scene:40 イケメンパーティ
「お兄ちゃん、アイスは大丈夫なの?」
モモカが心配そうな声を上げた。エイタはケーブスコーピオンの毒針に刺されたアイスの背中を調べた。アイスの外皮に使っているアサルトウルフの皮は丈夫で小さな穴が開いているものの人造筋肉を保護する鋼鉄製のカバーで防がれていた。
水筒の水で毒を洗い流し、アイスは大丈夫だとモモカに告げる。
「良かった」
モモカはホッとしたようだ。
それからケーブスコーピオン数匹と遭遇し、モモカがハイブリッドボウで仕留めた。アイスが傷ついたのをモモカは怒っているようだ。大サソリの姿を見た瞬間、ハイブリッドボウの引き金を引いている。
エイタはマッピングしながら、シャラザ通路を調査し出口を見付けた。小さなドーム状の空間が在る先に上へと続く階段が有ったのだ。
そのドーム状空間には階段の他にもう一つ穴が有った。エイタの腰ほどの高さしか無い横穴で、そこから鎧イモリが這い出して来るのが見えた。
「鎧イモリの巣穴なのか」
エイタは頭だけ出している鎧イモリにリパルシブガンの専用弾を撃ち込んで仕留める。穴から鎧イモリを引き摺り出しマナ珠と皮を剥ぎ取った。
「アイス、偵察だ」
エイタは穴を指差しながら命じる。アイスは穴にトコトコと入って行き姿が見えなくなった。
「ヘキョヘキョ」
敵発見のアイスの鳴き声が聞こえた。アイスが走って戻って来た。その背後には鎧イモリ二匹が続いているのを見てアイスが囮役としても優秀だとエイタは思った。鎧イモリの動きは意外な程速く、反射的にリパルシブガンの狙いを付け引き金を引いた。二発の銃声がドーム状空間に響き鎧イモリの頭に穴が空く。
仕留めたのを確認し、横穴を覗き込んだ。もしかして横穴の奥に鎧イモリがうようよ居るのかもと想像しゾッとする。念の為もう一度アイスを偵察に行かせる。
穴の奥からアイスの鳴き声が聞こえる。
「ヘカヘカ」
安全だという意味の鳴き声である。モモカが横穴に飛び込んだ。アッという間の出来事でエイタには止められなかった。モモカはアイスの事が心配だったらしい。
「駄目だ、モモちゃん。戻って来て」
叫んだエイタも四つん這いになって横穴に飛び込み進んだ。横穴の長さはエイタの身長の三倍ほどですぐに三角形の切れ目のような洞窟に出た。高さが三マトル《メートル》で幅が二マトル《メートル》程の洞窟が一〇マトル《メートル》以上続いている。
地面は砂地で卵のようなものが幾つか存在する。鎧イモリは先程の奴で最後だったようだが巣穴に間違いない。
「お兄ちゃん、これ」
モモカが奥にある地層を指差し声を上げる。近寄って見てみると少し紫を帯びた銀色に光る鉱石が見えた。
「妙剛鉱か」
エイタはリュックから小さなツルハシを取り出し鉱脈に打ち付けた。ゴロゴロと鉱石が転がり落ちる。モモカがアイスの手を取ったぐるぐる踊りながら大喜びしている。エイタの体重と同じ位採掘しリュックから取り出した麻袋に鉱石を詰める。
「ここは他の探索者には知られていない採掘場所のようだな」
鎧イモリの巣穴に入ろうとする者は居なかったのだろう。居たとしても秘密にしているだろうから、知っている探索者は少ないはずだ。
妙剛鉱からは妙剛砂と呼ばれる物質が抽出される。これは白い小麦粉のような粉状の物質で、一握りで金貨六〇枚もする貴重なものである。
妙剛砂と鉄を混ぜた合金は魔剛鋼と呼ばれる非常に硬く強靭な特殊鋼となる。武器に使用すれば、王侯貴族が探し求めるような素晴らしい品になるだろう。
妙剛鉱の入った麻袋をスパトラの胴体に括り付ける。重過ぎてスパトラの動きに影響しないかと一瞬心配したが杞憂だった。傀儡馬の数倍は馬力が有るスパトラにとって鉱石の重量など問題ではなかった。
エイタ達はドーム状空間に戻り階段を登った。外は小山の近くで樹々が生い茂っている緑豊かな場所だった。三つの小山の中で一番手前にある山は、緑が濃く野生の獣や魔物が数多く居そうである。
残っている専用弾の数を調べてみると半分近くに減っている。
「二〇〇発では足りなかったか。ワームに襲われた時にばら撒いたからな」
峡谷迷宮の奥まで行くには三日必要だと聞いている。今日は持って来なかったが、迷宮で野宿する準備も必要だ。当分はこの辺りで狩りをして力を付けようと考えた。
「モモちゃん、ここで野宿するなら何が必要だと思う?」
「野宿……ここで寝るの?」
エイタが頷くとモモカは考えてから。
「キャンプするなら、テントと寝袋が必要だよ」
モモカはホームセンターで見たキャンプ用品を思い出した。それを思い出しながらエイタに説明する。
「ふ~ん、テントは知ってるけど寝袋と言うのは初めてだね」
旅人や探索者が野宿する時は、マントや薄い毛布を巻いて寝るのが普通なのである。雨風を遮るテントと暖かな寝袋が有れば、迷宮でもぐっすりと眠れそうだ。
但し見張り番が必要だろう。アイスとスパトラに見張り用の機能を追加するか。
「お兄ちゃん、お腹空いた」
そう言えばエイタも空腹を感じる。緊張の連続だったので忘れていたが、昼を少し過ぎている頃だ。エイタは薪を拾い集め、焚き火を起こす。迷宮でとは思ったが、空には太陽が見える。ここは普通の迷宮とは少し違い、迷宮と外が入り混じった場所で、魔物が集まると言われる焚き火も大丈夫だろう。
スパトラからパンと豚肉の腸詰めを取り出し、腸詰めを焚き火で炙ってからパンに挟んでモモカに渡す。
モモカは美味しそうに食べ始めた。最初の頃はパンが硬いと言っていたが、最近は慣れたようだ。実際は慣れたと言うより、顕在値レベルが上がり、それに連れて筋力も上がったので硬いパンでも食べられるようになっただけだった。
食事を終え、小さな鍋でお湯を沸かして飲む。エイタは周りの景色を見回し、本当にここが迷宮なのかと疑問に思った。青空の下、遥か彼方にまで続く断崖絶壁の間に聳える三つの山。自分に絵心が有れば、絵を書いて残して置きたい風景だと思う。
「綺麗な景色だな。絵にして遺したい位だ。そう思わないかい」
モモカは大き頷き。
「うん、キレイ。カメラが有ったらいいのに」
「カメラ……何だいそれ?」
エイタがモモカに尋ねると苦労して説明してくれたが、あまり要領を得なかった。景色や人の姿をそのまま紙などに写し取る機械なのだそうだ。但し原理を知らないモモカには詳しく説明出来ないようだった。
モモカの話を聞いていてアイデアが閃いた。自動傀儡に使われる偽魂眼を利用出来ないかと考えたのだ。偽魂眼は四等級以上のマナ珠に『光陰感知』の魔導紋様を刻印したもので、偽魂眼が見た映像は信号となって制御コアに伝達され偽魂核の中で映像として再構築される。
その映像は白黒であるが正確なものである。その映像を小さな点に分解し、傀儡義手で紙の上に忠実に再現出来ないか。その描画法は点の集まりで表現する点描になるだろうが、人間が描くより早く正確に描けそうな気がする。
点描と言うのは線を使わずに点の集まりで絵を描く技法の事だ。
点描するなら筆記用具も新しい物が必要だと気付いた。羽ペンや金属製のペンとインクではインクが飛び散り綺麗なものを描けない。そこにモモカからアイデアを貰った。モモカの国には鉛筆というものが有るそうで、それなら使えそうだ。
「何か来たよ」
モモカの声で周囲を見回す。樹々の影からポイズンバタフライが飛んで来る。羽の中心に大きな目のような模様がある巨大な蝶である。その羽根の鱗粉には毒があり吸い込むと死ぬ。
解毒剤を用意しているとはいえ、近付く前に仕留めるのが賢明である。モモカの方を見るとハイブリッドボウを構え攻撃の準備は済んでいる。休んだのでやる気も満タンだ。エイタが合図を送るとモモカが引き金を引いた。
専用弾は一直線に飛び虚空を舞っているポイズンバタフライの胸を撃ち抜いた。空飛ぶ魔物は弱々しく羽をバタつかせながら落下し地面で藻掻いて動かなくなった。
「蝶さんは弱いのかな。フィストガンでも良かった?」
ポイズンバタフライの防御力は低く攻撃を与えられれば死ぬ。ただ鱗粉が舞い落ちる範囲まで侵入を許すと厄介な事になる。
「そうだね。飛距離八マトル《メートル》にして撃てば仕留められたかな」
「うん、今度はそうする」
眼を輝かせてモモカが答えた。本当にフィストガンが好きなようだ。エイタとモモカは山の裾野を一周してから戻ろうと決めた。
砂地から無数のワームが這い出た時点で逃げ出したバリス達は、暫く待ってシャラザ通路に戻って来た。辺りは多数のワームが死体として転がっている。砂地に横たわるワームを調べてみると頭に丸い穴が空いている奴と獣の爪で引き裂かれたような奴がいて、大半は頭に穴が空いている。
「この傷跡からするとガキが持っていたクロスボウのような武器で仕留めたようだな」
バリスが仲間に確かめるように声を上げる。戦槌を持つがっしりした体格のギョムリは頷き、倒れているワームの数を数えた。全部で三十四匹もいる。たった二人で倒したとは信じられない数だ。
「変な自動傀儡も持っていたが、武器も特別製かもしれんな」
バリスがニヤリと笑い。その笑いを見た短弓を持つ背の高いモルドウが。
「奴らが探索者ギルドに俺らの事を報告したら面倒な事になる」
「判っている。奴らを生きて迷宮から出さん。そして、自動傀儡と武器は俺らの物にする」
バリスの言葉に、あの自動傀儡を売れば金貨数十枚にはなると計算し、ギョムリが下卑た笑いを浮かべる。
シャラザ通路を戻り出口から外へ出るとエイタ達の痕跡を探し始めた。
「奴ら小山を一回りするつもりのようだな」
「だったら、ここで待ち伏せして殺っちまおうぜ」
「だな、今夜は高級酒楼で豪遊しようぜ」
このところ不運が続いたバリス達は漸く運が向いて来たと感じた。どんな強い相手でも不意を付けば倒せるという自信があった。
豪遊しようと言っていた酒楼の女でも思い出しているのか、気色の悪い笑いを浮かべて藪の中に隠れて待つバリス達は、獲物が近付いて来る気配を感じ武器を持つ手に力を込める。
予想外の事に、やって来たのはエイタ達ではなかった。若い青年と三人の女の子達のパーティで、唯一人の男である青年はスラリとした美男子であった。絹のような長い黒髪を洒落たバンダナで押さえ、鼻筋が通り涼し気な眼をしている。その青年の名はフェルオル・ラスキート、ユ・ドクトでも五本の指に入る交易商の三男で、二年前から探索者をしている。
家業は長男が継ぐ事になっているので、探索者として身を立てようとノカディール武術学園を出てから探索者になったのが二年前だった。最初はソロでやっていたが、学園で知り合ったヴェスターナ嬢とエネモネ嬢が加わって『光のパスカティート』と言うパーティを結成した。その後、駆け出しのソロ探索者であるメルミラをマウスヘッドの集団から助け、そのままパーティの一員とした。
但しメルミラと他の二人とは扱いが違った。富商の娘であるヴェスターナとエネモネはパートナーだが、スラム街出身のメルミラは小間使い同様に扱われていた。
「青煌晶が一杯取れたから、鎧を新調したいわ。いいでしょ、フェル」
痩せてはいるが魅惑的な体形をしているヴェスターナが甘えた声でフェルオルにおねだりする。パーティの財布はフェルオルが握っており、メンバーの装備とかを購入判断を行うのは彼だった。
「どうしようかなぁ~」
ヴェスターナがフェルオルに抱き付き頬にキスし、もう一度おねだりをする。
「仕方ないな」
フェルオルが苦笑しながら答えると小柄で可愛いエネモネが頬を膨らませながら声を上げる。
「ヴェスターナだけ、ずる~い。私にも何か買ってよ」
迷宮の中だというのに甘い空気を漂わせえているパーティの中で、メルミラだけは重い荷物を担いで息を荒げていた。
「メルミラ、ごめんよ。疲れただろ」
フェルオルが優しげにメルミラに声を掛ける。その態度から本当に心配しているように見える。ただメルミラに荷物を肩代わりしようとは決して言わなかった。
「いえ、大丈夫です。私頑張りますから」
メルミラは本当に嬉しそうに笑顔を作ってフェルオルに答えた。
藪に隠れているバリス達は予定外のパーティの登場に苛々していた。このタイミングでエイタ達がやって来ると計画通りに事が進まなくなる。
それに目の前にいる探索者の若者に怒りを覚えていた。理不尽だと言われればそれまでだが、どうしてもフェルオルと仲間達のやり取りを聞いているとムカついて来る。
「なあ、こいつらも殺っちまわないか」
「そうだな、爆裂の矢を使え」
モルドウは短弓に爆裂の矢を番えフェルオル目掛けて射る。
その矢に逸早く気付いたフェルオルは、ヴェスターナとエネモネを抱えて身を投げ出すようにして横に跳んだ。矢が地面に突き刺さると土煙を巻き上げて爆発する。
一人取り残されたメルミラは正面から爆風を浴び吹き飛んだ。三メートル程宙を舞った彼女が草の茂った地面をゴロゴロと転がる。
辛くも爆発を避けたフェルオルは周囲を見回し大声を上げる。
「誰だ、出て来い!」
その声に応えるようにバリス達が姿を現した。それを見たフェルオルが剣を抜く。
「貴様ら、どういうつもりだ!」
怒声を発するフェルオルに、バリスが含み笑いを浮かべながら応える。
「おいおい、ちょっと手元が狂って爆裂の矢を誤射しちまっただけだろ。怒るなよ」
そう言いながらも、ヴェスターナとエネモネの身体を舐めるように見ている。
「ちょっと、汚らわしい眼でこっちを見ないでくれる」
エネモネが嫌そうな顔をして文句を言う。ヴェスターナとエネモネは同時に武器を抜き出した。