scene:65 騎乗傀儡実験中隊の野盗退治
ルチェス大尉とヴォレス中尉が騎乗傀儡実験中隊を率いてユ・ドクトを離れた日は、今にも雨が降りそうな曇天の空模様だった。
アサルトスパに強い関心を持つ資材課の傀儡馬管理班は、アサルトスパの為の雨具も開発していた。
蝋引きした布で作られたアサルトスパ用のコートみたいなもので、騎乗傀儡の大部分を覆うように出来ていた。雨の中を移動する時は、操縦者も撥水加工したポンチョのようなものを着て操縦しなければならないので大変である。
傀儡は金属の部品を多用しているので水には気を付けなければならない。雨に降られ関節部分から水が内部入った時などはオーバーホールして点検する必要が有り、騎乗傀儡や傀儡馬用の雨具は必要なのだ。
傀儡馬管理班は騎乗傀儡に必要な細々した物を開発する代わりにアサルトスパ五機を手に入れたいと軍上層部と掛け合い、実際に手に入れた。
但し戦闘用ではないのでダブルショットボウは取り外し、通常型ショットボウを護身用武器として取り付けた。これは傀儡馬管理班は輜重兵に提供する傀儡馬を管理する部署なので、相手が野盗程度なら通常型ショットボウで十分だという事らしい。
ルチェス大尉達が討伐を請け負った野盗集団は軍部が危険だと判断するほど大規模なものだった。ユ・ドクトから最前線であるアシルス砦までを繋ぐユシル街道の途中に盗賊がアジトを作ったようだ。
場所はニンガラ峡谷である。峡谷の底が無数の大きな岩で迷路のようになっており、そこを要塞化しアジトにしていると報告されている。
この討伐任務には見届け役として参謀本部からウメロス大尉が同行している。
参謀本部に所属しているくらいなのだからエリート軍人のはずなのだが、本人を見るとどうも頼りない若者に見える。話をしてみるとウメロス大尉の父親が軍務局人事部の参事官だった。
軍の人事を左右出来る人物の子供なら、少し頼りなくとも参謀本部に所属しているのは頷けた。
実験中隊はユ・ドクトを出て街道を東南の方向へ向かっていた。ルチェス大尉自身はウメロス大尉と一緒に馬車で移動している。
「ルチェス大尉、一〇機のアサルトスパがオーバーホール点検で工廠に残して来たが、点検が終わってから出発した方が良かったのではないか?」
オーバーホール点検中の一〇機とオスゲート上級曹長に預けた六機が同行していないので、実験中隊には通常の三分の二ほどのアサルトスパしかいない。
これを知ったウメロス大尉は心配しているようだ。
「大丈夫です。相手は野盗ですよ」
ルチェス大尉は野盗退治などアサルトスパ一〇機ほどで十分だと思ったが、参謀本部の命令は動かせる全機で退治しろと指示されていたので三〇機以上も引き連れている。
「大尉殿は実戦は初めてですか?」
ルチェス大尉が尋ねるとウメロス大尉が不機嫌そうに頷き。
「機会がなかったのだ」
ウメロス大尉の父親が子供を心配し危険な任務に着かないよう配慮したのかもしれない。もしかすると動かせるアサルトスパ全機で向かえと命令されたのは彼の父親が関係しているのか。
前方で声がした。何事かと馬車の窓から身を乗り出して見てみると街道から見える草原の奥に大猪が居た。
アサルトスパに騎乗する兵士が近付いて来て。
「中隊長、あの大猪を狩ってもいいですか?」
ルチェス大尉がニヤッと笑い。
「いいぞ、夕食の品目が一品増えるのは歓迎だ」
兵士が嬉しそうに笑い、感謝し仲間二機のアサルトスパと一緒に草原へ向かった。
「任務の途中に狩りなど不謹慎ではないですか」
ウメロス大尉が声を上げる。それにルチェス大尉が応え。
「こういう旅での食料調達も任務の内ですよ」
「しかし、時間が……」
ウメロス大尉とルチェス大尉が話している間に、三機のアサルトスパは大猪を追い詰めていた。草原を自在に疾駆するアサルトスパは獲物を狙って駆ける狼のように見えた。
大猪は三機のアサルトスパに気付き逃げ出した。敵を襲う時には猪突猛進する猪だが、逃げる時は右に左に蛇行しながら巧みに逃げる。
それをアサルトスパは追い掛ける。三機で囲むように追い込み、一機のアサルトスパがダブルショットボウを発射した。大型専用弾は大猪の頭部に命中し頭蓋骨を叩き割った。
「ブギャッ!」
大猪の最後の悲鳴が響いた。
軍用傀儡の装甲には歯が立たない大型専用弾だが、大猪の頭蓋骨を破壊するだけの威力はあるようだ。
あっさり大猪を倒したアサルトスパの攻撃力を見てウメロス大尉が唖然としている。
「これほどの威力なら軍用傀儡も倒せるのでは?」
ウメロス大尉が掠れた声で尋ねる。ルチェス大尉が首を振り。
「残念ながらアサルトスパのダブルショットボウで軍用傀儡は倒せない。軍用傀儡の頑丈さは大猪の比ではないからな」
ルチェス大尉はウメロス大尉に付き合い馬車に乗ったが、後悔を始めていた。
馬車の中でジッとしているのが苦痛となり、ついでに尻も痛くなったからだ。
中隊の新兵達はアサルトスパが曳くリヤカーに乗っている者も居るので、贅沢だとは判っている。
数日、のんびりと進んでから街道を離れニンガラ峡谷へと向かう。峡谷に近付いたので二組の偵察部隊を先行させ、野盗の動きを探らせる。
馬車の旅もここまで、ルチェス大尉は自分のアサルトスパを部下から取り戻し騎乗する。このアサルトスパはエイタが最初に作ったもので愛着がある。
ルチェス大尉の後ろから、恨めしそうな目をしたウメロス大尉が汗をかきながら徒歩で進む。ここからはリヤカーも使用出来ない荒れ地であり、アサルトスパを操縦している者以外は歩きとなる。
軍部の情報では野盗の規模は百数十人と多い。ユシル街道を根城にする野盗がアシルス砦での小競り合いを契機に一つに纏まったらしい。
街道を軍関係の者が頻繁に往来するようになり、野盗も危機感を覚えたのだ。
それだけなら軍部も自分達で潰そうとは思わなかったのだが、野盗とマナバル皇国の人間が接触しているという情報を掴み、この際退治しようと決まったのだ。
ニンガラ峡谷に野盗が作り上げたアジトは、外見だけ見ると砦と呼んでもおかしくないほど頑強な作りをしていた。高さ七マトル《メートル》もある大岩三つと石積みの防壁を繋げ外敵を寄せ付けないように工夫していた。
最初にアジトを見た時、ルチェス大尉はこれほどのものを作り上げる労力が有るなら真面目に働けばいいのにと思う。
ヴォレス中尉達と別れ少人数で岩陰に隠れながらアジトに近付く。
ウメロス大尉が野盗が作り上げた防壁を仰ぎ見て溜息を吐く。
「これはもう砦だろ……攻城兵器も無しで、どうやって攻めるのだ?」
ルチェス大尉は背負って来た布袋の中から、蟻型の愛玩傀儡のようなものを取り出した。大きさは子猫サイズで蟻としてはデカイが、これ以上は小さく出来ないと製作者に言われた。
興味深そうに見ていたウメロス大尉が尋ねる。
「何だね、それは?」
「描画傀儡の画像記憶機能を蟻型傀儡に組み込んで、偵察傀儡として作って貰ったものだ」
「ほう、偵察傀儡ね……どうやって使うのだ」
ルチェス大尉が蟻型偵察傀儡を地面に置くと、傀儡内部の制御コアに記憶された動思考論理に従いアジトの防壁に近付き攀じ登り始めた。
蟻型偵察傀儡の塗装は濃い目のグレーになっているので岩場の風景に溶け込み、遠目からでは気付き難ようになっている。大きさも目立たないサイズである。
もちろん、これを作ったのはエイタだ。蟻型にしたのは樹や壁を攀じ登る蟻を見て、何処にでも侵入出来そうな気がしたからである。
偵察傀儡の足には細かい鉤爪のような突起が多数あり、それを岩の凸凹した表面に引っ掛けて登って行く。
防壁の頂上へ到達した偵察傀儡は内部の様子を角度を変えながら五回記憶し戻って来た。
戻った偵察傀儡と一緒にアジトから少し離れ、ヴォレス中尉達が待機している場所まで戻った。
偵察傀儡をヴォレス中尉に渡すと中尉は導線で偵察傀儡と描画傀儡を繋ぎ、描画傀儡を起動した。
描画傀儡は偵察傀儡が見て記憶した光景を紙に描き出した。
その風景画を見てルチェス大尉はニヤリと笑った。
野盗達は頑丈な防壁を築いただけで満足したのか、内部に有る建物はスラム街のように小さな建物が並ぶ粗末なものだった。
「あいつら途中で真面目に働くのに嫌になったんだな。……中途半端なものを作りやがって」
ヴォレス中尉も描画傀儡が描いた風景画を見て。
「防壁を見て、野盗退治は少し苦労するかもと思いましたが、安心しましたよ」
ウメロス大尉は意味が分からず首を傾げる。
「何を言っている。内部の建物が掘っ立て小屋だとしても防壁を越えなければ攻撃出来ないんだぞ」
「まあ、見てて下さい」
ルチェス大尉は中隊の全員を集め、作戦を説明した。それは単純な作戦だった。
アサルトスパに乗る騎乗兵は防壁の周りを囲むように配置され、残りはアジトの出入り口らしい門の近くに身を潜ませる。門の前には見張りらしい野盗が数人居るが気付いてはいないようだ。
「攻撃開始!」
ヴォレス中尉の声が響き、防壁の周りを囲んでいた騎乗兵はダブルショットボウから焼夷弾を防壁越しに内部に撃ち込んだ。
本当の砦なら、外から放たれる矢や火矢などに備えた構造をしているものだが、野盗のアジトには何の備えも無かった。
防壁を飛び越えた焼夷弾は中央に集まる建物に命中し炸裂する。その結果、揮発性の高い油が周囲に撒き散らされ火が点いた。そんな焼夷弾数十発も内部に叩き込まれたのだ。
瞬く間に野盗のアジトは火の海になる。野盗は悲鳴を上げ逃げ回り出口へと向かった。
出口付近で見張りをしていた野盗は、ショットボウの弾丸により、すでに倒れていた。
「敵だ!」
「クソッ、何が起きてるんだ?」
「見張りの奴ら何してやがった」
野盗は混乱し、それぞれが生き延びようと動き始める。
火に追われた野盗が門を開け、逃げた先にはショットボウを持つ騎乗兵が待っていた。
実験中隊は門に集まった野盗を倒し、防壁の内部にアサルトスパを突入させた。その瞬間、勝敗は決まった。
野盗は倒され焼け落ちたアジトだけが残った。
野盗は全滅、中隊の被害は軽傷を負った者が数名でただけ。
圧倒的な勝利だった。しかも驚くほど短時間で決着が着いた。
ウメロス大尉は結果に目を見張り。
「実験中隊に攻城兵器が無いと言ったのは間違いだったんだな。ダブルショットボウを備えた騎乗傀儡自体が攻城兵器にもなるのか」
それを聞いてルチェス大尉は苦笑いを浮かべる。騎乗傀儡の力を評価してくれるのは嬉しいが、騎乗傀儡が攻城兵器にもなるというのは過剰評価である。
焼け跡を整理し野盗の死体を片付けるのに丸一日が必要だった。
防壁は軍が後で使えるかもしれないと判断し、そのまま残す。但し出入り口は封鎖し、軍が封鎖した場所であり立入禁止だと警告板を立てた。
その後、実験中隊は胸を張ってユ・ドクトへ凱旋した。
大規模な野盗を退治したと言う知らせは街中に広まった。戦争が始まりそうだという暗い雰囲気が街に広がっていたので、この知らせは久々の明るい知らせとして市民に歓迎された。
ルチェス大尉達が凱旋する少し前。
エイタ達は工房で、ガードビーストに曳かせる乗り物を製作していた。
大きさは四人乗りの馬車とほぼ同じ大きさの乗り物で、下部には魔物革を使ったスカートを付け、前方の空気吸入口からダクトを通して吸い込んだ空気を下に向かって吹き出す送風装置が取り付けられた。
当初は、これに土の主成分に反発する斥力場を発生させる斥力盤を取り付けようと考えていたのだが、土の主成分を表す天霊紋が判らず断念した。
それで乗り物を浮かせるだけなら『魔力盾』の魔導紋様が使えるのではと閃き、車体の底に数十個の小さな魔力盾が発生する装置を作り上げ組み込んだ。
これは魔力盾を使った一種の橇である。
この魔力盾の一つ一つは出力が弱く、重く大きな障害物にぶつかった時は消滅するように調節されていた。出力を上げ障害物にぶつかると弾き飛ばす様にも出来るが、そんな事をすれば周りを歩いている人間が怪我をする。
それに魔力盾はなるべく衝撃を車体に伝えないように作られていた。
実験してみると上手くいった。魔力盾で浮かび上がった車体を押すと滑るように移動した。相当重いはずの車体なのに、魔力盾の摩擦係数がゼロなので簡単に動かせた。
モモカはこれが気に入ったようだ。アイスと一緒になって滑るように動く車体を押して遊ぶ。
「見て見て……こんな簡単に動くんだよ」
大きな車体をモモカが押し、それをアイスが受け止め押し返す。
「ヘカヘカ」
「キャアア……アハハ」
動かすのは簡単だが、受け止めるのは大変なようだ。体重の軽いモモカやアイスが車体を受け止めると、その場では受け止めきれずザザザッと後ろに押されてから止まる。
「何かブレーキが必要だな。それに風の影響を受け難い形を考えなきゃ駄目かな」
エイタは呟きながら、設計図に細かい字で書き込んでゆく。
ブレーキについては、これも魔力盾を使う事にした。魔力盾を帆船の帆のように使い空気抵抗による制動力を得ようと設計する。
座席は操縦席が一つにU字型の大きな座席に三人が座れるようにした。中央には送風装置が組み込まれたテーブルが有り、そこで食事が出来るように考慮した。
車体前方にはガードビーストと連結する金具も組み込んだ。後部には水上用の推進機として推進用送風機を取り付ける。
最後に屋根は荷物が載せられるような頑丈なものを取り付けた。
魔力盾による橇方式が閃いた時、魔物革を使ったスカートと送風装置は要らないんじゃないかと考えたが、取り外さなかった。これが有れば水上も行けるんじゃないかと思ったのだ。
遂に世界初の水陸両用車が完成した。
2016/10/9 誤字修正
2016/10/15 誤字修正




