scene:36 次期主力軍用傀儡の開発
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新たなキャラクターが登場します。
自由都市連盟の首都ユ・ドクトの東側には軍の施設が多い。軍用傀儡の開発研究所もそこに在り、その会議室では喧々諤々の討論が起きていた。
春の日差しを受け暖かくなった風が会議室に春の香りを運んで来る。その香りに気付く余裕のない者達が会議室に集まっていた。
主要な論客は三人、職人ギルドの副本部長でありヒュナム傀儡工房の主であるマクバル・ヒュナムと軍の工廠長であるオベル・ベリアール、最後はアルカデール学院の学院長であるマルオス・イリュモルである。
マルオスは自動傀儡工学を教える教師だったが、努力して名の知れた研究者となり今では学院長である。ひょろりとした体格に細長い顔、白い髭を伸ばした姿は、賢者のように見える。
「新たな開発チームが組まれて約一年、こう何度も要求仕様が変わっては永遠に次期主力軍用傀儡など完成しませんぞ」
怒りの言葉を発しているのはマルオス学院長である。彼ら三人の下に設計者十二人が日夜頑張って軍用傀儡の設計を進めているのだが、設計が終了に近付く度に参謀本部が要求仕様を変更した。
一年前、最初は現在の主力軍用傀儡モルガートに似た人型で素早さを身上とする軍用傀儡になる予定だった。だが、ジッダ侯主連合国が開発している軍用傀儡が装甲は厚いけれども速い動きをすると伝わり、参謀本部は開発チームに装甲を厚くするように要求した。
それを聞いた設計担当の者達は絶叫した。もう少しで設計が終わる処だったのに、ほとんどやり直しである。不眠不休で設計者達の再設計作業が始まった。夏だった季節が秋になり再び設計作業の終わりが見え始めた頃、ブロッホ帝国から次期主力軍用傀儡の情報が齎された。
大柄の男性に匹敵する重さの戦槌と巨大な盾を持ち、立木など薙ぎ倒して進む剛力を発揮する巨大な軍用傀儡らしい。参謀本部は設計中の開発チームにメイン武器を剣から威力の有るウォーアックスに変更するように指示した。
メイン武器を変えると言う事は武器だけを変えればいいというものではない。剣から重いウォーアックスに変えるのなら、重心を低くし馬力を上げなければ武器に身体が振り回されてしまう。
これが意味するのは設計のやり直しである。
「いい加減にしやがれ!」
「馬鹿野郎、やってられるか!」
設計者達はペンを放り投げ、仕事を止めて飲み屋に向かった。完全な仕事放棄だが、無理も無いとマルオス学院長は思う。
「おい、貴様ら戻って来い。参謀本部が変えると言ってきてるんだ。早く設計を始めろ」
丸顔で太っているオベル工廠長が大声を出す。それをマルオス学院長が抑える。
「オベル殿、今日は休ませましょう」
マルオス学院長は設計者達に金貨を渡し思う存分飲むように告げた。
英気を養った設計者達は再び設計作業に戻ったが、以前ほどの熱意はなく幾分投げやりな感じで作業を進めていた。そして、季節は冬になり、やっと設計が終わった開発チームは試作品の作製を開始した。
そして、春になり試作品が形に成って来た頃、参謀本部が遠距離攻撃用の武器を組み込めないかと言って来たのだ。
時間は戻り、会議室において。
「判っている。開発チームの者達が苦労しているのは知っているのだ」
オベル工廠長が弁解するように言う。参謀本部の要求はオベル工廠長を通じて開発チームへ伝えられるので、自然と参謀本部寄りにオベル工廠長はなっている。
「だったら、遠距離攻撃用の武器などと言い出さずに、要求を引っ込めて欲しい」
マルオス学院長が反撃する。それに応えオベル工廠長が。
「だが、カッシーニ共和国が開発している軍用傀儡に長射程の武器が組み込まれるという情報が入ったのだ」
思わず、マルオス学院長が大声を上げる。
「待って下さい。また他国の真似ですか。参謀本部は他国を真似すれば良い軍用傀儡が完成するとでも思っているのですか」
がっしりした体格で頭が円形に禿げているヒュナム副本部長が野太い声で喧嘩腰になっているマルオス学院長を止める。
「学院長、冷静に。それにオベル工廠長、今更設計のやり直しは出来ませんぞ。遠距離攻撃の手段が欲しいのなら別の方法を考えなさい」
そう言われてオベル工廠長は困ったという顔をする。
「参謀本部が戦略上主力軍用傀儡には、遠距離攻撃用の武器が必要だと言っておる」
「軍用傀儡が扱える武器を用意すればいいではないか」
マルオス学院長が言い返す。冷静な発言ではなかった。人間なら弓を持たせれば練習次第で扱えるようになるが、自動傀儡は初めから機能を組み込んでおかねば新たな武器を使えるようにはならない。
「ほう、マルオス学院長はそのような武器に心当たりがあるのですか」
そう切り返され、マルオス学院長は後悔する。ヒュナム副本部長も彼の失言に気付き。
「学院長に心当たりが有るのなら、お任せします」
問題を押し付けられたマルオス学院長は低い唸るような声を上げた後、探してみると告げ設計やり直しだけは拒否した。
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リパルシブガンの発射実験から戻ったエイタは、撃った時に発生する強い反動をどうするか考えたが、すぐには解決案を思い付かなかった。
取り敢えず、セレクト【3】までなら使えそうなので、使いながら改良していこうと決めた。但し人前ではあまり使わないようにしようと考えた。あの威力を見れば必ず欲しがる者が出て来る。職人としてのプライドにかけて未完成の作品を他人に提供するなど出来なかった。それに軍関係の者に見付かれば必ず量産し自軍の兵士に装備させると言い出すだろう。
しかし、この武器は量産が難しいと思う。<斥力リング>に使う魔煌合金は、赤煌晶と神銀を使った赤煌神銀で一つ作るのに金貨七枚程、リパルシブガンには十五個の<斥力リング>を使うので合計金貨一〇五枚、その他の部品や製作費を合わせると金貨一二〇枚にはなるだろう。
自前で赤煌晶と神銀を手に入れていなければ試作するのも躊躇う金額である。
もう一つリパルシブガンを他人には知られたくない理由が有る。エイタが地下迷路採掘場で発見し記憶した魔導紋様の中に一般的に知られていないものがあり、それを知られると狙われる危険があるのだ。
十五年前にも、ある研究者が失われた魔導紋様を発見し職人ギルドへ報告した。その三日後、その人物が家族諸共殺され研究資料の全てが奪われるという事件が起きた。エイタは下請けのウトラ工房の職人から、その話を聞きゾッとした。一歩間違えば自分も同じ目に遭うかもしれない。
<斥力リング>に使われている『斥力場』の魔導紋様も世間には知られていないものである。リパルシブガンを見ただけでは何の魔導紋様が使われているかは判らないだろうが、用心する必要があった。
エイタが作業台の前に座りリパルシブガンの改良案を考えているとテケテケと歩み寄ったモモカが口を開いた。
「あたしの新しい武器は有るの?」
正直、モモカの武器は考えていなかった。まずは自分の武器からと思っていたのだ。モモカがキラキラした眼でエイタの顔を見ている。……駄目だ。あの眼には耐えられない。
「判った。モモちゃんの武器も新しく作るよ」
「やったー!」
喜ぶモモカを見てエイタは笑みを浮かべた。
さて、リパルシブガンは反動が強過ぎてセレクト【1】でしかモモカは使えそうにない。それだとインセックボウと同等の初速なので武器を変える意味があまり無い。
そこでインセックボウの改良版として試作したショットボウとリパルシブガンの混合型を思い付いた。要はショットボウに<斥力リング>を三個だけ組み込んだものだ。この組み合わせでリパルシブガンのセレクト【2】相等の初速が得られ、気になっていた反動はモモカでも耐えられるレベルで済む。
試作してみると中々良い武器に仕上がった。名前は『ハイブリッドボウ』と名付けた。安易なネーミングだと思うが、エイタにそんなセンスを期待してはいけない。
試射をしてみるとセレクト【2】の威力と軽い反動を確かめる事が出来た。弾倉には一〇発の専用弾が詰められるように設計されており、連射スピードもインセックボウの二倍になった。
専用弾(亜鉛鍍金銅弾)を二〇〇発、弾倉も一〇個作製した。
モモカにハイブリッドボウと弾倉を渡すとニコニコしながら裏庭へ行き、丸太を穴だらけにするまで試し撃ちをする。
「お兄ちゃん、最高」
頬を赤く染め、ハイブリッドボウを連射するモモカの姿は中々シュールな光景だった。
「モモちゃん、明日迷宮へ行って実際の威力を確認しようか」
「うん、行く」
翌朝、カトブレパスの革鎧を着け新しい武器を持って迷宮へ行く。まずはライオス迷洞の七等区へ向かった。ここに居るマウスヘッドとウィップツリーで新しい武器の威力を試そうと思ったのだ。
急いで八等区までを走破し七等区に入ると魔物を探した。<索敵符>を使うと右の奥に居る魔物の存在を感じた。
「モモちゃん、右の方に魔物が居るから、気を付けて」
ここまで魔物と遭遇してもフィストガンで仕留めていたモモカは、初めてハイブリッドボウを構えた。バーサクラット等の雑魚に専用弾を使うのは勿体無いとエイタに言われ、控えていたのだ。
薄暗い洞窟の中、エイタとモモカは二股の分岐路に辿り着いていた。右の洞窟から騒がしい鳴き声が聞こえ四匹のマウスヘッドが姿を現した。小柄なネズミ頭の魔物はショートソードを持っていた。距離は七マトル《メートル》程。
「撃つね」
モモカがハイブリッドボウの引き金を引いた。鋼鉄パイプの中に込められていた専用弾が引き絞られた弓が戻る力で加速し、パイプの先端部分に組み込まれた<斥力リング>によりもう一段加速する。
ハイブリッドボウから発射された専用弾は音速を超え瞬時に先頭のマウスヘッドの頭を撃ち抜き、その後ろに居たマウスヘッドの首に減り込んで止まった。同時に二匹のマウスヘッドが倒れたので、残った仲間達が騒ぎ始める。
ショートソードを矢鱈と振り回し、二人を威嚇しながら襲い掛かって来た。
今度はエイタの番である。リパルシブガンを構え前に居るマウスヘッドの頭に狙いを付ける。引き金を引くと専用弾が発射され、魔物の頭に命中し息の根を止めた。セレクト【1】での射撃だったので、頭蓋骨を貫通する威力は無かったようだ。
最後に残った一匹は仲間が殺られたのを見て逃げようとした。そこへモモカの持つハイブリッドボウからもう一発が発射され背中に命中し倒れた。今度は<斥力リング>をオフにしての射撃だったので、最初の一発のような威力は無いが、マウスヘッド程度なら通用する。
エイタはハイブリッドボウの威力を見て満足した。モモカの武器として申し分なく、『雷衝撃』や『凍結』の魔導紋様を刻印した雷撃専用弾や凍結専用弾を作れば強敵でも通用するだろう。
「だけど、マウスヘッド程度に専用弾を使うのは勿体無い。銅貨をばら撒いているのと同じだもんな」
専用弾には大量の銅を使用しているので材料費が半端無く高い。
「ん……雑魚用の武器が必要か。フィストガンでもいいが、懐に入られた時には飛び道具より剣か打撃武器の方が有効か」
エイタが考えている間、モモカは仕留めたマウスヘッドからマナ珠を回収している。その笑顔からハイブリッドボウに満足していると判る。
それ以降、ハイブリッドボウとリパルシブガンを使って魔物を掃討しながら先へと進んだ。ライオス迷洞を抜け峡谷迷宮へ入った。薄暗いライオス迷洞から抜け出すと開放感の有る樹木が生い茂った地形に出る。両側は岩壁で塞がっているが、上方には太陽と青い空が有るので、幾分ホッとする。
串刺し鳥の集団が襲って来る場所では<魔盾符>のマナシールドで攻撃を防ぎ、マッシブツリーが出没するポイントまで来た。エイタは用心深く周囲に気を配りながら進んだ。
ここでマッシブツリーと戦うつもりはなかった。雷撃専用弾や凍結専用弾を用意して来なかったので仕留められるかどうか判らない。
その時、前方から悲鳴が聞こえて来た。数人の探索者が必死の表情で逃げて来る。どうやらエイタ達が見付けた神銀の採れる採掘場所を探し、この辺りを彷徨いている時マッシブツリーと遭遇したらしい。
定期的にメルク達と一緒に神銀を採掘しヴィグマン商会で販売しているので、メルク達が迷宮の何処かで神銀の採掘場所を見付けたというのは探索者の間で知られている。その中にはメルク達を付け回している質の良くない探索者も居て、メルク達は追跡者を巻いてからエイタ達と合流するようにしていた。
逃げて来る者達を観察するとメルク達を付け回している者とは少し毛色が違うようだ。エイタの耳に甲高い声が聞こえて来た。
「何で、あんな化け物が居るのよ」
「知らないわよ。あれは六等区に居るような魔物じゃない」
「きゃあ、誰か助けてよぉー」
探索者が迷宮で負傷したり死ぬのは自己責任だとエイタは思っている。助けを叫んでいるのが経験豊かなオッさんだったら無視していただろう。
「モモちゃん、あの人達を助けるぞ」
「判った」
エイタは逃げ惑っている三人の女の子達に向け大声を上げた。
「こっちに来い!」
その声に気付いた女の子達は死に物狂いで方向転換し駆けて来る。その後ろにはマッシブツリーが四本の腕枝を振り回しながら女の子達を殺そうと不格好な根っ子を動かし追っている。
エイタはリパルシブガンを持ち上げセレクトレバーを【3】にする。
マッシブツリーの急所は根っ子と幹の接続部分である。そこが傷付くと歩けなくなり、完全に切り離すと死ぬ。今までは急所など考えず雷撃ボルトや凍結ボルトを使って内部細胞をズタズタにして倒していたが、今回は雷撃専用弾や凍結専用弾を用意してないので、急所を狙わなければならない。
エイタとマッシブツリーの距離が二〇マトル《メートル》程になった時、引き金を引いた。リパルシブガンから専用弾が飛び出す瞬間、バンと言う乾いた音がし大きな反動が肩を叩く。
専用弾は狙い通り根っ子の付け根に命中する。足のように動く根っ子は四本、その一本の付け根に当たった専用弾は大きな穴を穿つ。その途端、マッシブツリーの動きがおかしくなった。四本の腕枝は元気に振り回しているが、穴を穿たれた根っ子を引き摺るようになっていた。
エイタは続け様にリパルシブガンの引き金を引いた。バン……バン……バン……と発射された専用弾はマッシブツリーの根っ子をボロボロにする。弾倉の一〇発全てを撃ち尽くした時、マッシブツリーが大きく揺らぎドカッと横倒しになった。
逃げていた女の子達はエイタとモモカの所まで辿り着くと、その背後でマッシブツリーとエイタの戦いを見守っていた。専用弾がバンと言う音と伴に撃ち出された時、三人共ビクッと驚きマッシブツリーの根っ子に穴が空いたのを知ると驚いた。
三人はアルカデール学院の魔導工芸クラスに所属する学生であったが、こんな武器は見た事がなかった。弓やクロスボウと違う遠距離攻撃武器。授業で幾つかの魔工兵器につても習っているが、そのどれにも当て嵌まらない。




