表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/80

scene:5 ウィップツリーと双角小豚

 今日も同じ場所へ行く事にした。広場で水筒を洗い水を汲む。あの小空間へ到着した時、争う気配がした。

「ウワッ……イタッ」

 エイタと同じ歳位の青年がバーサクラットと戦っていた。

 バーサクラットが青年の身体に駆け上り首筋に噛み付いた。首筋から大量の血が吹き出す。


「助太刀する!」

 エイタが飛び出してツルハシを振り回す。不意を突かれたバーサクラットの一匹が胸に穴を開けられ死んだ。もう一匹は執拗に青年の首筋に攻撃を加えていた。

 もう一度ツルハシが振るわれバーサクラットの背中に突き刺さった。


「おい、しっかりしろ」

 エイタが地面に倒れている青年を抱き起こす。だが、青年の身体はグッタリしており手遅れなのが判った。腕から力が抜け青年の身体が地面にドサリと落ちた。

「なんだよこれ。人間て、こんなに簡単に死んじまうもんなのかよ」

 エイタは少なくない衝撃を心に感じていた。そして、衝撃は恐怖に変わる。一歩間違えば魔物と戦う者は死ぬかもしれない。他の採掘下人が魔物と戦うのを避けるのは当然なのだ。


 どの位だろうか。ただボーッと死体を見ているとそれがフッと消えた。

「エッ」

 迷宮に呑まれたのだ。探索者ユジムから、迷宮で死んだ生き物は迷宮に呑み込まれると聞いていた。バーサクラットの死骸も消えていた。

「アッ、しまった。マナ珠を回収してない」

 地面に残っているのは、青年が着ていた服と麻袋だけだった。不思議な事にツルハシも消えていた。

 麻袋に服を入れ採掘場所へ向かった。


 今日も黄煌晶を採掘出来たが、採れたのは計量枡三杯分。最初の日の半分だ。連続して採掘するのは無理なのだろう。他の採掘場所を探さなければ。


 それから数日は他の採掘場所を探して迷宮内の東側を調べて回った。ほとんどの採掘場所には先客が居て追っ払われた。だが、二箇所だけ先客の居ない採掘場所が有り、その中の一箇所は実際に採掘して黄煌晶を得た。

 残りのもう一箇所には双角小豚が居た。採掘場所の前に小空間が有り一匹の双角小豚が待ち受けていた。中型犬ほどの大きさで頭に牛のような角を持つ豚だった。


「爺さんは出会でくわしたら逃げろと言ってたからな。ツルハシで仕留めるのは難しいんだろうな」


 エイタは双角小豚に発見される前に逃げ出した。


 双角小豚が居る小空間を中心に、その周辺を調べる事にした。そして、もう一つの小空間を発見した。中に居たのはウィップツリーである。

 エイタより頭二つほど高い場所で幹を切られ、土から根ごと掘り出した樹木が鞭のような蔓を振り回しながら歩いて来る。幹の太さはエイタの太腿ほどもあった。歩く速度は遅いが、大人が早足で歩く程度の速度が出るので油断は禁物だ。


 小空間の入り口から顔だけちょっと出して中を覗く。紫色の草と細い灌木が生えている空間を、ウィップツリーが彷徨っている。怪しげな男達が棍棒を持っていたが、ここの灌木を加工して作ったのかもしれない。

「ウッ、しくじった」

 小空間をグルグル回っていたウィップツリーが、こちらに近付いて来た。エイタは即座に逃げ出し、来た道を引き返す。ウィップツリーはしつこく追い駆けて来た。


 その時、エイタの頭に一つの作戦が閃いた。

 エイタはウィップツリーを誘導し始めた。幾つかの分岐点を目印を頼りに戻り、あの双角小豚が居る小空間へと向かう。半刻《一時間》ほどで目的の場所までウィップツリーを誘導した。

 小空間へと飛び込み双角小豚を確認する。双角小豚がエイタに気付き甲高い鳴き声を上げた。双角小豚はエイタを睨みながら突撃するタイミングを計る。


 そこにウィップツリーが歩み出て来た。ウィップツリーが双角小豚とエイタの中間点に来るように誘導した。狙い通り、双角小豚はエイタでなくウィップツリーへ突撃した。

 エイタは急いで逃げ出しウィップツリーが居た小空間に戻る。小空間の奥には採掘場所へと通じる通路が有った。そこを進むと剥き出しの地層を発見した。


 その地層にツルハシを打ち込むとお馴染みの黄煌晶の他に、緑煌晶が顔を覗かせた。エイタは急いで採掘した。黄煌晶は計量枡に六杯分、緑煌晶は計量枡一杯分を手に入れた。

 緑煌晶は淡い緑色の光を放つ綺麗な結晶で、大きさは黄煌晶と同じ小指に爪程度、何か力を秘めているような感じのする輝きが認められる。


 採掘場所から出て小空間に戻ると中を調査する。不思議な事に、最初見付けた小空間と同じように銅板が見付かり、三つの穴に指を入れると見知らぬ魔導紋様が浮かび上がった。

 銅板の下部を確かめると『組成変性』と書かれていた。説明を見ると複数の金属を混ぜ合わせ、合金が作製出来る魔導紋様らしい。


 エイタは自分の特技を使って魔導紋様を記憶する。……凄い、ここは魔導刻印術に関係する場所なのか。もしかして魔導工芸技師の養成所のような施設だったのが迷宮化したのだろうか。

 職人としての血がうずきだした。

「危険を犯しても、この迷宮に隠されている全ての魔導紋様を手に入れてやる」

 心の底から湧き上がる欲望に、エイタは抗うすべを知らなかった。


小空間を出ようとした時、運悪くウィップツリーが戻って来る。


 ウィップツリーは双角小豚と争いボロボロの状態だった。ウィップツリーの弱点である三本の太い根(主根)の中の二本が双角小豚に齧り取られていた。

 動きもヨロヨロしており、今にも倒れそうだ。運が悪いと思ったがチャンスである。

 エイタは走り寄ってウィップツリーの幹を蹴った。ウィップツリーが横倒しとなり起き上がろうと藻掻く。エイタはツルハシを振り上げ、最後に残った主根目掛けて振り下ろす。

 ザクッと音がして主根の半分ほどが千切れる。ウィップツリーが暴れた拍子に振り回した鞭がエイタの背中に当たった。


 バチッ……涙が出るほど痛い。エイタは痛みを無視し、二度、三度と振り下ろし続け、ウィップツリーに止めを刺した。


 ウィップツリーが死んだ瞬間、魔物の魂に溜め込まれていた顕在値がエイタの魂に吸収される。全身の細胞が熱に包まれ沸き立つような感覚に支配された。どうやら顕在値レベルが上がったらしい。


「フウッ……マナ珠の回収は忘れずに」


 ウィップツリーの天頂部分にマナ珠が析出していた。人間の瞳の大きさ位で赤い色をした五等級のマナ珠だった。五等級のマナ珠は店で売ると銀貨一枚(一〇〇ゴル)ほどで買い取られる。


 因みに、この世界の金銭価値は次の様になっている。


 ・鉄銭………一ゴル(屋台の串焼き肉一本に相当)

 ・銅貨………一〇ゴル(安食堂の一食代金に相当)

 ・銀貨………一〇〇ゴル(低級宿屋の一泊代金に相当)

 ・大銀貨……五〇〇ゴル(庶民層一ヶ月分の食費に相当)

 ・金貨………二〇〇〇ゴル(平均的職人一ヶ月分の収入に相当)


「金のないオイラには貴重な収入源だ。失くさんよう仕舞っとこ」

 独り言が多くなった気がする。迷宮で一人だと孤独感が募り、つい言葉を口にしてしまう。


 ウィップツリーの死体……いや、丸太を部屋に持って帰ろうと考えた。肩に担ぎ上げるとずっしりと重い。

 歩き出そうとしてツルハシと麻袋を忘れているのに気付いた。

「丸太は諦めるしかないか……だけど、次に倒せるかどうか分からしなぁ」

 ウィップツリーの鞭を石ナイフで切り取り、ツルハシと麻袋を背中に括り付けた。改めて丸太を肩に担ぎ上げる。自分の部屋まで帰った時には、死ぬほど疲れた。


 すぐに夕方となり、ジェルドが現れた。

「おい、魔煌晶を出せ」

 エイタが計量枡三杯分の黄煌晶を渡す。その代わりパンとスープを受け取る。いい加減飽きて来ていた。

 ジェルドが部屋に置かれている丸太に気付いた。

「あの丸太はどうしたんだ?」

「迷宮で拾ったんだ。ウィップツリーの死体だよ」

「そんなもの持って来てどうすんだ?」

「ここにはテーブルとか椅子とか何もないだろ。作ろうと思ってるんだ」

「作る?……道具が無いだろ」

「ドラウスさんが、魔煌晶をたくさん手に入れた時は、欲しい物が有れば持って来ると言った。ノコギリが欲しいんだ。どれ位魔煌晶を揃えたら持って来てくれる?」

「ハッ……食い物より大工道具かよ。まあいい、緑煌晶を今日と同じ分量だけ持ってくれば、ノコギリを用意してやる」

 それを聞いたエイタは驚いた。

「エッ……唯のノコギリなんだぞ。名工が作ったノコギリを頼んでいる訳じゃない」


 傀儡工であるエイタは、魔煌晶の価値を知っていた。黄煌晶が計量枡三杯分だと銀貨一枚はするだろう。それが緑煌晶なら大銀貨一枚分の価値が有った。

 大銀貨一枚、庶民層一ヶ月分の食費に相当する。ノコギリ一本の値段としては馬鹿げたものだ。エイタが抗議したのも当然だった。


「ふん、わざわざ街まで買いに行くんだ。嫌ならいいんだぞ」

 エイタは悔しそうに顔を歪め。

「判った。それとたくさんの魔煌晶を持ってくれば武器も用意してくれるのか?」

「駄目だ。ここのルールで武器は与えられない」

 ジェルドの眼が怖いものに変わり、エイタを探るように見た。

「でも、棍棒を持っている奴が居たぞ」

 エイタを探るように見ていた眼が元に戻り、ジェルドは馬鹿にするような笑いを浮かべる。

「そいつは迷宮に有ったものを利用して作ったんだろ。俺達が用意した物じゃない」

「仕方ない、オイラも作るか」

 それを聞いたジェルドは、薄笑いを浮かべたまま去って行った。


 隠し持っている魔煌晶は、黄煌晶二日分、緑煌晶は計量枡一杯分だ。ノコギリを手に入れるには、今日のような戦いを後二回しなければならない。

「武器が欲しい……棍棒なんてちゃちなもんじゃなく、ちゃんと刃の付いたものが」

 ……武器はすぐには手に入れられそうにない。後で考えるとしよう。そう言えば、そろそろ検査のある頃だ。魔煌晶や刻印呪液を隠す場所を用意しなきゃな。


 エイタがここに来て数日後、採掘から帰ると小部屋に誰かが入った形跡が有った。寝心地が良いように並べた藁束の配置が変わっていたのだ。

 オルダ爺さんから商人の使用人が部屋を調べると聞いていたので、それが今日だったのかと苦い思いをしたのを覚えている。


「部屋の中はジェルドが調べる様だし、外には怪しげな男達が居る。何処に隠したらいい」

 夕陽の赤く染まった光が天窓から差し込んでいるのが目に入った。エイタは丸太を天窓の下の壁に立て掛け、その上に登った。天窓から外を見ると近くに樹の枝が見える。

 天窓は頭は通るが身体は通らない微妙な大きさだった。頭を突き出し天窓の外側を確かめてみる。ドアのある壁は垂直だが、天窓のある天井部分は斜めになっている。

 天窓の上には銅板で覆いがしてあった。その銅板は斜面に突き刺さった細い鉄柱で支えられており、雨が入り込まないようしている。


 天窓の横の部分が少しへこんでいて、そこに水が溜まっている。それに気付いたエイタは、その凹みに魔煌晶を隠せないかと考える。そこなら下から見えないので、ジェルドも気付かないだろう。

 但し、ちょっとした凹みなので大量には隠せない。今後のことを考えると別の隠し場所も必要だろう。

 隠し持っている魔煌晶と予備の骨ペンを死んだ青年の麻袋に入れ、そこに隠した。風で麻袋が飛ばないように、銅を抽出した後に残った岩を置いて固定する。


「これで大丈夫だ。さて、飯を食ってから魔導紋様を調べよう」

 エイタは薄暗い部屋の中で、味気ない食事を済ませ、ここに居る間日課となる魔導紋様の調査を始める。辞書もない場所でセグレム語で書かれた文章を翻訳し理解しようとするのは困難な作業だったが、諦める事なく続けた。


2015/12/28 五等級マナ珠の価格を修正

     ご指摘ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
【連載中】

新連載『崖っぷち貴族の生き残り戦略』 ←ここをクリック

『天の川銀河の屠龍戦艦』 ←ここをクリック
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ