scene:62 昇降機とホバークラフト
エイタに激しく反論されたオベル工廠長が狼狽えた。
「な……貴様。私に責任が有ると言うのか?」
エイタが怒りで目を吊り上げ、工廠長を睨む。
「当たり前だろ。あんたは戦闘アルゴリズムをオイラもチェックしたと思って、責任を押し付ける為にここに来たんだろ。だけど、オイラは戦闘アルゴリズムのチェックはしちゃいない」
オベル工廠長が悔しそうにエイタを睨み返す。
「貴様……私に楯突くとどうなるか、思い知らせてやる」
そう捨て台詞を残し工廠長が去った。
オスゲート上級曹長は心配そうにエイタに声を掛けた。
「大丈夫なのでありますか……相手は工廠長ですよ」
「心配ない。工廠長の権限で出来る事は、オイラを工廠から追い出すくらいが精々さ」
上級曹長が苦笑する。
「それは困ります。エイタ殿には今後もアサルトスパの面倒を見て貰わないと……」
エイタは話を迷宮の縦穴を登る方法に戻した。
「一番簡単なのは、人間か軍用傀儡が上まで登り、上に滑車を取り付けてアサルトスパを引き上げる方法だ」
「何機もアサルトスパを引き上げる事を考えると時間が掛かりそうですね?」
そう言われ、エイタは考える。
「鉱山で使う昇降機みたいなものを用意すればいい」
エイタがアイデアを出すと上級曹長が首を傾げる。
「それだと大掛かりな工事が必要なのじゃないですか」
迷宮の中で大掛かりな工事をするのは望ましくない。
「そうか……そんな工事が必要じゃない昇降機を考えるか……」
「そんな物が有るんですか?」
エイタは上級曹長と打ち合わせを行いながら一つの装置を思い付いた。
モモカが自分の国に有った乗り物について話してくれた中に、水の上も地上も走る船の話が有った。モモカはテレビで見ただけなのでよく知らないと言っていたが、乗り物の底から風を送り出し浮き上がって移動するものらしい。
ただモモカは黒いゴムで作られているスカートみたいなものが重要だとテレビで言っていたのを覚えていた。
エイタはその技術を応用した空気圧式エレベーターを考え出したのだ。
エイタが製作に取り掛かると、思っていたより短時間で形になった。
利用するのはストームウルフが魔法紋として持っていた『大気制御』である。円形の昇降盤に魔物革で作ったスカートを付け、両脇に上部から空気を吸引するパイプを二本取り付けた簡単なものだ。
昇降盤の中央に魔力供給タンク・大気制御符・送風量調整レバーを組み込んだ送風装置が取り付けられている。
出来上がった空気圧式昇降機を試してみた。
「エイタ、工廠の作業場のような広い場所では風が漏れて高くは上がれないんじゃないか」
工廠でエイタの右腕となって働いているベルグルは、こんなものが宙に浮かぶとは思えなかった。まして、迷宮の縦穴ではなく、作業場のような広い場所では……。
「まあ、試してみよう」
エイタはアサルトスパと一緒に昇降機に乗り送風量調整レバーを操作した。エイタの周囲に強い風が発生する。上から流れ込んだ大気がパイプを通って昇降機の底から周囲へと噴出し始めたのだ。
まだ浮き上がらない。エイタはレバーをもう少し押し下げる。昇降機がゆらりと揺れた。床から拳一つ分だけ浮いていた。
「う、浮きましたね」
ベルグルがひどく驚いた顔で見ていた。
「まだまだ、これくらいでは昇降機としては使えない」
エイタは半分までレバーを押し下げた。風の唸り声が強くなり、周囲に吹き荒れる風が激しくなった。エイタとベルグルの服が風でハタハタと音を立てる。
昇降機はベルグルの背丈ほどまで浮上した。
モモカの世界にある似た乗り物では、これほど高く浮上不可能だっただろう。エイタが使用した『大気制御』の魔法紋は単なる送風機より浮力が強い。
「オイラの計算によれば浮力は充分のようだ。迷宮にある縦穴の昇降機として使える」
モモカに聞いた乗り物としても使えそうだ。湿地帯を旅するには最適なものかもしれないとエイタは考えた。
……ん……こいつに『斥力場』の魔導紋様を加えたらどうなる。水や土を斥力場の対象にしたものを乗り物の底に組み込めば『大気制御』より楽に浮き上がれるのではないだろうか。
ただ鳥のように空高く飛べるとは思わなかった。斥力場は反発する物質が近くにないと作用しないからだ。
モモカの話に出て来る『飛行機』と言うものを作ってみたいと思うのだが、物を宙に浮かばせる原理が判らない。モモカも原理までは判らない。
「迷宮の縦穴は浮かんだ高さの何十倍も有るんだろ。本当に大丈夫なのか?」
ベルグルが心配する。エイタは『大丈夫だ』と太鼓判を押す。風の漏れる面積が少ない縦穴だと充分な浮力なのだ。
「それより、これって面白い乗り物になると思わないか?」
「面白いかもしれんが、ちょいと煩くないか」
送風装置を起動すると風がゴーッという音を響かせる。これが乗り物だと、中で会話するのは難しいかもしれない。
「それは仕方ないさ。ついでにちょっと作ってみようぜ」
当初の昇降機という課題はクリアしたので、エイタは創作意欲が向くまま乗り物の構造を考える。実用機ではなく実験的なものなのでちゃんとした設計とかはせず、紙に殴り書きしたものを元に製作を始める。基本的な構造は昇降機と同じだが、楕円形の車体に空気を貯める魔物の革製スカートを付ける。
推進力は取り敢えずガードビーストを使う事にした。モモカの話に有った乗り物は風を使って移動するらしいので、送風装置をもう一つ取り付けようかと迷ったが、当分は陸地でしか使わないので止めた。
実験機は四人乗りの馬車ほどの大きさで座席は一つだけ用意した。
「お先にどうぞ」
試作の手伝いをしてくれているベルグルが遠慮して……ではなく、最初に試すのは怖いのでエイタに勧める。
エイタは操縦席に座り送風量調整レバーを押し下げる。ゴーッという音が響き車体が浮き上がる。
「ベルグル、実験機を押してくれ」
「エッ、俺が押すの」
「頼むよ」
ベルグルは実験機の後ろに回り、恐恐と車体を押す。実験機がスーッと前に移動した。
「こ、こりゃ凄い。強く押さなくとも動いたぞ」
ベルグルが大きな声を上げた。
エイタは室内での実験に成功したので、外に出して実験する事にした。ガードビーストの代わりにアサルトスパに実験機を引かせる。
外での実験も成功したが、問題も見付かった。実験機の周囲に凄い砂埃が吹き荒れたのだ。
「こりゃあ街中じゃ使えないだろ」
ベルグルが舞い上がる砂埃を見て駄目出しをする。エイタは自分自身もそう思ったので反論せず肩を落とした。
『斥力場』を使ってみるべきだろうか。
実験機の車体を浮かせるには、どれほど強い斥力場が必要だろうか。赤煌晶と神銀を使った赤煌神銀を大量に用意しなければならない。
手持ちの赤煌晶と神銀が残り少ないのを思い出した。
「迷宮に採りに行くしかないな」
実験機は依頼されて作っている訳ではないので、軍の倉庫に有る赤煌晶や神銀を大量に使う訳にはいかない。技術顧問であるエイタには研究費と言う名目で予算が有るのだが、高価な赤煌晶や神銀を大量に使うほどの予算は無かった。
エイタは工廠での新しい乗り物の開発を中止し、自分の工房で開発を行う事にした。
作りかけの実験機を荷車に乗せ工房に戻った。何故か工房の中は汗をかく程暖かった。暖炉の方を見るとたくさんの薪がくべられ、大きな炎を上げている。
今は初春でやっと冬の寒さが去り、暖房が必要なくなる時期である。
「お帰りなさい」
メルミラがエイタの顔を見て声を上げた。
「何でこんなに暖かくしてるんだ?」
「理由があるの」
モモカが答えた。工房ではモモカとメルミラがヴィグマン商会から戻ったアリサ相手に自分達が作った魔導工芸品を見せていた。
「これねぇ、冷蔵庫なの」
モモカが嬉しそうに小型金庫のような箱を見せる。扉を開けると中には湯呑みのような陶器の容器が入っていた。
「これ、おやつだよ」
モモカが中の容器を取り出しアリサに渡した。アリサが受け取った湯呑みはキンキンに冷えている。
中を覗くと薄い緑色をした氷らしきものが見える。氷にしては白っぽい。
「それね、メルミラと一緒に作ったキレムのシャーベットなんだよ」
アリサは『シャーベット』が何かは知らなかったが、甘い果物であるキレムはは知っていた。蜜ウリとも呼ばれる果物で、今が旬である。
モモカはシャーベットが入った容器をメルミラやエイタにも配った。
「食べて、美味しいよ」
モモカはスプーンでシャーベットを掬い口に入れる。
それを見てアリサも未知の食べ物を口にした。冷蔵庫で凍らせたのならカチカチに凍っているはずなのに、サクサクした食感が感じられ、冷たさを感じると同時に口の中に甘みが溶け出し舌を刺激する。
このコクのある甘みはミルクが入っている。それに砂糖とキレムの果汁だろうか。アリサは初体験の味にニコリと笑った。
シャーベットを美味しく食べる為に室温を上げていたようだ。
「美味いな」「モモちゃん、ちゃんと出来てるよ」
エイタとメルミラが声を上げる。
「えへへ……」
モモカが嬉しそうに笑顔を見せる。最近、ヴィグマン邸の料理係カシアに料理を習いながら、故郷の料理を作ろうとモモカがチャレンジしているのをエイタは知っていた。
その六割が失敗で材料を無駄にしているが、偶に成功しエイタが『美味しい』と褒めるとモモカは凄く喜ぶ。その笑顔を見るとエイタは幸せを感じた。
師匠を失ってから、孤独で生きていたエイタにとってモモカは新しい家族なのだ。
「これを夏祭りの頃に販売したら売れそうね」
アリサが暖炉の方をチラリと見てから、商売人らしい言葉を発した。
「そうだな。でも今は……薪がもったいないから、火を消した方がいいぞ」
「は~い」
モモカとメルミラが暖炉から薪を取り出し消火用の砂を掛けて火を消した。
「冷蔵庫を使って、こんな美味しい食べ物が出来るとは思わなかったわ」
アリサが冷蔵庫を見ながら言う。
「モモカの生まれた国は、ここらの国々より豊かだったようだ」
「何処に有るのかな。別の大陸かしら」
エイタとアリサが話しているとモモカが寄って来てエイタの横に座る。幸せそうな顔をしている。
エイタは作り上げたガードビーストの性能を試し、残り少なくなっている赤煌晶と神銀を採りに迷宮へ行くと告げた。
「ガードビーストは動くようになったんですか?」
メルミラがエイタに尋ねた。ガードビーストの機体は完成したのだが、戦闘アルゴリズムを組み込んだ動思考論理の作製に苦労していたのだ。
幸運にも三世代前の軍用傀儡用に開発し没になった戦闘アルゴリズムを工廠で発見していたのを思い出した。倉庫の隅に埋もれていた制御コアを好奇心で調べ発見した。
中に入っていた動思考論理は開発途中のものなので調べる事が可能だった。その軍用傀儡は盾と戦槌を装備する予定だったようで盾と戦槌を操るアルゴリズムが存在した。
その盾と戦槌を操るアルゴリズムだけを取り出しガードビースト用に改変したものを組み込んでみた。
盾の扱いは合格点だったが、右腕に仕込まれたプロミネンスソードは使えなかった。やはり戦槌用だと無理だったのだ。
「盾だけは使えるようになったぞ。今回は盾役として使えるかを確かめる」
「本当に大丈夫?」
モモカが何だか心配そうに確認した。
「ガードビーストは頑丈なのが取り柄だから、少しくらい齧られたりしても大丈夫だ」
翌日、エイタ達は峡谷迷宮へ向かった。ライオス迷洞の雑魚は蹴散らしながら進み、峡谷迷宮に入った。
先頭をエイタが進み、ガードビースト・スパトラに乗ったモモカとアイス・メルミラの順で続く。
エイタ達が目指しているのは森林エリアである。あそこで赤煌晶の大きな鉱床を発見していたのだ。
「ねえ、あの汚い猿が居るかな?」
モモカは糞を投げ付けるジャイアンエイプを思い出した。
「大丈夫だ。スパトラのマナシールドも改良したから、糞なんか弾き返してやる」
エイタが力強く答えたが、直接当たらなくとも周り中が糞塗れになるのは嫌だった。
ジャイアンエイプを警戒し樹上ばかりに目を向けていたのが悪かったのか、黒狼の群れに出会してしまった。体長がエイタと同じ程も有る真っ黒な狼十二匹に囲まれた。
「拙いな……数が多い」
エイタが呟いた。メルミラも少し青褪めた顔をしている。
「ここはガードビーストに頑張って貰おう」
エイタはガードビーストに黒狼の群れに突撃するように命じた。




