scene:55 新しい要員とテスト
アサルトスパは完成したとは言え、これまで戦術や運用方法をほとんど考えていなかった。どうせ参謀本部や軍の偉い人達が考えるのだろうと思っていたからだ。ここに来て戦術や運用に拠っては改良する必要も出て来る事に気付いた。
またアサルトスパは単騎での運用以外も考えているので、複数機での連携も考慮した運用テストが行われる事になった。
それに備えて最低でも三機は必要だとルチェス中尉が主張しマルオス学院長が同意した。
エイタとベルグルが追加で二機を製造する間に、ルチェス中尉が乗り手を探す事になった。
普通なら軍務局の人事部が手配する。但し急いで人手が必要な場合、現場の人間が必要な者を推挙するのが慣わしとなっている。その場合、引き抜く先のトップに了解を取るのが決まりである。
ルチェス中尉が探すとなると、現在所属している輜重隊からか、以前所属していた騎馬連隊からになる。まず、騎馬連隊が訓練をしている騎馬修練所に向かった。
騎馬修練所には若い騎兵が寝泊まりする兵舎と騎馬連隊の幹部クラスが仕事をする連隊本部の建物が在った。ルチェス中尉は連隊本部に入り、連隊長のクモル大佐に面会を求めた。
散々待たされた。半日程連隊長室の前で待たされた後、連隊長付きの従兵が呼びに来た。案内され部屋の中に入ると、机に両肘を突いてこちらを見ている男の姿が目に入った。
「ルチェスか、何の用で来た?」
何故か勝ち誇るような響きが声から感じられた。
「自分は工廠で新しい傀儡を開発しています。それで、その傀儡の運用テストを行う要員が必要になり、騎馬連隊から借りられないものかと伺いました」
借りると言っているが、実際は引き抜きである。クモル大佐がいい顔をするとは思っていない。
クモル大佐が値踏みするようにルチェス中尉を見て。
「テストする傀儡だが、軍用傀儡なのか?」
「いえ、騎乗傀儡と呼ばれる新しいものです」
「何だ……次期主力軍用傀儡じゃないのか。どんな傀儡なんだ?」
「元は警邏隊が使っていた傀儡を軍用に改良したものだそうです。これ以上は軍事機密になりますので言えません」
大佐がムッとした表情を浮かべる。階級が下のルチェス中尉に軍事機密などと言われ腹を立てたようだ。度量の小さい男である。
「警邏隊が使っていたものだと……ふん……そんな傀儡のテストに割ける人材は我が連隊にはいない。帰れ」
ルチェス中尉は説得しようとしたが無駄だった。
連隊長の部屋を出たルチェス中尉が帰ろうとした時、同期の旧友に出会した。
「ルチェス、そんな顔をしてどうした?」
興奮剤の事をルチェスに教えてくれた友人のヴォレスであった。ルチェス中尉は旧友の階級章を見てオヤッと思う。自分と同じ中尉だったからだ。自分は一度騎馬連隊から追い出されたので出世は遅れているが、ヴォレスなら少佐、いや中佐にはなっていてもおかしくない。
「新しい傀儡の開発に人手が足りなくなったんで、貸してくれるよう頼みに来たんだ」
「その顔だとクモル大佐に断られたな」
「ああ、駄目だった」
ヴォレス中尉は気を落としているルチェス中尉の姿を見ながら。
「その仕事は遣り甲斐が有るのか?」
「もちろんだ」
「だったら、自分が手伝ってやるよ」
「何を言っている。クモル大佐には断られたんだぞ」
ヴォレス中尉は周囲を見回し人が居ないのを確認してから。
「軍を辞めようかどうか悩んでいたんだ」
ルチェス中尉は驚いた。ヴォレス中尉は軍人として優秀な男で、将来は参謀本部に引き抜かれるんじゃないかと期待されていた。
「どういう事だ?」
ヴォレス中尉の話では、ルチェス中尉が追い出された後、クモルはヴォレスに対して嫌がらせをするようになったらしい。それもネチネチした嫌味や子供の悪戯のような幼稚なものである。
ある程度までは我慢していたヴォレスだったが、ある日キレてしまいクモルに手を出した。そのお陰でヴォレスは降格した。逆に当時の連隊長だった大佐の娘と結婚したクモルは大尉・少佐・中佐と昇進し、今では大佐となって連隊長である。
騎馬連隊に居る限り、ヴォレスは活躍の場も与えられず腐っていくだけだと判っていた。
「だが、どうやって工廠に異動する?」
「自分も騎馬連隊を追い出されればいいんだろ。簡単さ」
ヴォレス中尉には何か考えが有るようだったので、任せる事にした。
騎馬連隊ではヴォレス中尉しか確保出来なかったので、輜重隊の事務所に向かった。工廠から少し歩いた場所にあり、程なく到着する。
輜重隊としての事務仕事をする事務所では、剣よりもペンが似合う男達が仕事をしていた。その事務所に入ると世話になっているコリベル中佐の姿を探した。
コリベル中佐は騎馬連隊から追い出されたルチェス中尉を拾ってくれた恩人である。
「おや、ルチェス。どうしたのだ?」
ルチェス中尉の姿に気付いたコリベル中佐が声を上げた。
「オスゲート上級曹長を貸して欲しいんです」
オスゲートはルチェス中尉の部下だった男で弓の名手でもある。
「おいおい、輜重隊も人材が余っている訳じゃないんだぞ」
「それは判っています。ですが、いま開発している傀儡は輜重隊にも使えるはずなんです」
コリベル中佐は考えた末、オスゲート上級曹長の異動を許可した。
数日後、オスゲート上級曹長とヴォレス中尉が騎乗傀儡の開発班に異動になった。ヴォレス中尉は以前からクモル大佐の素行を調べ上げており、浮気や騎馬連隊に出入りしている商人からの賄賂等の問題行動を把握していた。
ヴォレス中尉がクモル大佐にその情報を耳打ちすると彼の異動が許可された。そんな情報を知っているなら、上層部にクモル大佐を告発すれば良かったのではないかと思う者も居るだろう。しかし、この国の軍隊という組織の中で上司を一度でも告発すれば、チクリ屋と言うレッテルを貼られ仲間から嫌われる。そうなれば軍には居られなくなっただろう。
運用テストを行う人材が揃い、追加で製作していたアサルトスパが完成した頃、エイタは休みを取って自分の工房で寛いでいた。
「お兄ちゃん、見て見て。この<基魂符>、あたしが作ったんだよ」
モモカが自分で作った<基魂符>を手に持ち見せに来た。久しぶりにゆったりしているエイタに甘えているのだろう。ソファーに座っているエイタの横にチョコンと座り楽しそうに会話を始める。
モモカの魔力制御は一人前である六級に上がり簡単な魔導工芸品なら作製可能になっていた。
メルミラの魔力制御も上達し駆け出しに相当する七級になっていた。
モモカとメルミラの話を聞きながら、頭の片隅でマルオス学院長から言われた歩兵を支援するようなものを考える。
メルミラがエイタに尋ねる。
「エイタさん、工廠でのお仕事が終わったら迷宮の攻略に戻るんですか?」
迷宮を攻略していたのは探索者としてのランクを上げ、この国の国籍を得る為だった。国籍を得た今、迷宮を攻略する必要はなくなった。
だが、職人として大成する為には迷宮攻略も有効だと判っている。顕在値のレベルが上がると魔導紋様の制御が容易になるからだ。
「そうだな、安全に少しずつ攻略を進めるか」
「安全にですか?」
「オイラ達のパーティに盾役が居れば、もっと安全に迷宮を攻略出来ると思うんだ」
メルミラは盾役と聞いて、ギルドに居るごつい男達を思い出した。金属製の鎧に身を包み、大きな盾を背中に担いでいる男達だ。
「新しい人をパーティに入れるんですか?」
「いや、盾役の代わりになる自動傀儡を考えている」
「アイスみたいな?」
エイタはアイスが盾を持ち羽毛竜に立ち向かう姿を想像した。……羽毛竜が振り回した尻尾の一撃で空の彼方に消えていくアイスの姿が脳裏に浮かび上がる。……アイスじゃ盾役は無理。
「アイスよりは大きくしないと盾役にはならんと思う。と言っても迷宮は広い場所ばかりじゃないからな。余り大きくも出来ない」
盾役傀儡のフォルムは人型か四足動物型、あるいはスパトラのような多足型にするかを考えた。安定性から考えれば四足か多足型が妥当だろう。重い打撃を盾に受けた場合、人型なら吹き飛ばされる確率が高い。
エイタはモモカとメルミラと一緒にわいわい言いながら盾役傀儡の設計を始めた。
「可愛いい犬のおまわりさんみたいなのがいい」
『おまわりさん』が何かは判らないが、犬だと盾を持てないから駄目だとエイタは思った。ただ四足型はいいかもしれない。
「盾だけじゃなく武器も持たせた方がいいと思います」
「武器か……どんな武器がいいと思う?」
「エイタさんが持つプロミネンスメイスみたいの武器でいいんじゃない。但し武器モードは【陽焔】だけでいいと思う」
傀儡は敵を評価し相手に拠って武器モードを変えるような事は出来ない。いや、不可能ではないのだが、その為には魔物の情報を集め複雑な動思考論理を組まなければならない。
休日を新しい傀儡の設計で使ってしまったエイタは、翌日眠たそうな目をして工廠へ向かった。
今日から運用テストが予定されているアサルトスパ三機は、機体検査を終え準備が整っていた。乗り手のルチェス中尉・ヴォレス中尉・オスゲート上級曹長の三人も操縦方法を習得し準備は終わっている。
今回のテストはアサルトスパだけの為に用意されたものではなかった。次期主力軍用傀儡の戦闘テストが主な目的になっている。
そのお陰で参謀本部から見物人が大勢来ていた。走行テストなどの基本運動のテストをパスした次期主力軍用傀儡は『メルドーガ』と言う名称が与えられた。
試作機も三機目となっている。この試作機はエイタが提案した修正案が盛り込まれ、エイタが部品を製作しなくてもいいようになった。これで大量生産の目処が立ったとマルオス学院長は喜んでいた。
メルドーガの戦闘テストで相手となるのは、現主力軍用傀儡であるモルガートだ。モルガートは成人男性と変わらない体長であるが内部に高性能の人造筋肉を詰め込んでいるので、二十五馬力程の瞬間最大出力を発揮する。
モルガートの長所はスピードである。素早い動きで敵の攻撃を避け魔剛鋼製の剣で急所に攻撃を加え仕留める。それがモルガートの基本戦術だった。
一方、メルドーガは厚い装甲と強力なウォーアックスで武装している。参謀本部が考えている基本戦術は、一撃離脱戦法を考えているらしい。
重装甲であるが直線の動きは速いメルドーガには一撃離脱戦法が最適だと考えているようだ。
エイタとベルグル、それに騎手の三人はテスト会場になる演習場に出向き、先に行われるメルドーガの戦闘テストを見学する事にした。参謀本部の人間や開発チームが座っているテントの後ろでウロウロしているとマルオス学院長に見付かり、開発チームの後ろに席を用意して貰った。
演習場にモルガート三機が姿を現した。
「おおっ、始まりそうだぞ」
オスゲート上級曹長が声を上げた。この人はヴォレス中尉とは対照的な肉体派の人間である。エイタが話をした感じでは気のいいオッさんと言う感じだ。
そうしているうちにメルドーガが登場した。体長は一.九マトル《メートル》あり分厚い装甲を纏っている姿は羽毛竜にも劣らない威圧感を放っている。
オベル工廠長の合図で模擬戦が始まった。まずはモルガート一機がメルドーガに襲い掛かった。スピードを活かしたモルガートがメルドーガの急所を探すように頭部、首、肩関節、腰、膝関節に剣を叩き込んだ。メルドーガの装甲に傷が付くが装甲を破る程の威力はなかった。ここまでメルドーガは剣を避けようとせず、反撃もしなかった。開発チームの命令で防御力を参謀本部の人間に見せ付けているのかもしれない。
メルドーガの装甲はブロッホ帝国の現主力軍用傀儡であるウルガン並みに厚いようだ。
モルガートがウルガンと相対した場合取る戦法がある。ウルガンの弱点は膝関節にあり、その一点に何度も剣を叩き付けると膝関節が変形し動けなくなる。
モルガートは膝関節に狙いを定め剣を振るい始めた。メルドーガはウォーアックスで斬撃を防ぎ、モルガートへ向け攻撃を開始する。
「行け、首を狙え」「アッ、惜しい」
メルドーガを応援する開発チームの声援が演習場に響く。
敵の周りを軽快に動きながら何度も剣を振り下ろすモルガートに比べメルドーガの動きは直線的で予測しやすい動きだった。中々メルドーガの攻撃が敵を捉えられず、開発チームのメンバーが焦りの表情を浮かべている。
そして、ついにメルドーガのウォーアックスがモルガートの肩に叩き込まれた。その肩がひしゃげ、モルガートの身体が弾き飛んだ。その瞬間勝負は決した。開発チームのメンバーの顔にホッとした表情が浮かぶ。
「よし、よくやった」
オベル工廠長の声が聞こえた。
その後、二機のモルガートと同時にメルドーガが戦った。結果は何とか二機のモルガートを倒したが、メルドーガも右膝関節と左肩関節に障害を起こしてしまった。
エイタの目から見たメルドーガの完成度はまだまだだった。基本戦術は一撃離脱戦法だったはずなのに、全く違う戦い方をしている。
メルドーガの戦闘テストが終わった。開発チームや参謀本部の人間が帰り始める。アサルトスパの運用テストが有ると知っているはずなのに……見る必要が無いと決めているようだ。
演習場に残ったのはマルオス学院長とマクバル、それに参謀本部の人間が数人だけだった。オベル工廠長は本気でアサルトスパの運用テストの事を忘れたらしく姿が見えない。……工廠の責任者のはずなのに……ちょっと悲しくなった。
「マルオス学院長、君が見て欲しいと言っていた騎乗傀儡とは、どんな傀儡なのかね?」
参謀本部のキリアル中将がマルオス学院長に声を掛けた。
「キリアル中将、この者達が開発を担当している傀儡工と騎手です」
マルオス学院長が参謀本部の数人にエイタ達を紹介してくれた。
「エイタ、早速だけどアサルトスパを見せてくれないか」
「判りました」
エイタはアサルトスパを起動させるよう指示を出した。ルチェス中尉達が演習場の片隅に広げられている幌を剥がし、下にあるアサルトスパ三機を立ち上がらせた。
ルチェス中尉達はそのまま走らせ、マルオス学院長達が立っている方へ滑らかな動きで駆けて来る。アサルトスパが近付き、その完成された姿がよく見えるようになるに従い、参謀本部の人達の顔に驚きが浮かび上がる。
「ちょっと待て……まだ開発が始まって二ヶ月ほどしか経っていないだろ」
彼らが何故驚くのか、エイタには理解出来なかった。マルオス学院長を経由して報告書を出しているからだ。
2016/6/12 誤字修正
2016/11/7 メルドーガの大きさを一.九マトルに修正




