scene:45 魔物の魔法
フェルオル達はエイタとメルミラを自分達と同じ探索者としか見ていないようだ。あくまで護衛する対象はジクラム教授一人だと考えているらしい。
フェルオルは肩を竦めエイタに視線を向け、イケメンスマイルを浮かべ。
「悪いね。うちのお嬢様は疲れたようだ。君達も歩いているだけでは退屈だろ。少し戦ってはどうだい?」
声を掛けられたメルミラは少し緊張した様子でこくこくと頷いた。フェルオルの頼みを断れないようだ。
エイタは争う気にはなれなかったので、承諾し先頭に立った。
メルミラはショットボウ、エイタはリパルシブガンを取り出し警戒しながら砂地を進む。今回はワームに見付からずにシャラザ通路に入れた。
通路に入って間も無く鎧イモリに遭遇する。
「あいつにショットボウが通じるでしょうか?」
鎧イモリの皮が強靭なのを知っているメルミラは心配になって尋ねた。
「腹側だったら打ち抜けるかもしれんが、背中は無理だろ。オイラに任せろ」
エイタはリパルシブガンで鎧イモリの頭を狙い引き金を引いた。鎧イモリとの距離は四マトル《メートル》程有った。その距離を瞬時に飛び越えた専用弾は分厚い皮と頭蓋骨を貫通し小さな脳に致命的なダメージを与えた。
フェルオルはエイタがどんな戦い方をするか興味があった。それでエイタに護衛を代わって貰ったのだ。初めはメイスで戦うのかと思ったが、変な道具を出したのを見て魔工兵器遣いだと判った。
剣術使いは鎧イモリを仕留めるのに苦労する。普通の剣による斬撃は鎧イモリの皮により弾き返されるからだ。フェルオル達が鎧イモリを倒す場合、フェルオルとエネモネが牽制している間にヴェスターナの戦槌で頭蓋骨を叩き割る戦法を取る。
三人掛かリで倒す相手なのに、エイタは奇妙な武器で瞬殺してしまった。フェルオルはエイタの持つ魔工兵器に当然興味を持った。
「その武器は自分で作ったのかい?」
エイタは「そうだ」と答える。フェルオルはリパルシブガンについて詳しく知りたがったが、エイタは拒否した。リパルシブガンはエイタが苦労して作り上げた武器だ。他人に教えるつもりはなかった。
拒否されたフェルオルはムッとした表情を浮かべる。他人から拒否された事など殆ど無いのだろう。
シャラザ通路を通り抜ける間に、エイタは三匹の鎧イモリを倒した。通路から地上に出ると太陽が真上に昇っていた。
「教授、洞窟が有る山はどれなんです?」
エイタが尋ねると教授は一番奥に有る山を指差した。あの山はオークの群れが居ると聞いている。一匹二匹なら問題ないが、オークが集団で襲って来るのなら戦い方を考えなければならない。
「オークに見付からずに洞窟へ潜り込む必要がある」
フェルオルが右手で長い髪をかき上げ落ち着いた声で皆に告げた。ちょっとした仕草でもイケメンは様になる。ヴェスターナとエネモネが蕩けたような顔をしてフェルオルを見ている。
一つ目の山裾を通り二つ目の山に差し掛かった時、エイタの知らない魔物と遭遇した。
体長二マトル《メートル》ほどの山犬型の魔物でクラウンウルフと呼ばれている。赤い毛皮を纏い頭に冠のような逆立つ毛が有るのが特徴である。
「こいつは僕に任してくれ」
フェルオルが突然言い出した。エイタが鎧イモリを瞬殺するのを見て対抗心を燃やしたようだ。クラウンウルフは鎧イモリと同じ程度の脅威だとランク付けされている魔物である。
その鋼鉄で作られているかのような牙は革鎧など一噛みで引き裂き、鋭い爪は柔い人の皮膚など簡単に切り裂いてしまうだろう。
フェルオルは今まで使っていた剣ではなく、予備の剣だと思われる背中に背負った剣を抜いた。それは雷撃を帯びた雷撃剣だった。今まで予備の剣で戦っていたようだ。
クラウンウルフの前に出たフェルオルは戦いを始めた。気の弱い相手なら心臓が凍りつくほど迫力のある唸り声を発したクラウンウルフは、フェルオルに飛び掛かると前足で彼を捕えようとする。
フェルオルは横にステップして躱し、魔物の前足に雷撃剣を送り込む。剣先が前足を掠め雷撃がクラウンウルフの体内に流れ込む。
「ギャウ」
驚きの籠もった叫びを上げたクラウンウルフは飛び跳ねるように後退する。フェルオルを睨みながら前足の傷口を舐め、その眼に怒りを浮かべている。
雷撃剣が剣風凄まじく縦横に宙を舞う。フェルオルの剣術はノカディール武術学園の武術教師メリウス・ケルドールから学んだ剣術で、スピード重視の高速剣である。
フェルオルの剣にはクラウンウルフを一撃で仕留めるほどの威力はないが、素早い剣でダメージを重ね倒すつもりのようだ。それに加え雷撃剣は一撃が入る度に追加ダメージを与え魔物を弱らせている。
魔物の攻撃を鮮やかな動きで躱し的確な斬撃を放つ技量はエイタが持っていないものだった。
雷撃によるダメージは確実に魔物を弱らせた。身体の動きが鈍くなったクラウンウルフが最後の力を振り絞りフェルオルに飛び掛かった。その牙を潜って避けたフェルオルは首に雷撃剣を叩き込む。
大量の血が吹き出し魔物の巨体が地面に倒れた。戦いの最中、フェルオルは一度足りとも隙を見せず、危なげなく手強い魔物を倒した。
「お見事」エイタは賞賛の言葉を口にする。フェルオルの戦いを見ていたエイタは、本格的に武術を学んだ者が身に付けた技に感心した。この時初めて、ヴィリス支部長が約束した短杖術の技術を本気で学んでみようと決心する。
手早くクラウンウルフの毛皮と牙、それにマナ珠を剥ぎ取ったフェルオル達は満足そうに笑ってから進み始めた。三つ目の山裾に到着した一行は、洞窟を探し周囲を回り始めた。但しオーク達に見付からないよう用心しながらである。
山裾を三分の一ほど回った所で洞窟を発見した。だが、入口の前に二匹のオークがうろうろしていた。
「今度はオイラ達に任せろ」
エイタがオークの始末を買って出た。フェルオルが「待て」と止める。
「近くに他のオークが居るかもしれん。気付かれるなよ」
エイタは頷きメルミラに指示を出す。
「ショットボウで雷撃弾を使え」
エイタはメルクに用意したものと同じ雷撃弾と凍結弾を二〇発ずつ用意して来ていた。そればかりではなく、リパルシブガン用の特殊魔導弾も二〇発ずつ持参している。
リパルシブガンの専用弾に魔導紋様を組み込む事は以前から考えていた。ただ魔導紋様を刻印出来るのは魔力保持力を持つ魔煌晶と金属の合金だけなので、ほとんどが銅で作られている専用弾の半分ほどを合金に変えねばならない。
例え魔煌晶と銅の合金を使ったとしても、その合金は<斥力リング>に反応しなくなる。つまりは<斥力リング>に反応する銅の量が半分になるので、リパルシブガンの強みである高初速度が半減する。
半減したとしても、それなりの初速度が有るので特殊魔導弾としての威力は変わらないと推測しているが、これは魔物にもよるだろう。最悪の場合、頑強な外皮を持つ魔物が相手だと弾かれる恐れがある。
その場合は現在使っていない前方六個の<斥力リング>を使い加速させれば何とかなるだろうと考えている。但し反動がどうなるか実験していないので不安はある。
メルミラは雷撃弾が込められている弾倉に変え、手前に居るオークの胸を狙って引き金を引いた。オークとの距離は三〇マトル《メートル》有ったが、メルミラは初弾で命中させた。
オークの胸に減り込んだ雷撃弾はそこから雷撃を流し込み心臓を焼く。いきなり倒れたオークの相棒が、何事かと駆け寄る。そのオークを狙いもう一発の雷撃弾を発射する。肩に命中した雷撃弾はオークの身体を麻痺させた。
「止めは任せろ」
プロミネンスメイスの武器モードを『加速撃』にし、エイタは駈け出した。倒れたオークの傍に立ったエイタはメイスを振り下ろす。『加速撃』モードのプロミネンスメイスは力を込めて振り回すと『慣性加速』の魔導紋様が作用し動きを加速させる。
魔導紋様の働きで三倍以上の速度になった鋼鉄製の先端はオークの頭蓋骨を粉砕し止めを刺した。このメイスは見た目以上に凶悪な武器なのだ。
エイタは<索敵符>を使って魔物の魔力を探すが近くには居ないようだ。教授達がエイタの傍に来て洞窟の入口をチェックする。直径五マトル《メートル》程の大きさでずっと奥まで続いているようだ。
「さあ、入ろう」
教授が興奮し眼を輝かせて洞窟の中に入る。マジトラに騎乗したままでも十分余裕があった。
洞窟の中でも瘴気は濃く、その発光現象で十分な明るさが有った。中は意外にもカラッと乾いていた。洞窟は巨大なワームが掘り抜いたかのように一定の大きさのまま続いていた。その表面は粘土層のようで硬く固まっている。
洞窟の内部に居る魔物は大吸血コウモリやケーブスコーピオン等が報告されているが、他の魔物も居るかもしれない。探索者は基本秘密主義者である。自分達が持つ知識を他人には教えない。
例外は探索者ギルドに雇われ調査依頼で迷宮に行く者達だ。今回の調査もギルドが噛んでいるので詳細な報告書を提出しなければならないが、それはフェルオル達がやるだろう。
洞窟を少し進んだ場所で、大吸血コウモリの大群に襲われた一行は激しい戦いを繰り広げ始める。
「もう、鬱陶しい蝙蝠だわ」ヴェスターナが戦槌を手に持ち悔しそうに呟く。戦槌遣いである彼女は素早い敵は苦手なのだ。
ジクラム教授だけはマジトラに乗ったままマナシールドを展開しているので悠然としている。
味方を誤射するのを恐れたエイタとメルミラはメイン武器を封印しプロミネンスメイスとフィストガンで戦っている。フィストガンはスピードを【中】にすれば大吸血コウモリなら倒せると判明している。
「ゲホッ」
メルミラが撃った見えない拳がエイタの腹に命中した。顕在値レベルが高いので気絶しなかったが、普通の者なら地面に倒れている。
「メ~ル~ミ~ラ!」
「ご、ご免なさい……ご免なさい」
腹を擦りながら睨んでいるエイタに、メルミラは泣きそうな顔になって謝った。恐怖心に負けたメルミラが狙いも定めずに引き金を引いたようだ。
大吸血コウモリが一掃され戦いが終わった。
「蝙蝠くらいで慌てるな。冷静に仕留めていけば大丈夫だっただろ」
「済みません」
メルミラがシュンとしているので励まし、マナ珠を拾い集めさせた。
探索を再開した一行は洞窟の奥へと向かい、隠し部屋を探す。洞窟は入り組んでいるものの迷路というほど複雑では無かった。途中青煌晶が採れる地層を見付けたが、教授が急がせるので諦め進む。
隠し部屋は洞窟の一番奥にある小さな横穴で見付かった。横穴の壁が崩れ西に向かって伸びる穴が見付かり、それをよじ登ると大きな部屋が有ったのだ。
その隠し部屋には直径三メートルの下に伸びる縦穴が開いており、その穴に魔物は消えたらしい。
まず、隠し部屋の調査から始まった。隠し部屋は泥岩を繰り抜いて出来ているようで四方の壁は岩の壁だった。魔物学者ベルクテルは紙の代わりに岩壁に文字を刻んで研究結果を記録していたようだ。先の尖った釘のようなもので壁を刻み文字を残していた。
部屋の中央に石造りの作業台が有り、その上には朽ち果てた何らかの装置が置かれていた。魔煌合金製の部品も混じっているようなので、何らかの魔導工芸品だったようだ。
マジトラから降りた教授が壁の記録を調べる。どうやらベルクテルは人工的な魔物の製造実験を行っていたらしい。外で手に入れた様々な卵を一際瘴気の濃い縦穴の中に入れ、孵化するまで面倒を見ていたようだ。
蟷螂や蜂、甲虫等の虫の卵、猛禽類や水鳥などの卵、蜥蜴や亀等の卵を持ち込み籠に入れ縦穴に吊るして孵化を試みた。ほとんどの卵は孵化しなかったようだが、亀と蟷螂は孵化したと記録してあった。
普通の陸亀の卵から真っ赤な亀が生まれたと記されている。記録を読んだ教授は腹の底から唸り声のような声を発し。
「う~~~~む、瘴気が魔物を産んだのか。興味深い」
ベルクテルは瘴気と魔物の関係だけでなく、魔物の魔法についても研究していたようだ。魔物の中には魔法を使うものが存在する。風を纏い敵を吹き飛ばすストームウルフや火の玉を飛ばす甲虫フレイムビートル等である。
この部屋の主だった魔物学者は魔法を使う魔物を捕らえさせ、この部屋で解剖したらしい。そして、それらの魔物の脳の一部が宝石のように結晶化しているのを発見した。
それを『魔法水晶』名付け分析した。その分析装置の成れの果てが作業台に置かれている残骸のようだ。ベルクテルは魔法水晶の内部に魔導紋様のようなものが刻印されているのを発見し記録を残していた。
壁に刻まれた魔導紋様らしきものは三つ有り、一番左のものから調べ始めた。エイタは調べれば調べるほど判らなくなった。魔導紋様は魔力の流れる順番に従い構成する天霊紋が規則正しく並んでいるものなのだ。しかし、ここに記されている魔導紋様にはその規則性が存在しない。中央に位置する大き目の天霊紋は見覚えのないものだったが、他の天霊紋の大半が記憶にある。
……いや、ちょっと待て。中央の天霊紋が魔力の流れを制御するものならどうだろう。そう考えると空気の構成元素だと思われる二つの天霊紋や気体の流れを制御する四つの天霊紋も意味を持つようになる。
最初に調べた魔導紋様らしきものはストームウルフの魔法水晶に刻印されていたものらしい。エイタは次のものを調べる。二つ目はフレイムビートルのものらしい。
そして、三つ目は……判らなかった。使っている天霊紋で判別可能だったのは、『振動制御』の魔導紋様に使われている天霊紋に共通するものが多かった。
ただエイタの知らない天霊紋も半数ほど使われているので、どういう効果をもたらすものなのか判らなかった。
久し振りに特技を使って三つの魔導紋様らしきものを記憶する。連続して三回も記憶すると頭がズキズキと痛み始める。……無理をしすぎたか。だけど時間を掛けて居られないからな。
教授の方を見ると壁に刻まれている研究記録を紙に書き写している。メルミラは荷物から食料を取り出し遅い昼食の準備を。フェルオル達も何かのスープを作っているようだ。
漸く壁に刻まれた記録を写し終えた教授は、底が見えない縦穴を覗き込み始める。エイタはジクラム教授の傍まで行き。
「教授、魔物は居ないようですが、どうしますか?」
教授の背中がピクリと震えた。エイタも縦穴を覗き込んだが、暗くて何も見えない。
「変な音が聞こえた。魔物が居るのかもしれん」
エイタは<索敵符>を使い魔物を探した。びっくりする程の強い反応が返って来た。……冗談じゃない。魔物はすぐそこに居る。エイタの背筋に震えが走った。
エイタは教授の身体を抱え後ろに飛び退いた。教授の顔に驚きの表情が浮かぶ。
「何を……」
その瞬間、縦穴から何かが飛び出して来た。
「魔物だ。気を付けろ!」