scene:63 ワイルドスコーピオン
遅くなりました。
盾を掲げながら黒狼の群れに突っ込んだガードビーストは、予想通り複数の黒狼に取り囲まれ襲われた。
狼らしくガードビーストの尻に牙を突き立てようとした黒狼は、魔剛鋼の頑強な外殻に牙を弾かれた。ガードビーストは重装甲の軍用傀儡並みの馬力を誇る後ろ足で蹴りを放つ。
魔剛鋼の蹄が黒狼の腹部に減り込み幾つかの内蔵を破裂させ、黒い毛皮に包まれた身体を弾き飛ばす。血を吐きながら飛翔する黒狼は仲間の一匹と衝突し巻き込みながら地面を転がった。
後ろからの攻撃は危険だと感じた黒狼の一匹が横からガードビーストの首を目掛けて飛び掛かった。ガードビーストは魔剛鋼製の盾で黒狼の身体を受け止め剛力で撥ね飛ばす。
黒狼が次々に飛び掛かりガードビーストが盾で防ぐ攻防が繰り返される。防御だけでは敵を倒せない。
ガードビーストはプロミネンスソードに魔力を送る。雷撃のエネルギーで空気をプラズマ化し棒状にした武器が形成される。
左手に盾を構えながら右手のプロミネンスソードを振り回し始めた。盾の扱いは巧みに行っていたのに、プロミネンスソードを振り回す動作は何だか覚束ない。
プロミネンスソードが何度も空を切る。黒狼の動きに一歩遅れてプロミネンスソードが振り回されている。
ガードビーストに襲い掛からなかった黒狼が二匹居た。その二匹はエイタ達の方へと猛烈な速さで走って来る。
エイタは素早くリパルシブガンを構え、黒狼に狙いを付ける。十二匹の黒狼が一斉に襲い掛かって来ていたら何匹かは接近を許し接近戦をする事になっただろう。
メルミラやエイタ、アイスが居るので負ける事はないだろうが、怪我をする者が出たかもしれない。
二匹の黒狼はエイタとモモカによって頭を撃ち抜かれ倒れた。
後はガードビーストを攻撃している黒狼を狙って一匹ずつ倒していった。
「盾役が居ると随分と楽ですね」
メルミラが声を上げた。エイタは頷きガードビーストに故障がないかチェックする。
「だけど、プロミネンスソードの扱いはお粗末だったな。改良点がたくさん有るようだ」
「盾の扱いは上手かったですよ」
今回の黒狼は人間並みの体格なので簡単に攻撃を受け止めていた。だが、羽毛竜などの大型魔物の攻撃を防ぎ止められなければ合格とは言えない。
「こっちだよ」
モモカが赤煌晶の鉱脈のある場所を指差した。モモカは優れた方向感覚と記憶力を持っており、一度訪れた場所の位置を正確に覚えているようだ。
「偉いぞ」
エイタがモモカを褒めると嬉しそうに笑う。
エイタとメルミラはツルハシを手に取り掘り始めた。赤い光を放つ鉱石がごろごろと転がり落ちる。それをモモカとアイスが拾い上げ袋に仕舞う。
一時間ほど掘って十分な赤煌晶を手に入れた。
「次は神銀ですね」
「あの竜を倒した先にある場所だね」
メルミラとモモカの会話を聞いて、エイタはガードビーストに視線を向けた。羽毛竜の攻撃を受け止められればガードビーストに今後の防御面を任せられる。
森林エリアの奥へと進む。途中、オークに遭遇するも、メルミラがプロミネンスクラブの雷撃モードで倒した。
スパトラに乗っていたアイスが前方に視線を向けながら鳴き声を上げる。
「ヘカヘキョ」
魔物を発見した時の鳴き声である。エイタ達はお互い目で合図を送り、それぞれの武器を構える。
森の奥から羽毛竜のシェイクシャウトが聞こえて来た。
エイタ達は用意して来た魔導工芸品の<絶音結界>の腕輪を装備する。これでシェイクシャウト対策は万全である。奥から地響きを伴う足音が聞こえて来た。
リパルシブガンの残弾をチェックし、モモカにはスパトラの内部にあるリパルシブガンを撃てるように用意させた。メルミラにもプラズマ投擲弾を用意させる。
羽毛竜の姿が見えた。前に倒した奴より一回り大きい。エイタ達を発見した羽毛竜は突撃を開始する。
まずはエイタとモモカがリパルシブガンで攻撃した。専用弾が続け様に発射され羽毛竜の身体を穿つ。巨体で迫る羽毛竜が大口を上げ怒声を上げる。
「<絶音結界>を起動しろ」
エイタが指示を出す。次の瞬間、辺りにシェイクシャウトの衝撃波が響き渡る。スパトラの機体が細かく震動している。
もう一度リパルシブガンの発射音が響いた。一発は喉を貫き、もう一発は胸を貫く。普通の魔物なら致命傷のはずである。
驚異的な再生力を持つ羽毛竜は瞬く間に吹き出していた血が止まり傷口が再生する。
羽毛竜は突撃を再開する。エイタとメルミラがプラズマ投擲弾を投擲。エイタが投擲したプラズマ投擲弾は肩を抉り、メルミラのプラズマ投擲弾は腰の肉を削り取った。
この攻撃で羽毛竜は止まらなかった。エイタはガードビーストに迎え撃てと命令する。
盾を構えたガードビーストが羽毛竜の前に立ち塞がった。盾と一緒にプロミネンスソードも羽毛竜に向け構えている。
羽毛竜とガードビーストが衝突する。体重差が有るのでガードビーストが押されるが、馬力では負けていないので弾き飛ばされず四つの蹄で地面を削りながらエイタ達に近付いて来る。
ガードビーストはエイタ達の直前で止まる。
羽毛竜が前足の爪を振り上げガードビーストに振り下ろす。盾に爪がぶつかり大きな音が起きる。ガードビーストは盾を巧みに操作し爪の攻撃を受け流した。
エイタは暫くガードビーストと羽毛竜の攻防を見守る事にした。
羽毛竜は噛み付き、体当たり、打撃、尻尾等でガードビーストを攻撃する。ガードビーストはそのほとんどを盾で防ぎ、幾つかの攻撃を直接受ける。
さすがに魔剛鋼製の機体は頑丈で破壊されなかったが、幾つか傷が出来た。
「そろそろいいだろ。メルミラ、足を狙うぞ」
エイタの合図で、二つのプラズマ投擲弾が羽毛竜の足に命中する。超高温のプラズマが足の筋肉を焼き魔剛鋼製の球体が骨を砕いた。羽毛竜が地響きを立て地面に倒れる。
「総攻撃だ」
ここで攻撃の手を緩めれば回復して襲って来るだろう。モモカはリパルシブガンを連射する。アイスも羽毛竜の背中に乗り爪を突き立てた。
エイタは<召喚籠手>でプラズマ投擲弾を回収し、今度は頭を狙って投げる。羽毛に覆われた頭が超高温プラズマで焼け、剥き出しになった頭蓋骨にヒビが入った。
次の瞬間、そこにメルミラが投擲したプラズマ投擲弾が命中した。頭蓋骨に穴が開き中の脳が破壊される。その一撃が止めを刺したようだ。
「やったー」
モモカが躍り上がる。アイスは腰を振りながら勝利のダンスを踊り出す。……こいつ何処で覚えて来るんだ。
羽毛竜のマナ珠は青色の拳大で一等級である。売れば金貨一〇〇枚近い価値があるだろう。
「あれっ、どうしたんだろ。ふらふらする」
メルミラが身体をふらつかせる。羽毛竜を倒した事で顕在値がレベルアップしたらしい。その影響が体の調子を狂わせているのだ。
羽毛竜から剥ぎ取れるだけの素材を取った後、森林エリアを抜けた。
荒野エリアに入ると目の前に赤茶けた土の地面とごつごつした石が散らばる荒野が広がっていた。探索者ギルドの情報では、左の方へ行った場所に神銀の鉱脈が複数有ると言う。
但し、鉱脈は巨大サソリであるワイルドスコーピオンの巣の奥に有り、そのサソリを倒さないと神銀は手に入らない。
左の方へ用心しながら進み、巨大サソリの巣まで辿り着いた。
そこには先客が居た。探索者達が巨大サソリと戦っていた。戦っているのは男女二人ずつの四人組である。
探索者の一人がフレイムランチャーを発射した。銃身から球体の炎が飛び出し巨大サソリに向かって飛翔する。
炎が巨大サソリの外殻に当たり砕け散る。
サソリは途轍もなく大きかった。尻尾まで含めると全長五マトル《メートル》程の巨大サソリだ。
「フレイムランチャーだ。フェルオル達だな」
エイタは使っている武器を見てフェルオル達だと気付いたようだ。エイタは人の顔より、武器や道具の形を記憶している根っからの職人だった。
「どうしますか?」
メルミラがエイタに尋ねた。手助けするかどうかを訊いているのだ。
「ちょっと様子を見よう。フェルオル達がどれくらい強くなったか興味がある」
フレイムランチャーは火炎杖を装備していたエネモネが使っていた。火炎杖より射程距離が長くなり、威力も倍増しているので彼女が装備したのだろう。
フェルオルの装備も変わっていた。左手にブッシュナイフ、右手に片手雷衝剣を構えていた。雷衝剣だと判ったのは、剣の切っ先で時折放電現象を起こり小さな稲光が見えたからだ。
ブッシュナイフもただのナイフではないかもしれない。
以前はマナカイトシールドと戦鎚を装備していたヴェスターナは戦槌をエイタが装備しているプロミネンスメイスに似たものに換えていた。
どうやらプロミネンスメイスを参考にし、雷撃モードと陽焔モードを組み込んだメイスを魔工兵器の開発者であるオラグが開発したようだ。
新たに加わった戦士風の探索者は巨大な戦斧を装備していた。彼だけは魔工兵器ではなく普通の武器を使っていた。歳はエイタの倍くらいだろうか。精悍な探索者である。
その探索者は後で名前を知ったが、ヴァルドという名前らしい。
「ドワッハハハ……。デカサソリめ、我がドグレスを受けてみよ」
ヴァルドは自分の戦斧に『ドグレス』と言う名を付けているらしい。何だか愉快そうなオッさんである。
ヴァルドは戦斧を高く掲げ、巨大サソリの頭目掛けて振り下ろした。十分に威力の乗った戦斧の刃はサソリの外殻をかち割るだけの威力が有るだろう。
ワイルドスコーピオンが巨大なハサミで戦斧を払う。ヴァルドが衝撃で地面に転がされた。巨大サソリが追撃しようとする所をフェルオルが巨大なハサミの付け根に片手雷衝剣を打ち込んだ。
その瞬間、バチッと大きな音がし巨大サソリの身体が痙攣する。
「仕返しだ」
ヴァルド起き上がり、尻尾の付け根に戦斧を叩き付ける。命中した戦斧の刃は尻尾を切り飛ばした。
「いいぞ、ヴァルド」
フェルオルが声を掛け、巨大サソリの側面に回る。痙攣が治まった巨大サソリはフェルオルを追って向きを変えようとする。
そこにエネモネのフレイムランチャーから発射された炎の塊が巨大サソリの頭に命中した。熱かったのか、サソリは頭の上でハサミを前後させ炎を払う。
ヴァルドが調子に乗ってサソリの背中に飛び乗った。戦斧を叩きつけようとした時、サソリが身体を揺すった。
「ウオッ!」
足を滑らしたヴァルドは背中から転げ落ち、地面に顔面から叩き付けられた。仰向けに倒れたヴァルドは鼻から噴水のように血を吹き出す。
愉快過ぎるオッさんである。
側面に回りこんだフェルオルが、ハサミの有る前足の関節に片手雷衝剣を叩き付け切り飛ばす。ヴェスターナが突っ込んだ。残ったもう一本のハサミへ盾を叩き付けてから、プロミネンスメイスもどきのプラズマの剣を巨大サソリの頭に突き刺した。
ワイルドスコーピオンは痙攣しハサミを振り回した。それがヴェスターナを薙ぎ払い、その身体を吹き飛ばす。
地面に倒れたヴェスターナは肋骨にヒビが入ったようだ。フェルオルがサソリの頭に出来た傷口に雷衝剣を突き刺し止めを刺す。巨大サソリは息絶えた。
「ヴェスターナさん、大丈夫ですか?」
メルミラがヴェスターナの所に駆け寄り助け起こした。
「ウッ、痛いじゃない。肋骨が……」
「すぐに治療します」
メルミラは<治癒の指輪>をヴェスターナの胸に当て魔力を流し込む。指輪から淡い金色の光が溢れだしヴェスターナの身体に吸い込まれた。
指輪の魔法効果により、ヴェスターナの痛みは軽くなり立って動けるようになった。
「あなた、魔力制御が出来るようになったの」
『治癒』の魔導紋様は人間の魔力を直に流し込まないと効果が発揮されない特別なものである。<治癒の指輪>が使えるという事は魔力制御を使えるという事だ。
エネモネがメルミラの傍に来て。
「メルミラ、何故ここに?」
「エイタさんと神銀を取りに来たんですよ。エネモネさん達も一緒じゃないんですか」
ワイルドスコーピオンからマナ珠を回収したフェルオルが歩み寄り声を掛ける。
「久しぶりじゃないか。エイタ」
「おお、久しぶり。元気にしているようだな」
「君達はギルドで見掛けなくなったようだが、何をしていたんだ?」
「軍の工廠で働いていたんだ。今日は神銀を掘りに久しぶりに迷宮へ来た」
「工廠だと……戦争に関わっているのか?」
「まあな、頼まれて傀儡工として働いている」
「人手の足りない軍が、傀儡工を集めていると聞いたが本当だったんだな」
相変わらずのイケメンである。爽やかな笑顔が眩しい。いつの間にか、エネモネとヴェスターナがフェルオルに寄り添っている。
「殴りたい……」
「エッ、何だって?」
エイタの心の声がちょびっと漏れたようだ。
「何でもない。それより迷宮攻略は進んでる?」
フェルオルが自信有り気に微笑み。
「もちろんだ。もうすぐ、ここを攻略し高難易度迷宮に挑戦するつもりだよ」
フェルオル達はアデプト《達人》級を目指して攻略を進めているようだ。
フェルオル達はワイルドスコーピオンの剥ぎ取りを終わらせると神銀を採掘する為にワイルドスコーピオンの巣穴らしきものに入って行った。
「先を越されちゃいましたね」
メルミラが残念そうに言う。
「別の鉱脈を探そう。ここには複数の神銀鉱脈が有るらしいからな」
エイタ達は別の鉱脈を探し移動を開始した。
2016/9/24 誤字修正