scene:67 ジッダ侯主連合国の脅威
隣国ジッダ侯主連合国との小競り合いが続いた。ただ本格的な戦争とならなかったのは、自由都市連盟のダルザック連盟総長とジッダ侯主連合国の全権大使が戦いを回避しようと協議を続けていたからだ。
今日も全権大使との話し合いを終えたダルザック連盟総長は疲れた様子で執務室に戻って来た。
「フーッ、まったく傲慢な奴だ」
初めは自由都市連盟の村を襲った連中の正体を詮議していたのだが、話がウェルナー湿原の領地問題に移り話し合いが平行線を辿り始めた。
ウェルナー湿原は、その領有を自由都市連盟・ジッダ侯主連合国・カッシーニ共和国の三国が主張しており、ジッダ侯主連合国の全権大使が『チチラト村虐殺事変』をウェルナー湿原の領有問題を有利にする為に、自由都市連盟が仕掛けた自作自演であると言い出した。
ダルザック連盟総長は秘書にキリアル中将を呼ぶように命じた。キリアル中将は軍の中でダルザックが信用している軍人の一人である。
程なくしてキリアル中将が現れると話が始まった。
「将軍、正直に答えてくれ。現在の戦力でジッダと戦いが始まった場合、我々は勝てるのか?」
キリアル中将の表情が強張った。
「厳しいです。兵力はジッダが多く、軍用傀儡の数は我が方が多いのですが、旧式のモルガートがほとんどなので戦力としてみれば同等かと思われます」
「ジッダ侯主連合国が開発した新型軍用傀儡はどうなっている?」
「彼の国で量産を開始した新型軍用傀儡は『ベルゴルド』と名付けられました。ヴィグマンⅡ型を大型化し装甲を厚くした上で両足に最上級の人造筋肉を大量に使って強化した高機動重装甲の軍用傀儡が完成したとの情報が入っています」
コンセプトとしてはメルドーガに通じるものが有る。但しベルゴルドはヴィグマンⅡ型の優れた動思考論理を継承し強力で優秀な軍用傀儡となったようだ。
「ベルゴルドの生産数はどれほどだ?」
「八〇体ほどが完成しているようです」
ダルザック連盟総長は渋い顔をする。
「メルドーガの生産数はどうなっている?」
オベル工廠長が工廠で働くすべての傀儡工に命じメルドーガの生産を急がせている。けれども、メルドーガの最重要部品である幾つかの部品を作れる優秀な傀儡工は限られており、中々生産は進まなかった。
「昨日の時点で三十二体です」
「話にならんな。戦力としてメルドーガは期待出来ないのではないか」
一番最初に量産を開始したメルドーガの生産数がベルゴルドより少ないのを知り、ダルザック連盟総長は失望していた。
「ですが、一世代前の軍用傀儡であるモルガートだけでは、新世代の軍用傀儡には歯が立たないと思われます」
キリアル中将にそう言われ、ダルザック連盟総長は考え込んでしまう。
「そうだ……騎乗傀儡はどうなった。実験中隊を編成し研究を続けていると聞いたが?」
「ハッ……野盗退治を命じた処、見事に任務を果たしました。十分な戦力になると思われます。……そこで、三〇〇機の増産を計画しております」
「ふむ、三〇〇機か。三〇〇機の製造にどれくらい掛かるのだ?」
「資金の話でしょうか。それとも時間ですか?」
「時間だ。資金はメルドーガに回す予算から出せばいい」
「開発者のエイタから話を聞いたのですが、傀儡工さえ揃えば、二ヶ月で完成させると言っております」
「何、二ヶ月だと。それは本当か?」
「はい、アサルトスパの部品はシンプルは構造をしているものが多く、工廠の傀儡工なら誰でも製造可能だそうです。しかも主要部品は安価なものを選んでいるので入手に問題は有りません」
「なるほど、問題は傀儡より、それを操る騎乗兵の育成にあると言う事だな」
キリアル中将は頷いた。
ダルザック連盟総長は暫く考えてから決断を下した。
「アサルトスパを四五〇機製造する。三ヶ月後に現行機と合わせ五〇〇機体制とするのだ」
二ヶ月で三〇〇機との計画なので、三ヶ月後に四五〇機というのは無理な話ではない。
「ですが、騎乗兵の育成に問題が有ります。現行二〇〇名の騎乗兵がいますが、追加で三〇〇名を育てるとなると無理をしなければなりません。それに整備兵も育てなければ……」
実験中隊において騎乗兵二〇〇名を育てていたが、後にアサルトスパを追加生産する時に備えてだった。しかし、連盟総長の決断はキリアル中将達の予想を上回っていた。
ダルザック連盟総長が頷き。
「判っている。だが、ジッダ侯主連合国との交渉も行き詰まりそうだ。どう頑張っても後三ヶ月保たせるのが精々だ。その間に戦力化出来るのは騎乗傀儡しかないのだろう。それともメルドーガを三ヶ月で二〇〇体揃えられるかね」
敵の新型軍用傀儡は八〇体、三ヶ月有れば一〇〇体を超えるのは予想が着く。それに対抗するにはメルドーガを二〇〇体は欲しい。騎乗傀儡の増産を諦め、全力でメルドーガの生産に取り組めば二〇〇体が揃うのであれば考えるが、工廠から上がってくる報告では無理そうである。
こうしてアサルトスパの四五〇機増産計画が決まった。
その計画をエイタが聞いたのは、決まってから数日経った頃だった。
オベル工廠長が計画を知るやいなや参謀本部に抗議したのだ。そんな予算が有るならメルドーガの増産に使うべきだと進言した。
軍内部で検討会が開かれ、メルドーガ派とアサルトスパ派に分かれ議論を戦わせたらしい。
メルドーガ派は敵の主力軍用傀儡を倒せるのはメルドーガだけだと主張し、アサルトスパ派は数を揃えられる騎乗傀儡なら大きな戦力となると主張した。
論争は決着が着かず時間切れで連盟総長の命令通りアサルトスパを追加生産する事に決まった。
悔しがるオベル工廠長は最後にアサルトスパがどこまで主力軍用傀儡に対応出来るのか試すべきだと主張し、その話がルチェス大尉とエイタに伝えられた。
工廠の会議室に集まったルチェス大尉とエイタは、バオレル大佐からオベル工廠長の主張を伝えられた。
ルチェス大尉は眉を顰め。
「それはおかしい。アサルトスパは主力軍用傀儡と正面から戦えるような兵器ではありません。歩兵の支援と軍用傀儡の足止め程度の戦力として開発されたのです」
バオレル大佐は冷静な顔で頷きながら応える。
「承知している。だが、ジッダ侯主連合国も新型軍用傀儡の量産に乗り出している。軍としても何らかの対策を立てねばならんのは判るだろう」
エイタは頷き。
「それは理解出来ますが、アサルトスパに何を求めているのです?」
バオレル大佐はエイタに鋭い視線を向け。
「アサルトスパを使い、軍用傀儡を倒す事は出来ないのか。顧問のエイタ殿には、その方法を考えて貰いたい」
エイタも何度か考えた問題だった。
以前に、専用弾に魔導紋様を仕込んだ特殊専用弾を使って軍用傀儡を倒す方法を考えた事が有る。『凍結』『雷衝撃』『爆裂』の三種類のどれかになるだろう。
その中で新型軍用傀儡にも有効そうなのは『雷衝撃』『爆裂』だと判断した。『凍結』は生き物でない軍用傀儡には効きそうにないからだ。
『雷衝撃』は制御コアまで雷撃が通れば新型軍用傀儡でも倒せるだろうが、軍用傀儡の制御コアは何重にも守られており雷撃が通るとは思えない。
残るは『爆裂』である。爆発の衝撃で軍用傀儡を吹き飛ばす程度の事は可能である。けれど、軍用傀儡を破壊する事が可能かどうかは判らない。
旧型の装甲の薄い軍用傀儡なら破壊可能かもしれないが、新型は装甲も厚く爆発に耐えるだけの強度が有りそうだった。
「焼夷弾による加熱で、軍用傀儡の動きを一時的に制限する事が出来るが、それだけだと駄目なのですか?」
「専用弾と焼夷弾でヴィグマンⅡ型の関節にダメージを与えたのは報告で聞いている。だが、結局メルドーガが止めを刺したそうじゃないか。我々は止めを刺せる何かが欲しいんだ」
エイタはアレッという顔をする。
「あの……止めを刺すのがメルドーガの役目じゃないの?」
バオレル大佐が視線を逸らす。
ルチェス大尉が大佐の代わりに説明する。
「そのメルドーガなんだが、量産で躓いている。今日まで生産した数が五〇体にも満たないそうだ」
それを聞いて、エイタは溜息を吐いた。そこまでメルドーガの量産が難航しているとは思っていなかった。
エイタはメルドーガの開発を離れてから、自分からはメルドーガの開発の動向を聞かないようにしていた。聞けば気になってしまい口を出したくなるからだ。
「……そいつは酷いな。メルドーガには凄い予算が下りていると聞いていたのに」
バオレル大佐が腹立たし気に鼻を鳴らす。
「ふん、金ばかり掛かる厄介な失敗兵器だ。それに開発の総責任者であるオベル工廠長がアサルトスパを目の敵にしている。軍用傀儡をどうにかという話は、奴が言い出した事だ」
エイタがオベル工廠長を罵倒するとルチェス大尉が宥める。
ルチェス大尉はバオレル大佐に視線を向け。
「オベル工廠長は兎も角。メルドーガに関しては、要求仕様を出した参謀本部にも問題が有ったのでは?」
「……む、それを言われると耳が痛いね。だが、過ぎた過去はどうしようもない。何とか方法を考えてくれ」
エイタは大佐を睨むと応える。
「予算はたっぷり有るんでしょうね」
「残念……メルドーガに使い過ぎて軍事費に余裕がない。それにアサルトスパを四五〇機生産する事になった。それで残っていた予算も無くなりそうだ」
戦争になりそうなので、無理をしてでも予算を組みたいのだが、無い袖は振れない。
エイタは三〇〇機と聞いていたので驚いた。
「連盟総長の指示だ。三ヶ月で四五〇機を揃えてくれ」
バオレル大佐はそう言うとエイタの顔に浮かぶ表情を観察した。そこに浮かんだ表情は面倒事を頼まれた人間の不満そうなものだったが、目には力強さが有り不可能だとは思っていないようだった。
「急いで生産計画を立てなきゃならないな」
エイタが言うとルチェス大尉が。
「その前に、オベル工廠長を黙らせる為に、軍用傀儡を倒す方法を考えなければならんぞ」
「そうだった」
バオレル大佐が帰った後、ルチェス大尉とエイタはどうやって軍用傀儡を倒すか検討したが、いい案は浮かばなかった。
翌日、傀儡工のベルグルとルチェス大尉、ヴォレス中尉、オスゲート上級曹長を集め、昨日の続きを検討する。
ベルグルが『爆裂』の魔導紋様を使った特殊専用弾を提案した。
「新型の軍用傀儡だと爆裂弾の一発や二発では倒せそうにないんだ」
エイタが反論するとベルグルが破壊するまで連射すれば良いと言う。ルチェス大尉が渋い顔をしながら。
「オベル工廠長達を黙らせる為に、爆裂弾を用意して一体の軍用傀儡を破壊するのは可能かもしれないが、本格的に爆裂弾を装備するには予算的に無理だ」
エイタが特殊専用弾を諦めたのは金銭的な事も有るが、強力な特殊専用弾を作製するには上質の魔煌合金が必要で、その為には青煌晶以上の魔煌晶が必要だったからだ。
使い捨ての特殊専用弾に貴重な魔煌晶を使えば、魔煌晶の消費量がとんでもない事になる。
エイタが迷宮探索で使っているリパルシブガンを大型化すれば軍用傀儡でも倒せる武器となるだろう。だが、リパルシブガンは費用を考えずに作製された高価な武器である。秘匿している魔導紋様を使っている事を無視したとしても、軍が求める安くて使える武器には当て嵌まらない。
それに加え、エイタは軍という組織を完全には信用していなかった。ルチェス大尉やバオレル大佐のような良識ある人物が居る反面、オベル工廠長やギュリス中佐のようなどうしようもない連中も居たからだ。
秘匿している強力な魔導紋様を武器に使えば、軍がその知識を渡せと言い出すに違いないと思っていた。
そうなれば、知識は俗物であるオベル工廠長達の手にも渡るだろう。それは絶対に避けたかった。
ふと出席者の姿を眺めているとベルグルが着ている作業着の袖が茶色に染まっているのに気付いた。
「ベルグル、袖の茶色いのは何だ?」
何かを考えていたベルグルが袖を見て肩を竦める。
「硬化剤を付けちまったんだ」
傀儡工が使う硬化剤というのは、人造筋肉を傀儡の内部構造に接合固定する時に使うもので、空気に触れると数秒で固まり取れなくなる。
人造筋肉の接合は基本金具で行うが、軍用のものは金具の上に硬化剤を塗り衝撃を受けても外れないようにしている。
エイタは閃いた。
「硬化剤を軍用傀儡にぶち撒けたらどうなる?」
ベルグルが真剣に考える表情になり。
「大量に浴びたら動けなくなるかもしれないな」
ルチェス大尉達が嬉しそうに笑い、試してみようと言い出した。
硬化剤入りの専用弾を作るのは比較的簡単だった。一〇発作って試す事にした。
午後を少し過ぎた頃、軍の演習場に、エイタ達が集まった。
標的は旧型軍用傀儡のモルガートである。ルチェス大尉が自分のアサルトスパを持ち出し、特殊硬化弾をダブルショットボウに装填した。
ルチェス大尉が駆るアサルトスパが、歩み寄って来るモルガートに照準を合わせると特殊硬化弾を発射。モルガートの胸に命中した特殊硬化弾の先端が潰れ硬化剤が撒き散らかされた。
モルガートの体をたれた硬化剤は股関節に流れ込み空気と混ぜ合わさって硬化した。
モルガートの動きが変化した歩き方がぎこちなくなりバランスを崩しそうになっている。
ルチェス大尉は連続し特殊硬化弾を撃ち込む。その中の一発がモルガートの股間に命中した。
「オウッ!」
ベルグルが思わず自分の股間を押さえ、痛そうに顔を顰める。エイタも反応しそうになったのは秘密だ。
モルガートに命中した特殊硬化弾は固まり白い膜のようになって、その動きを封じた。モルガートは倒れ地面で藻掻いている。
旧型のモルガートなので一〇発で倒れたが、大型化しているメルドーガ等の新型なら倍以上の特殊硬化弾が必要かもしれない。
戦場で軍用傀儡がこのような状態になれば、守秘機構が実行され、制御コアが自壊し人造筋肉が燃え出すはずである。
アサルトスパは軍用傀儡を撃破した事になる。
ルチェス大尉は無様に転がるモルガートを見て呟いた。
「作業場の隅に転がっているような硬化剤で、これはないだろ」
ヴォレス中尉とオスゲート上級曹長も頷き同意する。
2016/11/17 誤字修正