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scene:52 盗難事件の結末

 ユジマス隊長が取調官となって両者の話を聞く事になった。

「まず、エイタ。ジッダ侯主連合国の軍用傀儡が盗まれた事件で、犯人に手を貸したと二人は言っているが本当か?」

「違う。そんな事はしていない」

 エイタはきっぱりと断言した。ドムラルは鼻息を荒くして叫ぶように言う。

「嘘だ。だったら何で新しい傀儡や魔導工芸品が作れる。師匠は魔導紋様に関する知識をお前には伝えていなかったはずだ」

 エイタは肩を竦め、一度兄弟子を睨んで、以前から考えていた魔導紋様の入手元を口にした。

「魔導紋様の知識は、そこに居る武官様にぶち込まれた地下迷路採掘場で知り合ったオッさんから教わった」

「デタラメを言うな。だったら、そいつの名前を言ってみろ」

「言ってもいいが、もう死んだぞ」

「いいから言え」

 興奮している兄弟子に冷静な目を向け。

「チェリオットだ」

 地下迷路採掘場でアサルトウルフに食い殺された男の名前だった。


「嘘だね。お前は軍用傀儡の盗難に手を貸して知識を手に入れたに違いないんだ」

 兄弟子に嘘だと断言され少し動揺する。エイタは深呼吸をして冷静になるように感情を抑えこんだ。

「嘘だという根拠は何だ。大体どこの誰に手を貸して軍用傀儡を盗んだと言うんだ」

「そんな事は知らん。ヴィグマン()型の情報はどの国でも欲しいはずだ。この国だって……」

 その瞬間、ユジマス隊長がぎょろりとドムラルを睨んだ。睨まれたドムラルは途端にしどろもどろになり。

「い、いや。この国だとは……ブロッホ帝国やカッシーニ共和国が……」


 ユジマス隊長は話を聞いていて、ドムラル達の訴えには何も根拠が無いのだと気付いた。

「エイタがユ・ドクトに現れてから開発した商品は、チサリーベアとチサリーキャット、それに魔導診断器、フィストガン、ショットボウだ。これらの中で似た商品が他国に有ったか?」

 ドムラルとダルス武官の顔が引き攣った。

 ダルス武官がエイタに忌々しそうに視線を向けた。

「た、確かに無いが、軍事関連の仕事をしている工房の主人とエイタが会っているのは本当だ。貴国の軍事機密を探り出そうとしているに違いない」


 その事についてはユジマス隊長も調べてみた。クレメンテス工房のヒュマニスが頻繁にエイタの工房に出入りしていたのを確認している。

 だが、エイタがクレメンテス工房の軍事機密を狙っているのなら、エイタがクレメンテス工房を訪れるはず。ヒュマニスがエイタの工房を訪れるというのは変だ。ヒュマニスは何の為にエイタの工房に通っていたのか確かめねばと思い、エイタに確かめた。


「ヒュマニスさんは、複雑な部品の製作を頼みに来るお客さんだけど……」

 エイタが正直に答えるとユジマス隊長が難しい顔をする。

「その複雑な部品について詳しい説明を聞いているのか?」

「いえ、設計図と指示書だけを渡されて作ってますけど、それがどうしたんです」

 エイタは軍用傀儡の試作部品ではないかと疑っているが、その事はしらばっくれる。


「エイタはクレメンテス工房の下請けとして部品を製作しただけだと言うのだな?」

「もちろん、そうです」

 そこまで黙って聞いていたドムラルが口を挟んだ。

「違う。こいつはヒュマニスに金を渡して軍事機密を持って来させているのに違いないんだ」

「馬鹿を言うな。あれが軍事機密なら、盗む価値もない失敗作だ」

 余りにしつこい兄弟子の非難に、エイタも怒りを覚え反撃する。


 ユジマス隊長はオヤッと思う。ヒュマニスがエイタの工房へ依頼した部品製作は次期主力軍用傀儡のものだと薄々考えていたからだ。

「失敗作だという根拠は何だ?」

「量産性を考えずに、複雑に作り過ぎているんですよ。それも既存の技術を元にしているんで目新しい工夫は全く無い駄作です」

「ふむ、そんなものが次期主力軍用傀儡であるはずがないか」


 その日は決着がつかず、続きは翌日に持ち越しと言う事になった。

 エイタはユジマス隊長に引き止められたので、先にドムラルとダルス武官が帰った。

 自分だけ残されたエイタは、留置所のような場所に泊められるのかと想像したが、そうではなかった。

「済まんが、軍用傀儡の盗難事件時の様子を詳しく教えてくれ」

 エイタは覚えている限りの状況を話した。そして最後にユジマス隊長が。

「一旦帰すが、自宅から離れるのは許されない。明日の朝一番で迎えを寄越すので、ここに来てくれ」


 警邏隊本部の外に出たエイタは、何だか疲れてしまい。トボトボと歩いてヴィグマン邸の方へ向かった。

 小さな川に架かった橋を渡ろうとした時、三人の男達がエイタを取り囲んだ。三人の顔を確かめてみる。見覚えのないゴロツキだった。

 エイタは誰の差金か、すぐに解った。<索敵符>で他に敵が居ないか探ると、少し離れた場所に二人隠れているのに気付いた。

「しょうもない事して……隠れてないで出て来い!」

 物陰からドムラルとダルス武官が現れた。

「チッ、試しに闇討ちでもと思ったが、我らが仕組んだと知られては失敗出来んようになってしまった」

 ダルス武官が低い声で言った。それにドムラルが続ける。

「初めから、こうしたら良かったんだよ。相手はエイタですよ。三人も必要ないでしょ」

 兄弟子のドムラルは、エイタが探索者として成功していると言う事実を甘く考えているようだった。


 三人のゴロツキが一斉にエイタに飛び掛かった。ゴロツキの腕前はメルク達にも及ばない。

 結果、プロミネンスメイスによって三人のゴロツキは叩きのめされ地面に横たわった。

 それを見ていたドムラルとダルス武官が逃げ出そうとする。

 エイタはフィストガンを抜き、二度引金を引いた。逃げ出そうとした二人は見えない手のパンチを受け、大地にキスするように倒れた。エイタはゆっくりと歩いて二人に近付き。

「こんなもんで済むと思っていないよな」

 エイタは二人をおもいっきりボコボコにした。人相が判らないほど顔を腫らした二人がボロクズのように地面に倒れ伏す。


「エイタ殿、そこまでです」

 エイタは飛び退り、フィストガンを構えた。声を掛けたのは二人の警邏兵だった。

「こいつら卑怯にも闇討ちしたんだぞ」

「判っています。こういう事が起きないよう、隊長が我ら二人を護衛として付けられたんですが、エイタ殿には必要なかったようですね」

 警邏兵二人はゴロツキとドムラルとダルス武官を捕らえ引き上げて行った。


 二人を殴った事で、エイタの中に有った復讐心は幾分かスッキリした。

 工房に戻ったエイタをモモカが待っていた。

「お帰りなさい」

「ご飯は食べたのかい?」

「うん、お兄ちゃんの分はちゃんと残してあるよ」

 モモカがパンとスープが入った鍋を持って来た。それを見たエイタは自分が空腹なのに初めて気付いた。スープを温め直しパンと一緒にガッガッと食べる。


 ヴィグマン邸の母屋に戻ったエイタはモモカを寝かせ、アリサを探して警邏隊本部での出来事を話した。

「クレメンテス工房と言えばユ・ドクトでも三本の指に入る有名工房よ。そんな工房がエイタさんに依頼するような部品ね。よっぽど製造が難しいものだったの?」

「複雑なものだったけど、オイラ好みの設計じゃないんで興味はない」

「相変わらずね。好みの問題じゃなく、それが軍用傀儡の部品かどうかでしょ。もし軍関係のものなら問題になるわよ」

「問題になるのはクレメンテス工房だろ。オイラは何も聞いていないんだから」

 エイタの言い分が聞き入れられればいいんだがとアリサは思った。


 翌日、モモカを工房に残し警邏隊本部へ行った。エイタが案内された場所は大き目の会議室で、大きなテーブルと素朴な椅子が数多く並んでいた。エイタがその一つに座ると昨晩の続きが始まった。

 集まったメンバーは増えていた。次期主力軍用傀儡開発チームの責任者の一人であるマルオス学院長と調査局高等管理官ベスル、それにクレメンテス工房のヒュマニスである。

 そして、ドムラルとダルス武官は身体の至る所に青痣を作り、椅子に縛られていた。


 集まった人物の中で、一人だけ様子がおかしい者が居た。ユジマス隊長は、その人物に視線を向け口火を切った。

「ヒュマニスさん、あんたはエイタの工房で部品の製作を依頼しているそうだな?」

 皆の視線が集まった人物の額に汗が浮かび上がる。その眼が挙動不審と判る動きをしている。


 その様子を見たマルオス学院長は嫌な予感を覚え。

「まさか、開発中の軍用傀儡の部品じゃないだろうな」

「ち、違う。工房で開発している新しい自動傀儡のものだ」

 必死で否定するヒュマニスを見て、マルオス学院長は舌打ちする。この男は嘘を付いていると確信した。

 それに気付いたのはマルオス学院長だけではなかった。ユジマス隊長がヒュマニスを睨み付け怒鳴るように言う。

「貴様、嘘を付いてるな。調べれば判るんだぞ」

 ハッタリだった。調べる為には開発中の軍用傀儡の設計図をエイタに見せ確認させるしかない。それは軍部が許すとは思えなかった。


 だが、そのハッタリをヒュマニスは信じてしまった。

 ヒュマニスの身体が震えだし、顔色が真っ青になった。

「も、申し訳ありません。で、でも、私はオベル工廠長の依頼に応えようとしただけなんだ」

 全てを白状したヒュマニスは調査局高等管理官ベスルの部下に連行されて行った。

 浅墓としか言いようのないヒュマニスの行いに、マルオス学院長はガックリと力が抜ける思いを味わった。


「さて、マルオス学院長。軍事機密を見てしまったエイタをどうしたら良いでしょうな?」

 ベスルが尋ねた。それにマルオス学院長が答え。

「彼を処罰するのは簡単だが、その才能は惜しい」

 エイタは不安そうな顔をして。

「オイラって罪になるんですか?」

「君の責任ではないのだが、軍事機密を見たのは拙い。しかも君は我が国の国民じゃない」


 それを聞いたドムラルとダルス武官は、縛られた身体を捻り視線をエイタに向け。

「そうだ。そんな奴は死刑にしてしまえ」

 ダルス武官の声に、ユジマス隊長は何か違和感を覚えた。これほど必死にエイタを消そうとする理由が判らない。そう感じてエイタに尋ねた。

「軍用傀儡の盗難事件の時、お前は誰に命令されて軍用傀儡の整備をしたんだ?」

「兄弟子に命じられたんですよ」

「違う、違う。私はそんな命令は出していない。奴が勝手に整備を始めたんだ」

 ユジマス隊長は溜息を吐いた。何故、ドムラルの言い分が大使館で信じられた? 


「信じられねえな。その日はパーティだったんだろ。エイタだって出席して楽しみたかったはずだ」

「……いや、奴は機械をいじるのが好きなんだ。パーティの食事よりも」

「おかしいな。軍用傀儡を機能停止にする権限をエイタは持っていたのか? ただの傀儡工助手だったんだろ」

「そ、それは……」

 答えられなくなったドムラルは白状したも同然である。


 ユジマス隊長は視線をダルス武官へ向けながら。

「ドムラル、正直に言え。軍用傀儡の整備を命じたのはお前だな」

 ドムラルが「違う」と言おうとして、ユジマス隊長の殺気にも似た強烈なプレッシャーを浴び。

「クッ、俺だって命じられて……」

 その言葉にユジマス隊長が反応した。

「何? 誰に命じられたんだ?」

「大使の指示書が届いたんだ。パーティの次の日までに整備を完了させろと……だけど、大使はそんな指示書は出しておらんと」


 ベスルが渋い声で尋ねた。

「その指示書は誰が持って来たんだ?」

「俺が居ない時に机に置いてあったんだ」

「アッ」

 それを聞いて、エイタが驚きの声を上げた。兄弟子の机の上に指示書を置いたのはエイタだった。何が書かれていたのかは知らなかったが、武官の一人から受け取り机の上に置いたのだ。

「どうした」


「その指示書はオイラが置いたんだ。持って来たのは、その武官だ」

 エイタはダルス武官を指差した。大使は指示書を出していないと言う。それなのに指示書はドムラルの手に渡った。誰かが大使の名を騙り偽の指示書を出したに違いない。

「なるほどな。エイタを消したかったのは偽の指示書を作ったのが自分だと知られたくなかったからか」

 ユジマス隊長の言葉を聞いて、ダルス武官の顔が先程のヒュマニスのように青褪めた。盗難事件に手を貸していたのはダルス武官だったのだ。

 ダルス武官とドムラルも取調調書を作成する為に連行されていった。


 その後、取調調書と一緒にジッダ侯主連合国大使館に引き渡されたダルス武官とドムラルは、相応の処罰を受けた。ドムラルはムチ打ちの上、国外追放となり、ダルス武官はジッダ侯主連合国に護送され反逆罪で処刑された。



 ───ー話を戻す。

 残ったエイタは二人が連行されるのを緊張した様子で見送り、その姿が見えなくなると椅子にグタッと座り直す。そこにベスルが口を開いた。

「これで誤解も解け、君が冤罪だったと大使館の連中も知るだろう。故国に戻れるかもしれないぞ」

 エイタは首を振る。師匠も居ない国に帰ろうとは思わなかった。

「オイラはこの国で生きていくよ。軍事機密を知った罪で国外追放にならない限りね」

「その事だが、君は次期主力軍用傀儡の部品を製作して、失敗作だの駄作だのと言ったらしいね」

 次期主力軍用傀儡開発チームの責任者の一人であるマルオス学院長とって聞き捨てならない言葉だったらしい。当然だろう。エイタは今更否定しても無駄だと判断した。


「まあ、オイラの設計思想とは考え方が違うだけです。ただ量産は難しいんじゃないかな」

 量産性についてはマルオス学院長も危惧していた。次期主力軍用傀儡開発チームには何らかの劇薬が必要だと思っていた。そんな時、エイタと言う劇薬が現れた。

 この劇薬を開発チームに入れてみるか。マルオス学院長は決意した。それには国籍の問題を解決する必要があるが、ダルザック連盟総長に相談すれば何とかなる。


今回で迷宮探索編は終了です。

2016/5/23 誤字修正

2016/5/28 ユージス連盟総長をダルザック連盟総長に統一

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