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scene:37 トリスティーナと学院長

感想やアイデアを頂きました。

有難うございます。


 アルカデール学院の生徒トリスティーナ・イリュモルは、調子に乗って迷宮の奥にまで来たのを後悔していた。魔導工芸クラスで出された課題の作品を製作するに当り学院から支給された材料だけではなく、もっと高級な素材を使おうと思い立ち迷宮に来たのだ。

 ライオス迷洞の八等区にある採掘場所では、良質の緑煌晶が採れると聞いていた。一人では不安だったので、友達のアンナ・バステロールとマリベル・バステロールに相談すると一緒に行くと言ってくれた。

 名前から判るように彼女達は姉妹で、トリスティーナの幼馴染でもあった。

 装備を整えライオス迷洞に潜ったまでは良かった。だが、洞窟内部で道に迷いいつの間にかライオス迷洞を抜けていた。外に出たと勘違いし、街へ戻る道を探していると。


「ここって迷宮の外じゃないの?」

 トリスティーナが尋ねた。アンナとマリベルは魔導工芸工房の娘だが、母親が探索者だった影響でライオス迷洞について話を聞いていた。

「間違って峡谷迷宮に来ちゃったみたい」

 アンナの答えにトリスティーナは驚いた。何故なら真上には太陽があり、緑の樹々に囲まれているからだ。

「ええっ、ここってまだ迷宮!」

「シッ、大声を出さないで。魔物に気付かれちゃう」

 マリベルに注意され慌てたように口を押さえるトリスティーナ。

「こんな事なら、お小遣いを前借りして緑煌晶を手に入れた方が良かった」

 今月の小遣いを使い果たしていたのもあって、迷宮に潜って緑煌晶を取って来ようと考えたのだ。


 トリスティーナは小さな頃から文武両道を目指し教育を受けており、片手剣と革鎧を装備した姿は探索者と称しても違和感はなかった。実際、迷宮に潜った経験もありライオス迷洞なら大丈夫だと思っていた。

 彼女達アルカデール学院の生徒が潜る迷宮は、学院の内部にあるロジナス迷宮と呼ばれるもので、探索者育成クラスの生徒が三年生になると潜って実戦訓練を行う。

 但し魔導工芸クラスの生徒も自分が作った作品を試す為に迷宮に入りたいと申請すれば許される。トリスティーナとバステロール姉妹はロジナス迷宮へ何度か潜り経験を積んでいた。


 ただライオス迷洞は初めてで採掘場所を探している内に迷ってしまったのだ。

 そして、偶然にもマッシブツリーと遭遇してしまった。彼女達はマッシブツリーを一目見て自分達では倒せない魔物だと判った。

 アンナは槍、マリベルは弓に矢を番えたが、トリスティーナが止めた。

「逃げるわよ」

 三人は一目散に逃げ出した。背後で樹々の枝が折れる音やマッシブツリーの腕枝が木の幹を叩く音が近付いて来る。彼女達は必死で逃げ、マリベルは振り向きざまに矢を放ってみたが、効果は無かった。


「ハアハア……駄目、逃げ切れない」

 アンナが弱音を吐く。

 その時、声が聞こえた。


「こっちに来い!」


 声がした方を見ると一人の青年と小さな子供が居た。その青年は余り強そうには見えなかった。それでも小さな可能性に賭け、助けを求めて青年の方へ向きを変え走った。

 近付くと青年が見知らぬ武器を構えているのが判った。その武器から爆発音のようなものが響いた。

 漸く青年の所まで辿り着き、魔物の方を振り向く。


 青年の武器がまた咆哮した。瞬く間にマッシブツリーの根っ子が破壊され魔物が倒れた。

 その威力に驚いたトリスティーナは青年の武器に注目した。引き金はクロスボウに似ているが弓が存在しない。ボルトを番えた様子もないのでクロスボウではないらしい。


「ありがとうございます」

 アンナとマリベルが感謝の言葉を口にした。トリスティーナも慌てたように礼を言う。

「君達、探索者なのか?」

 青年が尋ねるので、トリスティーナが代表して答える。

「いえ、アルカデール学院の生徒です。緑煌晶を求めて迷宮に来たのですが、迷ってしまって」

「ああ、あの学校の生徒か」

 アルカデール学院の女子生徒の中にもチサリーキャットの購入者が多く。エイタにとっては大事なお得意様だった。


「あの、お名前を教えて下さい。私はトリスティーナ・イリュモルと申します。こっちは同級生のアンナとマリベルです」

「おいらはエイタ・ザックス。職人だ」

 そこにモモカが元気の良い声を上げる。

「あたしモモカ。この子はアイスと言うの」

 エイタの影に隠れていて気付かなかったが、小熊型の愛玩傀儡がモモカを守るように立っていた。


 トリスティーナは奇妙な組み合わせの者達だと思った。職人の青年と年下の女の子、どちらも探索者には見えない。特に女の子は探索者に見えないが、クロスボウのような武器を持っている。

「お兄ちゃん、剥ぎ取らないの?」

 モモカが剥ぎ取りを促すので、取り敢えずマッシブツリーのマナ珠と樹液を回収した。


 エイタが剥ぎ取りをしている間、女生徒達は黙って見ていた。

「さて、おいらが送るから帰ろう」

 エイタがトリスティーナ達に告げると感謝された。言葉の端々から彼女達が良家のお嬢さんなのは判った。エイタにとって苦手な部類に入る人々だが、アリサとの付き合いでどうにか話し相手ぐらいにはなれた。

「エイタさんは職人なのでしょ。どうして迷宮に?」

 マリベルが尋ねる。

「時々素材を取りに来てるんだ。最近、魔煌晶が値上がりしてるだろ。自分で採掘しなきゃ零細工房はやっていけないんだ」

 エイタは適当に答えた。新しい武器の試し撃ちにと言えば、リパルシブガンについて訊かれそうだ。それでなくとも、トリスティーナという娘が気になるのかチラチラとリパルシブガンを見ている。

 エイタはリパルシブガンをリュックに仕舞い、採掘用に持って来た小型のツルハシを手に取った。モモカにもハイブリッドボウを仕舞わせる。


「あらっ、その武器を仕舞ってしまうのですか」

「ああ、高価な武器なんで雑魚相手には使いたくない」

「もしかして、その武器はエイタさんが作られたの?」

「そうだ。それより緑煌晶は採掘したのかい?」

 彼女達は肩を落とし首を振った。

「それだったら、採掘場所に案内してやるよ」

「そんな、申し訳ないですわ」

「遠慮は必要ない。どうせ帰り道だ」


 エイタは峡谷迷宮の六等区にある採掘場所の中で人気のないポイントへ案内した。そこは緑煌晶と黄煌晶が取れるが、量がそれほど多くないので人気が無かった。

 採掘場所へ行く途中、アンナとマリベルがモモカを可愛がり始めた。

「小さいのに魔物が怖くないの?」

「お兄ちゃんが作った武器が有るし、アイスもいるから平気だよ。これで魔物を倒しちゃう」

 モモカは嬉しそうに腰に吊るしてあるフィストガンをアンナとマリベルに見せた。

「へえ、モモちゃんは強いんだ。でも、迷宮は危険だから家で待ってた方が良いんじゃない」

「メルク兄ちゃん達より、顕在値のレベルは高いから大丈夫」

 アンナとマリベルはモモカから顕在値レベルを聞き、自分達よりずっと高いと知って愕然とする。


 途中、マウスヘッドに遭遇したが、トリスティーナ達が何もする暇がない間にエイタとモモカのフィストガンが駆逐した。

「小さな武器なのに凄い威力なのね」

 トリスティーナが感心するとモモカが。

「このフィストガンは魔物の雑魚と人間専用なの」

「人間もそれでやっつけちゃうんだ」

「アリサお姉ちゃんのお店に来たゴロツキもフィストガンで鼻血ブーだったんだって」

 トリスティーナはフィストガンに撃たれて死んだマウスヘッドを思い出した。

「鼻血ブー……いやいや死んじゃうでしょ」

「フィストガンはレバーでスピードが変えられるから死なないよ」

「スピードか、それで威力を調整するんだ。凄いね」


 採掘場所に案内したエイタは、彼女達が採掘するのを待って迷宮から脱出した。街まで戻ると入り口で別れる事になった。彼女達は改めて挨拶に行くと言ったが、その必要はないと断った。

「今日は本当に有難うございました」

 トリスティーナ達は最後にもう一度礼を言ってから解散する。トリスティーナは一人でアルカデール学院がある中央公園の西側へ向かった。トリスティーナの家は学院の近くにある大きな屋敷で、祖父と両親、それに弟と一緒に住んでいた。


 屋敷の門を入り台所の勝手口から中に入った。両親には迷宮へ行くと言ってあったが、当然学院にあるロジナス迷宮だと両親は思っている。

 命からがらマッシブツリーから逃げた結果、服は破れ革鎧に新しい傷が幾つか付いている。この傷を見られるとちょつと拙い。弱い魔物しか居ないロジナス迷宮ではありえない傷なのだ。


「トリス……どうしたの。そんな所から入って来て」

 あっさりと母親のメリンダに見付かってしまった。問い詰められライオス迷洞に潜り危険な目にあったと白状すると滅茶苦茶怒られた。

 怒られている最中、祖父のマルオスが帰宅した。トリスティーナが通う学院の学院長である祖父は人格者で厳しい教育者でもあった。

 結果、祖父からも叱られた。

「馬鹿者! 何か有ったらどうするつもりだった。アンナやマリベルも危険に晒したのだぞ」

「ご免なさい」

 半泣き状態のトリスティーナは必死で謝った。


 その後、尋ねられるままに迷宮での体験を詳しく話した。

「お義父さん、トリスを助けてくれた人にお礼をしなければなりませんね」

 声を掛けられたマルオスは、孫娘から迷宮での様子を聞いて深く考え込んでいた。トリスティーナは不審に思い祖父に声を掛けた。

「どうかしたんですか、お祖父様」

 眉間にシワを寄せたマルオスは、トリスティーナに目を向け。

「一度、そのエイタと言う職人に会ってみたい。紹介してくれるか」

「いいですけど、エイタさんへのお礼なら私が行きますよ」

 マルオスが首を振り。

「いや、別件で協力して貰いたい事があるのだ」


 翌日、傀儡馬車に乗ったトリスティーナは祖父と一緒に工房が在るというヴィグマン邸を訪ねた。執事らしい老人に案内され、蔵を改造したらしい工房に入る。

 中は予想していたより明るく、工房らしい道具や作業台、部品が並んだ棚などが置かれていた。

 作業台近くのソファーの上には子熊型愛玩傀儡と遊んでいるモモカが居る。肝心のエイタは、作業台の上で何かの自動傀儡らしいものを製作していた。


「今ちょっと手が放せないんで、少し待って下さい」

 エイタは来客者の顔も見ずに作業を続け、五分ほどしてから作業を止めた。その視線がトリスティーナの顔に向けられると頭をちょっと下げ。

「ああ、昨日の……」

 名前を思い出そうとしているようだったが出て来ない。

「トリスティーナです。昨日は本当に有難うございました」

 エイタはトリスティーナの後ろに立っている老人が気になった。

「そちらの方は?」

 マルオスは自己紹介をし、孫娘を助けてくれた事を感謝した。


「ところでエイタ君は、珍しい武器を使っているそうだね」

 エイタはリパルシブガンの事が知られたかとドキッとした。

「おいらは探索者として武術の腕がある訳じゃないから、武器だけは自分で工夫しているんだよ」

「君が作った武器を見せてくれないか」

 アルカデール学院の学院長に頼まれたのだ。嫌とは言えない。まずはフィストガンを見せた。


「ほう、これは小さな武器だね。威力はどの位なのだ?」

「二つのセレクトレバーで飛距離とスピードを調整する仕掛けになっていて、最低スピードの【小】で撃っても大人を気絶させる程の威力がある」

 エイタはフィストガンについて説明した。この武器は警邏隊にも販売するのが決まっているので秘密にしておく理由がない。唯一つの秘密は『見えない手』の魔導紋様に加えた改造になるが、見ただけでは判らない。フィストガンの魔煌合金製銃身に刻印された魔導紋様は刻印台を使って圧縮した形で刻印してあるからだ。

「なるほど。スピード【大】だとマウスヘッドを仕留める威力が有るのだね」

 マルオスがフィストガンを見詰めて考え込む。


 エイタは偉い学院長がフィストガンに興味を持ってくれたのは嬉しいが、ちょっと不安にもなった。

「フィストガンだが、射程距離と威力を五倍増やせないか?」

「エッ!」エイタは驚きの声を上げた。五倍と言うのは尋常ではなかった。人間を撃てばバラバラにしてしまう程の威力がある。


「こいつは護身用の武器として作ったんだ。その威力は過剰だよ」

 エイタは五倍と言う数字を聞いて何に使うか予想がついた。

「軍用傀儡に使いたいのだ」

 エイタは首を振った。『見えない手』の魔導紋様は複雑なもので、そこまで威力を上げるには大改造が必要になる。本当に可能かどうかも判らない。

 エイタは正直にそう答えた。


「そうか、実現するのに時間が掛かりそうだな。他にも自作の武器が有るのだろ。それを見せてくれないか」

 エイタは仕方なくショットボウを見せた。メルクに渡す為に整備しているものだ。

「これは! ……変わったクロスボウだね。ボルトの代わりに鉛の塊を撃ち出すのか」

 トリスティーナはショットボウを見て。

「アッ、それモモちゃんが使っていた武器と一緒ね。小さい子供がどうやって弓を引き絞るのか不思議に思ったんだけど」

 実際、モモカが使っているのは<斥力リング>を追加したハイブリッドボウなので違うのだが、外見は似ているのでトリスティーナは勘違いしたようだ。

 エイタはマルオスに起動スイッチを入れるように指示した。

「これかね」

 マルオスがスイッチを入れると自動的に弦が引き絞られる。それを見たトリスティーナとマルオスは目を丸くして驚いた。

「なるほど、これにも『見えない手』が使われているのだね。試し撃ちを許可してくれないか」


 エイタは承知し裏庭に案内する。そこには新しい丸太が立てられていた。前の奴はボロボロになったので変えたのだ。

「あの丸太を的にして下さい」

 マルオスは十五マトル《メートル》程の距離から丸太を狙って引き金を引いた。発射された鉛の弾丸は丸太に命中し揺らす。鉛弾は丸太に少し減り込み衝撃で変形している。

「中々の威力だ。それに自動でまた弦が引かれた。連射が可能なのか?」

「ええ、弾倉には十発の弾が入っているので、それが尽きるまで連射出来ます」

 マルオスはショットボウが気に入ったようだ。

「ショットボウの威力を上げ、軍用傀儡に使わせるのは可能だな」

 エイタは頷いたが。

「可能ですが、おいらの工房じゃ作れませんよ」

 マルオスは何故だと尋ねる。

「おいらが自由都市連盟の人間じゃないからです。よく知らないですけど審査が有るんでしょ」

 学院長は思いっきり顔を顰めた。軍事機密を守る為、軍関係の発注には審査が必要で外国人の居る工房には発注の許可が下りない。


「そうなのか」マルオスが困ったと言う顔をする。

 その顔を見てアルカデール学院の学院長が、何故軍関係の仕事をしているのか気になった。尋ねると。

「昨年の高級酒楼毒殺事件を覚えているか?」

「ええ、自動傀儡に関係する者が大勢死んだと聞いています」

「そうだ。軍関係の仕事をしていた者が多くてね。連盟総長に頼まれ、死んだ研究者の仕事を引き継いだのだよ。その一つが軍用傀儡に使わせる遠距離攻撃武器なのさ」


 『見えない手』の魔導紋様は一般的にしられているので、研究すれば同じようなものを作り上げるのは不可能ではない。だが、それに時間と人員を割くのが惜しいとマルオスは考えた。

「この工房でショットボウの製作は出来ませんが、ショットボウに使っている魔導符だけでも販売しましょうか」

 軍も使っている部品の製造元までは審査しないので、何処かの工房に製作を頼めば軍用傀儡専用ショットボウが作れるだろう。

「ありがたい」

 ショットボウが軍用傀儡に応用出来そうだと知ったマルオスは、それ以上エイタが作った武器を見せてくれとは言わなかった。トリスティーナは不満そうな顔をしていた。リパルシブガンについても聞きたかったのだろうが、出しゃばる事はなかった。


 その後、アンナとマリベルの実家で軍用傀儡専用ショットボウを製作する事が決まり、マルオスは押し付けられた問題をクリアする目処めどを着けた。


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