんな……」
審判がメルドーガの敗北を宣言した。
工廠長と部下の傀儡工が駆け出しメルドーガが動かなくなった原因を探し当てる。
「あいつら硬化剤を使ったのか……こんな小細工をしおって」
「工廠長、どうしますか?」
模擬戦は三回行われる事になっている。次の模擬戦でメルドーガにどう戦わせるか訊いているのだ。
「メルドーガに盾を装備させろ」
メルドーガには幾つかのオプション装備が存在し、そのオプションの中に盾も含まれていた。
「奴らが発射する硬化剤の攻撃を盾で受け、ダブルショットボウで反撃するのだ」
メルドーガに固着した硬化剤は加熱した後に急速に冷やすと脆くなり簡単に剥がれる事が知られている。ベルグルが作った道具で固まった硬化剤を取り除き、再びメルドーガが動ける状態に戻した。
特殊硬化弾の対策としては、加熱と冷却が出来る装置を関節部分に取り付けるか、関節の構造を硬化剤から守れるようなものに変える事が一番である。
但し、そういう根本的な対策は時間が掛かる。
次は一対一での模擬戦である。アサルトスパは代表してオスゲート上級曹長が出る。
戦いはダブルショットボウの撃ち合いとなった。メルドーガは上手く盾を使い特殊硬化弾を撥ね返す。オスゲート上級曹長は素早い動きで敵の模擬弾を躱しながら、メルドーガの背後に回り込もうとスピードを上げ、演習場を疾駆する。斜め後ろに回り込み特殊硬化弾を三発命中させた時、メルドーガが振り向き模擬弾をばら撒く。三発目まで躱したアサルトスパが方向転換しようとした時、模擬弾が命中した。
勝敗は一勝一敗となった。最後の一戦は三機のアサルトスパが出てメルドーガと戦った。勝敗はアサルトスパの勝利である。
三方から囲まれたメルドーガが多数の特殊硬化弾を浴び地面に横たわった。
「これでアサルトスパが軍用傀儡と戦える事が実証されたな」
キリアル中将が演習場に倒れているメルドーガを見詰めながら、エイタ達に四五〇機の追加生産計画を実行に移すよう命じた。
オベル工廠長が青褪めた顔をして意義を申し立てる。
「待って下さい。あんな硬化剤など対策を立てられれば、すぐに役立たずになります。その時メルドーガがなければどうなります」
キリアル中将が鋭い視線を工廠長に向け。
「メルドーガを廃止するとは言っていない。これまで通り作るがいい。だが……数が揃わなければ戦力にならないという事を肝に銘じておけ」
工廠長が悔しそうな顔をして黙った。
新たな騎乗兵は新兵を四〇〇人ほど集め訓練する事になった。現在の二〇〇人と合わせ六〇〇人体制とし、予備の騎乗兵を一〇〇人ほど確保する計画である。
エイタとベルグルは大量生産の準備で慌ただしく工廠を走り回り、なんとか傀儡工を揃え生産を開始した。
軌道に乗るまで一ヶ月掛かった。
漸く落ち着いて、ベルグルにアサルトスパの生産を任せられるようになった頃、鬼哭洞窟迷宮で戦いが起きたと知らせが届いた。
鬼哭洞窟迷宮の抜け道の件は参謀本部で協議した結果、モルガート一〇体とメルドーガ五体を迷宮に派遣し調査させた。
抜け穴を登ったモルガートは、敵と遭遇し戦いとなったらしい。モルガートは全滅し下で待機していたメルドーガが登ろうとした時、上から岩が落とされ登れなくなった。
残ったメルドーガと兵士は迷宮の入り口を封鎖し、ユ・ドクトへ伝令を送って来たのだ。
参謀本部は急ぎアサルトスパの部隊を送る事にした。
ルチェス大尉達が鬼哭洞窟迷宮へ行くとモモカに話すと自分達も行きたいと言い出した。ここ一ヶ月忙しくてモモカの相手をあまりしていなかったエイタは行ってみるかという気になった。
折角作った空気圧式昇降機を使ってみたいと思ったのだ。
アサルトスパの生産は問題なく進んでいる。ベルグルに確認すると。
「ああ、エイタが居なくとも問題ない。一ヶ月間働き詰めだったんだから、ゆっくりしてくればいい」
ベルグルはエイタが家族旅行にでも行くのかと勘違いしているらしい。
ルチェス大尉に同行する許可を取り付け、旅行の準備をした。今回の旅にはホバースレッドに乗って行く。
アサルトスパの部隊はアサルトスパ一〇〇機、新しく騎乗兵となった新兵二〇〇人と騎乗兵一期生五〇人にルチェス大尉とオスゲート上級曹長が同行する。
ヴォレス中尉はユ・ドクトに残り、これから集まる新兵を教育し鍛えなければならない。ユ・ドクトに残す騎乗兵一期生達は、その手伝いである。
ユ・ドクトを出発した。ガードビーストを連結したホバースレッドに乗り快適な旅を楽しむ。モモカもスパトラには乗らずホバースレッドのU字型座席で寛いでいる。スパトラは騎乗者のいない状態でホバースレッドの後ろを付いて来る。
「ふかふかのソファーだ」
モモカは座席の上で飛び跳ねている。一応ソファーではなく座席なのだが、コイルスプリングと綿を詰めたクッションを青い毛並みをした巨大鹿であるブルーディアの革で覆った高級品だった。
素材が余っていたので使ってみたが、無駄に高級な一品となってしまった。
運転席にはメルミラが座っている。ガードビーストが曳いているので操縦者は道を選び進むべき方向を指示を出すだけでいい。
指示は操縦席に有る一〇個のボタンを押して行う。これらのボタンを押すとそれぞれが違う音程の音が鳴る。人間には聞き取れない音域の音なので煩くはない。
基本は『増速』『減速』『右』『左』『直進』『停止』の六個で事足りる。因みに後の四個は緊急時用である。
エイタは出発直前に輜重隊のコリベル中佐と傀儡馬管理班のユグル少尉から、ホバースレッドの原理を使った兵站に使える安価な輸送車を作ってくれと言われた。
ホバースレッドに乗って景色を眺めながら、エイタは頼まれた輸送車の構造を考えていた。
メルドーガを二体載せて動ける大きさと出力が欲しいと言う要望であった。
骨組みをシンプルにし低出力の橇用魔導盾を数多く組み込めば要望に応えられそうだ。橇用魔導盾を低出力にしたのは安い素材で作れるからだ。
その輸送車にはリヤカーと同じ二つの車輪を付ける事にした。輜重隊の輸送では、行きだけ荷物を積み、帰りは空荷で戻る場合が多く、帰りはアルコール燃料の節約の為に橇用魔導盾を使わないで済むようにしたかったのだ。
そして、曳くのは馬でも自動傀儡でも可能とした方がいいだろう。
大体の構想が固まった。細かい設計は鬼哭洞窟迷宮から戻った後になる。
途中、大猪や鹿を狩りながら、鬼哭洞窟迷宮近くの林まで来ていた。この林を抜けると迷宮の入口が見える草原に出る。
列の先頭で進んでいたオスゲート上級曹長が急に止まり引き返して来る。
ホバースレッドの傍でアサルトスパに乗っていたルチェス大尉の所へ来ると。
「大尉、迷宮の入り口に敵が居ます」
「何っ! 味方が封鎖しているはずでは……」
驚いたルチェス大尉はアサルトスパを駆り林が途切れる場所まで行く。
木陰から迷宮の入り口の方を覗くとヴィグマンⅡ型らしい軍用傀儡と三〇人ほどの兵士が居た。
「クッ……何て事だ。封鎖していた味方は殺られたのか」
オスゲート上級曹長が側に来て迷宮入り口の左の方を指差し。
「あそこにメルドーガの残骸が」
「あれは改修前のメルドーガだったな」
モルガートと一緒に派遣されたメルドーガは戦闘アルゴリズムに不具合を持っていた。もしかしたら不具合を突かれ破れたのかもしれない。
エイタはホバースレッドから降りルチェス大尉の側まで来た。
「大量に特殊硬化弾を持って来て正解だったな」
ルチェス大尉は頷いてから、敵軍用傀儡の数を数える。
「ヴィグマンⅡ型が二十一体か……特殊硬化弾を開発して貰っていて幸運だった」
エイタは敵の動きを見守りながら。
「奴ら、ジッダの兵士かな?」
「どうだろう。参謀本部でも他国がヴィグマンⅡ型を真似て製造したんじゃないかと言う意見が出ている」
オスゲート上級曹長が近付き。
「エイタ殿達は林の中に隠れていて下さい」
エイタはホバースレッドに戻るとガードビーストとの連結を解き、自由に動き回れるようにした。
万一の場合に備え、モモカ達にも武器を用意させる。
ルチェス大尉達は二方向から攻める作戦のようだ。オスゲート上級曹長がアサルトスパ五〇機を率いて敵の側面に回り込もうと移動を開始する。
戦いはルチェス大尉が率いる五〇機のアサルトスパが正面から襲撃を開始した時から始まった。
正面から突っ込んだ五〇機のアサルトスパはダブルショットボウの有効射程まで近付くと左にカーブを描きながら旋回し敵陣に専用弾を叩き込んだ。
敵陣は土嚢を積んだ防壁が築かれていた。専用弾は土嚢に弾着すると衝撃で突き崩し防壁に穴を開ける。
突然襲い掛かられた敵兵士は一瞬動きを止めてから反撃を始めた。敵の弓矢がアサルトスパに向かって飛ぶ。
マナシールドを展開しているアサルトスパは矢を弾き、何事もなかったように旋回しもう一度敵陣に近付く。
再度専用弾を叩き込んだ。防壁の穴から敵陣に飛び込んだ専用弾が敵兵を薙ぎ倒す。
敵の指揮官がヴィグマンⅡ型に攻撃を命じた。
ヴィグマンⅡ型は防壁を出てアサルトスパへ向かう。戦槌を持って迫って来る軍用傀儡を目にしたルチェス大尉はダブルショットボウの弾倉を特殊硬化弾に変更するよう指示を出す。
二十一体の軍用傀儡の間を縫うようにアサルトスパが駆け巡り特殊硬化弾を放つ。硬化剤が軍用傀儡の機体に飛び散り空気に反応して固まっていく。
最初に一体のヴィグマンⅡ型が倒れた後、次々に倒れ地面の上で藻掻き始める。その状態が二十秒ほど続いた時、ヴィグマンⅡ型の守秘機構が働いた。
制御コアが自壊し人造筋肉が火を吹いて燃え出す。
アサルトスパが敵軍用傀儡を相手に初めて勝利を手に入れた瞬間だった。特殊硬化弾は後年、軍用傀儡に本格的な硬化剤対策が取り入れられるまで、アサルトスパが恐れられる原因となる。
敵陣の兵士達が呆然とした表情で燃える軍用傀儡の姿を見ている。その瞬間、オスゲート上級曹長が率いるアサルトスパが敵陣に飛び込んだ。
オスゲート上級曹長達は敵陣を蹂躙し兵士達を薙ぎ倒していく。アサルトスパの部隊は瞬く間に敵陣を制圧し勝利をもぎ取った。
敵兵士達の半分が死亡し、半分が捕虜となった。敵兵士達の持ち物を調べ、どこの国の者か判別できるような物はないか探したが見付からない。
後は捕虜達を尋問するしかない。ルチェス大尉は上等兵に昇進したヒュルケンに十数人の騎乗兵を付けて捕虜をユ・ドクトに送り出した。
エイタ達は死体が葬られるまで林の中で過ごし、片付いた後に出た。モモカに死体を見せたくなかったのだ。
ルチェス大尉は蟻型偵察傀儡を持って迷宮の奥に行き、例の抜け穴をよじ登らせ偵察させた。
戻って来た蟻型偵察傀儡の記憶をスケッチアイを使って絵にした。
「オッ」
そこに描かれた絵を見てルチェス大尉は驚きの声を上げた。
抜け穴を登った先の洞窟には新型の軍用傀儡らしい機体が多数待ち構えていたからだ。
2016/11/20 表現を修正
2016/11/21 誤字・脱字修正
2017/1/3 矛盾点の修正
『オスゲート上級曹長に十数人の騎乗兵を付けて』誤
『上等兵に昇進したヒュルケンに十数人の騎乗兵を付けて』正