scene:54 軍用騎乗傀儡
ユ・ドクトの街を守る首都防衛軍に所属するルチェス中尉が呼び出されたのは、参謀本部の戦備課だった。出頭した彼を待っていたのは戦備課のノマウル大佐である。
ノマウル大佐はシワ一つ無さそうな軍服に身を包み、丁寧に整えられた口髭を弄りながら話し始めた。
「連盟総長の要望で、騎乗傀儡と言う兵器の開発を行う事になった」
ルチェス中尉は初めて聞く『騎乗傀儡』と言う言葉にに内心首を傾げながら、次の言葉を待った。
「中尉には、その開発を手伝って貰いたい」
開発を手伝えと言われても、軍用傀儡に関係した仕事の経験は一切ない自分に出来るのだろうかと疑問を持つ。
「言いたい事が有るなら言いたまえ」
大佐の許しが出たのでルチェスは、何の経験もない自分が適任者だとは思えないと伝えた。
「騎乗傀儡は全く新しい兵器である。経験者などいないのだ。そこで乗馬が得意な中尉が選ばれた」
騎馬連隊に所属していた経験が買われたらしい。だが、それなら現役の騎兵を選べば良さそうなものだ。
「ですが、自分は三年ほど馬に乗っておりません」
ルチェス中尉が言うと大佐は頷き。
「それがいいのだ。本物の馬と騎乗傀儡は違う。現役の者は違和感を持つかもしれん。それに君は弓の名手だとも聞く」
「名手かどうかは判りませんが、弓は得意な方だと思います」
「クロスボウを扱った経験は有るかね?」
「少し試した程度なら」
「申し分ない。本日より第三工廠の騎乗傀儡開発班へ行きたまえ」
ルチェス中尉は優秀な軍人なのだが、運に見放されていた。騎馬連隊に居た時、連隊長用に購入した名馬の調教を任され、張り切って名馬の世話をしていた。
その事は名誉な事なのだが、それをやっかむ者が居た。現在の騎馬連隊の連隊長であるクモル大佐である。
当時は同じ中尉だったクモルは、調教中の名馬に興奮剤を飲ませた。それを知らないルチェスは調教しようとし馬が暴れだした。不運にも暴れた馬が公道に飛び出し、歩いていた商人に傷を負わせてしまった。
騎馬連隊では大きな問題となり、ルチェスは連隊から追い出された。幸いにもルチェスの弓の才能を買ってくれた輜重隊の隊長が彼を拾ってくれ。今はユ・ドクトの周りにある砦に補給品を届ける任務についている。
興奮剤の話は、輜重隊に移ってから一年後位に、騎馬連隊で友人だった男から噂話として教えて貰った。その時はクモルを殴りに行こうかと激怒した。
友人に噂話であり、証拠は何もないと言われ踏み止まったが、激情のままに行動していたら軍から追い出されていただろう。
早速、第三工廠へ向かったルチェス中尉は何度か場所を尋ねながらも騎乗傀儡を開発している部屋に到着した。そこで開発していた傀儡工は二人。
エイタと言う若い傀儡工とベルグルと言うベテラン傀儡工だった。ルチェス中尉はベルグルが開発の責任者だろうと思い、彼にどうすればいいか尋ねた。
「俺に聞いても分かんねえよ。責任者のエイタに聞いてくれ」
「エッ、責任者はあんたじゃないのか?」
「俺は手伝ってるだけさ」
ルチェス中尉は若い傀儡工を見て、こんな奴に連盟総長が求めるような兵器が作れるのかと危ぶんだ。
エイタに近付き、まず騎乗傀儡についてどんなものか質問した。
「中尉さんも大変だね。そんな事も知らずにここへ来たんだ……そうだ、実物を見て貰った方が簡単だな」
その若い傀儡工は部屋の隅に置かれている金属製の物置のような物に近付き鍵を開けた。物置の扉を開くと中に虫型の自動傀儡が有った。
「こいつが軍用騎乗傀儡のベース機体となる『ゼロスパ』だ」
警邏隊に提供した軍用ショットボウを搭載した騎乗傀儡と同じものが、そこにあった。エイタが急いで作り上げたもので、これをベースとして軍用に耐える騎乗傀儡を開発する予定である。
中尉は操縦方法を教わった。足だけで操作する操縦方法は簡単だ。とは言え慣れるのに時間が掛かりそうである。
エイタはマルオス学院長から開発を手伝う試作機操縦員を送ると聞いていたので、ルチェス中尉が来た時この人かと思った。年齢は三〇歳程だろうか。中肉中背で軍人にしては細い感じがするが、目の奥に強い芯のようなものが伺える。
試しにゼロスパに乗せてみるとすぐに乗れるようになった。
「さすがだね。操縦システムはどう……改良点とか言ってくれると助かるんだけど」
演習場を一周して来たルチェス中尉はゼロスパから降りて、フットレバーや方向転換装置を観察する。
「操縦システムはもう少し改良する余地があると思う」
中尉は改良点を幾つか指摘した。それらの改良点はすぐにでも改修可能だろう。
ルチェス中尉は兵器としての性能を知りたくなった。
「軍用ショットボウの威力を試させてくれるか?」
「ちょっと待って。標的を用意する」
エイタとベルグルは演習場の隅に標的の丸太を用意する。実際はほとんどエイタ一人で運んだ。顕在値が高いエイタは一般人の三倍近い筋力を持ち、力仕事は得意だった。
「こういう時には人手が欲しいな。下働きの人員を断らなきゃ良かった」
マルオス学院長から開発用の人員が必要なら手配すると言われたのだが、傀儡工のベルグルと試作機操縦員一人だけを要求した。二人だけでは少な過ぎるのではないかと心配された。
ルチェス中尉が声を掛ける。
「自分も手伝おうか?」
「だったら、そこに穴を掘ってくれ」
ルチェス中尉にも手伝って貰い、どうにか標的を用意する。
「弾はこれを使って」
エイタは昨日作った特殊大型専用弾を装填した。
再度ゼロスパに乗ったルチェス中尉が、操作台の取っ手を握り丸太に狙いを付ける。
エイタは中尉がゼロスパを移動させるのを見て驚いた。その場で発射ボタンを押すと思っていたからだ。
止めようとしたが間に合わなかった。中尉は標的に近付きながら発射ボタンを押す。
発射された特殊大型専用弾は丸太に命中するとググッと食い込み、次の瞬間『バーン』と破裂音が響き爆発した。爆風がエイタ達の方にも砂塵を巻き上げる。
砂塵が治まった後、丸太は命中した箇所が抉られていた。
それほど硬い木ではなかったとは言え、大きな穴を穿つ特殊大型専用弾の威力は凄まじいものだった。
ふと見るとゼロスパの上でルチェス中尉が耳を押さえ蹲っている。爆発音を間近で聞き耳をやられたらしい。
その時になって初めて特殊大型専用弾がどんな弾なのか説明するのを忘れていたのに気付く。
エイタ達は中尉より距離があり耳を塞いでいたので助かったが、いきなり爆発したら当然こうなるだろう。
「エイタ、特殊大型専用弾の事を説明したのか」
ベルグルがエイタに尋ねた。
「アッ……でも、彼が標的に近付くとは思わなかったんだ」
二人は急いでルチェス中尉をゼロスパから降ろし日陰に連れて行って休ませた。
ちょっと休憩するとルチェス中尉は回復したようだ。
「酷いじゃないか」
怒るのも無理は無い。エイタは謝った。
「済まない。説明するのを忘れていた」
今試した特殊大型専用弾は『爆裂』の魔導紋様を刻印した魔導符を弾の内部に仕込んだものである。因みに『爆裂』の魔導紋様は、師匠の研究ノートに書かれていたものだ。兄弟子のドムラルが着服していた師匠のノートはエイタが取り返していた。
師匠の研究ノートは古代神聖帝国で使われたセグレム語で記されており、この研究ノートを譲り受けた当時はほとんど読めなかった。今はモモカの『自動翻訳』の助けも有ってセグレム語の読解力は大幅に上がり、研究ノートも楽に読めるようになっていた。
「今のは爆裂の矢と同じものか?」
さすが軍人であるルチェス中尉は気付いたようである。
エイタは頷き、問い返した。
「特殊大型専用弾で軍用傀儡を倒せると思いますか?」
尋ねられたルチェス中尉は、腕組みをして考え。
「弓隊でも爆裂の矢は使っている。そいつでカッシーニ共和国のマンタクティスを攻撃した事が有った。マンタクティスは爆発で吹き飛ぶんだが、かすり傷程度しか損傷はなく起き上がると弓隊に逆襲したそうだ」
マンタクティスは蟷螂型の軍用傀儡で、自由都市連盟の主力軍用傀儡モルガートと同じ程度の装甲厚のはずだ。
「特殊大型専用弾は弓隊の爆裂の矢よりも強力なはずだけど、軍用傀儡を倒すのは無理か。足止めには使える?」
ルチェス中尉は苦笑して首を振る。
「駄目だな。少なくとも軍用傀儡に損傷を与える位でないと」
大型のリパルシブガンを搭載すれば軍用傀儡でも倒せる騎乗傀儡が完成するが、それだと秘蔵している『斥力場』の魔導紋様を公開しなければならない。エイタとしては秘蔵している魔導紋様を軍に知られたくなかった。
「『爆裂』が駄目なら『雷衝撃』はどうだ」
ベルグルが提案した。ルチェス中尉の話では、軍用傀儡には爆裂の矢より電撃の矢の方が効果は有るらしい。
「と言っても、一斉に雷撃の矢を射った時、一時的に行動不能にしたと言う事例が存在するだけだ」
一般的に知られている『爆裂』や『雷衝撃』等の魔導紋様を使った特殊大型専用弾を大量に製造し軍用ショットボウに使えば問題は解決するかもしれない。
だが、マルオス学院長から次期主力軍用傀儡の開発製造に軍事予算の大半を割り当てる予定なので、騎乗傀儡は低予算で製造可能なものを頼むと言われている。
特殊大型専用弾は軍用傀儡程ではないが、製造コストは高い。しかも有効期間が一年程なので毎年交換しなければならない。
「低予算にはならないか。発想の転換が必要だ」
自動傀儡を作動不良にする原因を考えてみた。
燃料であるアルコールの漏れ、関節部の摩耗、金属疲労による変形、熱による人造筋肉の反応遅延、落雷による制御コアの損傷などが頭に浮かんだ。
熱による人造筋肉の反応遅延か……これは使えるんじゃないか。人造筋肉は熱を持つと制御コアの命令に反応し難くなる性質が有るのが知られている。
「焼夷弾はどうだろ?」
エイタは軍用傀儡に焼夷弾を命中させ、熱で人造筋肉の動きを阻害する方法を説明した。
ベルグルがニヤッと笑い賛成する。
「使えそうじゃねえか」
思い付いてから製造するまでは早かった。焼夷弾に使う油脂や発火装置は工廠に有ったからだ。
ルチェス中尉に試射を依頼する。ゼロスパに乗った中尉が標的の丸太を狙って発射ボタンを押した。
焼夷弾は丸太に命中すると中に有る油脂を周りに撒き散らし発火装置が火を点ける。一瞬で丸太が炎に包まれた。一〇〇〇度以上なる炎は丸太を炭化させる。
「命中してから効果が現れるまでどれくらいだ?」
中尉がエイタに尋ねた。エイタは少し考えてから。
「炎に包まれた状態の軍用傀儡が襲って来るのを心配しているのか……たぶん逆襲される時間は十分にあるな」
「その時はどうするんだ」
「逃げるしか無いでしょ」
ルチェス中尉の表情が険しくなった。
「逃げられない場合も有るだろ。補給物資を輸送中ならどうなる。騎乗傀儡は逃げられても補給物資は奪われてしまう」
軍用傀儡の襲撃を騎乗傀儡だけで撃退しようと言うのも問題だろう。騎乗傀儡は対人用だと割り切ってしまえば簡単なのだが。
「大型専用弾の連射なら襲撃の速度を鈍らせる位は可能じゃねえのか」
ベルグルが自分の意見を言い、それにルチェス中尉が反論する。
「だが、弾倉を交換する余裕が有るのか」
大型専用弾なので弾倉も大きく、交換するには時間が必要だった。
「いっそ上下に弾倉を二つ付けられるようにして、スイッチ一つで切り替えるようにするか」
エイタの提案にルチェス中尉が賛成する。ベルグルは構造が複雑になるので嫌がった。複雑になれば故障も多くなるからだ。
新しい軍用ショットボウ『ダブルショットボウ』は三日で完成した。
試射をしてみると狙い通りの働きをしてくれた。上部に装填した焼夷弾が標的を燃やし、下部に装填した通常の大型専用弾が近付く軍用傀儡を押し留める。
試射が満足する結果を残して終わった後、ベルグルがマルオス学院長が出した要求を思い出させた。
「マルオス学院長は歩兵に対する武器も組み込めと言っていたんだろ」
「騎乗する兵士にショットボウを持たせればいいんじゃないか」
エイタが言うとルチェス中尉が反論する。
「騎乗傀儡に乗っているのに、通常兵士でも装備出来るショットボウなのか」
「いいじゃないか。その代わり高性能な<魔盾符>を騎乗傀儡に組み込んで騎手を守るようにする」
「マナシールドを張るとこっちも攻撃出来なくなると聞いたが」
ルチェス中尉は問題となる点を指摘する。
「騎乗傀儡の制御コアに<魔盾符>を制御させる。ショットボウの射線上だけはマナシールドに穴を開ける」
「そんな事が可能なのか?」
「簡単じゃないけど可能だ」
それが可能なら飛び道具での撃ち合いは圧倒的に有利になる。
「騎乗傀儡自体はどうするんだ……装甲を厚くしないのか?」
ベルグルは装甲厚を厚くしたいようだ。軍用傀儡からすれば騎乗傀儡の装甲厚は薄過ぎて心配なのだろう。
だが、エイタは装甲を厚くする気はなかった。使う素材の品質を上げる為に妙剛鉱から抽出された妙剛砂の含有率は上げるつもりだが重量が増える事に繋がる装甲厚は変えない。
騎乗傀儡の一番の長所はスピードにあると考えていたからだ。
ゼロスパを少しずつ改良しながら最終的な強襲蜘蛛型騎乗傀儡『アサルトスパ』が完成した。