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scene:44 ジクラム教授とマジトラ

 オベル工廠長は苛立った様子で会議室の椅子に座っていた。彼の前にはテーブルを挟んで重要部品の試作を引き受けた工房や商店の主が居心地悪そうに座っている。

「発注した日から十五日が経過した。そろそろ良い返事が聞けると期待しているのだが、どうだ?」

 膝関節の部品を引き受けたユグバル傀儡工房の工房長であるダナキは、オベル工廠長と目を合わさないようにしながら言い訳を口にした。

「うちで引受けました膝関節は本当に製作可能な物なんですか。形状が複雑過ぎて一回の加工では作れません」

 ダナキが引き受けた膝関節も、高性能多段変速機と同じような問題を抱えていたようだ。

「作れないものを設計するはずがなかろう」

「ですが、工廠でも製作出来なかったから我々に発注したのではないですか。つまり、作れるかどうかもわからない実績のない部品なのでは」

 痛い所を突かれたオベル工廠長は不機嫌そうに顔を歪め、きつい視線をダナキへ向ける。

「普段、優秀な職人が揃っていると言っていたのは嘘だったのか」

 額に深いシワを刻んだ初老のダナキは、疲れたように肩を落とし謝罪を口にする。

「不快に思われたら申し訳ありません。私が言いたかったのは無茶な構造を設計した設計者のミスでは無かったのかと言う事です」


 オベル工廠長はダナキを睨んでから最後通告を告げる。

「ユグバル傀儡工房では作れないと言うのだな」

 ダナキが頭を下げる。

「申し訳ありません」

 誇り高い職人でも有るダナキは心の中で、今回の仕事を引き受けたのを後悔した。


「姿勢角度センサーはどうなっている?」

 モリウス商会の専属傀儡工であるオガニスは渋い顔で返答する。

「設計図通りに製作し調達部に収めました。ですが、検収係から了承が頂けませんでした」

「納入した部品に不備が有ったのではないか?」

「我々は設計図通りに作りました」

 オベル工廠長は検収係を呼んで状況を確認した。検収係の話では納品した姿勢角度センサーは正常に機能しなかったらしい。姿勢角度センサーは頭部・胸部・腰の三箇所に組み込んだ三つのセンサーが同期して傀儡の体勢を判断するのだが、試験の結果、誤差が生じたらしい。


「三つのセンサーの精度にバラつきがあるようです」

 検収係が結論を口にして会議室を出た。

「作り直しだな。精度が揃ったものを収めてくれ」

 オガニスは不満そうに口を閉ざしながらも頷いた。設計者が要求する精度が過大過ぎるのだ。だが、工廠と言い争う気はなかった。彼が雇われている商会の最大のお得意さんだからだ。 


「最後は高性能多段変速機か。クレメンテス工房のヒュマニス殿は部品を用意出来たのかな」

 ヒュマニスは持って来たバッグの中から、作ったばかりの高性能多段変速機を取り出しオベル工廠長に手渡した。オベル工廠長は受け取った高性能多段変速機を確認し頷いた。

「よく出来ている」

 それを聞いたヒュマニスはホッとする。だが、オベル工廠長が高性能多段変速機を分解し、エイタが作った部品の取り出したのを見て顔色を変えた。

「この部品は一回の加工で作製したものだろうな」

 ヒュマニスは「もちろんです」と答えた。オベル工廠長はヒュマニスの顔色が悪いのに気付き、何か問題があるのかと疑った。


 その部品が最も作製困難だと試作班から聞いていた。念入りに調べてみたが不審な点はない。

「顔色が悪いようだが、どうかしたのかね」

「作製が非常に困難な物で、うちの工房でも一人しか作製出来ませんでした。試作は引受けましたが、継続する部品供給には応じられないかもしれません」

 意外な返答にオベル工廠長は慌てた。

「ちょっと待ってくれ。本格生産に入った時の事は後で考えればいいではないか。ヒュマニス殿には膝関節の作製も頼みたい」

 ユグバル傀儡工房のダナキが青い顔をして話を聞いている。その顔をチラリと見たヒュマニスは、断ろうと思った。その時、オベル工廠長が破格の値段を提示した。

「試作機に使う部品だけでもいいんだ。頼むよ」

 ヒュマニスは提示された値段に心を揺さぶられ、エイタの顔が脳裏に浮かんだ。そして、もう一度だけエイタを利用しようと決心する。その時はもう一度だけと思ったが、工廠の提示する金額に誘惑され何度か作製困難な部品を引き受ける事になる。


 そして、ヒュマニスは何度もエイタの工房に訪れ、部品の製作を依頼する。ヒュマニスがエイタに支払うのは決まって金貨一枚だが、工廠から彼の工房が受け取るのは金貨数十枚から一〇〇枚以上であった。


 ヒュマニスが工廠に行っている頃、エイタの工房にはメルク達が訪れていた。それだけではない。彼らと一緒に探索者ギルドのヴィリス支部長も訪れた。メルク達はスパトラの上でアイスとじゃれているモモカの方へ行ってしまう。

「頼みがあって今日は来た」

 態々探索者ギルドの支部長が訪れるとは何事か。エイタは頼み事の内容が気になった。

「頼みとは?」

 ヴィリス支部長は工房の角に置いてあるスパトラを指差した。スパトラに乗っていたモモカが、突然指さされ驚きの表情を浮かべる。

「あの自動傀儡と同じようなものを作って欲しいんだ」

 訳を聞いてみると探索者ギルドの顧問をしている魔物の研究家ジクラム教授が迷宮で使いたいのだそうだ。

 最近、峡谷迷宮の三つの小山があるエリアにある洞窟の奥で隠し部屋が発見された。発見した探索者達は、中を調べ幾つかの遺物と見た事のない魔物を見付けた。魔物はすぐに見失ったそうだが、ベテランの探索者でも初見の魔物だったらしい。

 ジクラム教授は新発見らしい魔物を調べたいと思い、支部長に頼んだのだ。


「何故、騎乗傀儡が必要なんだ?」

「あの先生は足が悪くてな。ギルドでも止めたんだが……」

 そんな者が迷宮に潜るのは危険じゃないかと思った。それを尋ねると優秀な探索者が護衛として同行するのだそうだ。

「事情は判ったよ。製作は引き受けるが、何度も使うようなものじゃなさそうだから、ロバ型傀儡でいいんじゃないか」

 支部長は肩を竦めて告げる。

「隠し部屋のある洞窟は、幾つか急斜面が有るのよ。ロバじゃ無理だね。但し資金が豊富な訳じゃないから、安く仕上げて頂戴」

「了解した」

 

「ありがとう。あまり金は出せんが、代わりに武術の稽古を付けてやる」

 エイタは「えっ」と驚きの声を上げた。ヴィリス支部長はエイタが不得意とする剣の遣い手である。

「いや、オイラには剣の才能がないから」

 ヴィリス支部長はニヤリと笑い。

「エイタの動きを見れば剣術に向いていないのは判っている。だが、短杖術ならどうだ。杖なら刃の角度を気にする必要も無いし、歩法や体捌きだけでも習得すれば全然違うぞ」

 支部長が珍しい短杖術を習得しているのは意外だった。短杖術は聖職者が護身用に習うのものだからだ。

「あたしも稽古する」

 先にモモカが乗り気になった。慌てたように部品磨きをしていたメルミラも手を挙げる。メルミラも習いたいらしい。


 支部長が帰ると待っていたメルク達が、エイタに特殊魔導弾の製作を頼んだ。エイタが作れる特殊魔導弾は、凍結弾と雷撃弾の二つだ。世の中には特殊魔導弾に使える魔導紋様は幾つか有り、『凍結』『雷衝撃』『爆裂』『貫通』等が存在する。但しエイタは『爆裂』と『貫通』の魔導紋様を知らないので爆裂弾と魔導貫通弾は作れない。

 メルク達が依頼したのは凍結弾と雷撃弾の二つである。低難易度迷宮のライオス迷洞を卒業し峡谷迷宮に挑戦するには、必要だと考えての事だった。

「とうとうメルク達も峡谷迷宮の五等区に活動の場を移すのか」

 五等区はワームの居る砂地と三つの小山が有るエリアである。

「ふふん、いつまでもライオス迷洞で燻っている俺達じゃないよ。どんどん強くなってエイタ師匠に追い付くからな」

 ヒューイが鼻息を荒くして大口を叩く。これが虚勢だと言えない実力をメルク達は備えるようになっていた。マウスヘッドやウィップツリーなら問題なく倒し、峡谷迷宮の入口付近なら攻略するのは難しくなかった。


 エイタは頼まれた凍結弾と雷撃弾を一〇発ずつ作ってメルクに渡した。ついでにジャスキーが使っているスモールソードだと峡谷迷宮の強敵に通用しない可能性が有るので、前から用意していたロングソードを渡した。

 ジャスキーはロングソードを抜き強靭な鋼鉄製の刃を嬉しそうに見詰めながら。

「これ貰っていいの?」

「ああ、そいつを振り回せるほど顕在値レベルは上がっているだろ」

 メルク達は顕在値レベルが二桁となり、かなり重い武器でも問題なく扱えるようになっていた。


 メルク達が工房を去ると頼まれた騎乗傀儡の製作を始めた。基本スパトラと同型なので設計は省き、使う素材だけを変えた。鋼鉄パイプの骨格と鋼鉄製の関節は同じで、人造筋肉はマッシブツリーの樹液ではなくウィップツリーの樹液から作製された物を使い、馬力はスパトラの数分の一となる。それに加え偽魂核も2ランクほど安い物に変えたので、将来的に改良する余裕が少なくなった。

 外皮は牛より少し小さな体格を持つ山犬マッドジャッカルの皮を使った。マッドジャッカルは峡谷迷宮にも棲息する魔物で、群れで移動しているのが特徴である。


 完成した騎乗傀儡はスパトラと区別する為に『マジトラ』と名付けた。エイタの命名には規則性はない。スパトラも、モモカが荷物を運ぶ乗り物は『トラック』だと言うので、蜘蛛を意味するスパイダーと合わせて『スパトラ』と名付けたのだ。

 今回はマッドジャッカルの皮を使ったので『マジトラ』だ。このマジトラの座席だけは大人用に作り変え、一つだけ追加機能を組み込んだ。

 ボタン一つでマジトラを囲むように展開するマナシールドが発生する機能を組み込んだ。この改良はスパトラにも追加する。


 エイタが久し振りに探索者ギルドへ行くと支部長の部屋に呼ばれた。奥にある支部長室は相変わらず混沌としているが、何とか座る場所を確保する。

「急な仕事で済まなかったな」

 大きな机の前に座ったヴィリス支部長が礼を言った。マジトラの件だろう。完成したマジトラは、既にジクラム教授に収めていた。ジクラム教授は騎乗傀儡に満足したようで、代金は貰っている。


「もう一つ頼みが有る。ジクラム教授と一緒に調査に行ってくれないか?」

「エッ、護衛は優秀な探索者を雇った聞いたけど」

 ヴィリス支部長が否定するように首を振る。

「護衛じゃない。隠し部屋の壁に魔導紋様のようなものが描かれていたと言う報告も有り、魔導紋様に詳しい学者も同行する予定になっていたんだが、土壇場で怖気おじけ付いた」

 優秀な探索者が護衛に付くと聞いているのに恐れを感じたのには、何か理由が有るのだろうか。新発見の魔物がそれほど危険なのか。その洞窟が危険なのか。エイタは危険な臭いを感じながらも隠し部屋の魔導紋様に興味を持った。手に入れられるものなら手に入れたい。

「そいつの代わりか。学者ほど知識はないけどいいのか」

「どんな魔導紋様か見当を付けるだけでいい」

 見当を付けるだけなら可能だろうと支部長の依頼を了承した。


 翌日、エイタとメルミラだけが迷宮に向かった。探索者ギルドからの要請で連れは一人だけと言われたからだ。幼いモモカを連れて行けば、同行する探索者達から変な目で見られるのは予想が付いた。それでメルミラを連れて行く事にしたのだ。メルミラの役割は弱い魔物の駆除である。


 ライオス迷洞の入口前で待ち合わせていた教授や護衛役の探索者達と落ち合った。

 驚いた事に、護衛役はイケメン探索者のフェルオル達だった。

 フェルオル達はエイタとメルミラが同行するとは知らなかったようだ。

「何、代わりの傀儡工と言うのはあなただったの」

 エネモネとヴェスターナがメルミラを睨むようにして見ている。フェルオルは完全にエイタ達を無視している。


 ジクラム教授はがっしりした中年の男性で、左膝に障害を持っているようで左足を庇うように歩いている。

「君がカルオスの代わりか。しっかり頼むよ」

「判りました」

 教授はマジトラにひらりと跨った。膝を怪我する前は活動的な人物だったのだろう。フェルオルが先頭でエイタとメルミラが続き、教授、エネモネとヴェスターナの順で進み始めた。

 ライオス迷洞は何事も無く通過した。フェルオル達にすれば雑魚に分類される魔物が襲って来たが、苦も無く瞬殺する。マジトラは教授を乗せたまま余裕で進んでいる。マジトラには教授が三人乗っても大丈夫なだけの馬力が有り、心配する必要は無かった。

「エイタ君、こいつは君が作ったんだろ。中々乗り心地がいいね。ヴィリス支部長が勧めてくれたんだが、購入して正解だったよ」

 ジクラム教授はご機嫌な様子でマジトラを乗り回している。


 それを聞いたエネモネが意外そうに。

「へっ、あんた本当に傀儡工だったんだ。名前に覚えがないから一流じゃないのだろうけど」

 エネモネの父親は傀儡馬で有名な商会の代表で傀儡工には詳しいらしい。

「まあ、駆け出しの傀儡工なのは事実だけど」

 エイタが呟くように言うとヴェスターナがさげすむような視線をエイタに送る。

 エイタ達と二人のお嬢さんが険悪な雰囲気になった。


 その時、空気の読めないジクラム教授が語り始めた。

「あの隠し部屋はベルクテルの実験部屋だったらしいのだ。知っているか『魔物の成長と瘴気の因果関係』を書いた魔物学者ベルクテル・クレイブだ」

 ベルクテルは五〇年前に活躍していた魔物学者で、自説を証明する為に過激な実験も辞さない男だった。その学者が隠し部屋で何らかの実験をしていた形跡が残っていたのだ。

 ジクラム教授は延々とベルクテルの業績と魔物について語った。


 峡谷迷宮に入り串刺し鳥の群れが巣食っている場所まで来た。フェルオル達がどうやって通り抜けるのか様子を見ているとリュックから松明のような物を出して火を点けた。

 松明からは黄色の煙が立ち昇り、それが普通の松明でないのが判った。串刺し鳥が嫌う煙を出す松明だった。

 エイタ達は串刺し鳥に襲われる事なく進み、ワームの潜む砂地まで到着した。


 ここまではフェルオル達の働きで順調に進んで来たのだが、ちょっと疲れたのかエネモネとヴェスターナがぐずり始めた。

「フェルオル、疲れたわ。ここから先はこの二人にも働いて貰いましょうよ」


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