scene:53 新型稼動テスト
今回から新章となります。
あれだけ悩んでいた国籍の問題があっさり解決した。ダルザック連盟総長の一声でエイタの帰化が認可されたのだ。迷宮での戦いは何だったのかと悩んでしまうほどである。
エイタの工房に現れたマルオス学院長は国としての決定事項を告げた。
「許可無く軍事機密を知ってしまった問題に関して、それを不問にする代わりにエイタには半年間工廠で働いて貰う」
エイタは思わず不満の声を上げる。
「ええーっ、そんなぁ」
マルオス学院長は「まあまあ」とエイタを抑え。
「個人的には理不尽な要求だと思うが、故意でなくとも許可無く軍事機密を知ってしまった者は、軍に逮捕され監視下に置かれるのが普通なのだ。我慢してくれ」
エイタは理不尽だと思ったが、国籍取得が半年間働く事の報酬なんだと思い我慢する事にした。因みに一人前の傀儡工と同じ給料が出るそうだ。
期間が半年なのは、次期主力軍用傀儡の開発期限が半年先だからである。
マルオス学院長はエイタを設計者として開発チームに入れ、全体の構造を一度見直そうと考えていたようなのだが、オベル工廠長が強行に反対し試作班の一員として働く事になった。
エイタの初出勤の日、モモカとアリサ、それにメルミラが見送ってくれた。工房はモモカとメルミラの修行場になる予定である。
二人には魔力制御の技術を高め、簡単な加工に使う魔導紋様を使えるようになるのを目標と課した。
迷宮攻略も一旦中止とし、休みの日に腕が鈍らない程度に迷宮へ潜るつもりでいる。
工廠はユ・ドクトの東側にあり、軍事演習場を囲むように第一工廠、第二工廠、第三工廠の大きな建物があった。エイタが働くのは第二工廠の試作班。
マルオス学院長から貰った入門証を提示し兵士が警備している門を抜けると右側に第二工廠が見えた。巨大な建物で、三〇〇人程の職人や軍関係者が働いているらしい。
エイタは工廠に入ると門衛をしている兵士に試作班の部屋の場所を尋ねた。
二階の北側に有るらしい。木造の階段を上り試作班の部屋に入った。マルオス学院長から試作班のリーダーである傀儡工ラディックに話は通してあると言われているので、ラディックを探し自己紹介した。
ラディックは疲れた顔をした初老の男で、座っていた椅子から立ち上がりエイタを値踏みするように見た。
「ふーん、お前が例の傀儡工か。我々でも苦労する多段変速機を作った腕は評価するが……若いな。軍用傀儡を作った経験はないんだろ?」
ラディックはマルオス学院長からエイタを押し付けられ不機嫌になっていた。それに自分達でさえ作れなかった多段変速機を独力で作った傀儡工にしては若過ぎると怪しんでいた。
「ええ、軍用傀儡の開発に携わるのは初めてです」
エイタがふと見ると、ラディックの机の上には軍用傀儡だと思われる設計図が置いてあった。
「それは次期主力軍用傀儡の設計図ですか?」
「そうだ」
「見せて貰えるのかな?」
「見せるのは構わんが、そんな余裕は無いと思え」
「と言うと?」
「設計チームが新しい部品の設計図を持って来おった。明日までに試作機の部品を三つ程作らなければならんのだ。お前にも手伝って貰うからな」
試作班の作業場所は一階の端に有った。工具や部品が置いてある棚が所狭しと並んでおり、その前で試作班の者らしい職人達が作業をしている。
ラディックがエイタを試作班のメンバーに紹介する。
「おいおい、あんな若造だったのかよ」
「あいつが本当に戦力になるのか」
メンバーの職人達から否定的な声が聞こえる。彼らは二〇代後半から四〇代の熟練傀儡工でユ・ドクトではトップクラスの技術者だである。
ラディックは新しい部品の設計図と指示書を二人の熟練傀儡工に見せ、三つのうちのどれかを今日中に作製しろと命じた。
「ちょっと待ってください。今日中なんて厳し過ぎますよ」
「判っているが、明日試作機の稼動テストが有るんだ」
二人の傀儡工はラディックの持つ設計図を見比べ簡単なものから選んで引き受けた。残った設計図を持ってラディックがエイタに歩み寄る。
「これがお前の分だ。徹夜してでも今日中に完成させろ」
ラディックは設計図と指示書をエイタに渡した。右手首の関節部分に設計上の不具合が見付かり設計図を書き直したようだ。
変更は関節部分を太く頑丈にして、手に受けた衝撃に耐えるようにしたらしい。有効な方法だが、もっと工夫が有っても良さそうなものだ。
ラディックは徹夜してでもとか言っていたが、半日も有れば作れそうだった。
「わからない事があったら、先輩たちに聞け」
そう言うと作業場からラディックは去った。
エイタは先輩傀儡工を捕まえ尋ねる。
「作ったものはラディックさんに渡せばいいんですか?」
「いや、あそこに部品の検査をしている連中が居るだろ。あいつらに渡せ」
試作班とは別に部品の検査やテストを専門に行っている班が有り、そこで検品してから試作機に組み込むらしい。
「兄ちゃんは大変な時に入ったな。きっと苦労するぜ」
ベテランらしい四〇代のオッさんはベルグルと言い、ここでは古株の職人らしい。ベルグルから試作機の設計図などが収められている部屋を教えて貰った。
入り口には二人の兵士が武器を持って番をしていた。入門証を見せると兵士は何処の所属かを確認し通してくれた。次期主力軍用傀儡の開発に関連する部署でないと入れないようだ。
中には番号を振られた棚が並んでおり、その棚に設計図が入っていた。
ベルグルが一番の棚から設計図を取り出した。
「こいつが基本設計図だ」
真ん中に置いてあるテーブルに設計図を広げる。
次期主力軍用傀儡は、人型の自動傀儡で全身を魔剛鋼で覆われている。高さは一.九マトル《メートル》程でブロッホ帝国の軍用傀儡の様にずんぐりした体形ではないが、足は短く太いので安定性は有るようだ。
両手は長目で先端に四本の指が有る。肩は頑丈そうであるが可動範囲はそれほど広くなさそうだ。メイン武器が魔剛鋼製のウォーアックスなので非常に重いが威力は有る。
短い足であっても高性能の人造筋肉をたっぷりと使っているので速度は出るようだ。但し直線的な動きに関してだけである。これはどう見ても小回りが効かない猪のような機体だった。
頭には二つの偽魂眼が組み込まれており、全体的にオークを連想させるような機体である。
エイタは戦略や戦術が判らないので、軍用傀儡とはこういうものなのかと思った。
作業場に戻り、部品の作製に取り掛かる。ベルグルによると右端に置いてある素材と工具は誰でも使って良いとの事だった。
エイタは棚から必要な素材や工具を取り出し作成を開始した。素材は鋼鉄で最高級のものだ。
設計図と指示書をもう一度確認してから一気に関節部分を作り上げる。掛かった時間は半日程で簡単な稼動テストをしてから検査班に提出した。
検査が終わるのを待っている間、他の職人達が作業している様子を観察する。
エイタと同時に新しい部品の製作を命じられた二人の傀儡工は、何度か『形状加工』の魔導紋様を使って加工しようとしているが細かい部分が正確に作り込めず苦労していた。
一人は『形状加工』による一発加工を諦め、近い形に形成した後ヤスリで調整する方法に切り替えたようだ。
「何を見ている。自分の仕事はどうした」
作業している傀儡工が苛立ちを含んだ声で尋ねた。
「終わったよ」
その傀儡工が酷く驚いたような顔をした。エイタが作製を命じられた部品は自分が引き受けたものより難易度が高く、今日中に作製出来るか判らなかったものだからだ。
「な、なんだと……簡単なものじゃなかったはずだ」
大きな声だったので周りに居た職人達が集まって来た。
設計図が作業台の上に広げられ、興味を持った職人達が覗きこむ。
「こいつを半日で作っただと……」
「凄えじゃねえか」
エイタは傀儡工としての技量を認められたようだ。
次の日の夕方に試作機の稼動テストが行われた。軍の演習場に組み上がった試作機が運ばれ、まずは走行テストを実施する。
今回の稼動テストは開発チーム内だけのもので、見学しているのはエイタも含めた職人達である。
最初は直線を歩くだけのテストである。試作機は目立たないように黒く塗装されていた。武器を持たない状態で試作機が歩き始める。
ドガッドガッと鋼鉄の足が地面を踏み締め前に進む。工廠には長年に渡り蓄積した知識と経験が有るので歩くだけなら問題ないようだ。
ただ振動で上体がふらつくようで全体の動きに調整が必要なのが判る。
次に走らせるテストを行った。
ドガドガドガ……と轟音を響かせながら走っていた試作機が、何かに躓いて転んだ。顔面からズザーッと滑るように倒れた試作機は、倒れたまま地面を蹴るような動きをしている。
少しして自分の状態を理解した試作機が手を突いて起き上がった。
「動思考論理に問題が有るようだな……こりゃ完成まで時間が掛かりそうだ」
エイタが呟くと聞こえたらしい開発チームの一人から睨まれた。もしかしたら動思考論理を開発している部署の者なのかもしれない。
開発中の軍用傀儡に使用されている動思考論理は、現役の主力軍用傀儡であるモルガートのものを改良して使っているらしい。同じ人型であるが、軽快な動きで敵を翻弄し剣で仕留めるモルガートと新型では全くタイプが違う。
モルガート用に調整された動思考論理を新型の体形に合わせて改変したようである。きちんと動くように修正する作業と全く新規に作る作業ではどちらが早いか悩ましい。担当部署は修正する方を選んだようであるが、それが正解だったかどうかはまだ判らない。
動思考論理を扱ったことがない者は、新規より修正の方が断然早いだろうと考えるが、動思考論理の中には独特のアルゴリズムをしているものがあり、完全に全体を理解しないと思わぬミスが残留する事があるのだ。
その後、ウォーアックスを使った攻撃動作のテストが行われた。
「よし、標的の丸太の準備はいいか。試作機にウォーアックスを持たせろ」
稼動テストを取り仕切っている者が指示を飛ばす。
新型はウォーアックスを四本の指で握り、二つの偽魂眼で標的である丸太との距離を目測する。
新型を取り囲んでいる職人達は固唾を呑んで見守る。
「攻撃だ!」
ウォーアックスを振り上げた新型が丸太目掛け袈裟懸けに振り下ろす。
ブンと言う風切り音を発したウォーアックスの刃が、丸太から少しだけ離れた場所を通過する。
見事な空振りだった。
空振りした勢いでバランスを崩した新型が空中で一回転し丸太に頭部を衝突させた。その衝撃は凄まじく、頭部に組み込まれている偽魂眼が飛び出す。その瞬間、手から離れたウォーアックスの刃が新型の首に命中し頭と胴体が切り離された。
あまりの事に職人達は声を失った。その内に何人かが笑い出す。
爆笑の渦が消えた後、何とも言えない沈黙が演習場を支配した。
開発チームの責任者である職人ギルドの副本部長マクバルとオベル工廠長、マルオス学院長は最前列で稼動テストを見守っていた。その表情は暗く目が虚ろになっている。
「クソッ、何が原因だ。設計か、試作班か、動思考論理か」
オベル工廠長が大声を上げた。マルオス学院長は顔を顰め。
「大声を出さんでくれ。心臓に悪い。ここは冷静になって、一刻も早く原因を調べ上げのが先だろ」
「冷静になれだと……こんなもの、お粗末過ぎるだろ」
激怒するオベル工廠長を宥めたマルオス学院長は、マクバルに意見を求めた。
「各部著に原因を調査させると同時、全体を調査する者が必要だ」
マクバルの意見にマルオス学院長は同意する。
「提案だが、エイタに全体の調査を任せてみないか」
オベル工廠長が馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「ふん、あんな若造に何を期待しておるんだ。それこそ我々の仕事ではないのか」
「そうは言うが、私には学院長としての仕事もある。全体を調査する時間など無い。職人ギルドの副本部長であるマクバル殿も同じではないか」
マクバルも少し考え同意し提案する。
「オベル工廠長殿は自ら調査し、我々は代理の者を選んで調査させるというのはどうです」
稼動テストの翌日、マルオス学院長に呼び出されたエイタは稼動テストで浮き彫りにされた不具合を調査する仕事を与えられた。
エイタは設計図を調べるのと平行して、試作機も調査した。試作機については一部の部品が強度不足で破損しているのが発見された。
設計段階での問題点を洗い出すのに一ヶ月が必要だった。問題点だけでなく、その解決策や修正案も報告書にしてマルオス学院長に提出する。
「ご苦労だったね。次は動思考論理を調査してくれ」
動思考論理は明らかにアルゴリズムが間違っている箇所を数十箇所も発見した。だが、実機テストを行わなければ洗い出せない間違いも数多く残っているだろう。
エイタの報告書は開発チーム内に波紋を引き起こした。特に修正案を突き付けられた設計者達は反発した。
長年工廠で仕事をしている設計者は、エイタのような若造に自分の設計を否定されたのが面白くないようである。
設計者達は問題点を突き付けられ顔を青褪めさせた後、修正案を見て心の中で感嘆の声を発した。正直にエイタを賞賛しなかったのは、軍用傀儡の設計者としてのプライドが躊躇わせたのだ。
修正案をそのまま受け入れる者は少なく、修正案に何らかの小さな変更を加えた上で採用したようだった。
そして、毎日のように駄目出しをするエイタを開発チームは敵視するようになった。
とは言え、エイタの働きは評価されていた。設計の見直しで構造がすっきりとし、試作機も本格的なテストが行えるようになった。
ただ、エイタ一人だけ不満を蓄積していた。開発チーム内で孤立してしまったからだ。皆と一緒に和気あいあいとモノ造りを楽しめればいいなと思っていたのに。
マルオス学院長へ報告書を提出した時、現状を訴え相談した。
「苦労を掛けたようで済まない。問題点の洗い出しも一段落したようだから、調査の仕事はここまでとしようか」
エイタはホッとして身体の力を抜いた。
開発チームにおける劇薬としての働きは十分果たしたとマルオス学院長は思った。
「約束では後四ヶ月有るけど、明日から何をしたらいいんです?」
「ダルザック連盟総長から、警邏隊に製作した軍用ショットボウを搭載した騎乗傀儡を本格的な軍用として開発してくれと要請が有った」
あの騎乗傀儡だったら、すぐにでも作れるが、本格的な軍用とはどういう意味だろう。エイタはマルオス学院長に尋ねた。
「戦場で使うには強度が足りない。それに乗り手の防御が何もないのは不安だ」
確かに言われてみれば、その通りだった。相手が盗賊程度なら大丈夫だが、正規軍相手なら乗り手を狙い撃たれるかもしれない。
「攻撃力も不足している」
マルオス学院長から攻撃力不足だと聞き、騎乗傀儡に何を攻撃させるのか確かめた。
「軍用傀儡を狙いたいと言いたい処だが、難しいのは判っている。軍用傀儡に歩兵が狙われた時、その軍用傀儡を足止めするだけの威力がある武器を搭載して欲しい」
魔剛鋼で装甲された軍用傀儡を倒すのが困難なのを知っているマルオス学院長は、足止めするだけの威力が有ると言う表現をした。
「そして、歩兵に対する武器としても使いたい。軍用傀儡と歩兵で切り替える仕組みを考えてくれ」
エイタは頷いた。
「完成の期限はいつまで?」
「残りの四ヶ月で完成させてくれ。時間が余るようなら……そうだな。歩兵を支援するような物の開発をお願いするよ」
「歩兵を支援するような物? ……例えば?」
「具体的に何を作ってくれと言う訳じゃない。何かアイデアが浮かんだら、それを作って私に見せてくれればいい」
エイタは騎乗傀儡と歩兵支援の件を承知した。