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scene:56 アサルトスパの評価

 どうやら手違いが有ったようだ。エイタ達が提出した報告書は参謀本部の窓口になっている戦備課で受け取られた後、資材課の傀儡馬管理班に回されたらしい。

 受け取った傀儡馬管理班は、傀儡馬の代わりに新しく導入されるものだと勘違いしたらしく、その運用を検討していた。

 ただマルオス学院長は報告書の写しを作らせ、ダルザック連盟総長にも同じものを提出していたので、連盟総長だけはアサルトスパの開発状況を知っており開発予算が降りていたのだ。


 因みに連盟総長に提出した写しは、描画傀儡改に写させた。これはエイタが写しを取るのが面倒になり、描画傀儡スケッチアイを少し改造し、書類を複写出来るようにしたものだ。

 便利な傀儡なのだが、描画傀儡改には欠点が有った。字の汚い者やクセ字を書く者が書いた書類を複写すると判別不可能な書類になるのだ。

 その話を聞いたダルザック連盟総長は面白がり、自分用に一つ作ってくれと言われた。エイタは喜んで別の描画傀儡を改造し連盟総長へ送った。この描画傀儡改は後に改良が続けられ複写傀儡となり爆発的にヒットする。


 ……運用テストを行っている演習場に話を戻す。


 最初は三機で連携しながら自由自在に演習場を駆け回らせるテストを行った。

 ルチェス・ヴォレス・オスゲートが操縦するアサルトスパが馬にも負けない速さで演習場を駆け巡る。その上、障害物として置いてある丸太や土嚢を積んだ山を飛び越えたり登ったりしてアサルトスパの運動性能を見せ付ける。

 傀儡馬は障害物を飛び越えたり、雑草が生い茂るような場所を進む事は苦手としている。それに比べアサルトスパは安々と障害物をクリアしていく。

 しかも操縦者である三人は両手に軍旗を持ち、足だけで操縦しているのが判るようにしていた。


「オオッ、傀儡馬とは段違いの動きだ……この傀儡は自分で進路を決めているのかね?」

 キリアル中将がマルオス学院長に尋ねた。マルオス学院長はエイタに答えるように促す。

「アサルトスパは騎手が足で操縦しているのです。騎手の足元を注意深く見て貰うとフットレバーなどの操縦システムが有るのに気付かれるはずです」

 参謀本部の人間が目を凝らして観察する。各人が操縦システムを確認したようだ。

「なるほど……足だけで操縦し、手は武器を扱う訳か」

 参謀本部の少佐が呟くように言う。


 それを聞いたキリアル中将がエイタに尋ねた。

「騎乗傀儡を駆りながら攻撃可能とする為に、足で操縦するようにしたのは判った。だが、二人乗りにして操縦者と攻撃手を分けた方が扱い易くなるのではないか?」

 それはエイタも考えた事が有った。

「もちろん、それも考えました。ですが、複座にするとどうしても製造コストが高くなります。それに必要な乗り手も倍になりますから」

「なるほど……理由は判った。次は何を見せてくれるんだ」


 エイタは用意していたインセックボウを取り出し構えるとルチェス中尉達に合図を送る。

 アサルトスパ三機が少し間隔を開けエイタの目の前を通り過ぎる。そこにエイタがインセックボウのボルトを撃ち込んだ。

 インセックボウから撃ち出された木製のボルトがルチェス中尉の直前まで飛び、透明な何かに当って弾かれた。

「アッ」

 見物していた一人が驚いて声を上げる。

 エイタは連続して引き金を引きボルトが連続して放たれる。それらがルチェス中尉、ヴォレス中尉、オスゲート上級曹長に当たる直前に弾かれ、地面に落ちるのを見物人に見せた。

 エイタが攻撃にショットボウでなくインセックボウを選んだのは、アサルトスパに装備したマナシールドの存在をアピールするには飛ぶのが見えるボルトを発射するインセックボウの方がいいと思ったからだ。

 予想通り参謀本部の皆さんが感心してくれた。マナシールドが兵士の間で広まっていないのには理由が有る。

 発生させるのに強い魔力が必要で全周囲を防御するようなマナシールドの発生は、顕在値・魔力制御のレベルが共に高い者でないと無理だったからだ。


「ふーん、『魔力盾』だな。弓等の遠距離武器から騎手を守る為か」

「そうです。マナシールドで軍用傀儡の攻撃は防げませんが、弓矢くらいはこの通りです」

 エイタが少し自慢気に告げる。参謀の一人が何かを思い付いたような顔をして。

「メルドーガにマナシールドを装備するのはどうだ?」

 エイタが苦いものを飲み込んだかのような顔をする。アサルトスパの運用テストをしているのに、メルドーガの話をするとは、そう思いながらも答える。

「マナシールドより、メルドーガの装甲の方がずっと堅固です。必要ありませんよ」


 キリアル中将がインセックボウに興味を持ったようだ。

「あの武器は初めて見るが、自分で作ったのかね?」

「ええ、ショットボウの開発以前に使っていたものです」

「ほう……ショットボウも君が開発したものだったのか。あれはいい。大量生産が可能になったら戦争が変わるかもしれん」

 ショットボウを製作するには魔力供給タンクと見えない手を制御する<魔力制御符>を作らなければならない。この<魔力制御符>を作るのに上級者レベルの魔力制御が必要なのだ。

 上級者レベルの魔力制御を持つ職人はそう多くは居ない。大量生産するには優秀な職人を育てる必要がある。


 運用テストは次の段階に進んだ。ルチェス中尉達が軍用ではなく普通のショットボウを構えながら、演習場を駆け回り始める。標的の周囲を駆けながらショットボウを撃ち始める。

 カッ、カッ、カッ、カッと丸太に弾丸が命中するのが判った。

「やはり、ショットボウはいいね」

「いやいや、威力なら弓矢と大して変わらんだろ。弓の何倍もする製造コストを考えろ」

「馬鹿な、製造コストだと……弓があれほどの早さで連射出来るのか」

 エイタとしては騎乗傀儡からショットボウを撃って、標的に命中させている点に注目して欲しかったのだが、参謀達の注目はショットボウにだけ集まってしまった。


 こうなれば仕方ない。エイタはルチェス中尉達に合図を送った。

 三機のアサルトスパが大きく円を描きながら軌道を修正し、参謀達が座っているテントの方へ向かって来た。

 土埃を上げかなりの速度で迫って来る騎乗傀儡は近付くに連れ迫力を増す。ギリギリまで接近したアサルトスパが方向転換した瞬間、騎手のルチェス中尉達がショットボウを参謀達の方へ向ける。

「ウワッ!」「何を!」「止めろ!」

 参謀達の驚く姿が目に入る。椅子から立ち上がり逃げようとする者もいる。無理もなかった。アサルトスパが突進して来る様子は中型の魔物が襲って来るのと同じほどの迫力が有り、人に恐怖を与えるのだ。

 運用テストだと判っているので、恐怖を抑えて見守っていたが、ショットボウを向けられ限界が来たようだ。


 アサルトスパが何事もなかったように去って行くと参謀達がぶつぶつ言いながら席に戻った。

「脅かしおって……だが、中々の迫力だ」

 キリアル中将も驚いたようだ。

「マルオス学院長、この傀儡の背中に搭載されているのは軍用ショットボウだな」

「そうです」

「軍用傀儡への攻撃能力を持っていると考えて良いのか?」

 マルオス学院長は渋い顔をして否定する。

「私がエイタに要求したのは、敵軍用傀儡の足止めです。歩兵部隊が軍用傀儡に襲われた時、逃げる時間を稼げればと思い指示しました」

「軍用傀儡に太刀打ち出来ないのなら、一台でも多くメルドーガを製造した方が良いのではないか?」


 マルオス学院長は言い難そうに。

「将軍、メルドーガの生産性はあまり良くないのです」

「何故だ。先程の戦闘テストを見たがかなりの完成度だと思うが」

「メルドーガが完成したら高性能を発揮するでしょう。ですが、その高性能を得る為に複雑な構造となり、製造が難しくなっているのです」

 エイタの修正案で幾分緩和されたが、まだまだメルドーガの構造は複雑である。基本設計の段階からエイタが参加していれば、ここまで複雑な構造にはしなかったであろう。


「全く、頭の痛い事だ。構造が複雑になったのは理解したが、製造の人員を増やせば解決するのではないか?」

「それは違います。メルドーガの製造に必要なスキルが問題で、中堅以上の傀儡工しか扱えないような作業が多いのです。それに傀儡工の問題だけでなく、必要な素材にも問題が有ります」

「問題? 何だそれは?」

「偽魂核の元になる鳳樹核です。各国が新しい軍用傀儡の開発に取り組んでいる今、五年殻の鳳樹核が以前の三倍程の価格になっています」

 それを聞いたキリアル中将が顔を顰める。

「確か軍で備蓄しておった物が有るはずだ」

「ええ、その分を使ってメルドーガを製造する事になるでしょう」


 参謀の一人がエイタに尋ねる。

「このアサルトスパは量産可能なのか?」

「可能です。偽魂核は三年殻の鳳樹核から作っているし、構造も複雑じゃない」

 それを聞いたキリアル中将が重要な点を突く。

「それほど簡単な構造だと他国にすぐに真似される危険が有るな」

 アサルトスパが戦場で活躍すれば真似されると判っているが、真似されるのを恐れるあまり活用しないのは馬鹿げている。


 それにアサルトスパは元になるスパトラなどが存在したから短期間で開発出来た。同じ性能の騎乗傀儡を一から開発するのは容易ではない。もちろん戦場で使うのだから、壊れた機体が敵の手に落ちる事もあるだろう。

 そのような場合に備え、軍用傀儡と同レベルの守秘機構を組み込み、解錠コードを知らない者がアサルトスパを解体しようとすると制御コアが自壊し人造筋肉が燃え上がるような仕組みになっている。


「アサルトスパを使った戦術を研究し、優秀な騎手を育てれば真似出来ない事が出来るんじゃないですか」

 エイタがキリアル中将に告げた。

「彼らのようにかね」

 キリアル中将の言葉に、エイタは首を振り、正直に答えた。

 ルチェス中尉達は自由自在にアサルトスパを駆使しているように見えるが、実際は予め決めていた動きしかしていないので様になっているだけなのだ。

 実際にアサルトスパを乗りこなすには時間を掛けて訓練するしかない。キリアル中将は理解したようだ。

「そうだな。戦術を研究してみよう」


 最後に焼夷弾とダブルショットボウの威力を披露する。

 焼夷弾は危険なので、アサルトスパを静止させて標的である丸太を狙う。エイタの合図で攻撃が開始された。油と燃焼促進剤が詰まった弾丸が丸太に命中すると油が飛び散りヴォンと音を発して燃え広がる。

 それを確認したルチェス中尉達は通常の大型専用弾に切り替え連射する。大型専用弾は丸太に穴が穿ち、周りに火を飛び散らす。


 標的にした丸太が燃え上がり粉々になると参謀達が騒ぎ出した。

「この威力は軍用傀儡にも通用するんじゃないか」

「メルドーガにも、こいつを装備させたい」

 エイタはダブルショットボウの威力について説明した。最新型の軍用傀儡を倒すほどの威力はないと告げると静かになった。とは言え、中々の威力である。使い方次第では強力な兵器なると評価された。

 こうしてアサルトスパの運用テストは終了した。キリアル中将からは高い評価を貰えたようなので、連盟総長も満足してくれるだろう。

 エイタ達も満足して帰宅した。


 参謀の一人が仲間達と離れ、第一工廠にあるオベル工廠長の部屋へ向かった。その参謀ギュリス中佐はオベル工廠長の甥である。

 工廠長の部屋に入ったギュリス中佐は、職人の長である男の部屋にしては綺羅びやかな工芸品や美術品が多過ぎる部屋に居心地が悪く感じる。

「どうした。メルドーガの事で何か有ったのか?」

 問いに首を振り、見て来たアサルトスパのテストの様子をオベル工廠長に伝えた。

「ムッ、そんな馬鹿な。あれは警邏隊が使っていた傀儡をちょっと改良しただけのものだろ」

 オベル工廠長のアサルトスパに対する評価は、その程度のものだった。

「そんな安っぽい傀儡じゃない。あれはメルドーガより有名になるかもしれない」

 ギュリス中佐の言葉にオベル工廠長は驚いた。

「何っ、そんな凄い性能なのか」

「どうする。このままじゃ、予算を妙な傀儡に取られるぞ」

「……それは拙い。苦労して五年殻の鳳樹核を買い集めさせたのに、軍が買い取ってくれなければ損してしまう」

 オベル工廠長は親戚の仲買人を介して投機目当てで五年殻の鳳樹核を買い集めていた。予想通りに値上がりしていると言うのに軍が買い取ってくれなければ大きな損失を被る事になる。


「俺だって金を出してるんだぞ。何とかしてくれよ」

「チッ、少し強引になるが、メルドーガの量産認可を通し量産体制を整える」

 未完成であるメルドーガが量産すると決定した時、大きな波紋が広がった。

 一つは国内に住んでいる中堅以上の傀儡工が工廠に招集されメルドーガの量産体制に組み込まれた事。もう一つはメルドーガの量産を知った諸外国が、自国の次期主力軍用傀儡の量産を早め始めた事である。


 工廠全体がメルドーガの量産体制に巻き込まれ慌ただしくなっていた頃、アサルトスパの開発終了が宣言された。普通なら量産に向け動き出すのだが、今の工廠は二つ目の傀儡を同時に量産する余裕は無かった。

 そこでキリアル中将はルチェス中尉達に騎乗傀儡実験中隊を組織するように命じた。実験中隊の人員規模は二〇〇名程、アサルトスパの騎手と予備、整備兵とで中隊を編成する。

 そして、エイタには実験中隊に必要なアサルトスパ五〇機の製造が命じられた。


「製造に必要な人手はどうするんです?」

 当然、エイタは十数人の傀儡工をマルオス学院長に要求した。

「もちろん、人員は増やす」

 マルオス学院長は増やすと言ってくれたが、メルドーガの製造に加わらない傀儡工、即ち腕が未熟な傀儡工が集められた。

 それでもエイタはアサルトスパの製造技術を教え込み、期限までに五〇機のアサルトスパを完成させた。


 丁度、その頃。自由都市連盟の南側に広がるウェルナー湿原に近い村落で事件が起きた。村が謎の軍用傀儡に襲われ、ほとんどの村人が殺されたのだ。

 その報告を受けたダルザック連盟総長は、すぐに軍の偵察部隊を派遣し調べさせると同時に、軍用傀儡モルガートの小隊を向かわせた。


2016/6/22 誤字修正、ウェルナー湿原の位置を自由都市連盟の『北側』から『南側』に修正

2016/6/30 誤字修正


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