scene:50 新装備の威力
試し撃ちを終えたフェルオルが、エイタに涼し気な視線を向けながら告げた。
「君も峡谷迷宮を攻略中だったね。苦労しているんだろ。パーティメンバーが幼女とメルミラじゃねえ……」
フェルオルの言葉に嫌な含みが有るように感じ、エイタは睨むようにフェルオルを見る。
「モモカとメルミラは優秀だよ」
エイタの言葉を聞いたフェルオルは憐れむような視線をエイタに向ける。フェルオルの頭の中では、エイタが力不足の仲間に足を引っ張られる憐れな男に設定されているようだ。
「無理するな。僕達のパーティに入れてあげよう」
……何だ、この男。自分のパーティに誘っているのなら、もっと言葉を選ぶべきじゃねえのか。そう思ったエイタはフェルオルの表情を観察する。
どうやら本気でエイタの事を仲間に恵まれず苦労している男だと思っているようだ。フェルオルは一度思い込むと固定観念が成立するようで、それを覆すのには苦労しそうである。
「結構だ。今のパーティメンバーで攻略してみせる」
誘いを断った所為だろうか、フェルオルがムッとした顔をする。
「無理だろ。メルミラは兎も角、こっちの女の子は幼すぎでしょ」
モモカの方に顔を向けてフェルオルが言う。真っ当な意見なのだが、何故かフェルオルに言われると反発したくなる。エイタが言い返す前に、モモカが声を上げた。
「あたしは魔物だって倒せるんだから」
モモカは睨み付けるようにフェルオルを見ているが、全然迫力はない。
「残念ですよ。君が僕のパーティに加わったら、峡谷迷宮なんか速攻で攻略してみせたのに」
自信有り気に言い放つフェルオルは、イケメンオーラを纏っていた。
エイタはこんな奴と一緒に居たら絶対に脇役になると正直思った。特に主役になろうとは思わないが、唯我独尊的な性格でパーティを率いられたらメンバーは堪らない。
それに何となく会話が噛み合っていないようで疲れる。
「フェルオルさんなら一人でも攻略出来ますよ。手助けになる強力な魔工兵器はうちで用意致しますから」
オラグがエイタをぎょろりと睨んでから言った。
「では、新しい剣も用意出来そうなのか?」
「もちろんです。こちらの傀儡工さんには負けない魔工兵器を作り上げて見せます」
エイタは魔工兵器造りを商売としてやっている訳ではないので張り合っても仕方ないのだが、何故か職人としての血が騒ぎ出来る限りの装備を整え、フェルオルより早く峡谷迷宮を攻略してやろうと言う気になった。
フェルオル達と別れ工房に戻った。改良点を加味し予備も含め二個のプラズマ投擲弾を完成させる。
「迷宮では予想しない強敵と遭遇する事も有るからな。この機会に暖めていたアイデアを元に装備を充実させよう」
その言葉通り、エイタは続々と装備を製作する。
まずは強化装甲鎧を参考にした防護鎧を作り上げた。この防護鎧の目的はリパルシブガンの反動を吸収する事にあるので、右手から肩にまでの部分や背中、胸部に人造筋肉を貼り付け反動を吸収させるようにした。
左手を空けたのは<召喚籠手>を装着する為である。装甲は魔物の革を魔剛鋼製の薄板で補強した物にした。本格的な強化装甲鎧には到底及ばないが、リパルシブガンの反動を吸収するだけなら充分なものに仕上がった。
防護鎧は片腕だけ有るハーフアーマーのような形状になっている。高性能の人造筋肉を仕込んでいるので厚みが有るが動きを阻害しないように計算された形状をしていた。
特徴的なのはリパルシブガンの銃床を当てる肩の部分である。そこはセンサーが取り付けられ強い力を感知すると加えられた衝撃を上半身全部に分散するように人造筋肉が動き、一部の力は防護鎧自体が吸収する。
試してみるとリパルシブガンの反動は防護鎧で対応可能なのが判った。
武装を強化したのはエイタだけではない。モモカ用にスパトラの改造も行った。足でも操作が可能とし、背中の内側にリパルシブガンを組み込む。
敵に遭遇した時、ボタン一つでスパトラの内部から操作台に載ったリパルシブガンがせり上がる。
リパルシブガンはショットボウとは異なりコンパクトな形状をしているので、スパトラの内部に収納可能だった。軍用ショットボウでは到底無理な事だ。リパルシブガンの反動は操作台とスパトラにより吸収されるので問題ではない。
後はモモカが練習しスパトラとリパルシブガンを同時に自由自在に操れるようになれば大きな戦力となる。
改造はそれだけではなく頭部に<索敵符>を組み込み魔物の位置を感知可能なように改造する。
次はメルミラである。ショットボウをプロミネンスクラブに変えた。プロミネンスメイスの柄を長柄に変え両手で扱うようにしたものだ。
予備の武器としてプラズマ投擲弾と召喚籠手もメルミラ用として製作した。
エイタがメルミラの装備を作り上げた頃、アイスがお願いするように擦り寄り鳴き声を上げた。どうやらアイスも新しい武器が欲しいようだ。
アイスの爪を魔剛鋼製の物に変え、手の内部に『雷衝撃』を刻印した魔導符を組み込む。構造的な改造はそこまでで、後は動思考論理を修正し鋭敏な聴音センサーを使って索敵システムを組み上げる。
その翌日から、峡谷迷宮の本格的攻略が始まった。今までも本気で攻略していたのだが、どうしても職人としての仕事が入れば、そちらを優先していた。
迷宮内で野営する準備もして迷宮に入った。準備と言っても三日分の食料と雨用の防水帆布、小さな毛布等を買い揃えただけである。
迷宮に入ったエイタ達は順調に峡谷迷宮の三つの小山がある場所まで進んだ。途中で遭遇した魔物は、メルミラがプロミネンスクラブ、エイタが修行を始めたばかりの短杖術を使って駆逐した。
メルミラは長柄の武器を操る才能を持っていたようだ。器用にプロミネンスクラブを駆使して魔物を倒している。
エイタの得物はプロミネンスメイスである。マウスヘッド程度なら何の機能も使わずに仕留められる。オークだと武器モードを【雷撃】にして短杖術で攻め立てれば倒せるようになっていた。
エイタ達は三つの小山が在る区画を抜け、先へと進む。
三つの小山を抜けた先には草原が広がっていた。起伏の有る草原で所々に低木が集まった藪が存在する。
その草原はブルーディアの群れが支配していた。青い毛並みをした巨大な鹿で、頭には凶悪な角が生え、尻尾は蜥蜴のような鱗に覆われている。
ブルーディアは馬並みに大きな体格であり、しかも毛皮は高級な革鎧に使われるほど頑丈である。この魔物はテリトリー意識が強く草原に入る侵入者を許さない。一匹でも手強い魔物が群れで存在している様子は圧巻だ。
エイタ達は草原の端にある茂みに潜み、ブルーディアの群れを観察していた。
「どうします?」
メルミラがエイタに尋ねた。正面突破は幾らなんでも無茶だと思ったようだ。
「蹴散らすしかないでしょ」
エイタはリパルシブガンを取り出し弾倉を確認し、モモカはニコッと笑いスパトラに組み込まれた新しいボタンを押す。スパトラの背中がパカッと開きリパルシブガンがせり上がって来た。
訓練不足のモモカでは、スパトラを走らせながら射撃するのは難しいが、止まったまま魔物を狙い撃つのは可能だった。
「メルミラはモモカの横で警護しろ」
「お兄ちゃん、準備完了だよ」
モモカの言葉でエイタはリパルシブガンの引金を引いた。リパルシブガンの威力は【4】にしてある。
強力な反動が発生し銃床が防護鎧の肩を叩く。それに反応した防護鎧の人造筋肉が作用し力を分散させる。
一番近くに居たブルーディアが頭に専用弾を受けた。頭蓋骨を貫通した専用弾は変形しており、内部の脳に強力な衝撃を与えズタズタにした。ブルーディアは鳴き声一つ上げる暇もなく絶命する。
「よし、いけそうだ」
モモカもスパトラに搭載したリパルシブガンの発射ボタンを押した。反動はスパトラが吸収するので、問題なくブルーディアに命中する。
胸に専用弾を受けたブルーディアは血を吐きながらも甲高い悲鳴を上げ仲間に危険を知らせる。
普通の鹿であれば全力で逃げ出す処であるが、この魔物の群れは集団で襲って来た。十数匹の馬並みに巨大な鹿が一斉に襲って来る光景は恐怖である。
エイタはリパルシブガンを連射した。頭か心臓に命中しないかぎり一発で仕留める事は出来なかった。それでも専用弾はブルーディアの足を止めさせだけの威力を持っていた。
二丁のリパルシブガンが交互に連射され、ブルーディアを一匹ずつ脱楽させていく。七匹目が悲鳴を上げた時、ブルーディアの群れが停止した。最後に命中したブルーディアが群れのボスだったようだ。
ボスが退却の鳴き声を発すとブルーディアの群れは逃げて行った。
残っているのは即死した三頭の死骸だけである。
「ふうっ、怖くて心臓がバクバクでした」
メルミラが正直な声を上げた。エイタでも背中に冷や汗をかく程の迫力が有ったのだ無理もない。
モモカだけはいい仕事したと言うような顔をしている。モモカの後ろで『ヘカ、ヘカ』と応援していたアイスが倒れているブルーディアにトコトコと歩み寄り、片足をブルーディアの上に乗せ『ヘケッ、ヘカー』と勝利の雄叫びを上げる
「アイスは何もしてないよね」
エイタが突っ込むと、アイスは『ヘキョ』と声を上げ首を横に振る。どうやら自分も活躍したかったと言いたいらしい。分かり難い自己アピールだったようだ。
スパトラから降りたモモカがアイスを抱き上げた。エイタとメルミラはブルーディアから毛皮と角、マナ珠を剥ぎ取り、最後に美味しそうな部位の肉を切り取った。
少し休憩してから、迷宮の奥へ向け出発する。
草原の奥へと進む間にリザードマンと遭遇した。活躍したいという願いを聞き入れ、アイスに任せた。
新しくなった爪をジャキッと伸ばしたアイスは、石の斧を持ったリザードマンに走り寄る。リザードマンはアイスを見て侮ったようだ。余り気にする様子もなくエイタ達の方へ歩を進める。
いきなり飛び上がったアイスがリザードマンの胸に爪を突き立てた。
「グギャッ!」
リザードマンは突然の痛みに叫び声を上げ、反射的に上半身を揺すりアイスの爪を引き剥がす。怒気を発したリザードマンが斧をアイスに振り下ろした。アイスは華麗に躱し、背中側に回り込んで飛び上がりリザードマンの背中に爪を突き立て雷撃を流し込んだ。
その雷撃はリザードマンの心臓を焼き絶命させた。
アイスはリザードマンの上でクルリと回り片手を天に突き上げた。
モモカがパチパチと拍手する。
「アイス、すごーい」
アイスは調子に乗って腰をくねらせ変な踊りを舞い始めた。たぶんモモカが教えたのだろう。
その後、ノリノリのアイスが何匹かのリザードマンを仕留めた他は何もなく攻略は進んだ。
そして、もう少しで草原が途切れるという場所で草原のボスによる待ち伏せに遭った。その魔物は紅い毛並みで体長二マトル《メートル》、鋭い爪と牙を持ち尋常でない覇気を纏っていた。
待ち伏せていたのはストームウルフ。エイタ達に気付いた魔物は大気を制御し体の周囲に強烈な竜巻を発生させ彼らに襲い掛かった。
ストームウルフが纏っている竜巻に巻き込まれたエイタ達はバラバラに吹き飛ばされた。吹き飛ばされなかったのは重量のあるスパトラだけである。
エイタは草原を転がり立ち上がった。素早く背負っていたリパルシブガンを取り出しストームウルフに狙いを付ける。竜巻に草の切れ端やゴミが巻き上げられ、ストームウルフの姿が半ば隠れていた。
リパルシブガンの引金が引かれ専用弾が竜巻に向け飛翔する。竜巻に接触した専用弾は猛烈な力で軌道を捻じ曲げられストームウルフから逸れて行く。
「クッ、外した。いや、軌道が逸れた」
エイタは周囲を見回しモモカとメルミラの様子を確認する。メルミラは左の方で起き上がり、こちらの方を見ている。モモカはスパトラの方へ走っていた。
リパルシブガンの威力を最大にし竜巻の力で流される距離を計算して発射した。計算したと言っても感で狙いを付けたのだが、専用弾はストームウルフの肩に命中した。
竜巻が消えた。その時、スパトラに戻ったモモカがリパルシブガンを撃つ。専用弾はストームウルフの胴体に命中し大きなダメージを与えた。
止めはメルミラのプラズマ投擲弾だった。魔力を込めたプラズマ投擲弾がヒョイと投げられ、ストームウルフを目指して飛ぶ。プラズマが発生し輝き始めた飛翔体は加速しストームウルフの胸に命中し大きな穴を開け息の根を止めた。
「やったな。モモカ、メルミラ」
エイタが褒めるとスパトラの上で小さく可愛い手でガッツポーズを取る。
ストームウルフからは魔法水晶と毛皮、マナ珠が回収された。この魔物はアサルトウルフより上位にランクされる魔物で、マナ珠も高額で買い取られる。
本当なら六人パーティの探索者達が苦労して仕留める獲物なのだ。如何にエイタが用意した装備が特出しているかが判る。
三人は草原の端で他の探索者が野営した跡を見付け、そこで野営する事にした。ブルーディアの肉を使って夕食を作る。スパトラには探索者の必需品である加熱フライパンが収納されており、それを取り出し地面に置いて柄を握りながら魔力を流し込む。フライパンには『加熱』の魔導紋様が刻印されており、その効果で熱せられていく。
ブルーディアの肉を切り分け、油を引いてからフライパンに入れる。味付けは塩だけだが、ブルーディアの肉は高級食材で素晴らしく美味いと聞いている。
程なく焼き上がり試食する。口の中で肉の旨味が広がり味覚を刺激する。
「美味い……」
エイタの一言でモモカとメルミラもナイフで切り分け食べる。その美味さに驚き、奪い合うようにして食べ始めた。
「こんなに美味しいなら、もっとたくさん取ってくれば良かったね」
モモカの意見にメルミラとエイタも同意した。
食事が終わった頃には暗くなっていた。瘴気が存在するので完全に暗くなる事はないが、それでも太陽が空にある時よりは暗い。
久し振りの迷宮で疲れたのか。モモカとメルミラは毛布に包まって寝てしまった。エイタもスパトラとアイスの索敵システムを起動させ眠った。
普通の探索者なら交代で見張りに立つのだが、アイスの聴覚センサーとスパトラに新しく組み込んだ<索敵符>を使って構築した索敵システムは、見張りの代わりとなる。
何事も無く夜が明け峡谷迷宮に朝が来た。その日は草原を調べ回りリザードマンを何匹か仕留めたが余り収穫はなかった。
また、草原の端で一泊し翌日には帰途に着いた。帰り掛けにシャラザ通路の鎧イモリの巣で妙剛鉱を採掘する。
迷宮を出た頃には三人共へとへとになっていた。初めて泊まり掛けで迷宮に潜ったのだから仕方ない。
迷宮で手に入れた毛皮や角、マナ珠を探索者ギルドで買い取って貰った。
「全部で金貨二十六枚と銀貨九枚になります」
ギルド職員から金を受け取ったエイタは、メルミラに一割を渡す。メルミラは渡された金貨と銀貨十数枚を見て喜びが湧き上がるのを感じた。
その夜、家に帰ったメルミラがエイタに貰った金貨と銀貨を家族に見せると眼を丸くして驚いた。
「危ない事をしているんじゃないのかい?」
母親に心配された。メルミラは「大丈夫だ」と返事をする。妹のキルアは金貨と銀貨を見て。
「エイタさんは凄いんだね」
メルミラ達家族がスラムから出る日は近いようだ。
2016/7/5 誤字脱字修正