scene:6 三人組の襲撃
翌朝、日の出と共に目を覚ます。
この頃になると鞭打ちの刑で受けた傷はほとんど癒えていた。そして、身体が軽い。ウィップツリーを倒して顕在値レベルが上がった影響らしい。
試しに左手の甲に『基魂表示』の魔導紋様を描き魔力を込めてみる。
チクチクと刺すような感覚を味わった後に、エイタの脳裏に文字が浮かび上がった。
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【エイタ・ザックス】
【年齢】十七歳
【性別】男
【称号】ジッダ侯主連合国生まれの傀儡工
【顕在値】レベル3
【魔力量】58/60
【技能スキル】一般生活技能:六級
【魔導スキル】魔力制御:六級、魔導刻印術:八級
【状態分析】
魔導異常<なし>、疲労度<1>
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こんな場所だと寝ても疲労が抜け切らないようだ。そして、思った通り顕在値レベルが3になっている。
「アレッ……魔導刻印術が八級になってる。何度も術を使ったからか」
エイタは少し満足そうに頷いた。
「うんうん、今日はどうするかな……『組成変性』の魔導紋様が手に入ったから、青銅を作るか。それには銅が必要だな」
エイタは初めて見付けた小空間へ向かった。
小空間の入り口から中を覗く。見慣れたバーサクラットが二匹居た。
嗅覚の鋭いバーサクラットに気付かれないように近付くのは難しい。ツルハシを担いだエイタは、深呼吸をすると小空間に飛び込んだ。
すぐにバーサクラットが向かって来た。エイタの狙い済ましたツルハシの一撃がバーサクラットの胴体に突き刺さる。
……クククッ、このツルハシ術一級の腕前を思い知ったか……嘘でございます。そんな武術は存在しません。
とは言え、ツルハシを武器として使うのにも慣れて来た。バーサクラット位なら正確にツルハシの切っ先を叩き込めるようになった。
「ハッ」
振り回すツルハシがバーサクラットを弾き飛ばす。そして、止めの一撃。
死んだバーサクラットからマナ珠を回収し、採掘場所へと向かった。地層にツルハシを打ち込むと黄煌晶がポロポロと落ちて地面に転がる。
黄煌晶が尽きても掘る事を止めなかった。緑色をした銅鉱石が採掘され、それと一緒に黄色の結晶を含んだ鉱石が採れた。
……黄色いのは錫かな。そうだと嬉しいんだが。
「しまった……銅鉱石を掘るのに時間を掛け過ぎた」
エイタの腹時計が夕方まで時間がないと訴えている。仕方がないので麻袋に入れ持って帰る事にした。本当はこの場所で銅を抽出して帰りたかったのだが。
重い麻袋を担ぎ小空間を出た。やっと広場まで戻り冷たい水を飲んでいると背後から声を掛けられた。
「おい、兄ちゃん。麻袋が重そうだな、俺達が持ってやるよ」
エイタは振り向きながら返事をした。
「いや、結構……デス」
目の前に三人の男が立っていた。棍棒を持った怪しげな三人だ。
……ゲッ、油断した。中を確かめずに広場に来てしまった。
いつもは中の様子を探ってから、広場を通過するか決めていたのだ。奴らが居る時は、居なくなるまで時間を潰し広場には入らない。用心していたのに。
「結構ですじゃねえんだよ。さっさと袋を寄越せと言ってんだ」
三人の中でリーダー格らしい太った円月ハゲの男が、棍棒を振りかざして脅してきた。この理不尽な要求に、エイタは怒りを覚え麻袋を地面に放るとツルハシを構えた。
「こいつ、手向かいする気だぜ」
中肉中背の頭に鉢巻を巻いたオッさんが馬鹿にするように言う。
「兄ちゃん、こいつ潰しちゃおうよ」
二人より頭一つデカイバカ面男が円月ハゲ男に尋ねた。
「駄目だ。ちょっとだけ痛め付けるだけだ。まだまだ働いて貰わなくちゃならないからな」
三人が一斉に襲い掛かって来た。エイタはツルハシを振り回そうとしたが、大男に唯一の武器を取り上げられてしまう。大男はポイッとツルハシを投げ捨て、エイタにパンチを放つ。エイタは辛うじて避け拳を大男の腹に叩きこむが、大男はニヤリと笑うだけだった。
中肉中背の眉毛の太い男にいきなり後ろから背中を蹴られ、円月ハゲ男の前に押し出された。拳で胸を叩かれ一瞬息が止まるが、我慢して殴り返した。拳が円月ハゲ男の三段腹に当たる。だが、まったくダメージはなさそうだ。それから三人に代わる代わる攻撃を受けた。反撃はしたが長くは続かなかった。
大男に頭を殴られ、意識が朦朧とする。それからは一方的に殴られ蹴られた。
「イテッ」「グワッ」「ガハッ」
エイタは必死で抵抗しようとしたが、無駄な抵抗だった。ついには気を失ってしまう。
エイタを痛め付けていた三人は、麻袋の中身を確かめる。
「黄煌晶だ。二人分てとこだな」
「何だ……こっちは岩じゃねえか。馬鹿じゃねえのか、こいつ」
エイタの黄煌晶を奪った三人は、最後にエイタの腹を蹴り上げてから去って行った。
「ううっ……」
全身を走る痛みで目が覚めた。周りは暗くなっている。日が落ちて広場の中心にある柱も光を失っているようだ。手の中に何かある。刻印呪液を入れた缶だった。
ポケットに入れていたのだが、奪われないように無意識で守ったらしい。
のろのろと起き上がり、ツルハシと麻袋、水筒を持って自分の部屋に向かう。鉱石の入った麻袋がやけに重い。
エイタの眼には涙が溜まっていた。それが頬を伝い地面に落ちる。
「許さねえぇ……」
「……死ぬまで忘れねえぇ……」
「……あいつら、切り刻んでネズミの餌にしたる」
漸く自分の部屋に戻ったエイタは、藁束の上に身体を投げ出し、気絶するように眠ってしまった。
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翌朝、目を覚ましたエイタは、体の傷がそれほどでもないのに気付いた。それでも体中に青痣が出来、眼の周りも腫れていた。だが骨折はなく、血も鼻血くらいで擦り傷も少なかった。
「顕在値レベルが上がっていたからなのか?」
顕在値のレベルが上がると様々な基礎能力が底上げされる。統計上、最も上がりやすいのは耐久力らしい。筋力・俊敏性・魔力・耐久力・精神力の比率で言うと『2:3:4:5:2』となり、耐久力が五倍になった時に筋力は二倍にしかならないと言う。
顕在値レベルが3だと一番上がりやすい耐久力でも、それほど変化はないと思うが、普通の人間の三割増しほどにはなっているかもしれない。
探索者や傭兵のベテランは人間離れした攻撃力を持つと言われているが、正しくない。彼らの筋力は通常人の三倍ほどでしか無いのだ。その彼らが化け物である魔物を討伐可能なのは、武器や装備に依るところが大きい。
彼らが着用する強化装甲鎧には、通常筋力をアシストする人造筋肉が組み込まれており、その力を二倍、三倍にも増加させる。
もちろん、そんな高性能の強化装甲鎧は高価である。それこそ軍用傀儡に匹敵する高価な技術の結晶である割に、攻撃威力は軍用傀儡より低い。
人間が装備する所為で限界が低くなっているのだ。それ故、軍用としては用いられず、探索者が個人的に活用している場合が多い。
話を元に戻す。顕在値レベルが上がると攻撃力よりも耐久力の方が増加する。言い方を変えると死に難くはなるが、超人的に強くはならないのだ。
その日、エイタは採掘を初めて休みとした。昼頃まで眠り、起きて天窓の横に隠した黄煌晶一日分を取り出した。その後、昨日持って来た銅鉱石から銅を抽出する。持ち込んだ銅鉱石から全部で拳二つ分ほどの銅が抽出される。
少しだが黄色い鉱石も持って来ていた。その鉱石から錫を抽出してみた。含有率が高かったらしく大きな錫の塊が手に入る。
「ここからが本番だ」
ウィップツリーの小空間で記憶した『組成変性』の魔導紋様を銅の塊に描き、その上に少量の錫を乗せてから、魔導紋様に魔力を流し込んだ。錫の塊が銅に減り込むように消えて行き、その粒子が銅の塊全体に拡散する。
銅が少量の錫と結合し青銅へと変化した。青銅は銅より二倍以上の強度を持つ合金である。これなら武器として使える。
青銅の塊を『切断』の魔導紋様を使用して二つに分ける。小さい方の塊に『変形』の魔導紋様を描き魔力を込める。薄い赤い光を放ち始めた青銅の塊を長く引き伸ばしナイフの形に整形していく。刃の部分は、特に慎重に細く鋭く形を整える。
途中で『変形』の魔導紋様の効力が切れたので、二度ほど描き直して魔力を込めナイフ作成を続けた。漸く片刃のナイフが完成する。刃は掌の長さしかなく、ナイフと言うより工作用の小刀と言う方がしっくり来るものだった。
「よし、いよいよ武器の作製だ……何がいいだろう?」
エイタは迷った末、槍に決めた。爪で引っ掻いてくる魔物には遠くから仕留められる槍が良いと思ったのだ。それに仕込み槍という形にして、刃のある武器だと悟られないようにするつもりだ。
大きな青銅の塊に『変形』の魔導紋様を描き魔力を込める。ナイフを作った経験を活かし槍の刀身を作り上げる。刃の長さは二八〇ウレ(約二十八センチ、ウレはミリメートルと同等)で厚目の刀身から伸びる鋭い刃の先端は、双角小豚の固そうな皮でも突き破れそうだ。
槍の刀身が完成した時点で、魔力が尽きたようだ。片付けて藁束の上に横になった。
「おい、起きろ。今日の分の魔煌晶を出せ」
ジェルドの声だった。のろのろと起き上がり、黄煌晶を地面から拾い上げて渡した。
「ん……その顔はどうした?」
食い物を渡す時、ジェルドが訊いて来た。
「昨日、三人組の男に襲われたんだ」
「ふん、それで昨日の夕方は姿を見せなかったのか。死んだかと思ったぞ」
「簡単に死んでたまるか」
ジェルドが薄笑いを浮かべ、エイタの様子を確認する。
「だいぶ痛めつけられたようだな。精々気を付けろ」
そう言うとジェルドは去って行った。
「あいつ、他人事だと思って……クソッ、二度と…二度とこんなドジは踏まん」
暗くなっていく空を天窓から見上げ、エイタは三人の男達を思い出していた。