scene:47 騎乗傀儡の可能性
高難度迷宮で活動する探索者は強化装甲鎧を所有している。逆に言えば高難度迷宮を探索するには強化装甲鎧が必要なのだ。
ただ強化装甲鎧は高度な技術の塊で、作製した職人も所有者も秘密にする傾向にある。つまりエイタが調べたくとも伝手がないと無理なのだ。
そこで思い出したのがヴィリス支部長の存在である。現役を引退したとは言え、元アデプト《達人》級の探索者だったので強化装甲鎧を所有しているはずだ。
支部長はエイタの顔を穴が空くほど見てから。
「強化装甲鎧の何が知りたいの?」
「まず見てみたいんだ」
エイタは師匠から強化装甲鎧の話だけは聞いていたのだが、実物は一度も見た事がなかった。支部長は見せるだけならと承知してくれた。
混沌とした支部長室から目当ての強化装甲鎧を探しだすのに少し手間取った。支部長が丈夫そうな革袋から強化装甲鎧を取り出しエイタの目の前に置いた。
強化装甲鎧の表面は魔物の革と虫型魔物の外殻で構成されていた。虫型魔物の外殻を使っているものは珍しいそうで普通は金属製の装甲が使われているらしい。
その構造は三層になっており、外殻と内皮の間に人造筋肉が張り巡らせてあるはずだ。強化装甲鎧の内皮には『圧力感知』の魔導紋様を使った圧力センサーが組み込まれており、装着者の筋肉の動きを感知し、その力を人造筋肉が数倍に高める。
強化装甲鎧の背中部分には魔力供給タンクと<魔力制御符>が組み込まれており、薄い鞄を背負っているように見える。下半身はガッシリとした作りをしていて上半身より厚い人造筋肉が入っているようだ。
「下半身は歩き難そうだな。これだとガニ股になるだろ」
股の内側の部分に太い人造筋肉が入っているようで厚くなっている。
「仕方ないんだ。内側の人造筋肉は重要だから」
支部長に許可を貰って強化装甲鎧を詳しく調査した。内皮の上から中に有る人造筋肉の位置を調べ様々な事が判った。
エイタはリパルシブガンの反動を処理する為に強化装甲鎧の技術を使うつもりだった。反動は肩の一点に力が加えられる。その力を上半身全体に分散させるような強化装甲鎧モドキを考えたのだ。
他にも幾つか方法を考えた。見えない手で反動を受け止められないか考えたが、試してみると精密な制御が必要で命中率に影響が出るのが判明した。また、油圧を利用し反動を緩和する装置も考えたが、油圧では連射時に対応出来ないのが判った。
調査が終わって工房に戻るとアリサが待っていた。
「あっ、お兄ちゃん」
アリサと一緒に遊んでいたモモカが可愛い声で出迎えてくれた。エイタはヴィグマン商会が営業中の時間に何故アリサがここに居るのか疑問に思った。
「何か有ったのか?」
「スケッチアイの売れ行きがいいのよ。製造数を増やしたいんだけどいい?」
「いいけど……オイラの許可なんか必要ないのに」
アリサが首を振り、姿勢を正した。
「駄目よ。あなたが開発したものなのよ。何か有った時、対応して貰うつもりなんだから」
画像の記憶と描画機能を別々にし、七回分の画像を記憶出来るようにした改良版スケッチアイを金貨六枚で販売するようになって人気が出た。
「何か問題が起きたのか?」
アリサは少しだけ言い淀んだが話し出す。
「ちょっと偽魂核の値段が上がっているのよ。原因は判らないけど」
エイタにも原因は判らなかった。ただスケッチアイの制御コアは予め二ヶ月分ほど蓄えが有るので当分は問題がなかった。
スケッチアイ増産の相談が終わり、皆でティータイムを楽しんでいた時、入口の方で声がした。
「エイタさんは居ますか?」
現れたのはチサリーキャットの下請けをしているウトラ工房の工房長であった。弟子の若い奴は毎日のようにエイタの工房に来るのだが、工房長自ら来るのは珍しい。
「何か有りましたか?」
エイタが尋ねると工房長が『鳳樹核』について話し始めた。エイタが使う鳳樹核はウトラ工房が一括して購入しエイタの工房へ届けて貰っている。そして偽魂核の材料になる鳳樹核の多くは国境に近い辺境から仕入れている。
ユ・ドクトで使われる鳳樹核の多くは南東にある小さな町コレクトールで栽培されているものである。ルクルス街道を使って運ばれて来るが、最近野盗が出没し輸送を妨害しているらしい。
その所為でユ・ドクトの在庫が減少し鳳樹核が手に入らなくなったようだ。アリサが言っていた偽魂核の高騰も、その影響だろう。
「野盗が問題なら警邏隊の仕事だろう」
エイタが言うとウトラ工房長が大きな溜息を吐いた。
「もちろん、警邏隊は動いてくれた……だが、逆に野盗に追い払われたらしい。奴ら軍用傀儡を持ってるんだ」
「何だって!」「そんな!」
エイタとアリサは驚く、それも無理はなかった。軍用傀儡は最も重要な国の軍事機密であり、外部に持ち出される事のないものだからだ。だが、エイタには思い当たる出来事が有った。
「その軍用傀儡だが、何処の国のものか判っているか?」
エイタが尋ねるとウトラ工房長が答えてくれた。
「判らない。判っているのは警邏隊の武器が通用しなかったと言う事だけ」
軍用傀儡の装甲は通常武器での攻撃を跳ね返すほど頑強になっているのが普通である。バリスタや攻城兵器なら別だが警邏隊の武器では刃が立たなかっただろう。
「もう軍隊が出るしかないな」
エイタが告げるとウトラ工房長はとんでもないと言うように否定した。
「警邏隊と軍は仲が悪いんだ。軍に助けを求めるのは最後の最後だよ」
そこまで聞いて、エイタは疑問に思う。
「何故ここに来たんだ?」
ウトラ工房長は言いにくそうに迷っていたが、意を決し。
「警邏隊のユジマス隊長を知っているだろ。あの人から伝言を頼まれたんだ。騎乗傀儡を作って欲しいそうだ」
エイタはオヤッと思った。てっきり軍用傀儡を倒す為の武器でも作ってくれと言われるのかと思ったのだ。
「一台でいいのか?」
「二台頼む。対軍用傀儡用の武器を運ぶのに使うそうだ」
詳しい事を聞くと警邏隊は次期主力軍用傀儡の遠距離武器として開発されたショットボウを用意したようだ。
軍用ショットボウは軍により改良され、当初のものより大型化していた。重さは人間が携帯可能な範囲を超え自動傀儡でないと扱えない重さになったが、威力は数倍になった。
隊長はダルザック連盟総長に特別に許可を貰い軍用ショットボウを手に入れたらしい。
翌日、スパトラに乗ったモモカと一緒に警邏隊の兵舎に行くと応接室に案内され、モモカと一緒に椅子に座った。少し待った後、隊長のユジマスが現れ話を聞いた。
「警邏隊の隊長さんだ」
モモカが声を上げるとユジマス隊長が愛想よく歓待してくれた。
「おう、済まねえな。態々来て貰って」
エイタは軽く挨拶をし用件を切り出した。
「騎乗傀儡を注文したいと聞いたのですが、どんなものが欲しいんです」
「それなんだが、野盗が持っている軍用傀儡の事は聞いただろ?」
「ええ、その軍用傀儡を倒す武器を運ぶ騎乗傀儡を欲しいと聞きました」
ユジマス隊長が右手で顎を弄りながら応える。
「贅沢を言うと騎乗傀儡に乗ったまま戦えるようにして欲しいんだ」
それを聞いたエイタは騎乗傀儡を使って軍用傀儡と戦うという斬新なアイデアに驚いた。今までにないアイデアだったからだ。
エイタ達は外に出て、兵舎の前に停めたスパトラに向かった。暇な警邏隊の男達がスパトラを囲んで珍しそうに眺めている。
隊長が近付くと部下達が道を開ける。
「こいつが騎乗傀儡か。座る所がが小さくねえか」
「これはモモカ用なんで、これで丁度いいんです」
ユジマス隊長が成る程と頷く。エイタがモモカにスパトラに乗って兵舎の周りを一周するように言う。モモカは慣れた様子でスパトラに飛び乗り、かなりの勢いで駆け始めた。
「いいね。速さはどれほどなんだ?」
「馬並みに走りますよ」
スパトラが兵舎を一周して戻って来た。
「これでいいの?」
モモカが小首を傾げて尋ねる。その姿は可愛かった。
「ありがとう。もう降りていいよ」
モモカがニコッと笑い、スキップするようにしてエイタの傍に来る。
その後、どうやって操縦するのか質問があり、速度を指定するスライドスイッチと小さな棒のような操縦桿で操縦すると説明するとスパトラの瘤にある操縦桿とスライドスイッチをユジマス隊長は観察した。
「こいつを足で操縦するように出来ねえか?」
不可能ではないとエイタは考えた。フットレバーや爪先の動きで操縦するシステムに改造する事は可能だった。
「おい、あれを持って来い」
ユジマス隊長が大声を上げる。部下の二人が大きなショットボウを持って来た。メルクが使っているショットボウの二倍を超える大きさになり大量の鉄で補強されている。
「こいつを載せる操作台を騎乗傀儡に組み込んでくれ」
エイタは受け取った軍用ショットボウがモモカの体重より重いのが判った。こんなものを抱えて戦うのは無理だ。警邏隊が騎乗傀儡に組み込もうと考えたのは理解出来る。
しかし、何故騎乗傀儡なのだろうか。傀儡馬や傀儡ロバでも可能だろう。
ユジマス隊長に尋ねてみると苦笑を浮かべ答えてくれた。
「初めは傀儡馬の工房に頼んでみた。とんでもない金額を請求された」
隊長は金額までは教えてくれなかったが目が飛び出るほどの金額だったらしい。
「そこで探索者ギルドの支部長から騎乗傀儡の話を聞いたんだ」
ジクラム教授に売ったマジトラは、世話になっているヴィリス支部長からの頼みだったので、材料費とちょっとした手間賃程度を加算し金貨三十二枚で売った。
その事を聞いて頼んで来たのだろう。
「装甲はどうする?」
エイタが確認するとユジマス隊長が渋い顔をして。
「装甲は諦めている。高くなるんだろ。その代わり速度を上げてくれ」
エイタとユジマス隊長は細かい仕様を決めた。隊長は素早い動きで野盗の攻撃を回避しながら軍用ショットボウで軍用傀儡を倒す戦術を考えているようだ。
兵舎を辞去したエイタとモモカは、人造筋肉とアルコールを買うと工房へ戻った。
エイタは早速頼まれた騎乗傀儡の設計に取り掛かった。基本構造はスパトラと同じだが胴体を少し大型化し軍用ショットボウを搭載する余裕を持たせた。
ユジマス隊長は装甲は無しでいいと言っていたが、戦闘になれば槍や弓矢で攻撃される場合もあるだろう。やはり安物の魔物の革と言う訳にもいかない。鋼鉄に少しだけ妙剛鉱を混ぜた合金を薄い板に加工し装甲としようと考えた。
ユジマス隊長がスピードを要求しているので薄い装甲になるにしても矢くらいは弾き返すだろう。
操縦システムは二重にしようと考えた。スパトラと同じ手動のものと足で操作するものだ。左足のフットレバーで速度を変え、右足の爪先で進行方向を操作するシステムにした。
軍用ショットボウの操作台は左右に一〇〇度、上下に三〇度程動くようにし正面だけでなく斜め横に居る敵も攻撃出来るように設計する。しかもショットボウの引き金と連動する発射ボタンを組み込み、操作台の向きを変える取っ手の上に有る発射ボタンを押すだけで弾丸が発射するようにした。
エイタは設計を終え、張り切って騎乗傀儡の製作に取り掛かった。その間にも野盗は隊商を襲い被害が出ていた。
被害者が出たと聞いたエイタは何かに取り憑かれたように作業を始めた。そんなエイタをモモカとメルミラが心配そうに見守る。数日後、エイタはかなり無理をし新式の騎乗傀儡を作り上げた。
メルミラに頼んで警邏隊まで走って貰い騎乗傀儡が完成したのを伝えさせた。
ユジマス隊長と数人の警邏兵が騎乗傀儡を取りに来た。工房に入った隊長は出来上がった騎乗傀儡を見て声を上げる。
「オオッ、凄えじゃねえか」
緑青色に塗装された新型騎乗傀儡は強そうに見えた。疲れた顔のエイタが操作方法を警邏隊に説明する。それからユジマス隊長ともう一人に試乗させ、裏庭を何周かさせた。
「今の所、問題ない。明日まで色々試してみて、問題が有れば改修して貰うって事でいいよな」
エイタは力なく頷き。
「承知した……オイラは寝る」
ユジマス隊長はニッと笑い。
「無理させちまったようだな。今日はゆっくり寝てくれ」
警邏隊の一行が居なくなるとエイタは工房のソファーの上に倒れ込むようにして横たわり寝てしまった。
モモカはソファーに横たわり熟睡しているエイタを見て。
「なんか悔しい。あたしがもっとお兄ちゃんのお手伝いが出来たら……」
泣きそうな顔をしているモモカを見て、メルミラも心を痛めた。本当なら自分がエイタさんの手伝いをしなければならないのだ。だが半人前である自分は何も出来なかった。
習い始めた魔力制御もやっと自分の中に有る魔力が感じられるようになったばかりである。
メルミラはモモカを後ろから抱き締め。
「モモちゃん、エイタさんはちょっと寝れば元気になりますよ」
「うん、あたし母屋に行って、カシアさんに美味しい夕食をお願いして来る」
そうモモカは言ってパタパタと駆けて行った。
新型騎乗傀儡は足による操縦システムに軽い障害が見付かったが、エイタが対応し使える状態となった。
ユジマス隊長と警邏兵は野盗退治に出発した。
2016/4/19 文章を修正追加