scene:35 新しい武器
第3章 迷宮探索編の始まりです
メルク達がエイタを見掛けなくなって一〇日が過ぎた。気になったメルクがヴィグマン商会のアリサに聞くと、装備のほとんどがカトブレパスに壊され、新しい装備を開発中だと教えてくれた。
「新しい装備か、どんな奴だろ。見に行こうぜ」
ヒューイが野次馬根性丸出しで声を上げた。メルクは邪魔になるんじゃないかと思ったが、自分も新しい武器には興味があるので、メルク、ヒューイ、ジャスキーの三人でヴィグマン邸の工房へ出掛けた。
「師匠、居ますか?」
工房では、モモカが「キャッキャッ」と笑い声を上げアイスとじゃれていた。その傍でエイタが作業台で何かの設計図を書いている。
「居るぞ、何か用か」
メルクはエイタが新しい装備を作っていると聞いて見に来たと告げる。
「お前ら暇なのか」
「暇じゃないけど、気になったんで来たんです。出来上がった装備は一つもないんですか?」
「有るよ。見たい」
エイタの代わりにモモカが応え、後ろにある棚から革鎧を持って来る。モモカのものらしく小さな革鎧でメルク達の知らない皮で作られていた。
「これは?」
ジャスキーが革鎧を受け取り、手触りや引っ張って強さを確かめる。自分の革鎧と較べ重いのに気付いた。その代わり丈夫そうである。
「カトブレパスの皮を鞣して作った二枚重ねの革鎧だ。内側の革は衝撃を吸収するように柔らかく仕上げてあり、外側は樹脂を使って硬化処理を施した革を急所をカバーするように縫い付けてある。試してみたが通常の剣じゃ掠り傷が精々出来るだけだった」
ヒューイが羨ましそうな顔をしてモモカの革鎧を見た。
「師匠は革鎧も作れるんですね」
「おいらは傀儡工だぞ。革の扱いも心得ている」
「他に何を作っているんです?」
メルクが工房の中を見渡し、それらしい物がないか探した。だが、見付からない。
「後は設計段階だ」
三人は作業台に載っている設計図を見た。そこには奇妙な自動傀儡が描かれていた。迷宮で疲れたモモカが足を引き摺って歩いているのを見て必要だと考えたモモカの乗り物である。
設計するに当って、どういうものにするか考え、まずはどんな地形でも走れるような傀儡を目指し蜘蛛のような八本足を考えた。
胴体は蜘蛛のように頭胸部と腹部に分ける必要が無いので、上から見ても横から見ても楕円形の胴体にする。モモカが乗る座席のような部分が必要なので胴体の一部を刳り抜くような形で加工し座席と掴まれるように瘤のようなものを付ける。そして、後部には胴体内に荷物が入れられるように開閉部を組み込む。最後に球形の頭部を付ければ完成である。
その設計図をモモカに見せると。
「変な形……ラクダさんの胴体に八本の蜘蛛の足と蟻さんの頭を無理やりくっ付けたみたい」
とのご感想を貰った。ラクダが何かは判らないけど、モモカの故郷に居る馬に似た動物らしく、背中に瘤が有るとは奇妙な動物だとエイタは思った。
「武器の製作は未だなんですか?」
メルクの質問にエイタは顔を顰めた。インセックボウの改良版を作っていたのだ。小指が入るほどの鋼鉄パイプの両端を残しパイプを縦に貫通する裂け目を入れたものを弓床代わりに使ったクロスボウである。
鋼鉄パイプの裂け目に弓の弦を通し、裂け目に沿って弦を引きパイプの中に入れたものを弾き飛ばして攻撃する武器だった。
何故、そんな奇妙な弓を考案したかというと、ボルトや矢ではなく球体の弾やモモカに聞いた銃弾の形をした弾を使えれば、連射回数を増やせると思ったのだ。
ボルトや矢だと持ち運べる数がかなり制限される。使い捨てにはなるが攻撃力が増すと考え製作した。更に弦を引くのは傀儡義手ではなく『見えない手』を使って引くようにしたので形状はインセックボウよりすっきりしたものになった。
作ってはみたものの威力が今一つだった。一応名前を『ショットボウ』と付けたが、エイタとしてはボツ作品だった。弾を工夫すれば威力が増すと思うのだが、使い捨ての弾に魔煌合金を使い魔導紋様を刻印するのももったいないと感じてしまう。
色々と改良しインセックボウ並みの初速が出るまでにはなった。弾倉も取り付け、弦が引かれると自動的にバネの力で弾が込められるように工夫した。
しかし、インセックボウ並みでは意味が無いのだ。ショットボウの話を聞いたメルクはインセックボウとどう違うのか見たくなった。
「師匠、そのショットボウを見せて下さい」
メルクが頼んで来たので棚に置いてある木箱の中から試作品のショットボウを取り出し渡した。
「ボルトじゃなくて、こんな小さな鉛の塊を撃ち出すのか」
ショットボウで使う弾は鉛製の銃弾型である。球体より銃弾型を選んだのは、こちらの方が命中率が高かったからだ。メルクはエイタの許可を貰って試し撃ちをした。
ショットボウを構えてみるとインセックボウより重いように感じた。全体的に鋼鉄を多用したからだろう。標的は裏庭の丸太である。何度も試し撃ちをしたらしく穴だらけになっている。
メルクがショットボウの起動スイッチを入れると組み込まれている魔導符が起動し『見えない手』が生まれる。その不可視の手は音もなく弦を引く。不思議な感じだ。傀儡義手の場合は目に見えるので違和感がなかったが、今回の場合傍に幽霊が現れ弦を引いたように感じギョッとする。
驚きが治まった時には弾が鉄パイプの端にセットされていた。静かに引き金を引くと金属同士がこすれ合う音がし、弾が丸太に向かって飛翔した。初速はインセックボウと同じ位だと聞いたが、弾は視認出来ず気付いた時には丸太に減り込んでいた。
「中々いいじゃないですか」
「威力の点で駄目だ。カトブレパス級の魔物を相手に戦える武器じゃない」
メルクはショットボウが気に入った。エイタから威力がないと聞いても、それはカトブレパス級の魔物に対した場合だけで、メルク達が相手にする鬼山猫やマウスヘッドなら十分な殺傷能力を持っている。
それに雷撃ボルトや凍結ボルトと同じような弾をエイタに作って貰えば、かなり手強い魔物でも倒せるはずだ。
メルクはショットボウを購入出来ないか頼み込んだ。エイタは苦笑しながら。
「しょうがないな。世話になっているメルクの頼みだから、金貨三枚で売ってやるよ」
「ありがとうございます」
試作品とはいえ材料費や手間を考えると金貨三枚は安い、メルクは大喜びで購入した。
後にショットボウは自由都市連盟軍の制式装備となり、輜重隊や弓兵部隊の一部が弓の代わりに装備するようになる。弓兵部隊が全面採用しないのは近接距離ではショットボウの威力が勝るが、長射程ではロングボウの方が優れていたからだ。
メルク達が帰った後、改めて武器の構想を練る。弓のようなバネの反発力を使っ武器では限界があると感じ、他の方法を考える。
モモカの故郷の武器について聞いてみるとモモカが色々教えてくれた。代表的なのが『銃』や『鉄砲』と呼ばれる火薬の爆発力を使って物を撃ち出す武器、『刀』と呼ばれる剣の一種、『ミサイル』と呼ばれる火を吹きながら飛んで行き目標で爆発する武器、『ビーム』と呼ばれる強い光で攻撃する武器、そして『レールガン』と呼ばれる銃に似ているが火薬を使わない武器。
最後の方になるに従いモモカの説明はあやふやな物になる。幼い子供に武器を説明しろと言うのが、土台無理な話なので、曖昧な説明でもモモカに感謝した。
『ミサイル』や『レールガン』はヒントになった。今まで最初にドカンと大きな力で高初速を得るにはどうしたらいいかと考えていたが、段々と加速させる方法もあると気付いたのだ。
加速すると言う言葉で『慣性加速』の魔導紋様が頭に浮かんだが、これは発射体の方に刻印し加速させるものなので武器自体には使えない。
エイタは記憶している魔導紋様を全てチェックし『斥力場』が使えるかもと閃いた。『斥力場』の魔導紋様は特定の物質を遠ざける力の場を作り出すもので、同じ極同士の磁石に似ている。
試しに鉛に対して斥力を生む『斥力場』の魔導紋様を指型の魔煌合金に刻印し<斥力リング>を試作してみた。試作した<斥力リング>を作業台の上に置き、その上に拳ほども有る鉛の塊を置いてからリングに魔力を流し込んだ。
その瞬間、鉛の塊が上に撥ね飛ばされ天井にゴツッと当たった。跳ね返った鉛の塊がモモカの方へ落ちて行く。その時、モモカと一緒にいたアイスの目がキラリと光ったように見えた。
素早く爪を伸ばしたアイスは、落下中の鉛に爪を閃かせる。鉛は細分され軌道を変えエイタの目の前に落ちた。
「ヘキョ」
アイスが鳴き声を上げた。モモカに頼まれ鳴き声を上げられるように改造したのだ。アイスだけのなので一番珍しい銀色角カエルの角笛を使ったのだが、最初に披露した時のモモカとアリサの反応はちょっと微妙だった。
「ウワッ、アイスが守ってくれたんだ。ありがとう」
「ヘケッ」
モモカはヨシヨシとアイスの頭を撫でる。
「お兄ちゃん、今のは何?」
「新しい武器の実験だよ」
モモカは作業台に置かれているリングを見て。
「これが武器になるの?」
「こいつを幾つか繋げてパイプ状にしたものを考えているんだ」
エイタは今の実験でリング一つでどれほどの力を持つか見当を付け、必要な威力を得るには少なくとも一〇個程は同じようなリングが必要になると考えた。
鉄パイプの端に<斥力リング>を取り付け、鉛玉の発射実験をしてみる事にした。取り敢えず、裏庭に行き鉛玉をセットして鉄パイプに取り付けた<斥力リング>に魔力を流し込む。
標的は先程使った丸太である。鉄パイプから飛び出した鉛玉は丸太にぶつかり少し凹みを作ってポトリと地面に落ちた。威力としてスピードを【小】にしたフィストガンと同じ位だろう。
次に<斥力リング>をもう一つ作り、鉄パイプの真ん中に取り付け発射実験しようとして問題に気付いた。斥力場はリングの内側に発生するが、その力は全方向に向けて放たれるので同時に斥力場を発生させると鉄パイプの中で鉛弾にブレーキが掛る。
解決方法として、すぐに思い浮かんだのはリングを通り抜けた瞬間に斥力場を発生させる事だ。だが、鉛弾のスピードを考えると途轍もなく精密なタイミングで制御しなければならなくなる。
「無理だな。他に方法がないか調べるとしよう」
エイタは頭の中に記憶しているセグレム語で書かれた魔導刻印理論を紙に書き出し翻訳しようと頑張った。『基魂表示』や『組成変性』等の前から使っている魔導刻印理論は翻訳し理解しているのだが、初めて使う『斥力場』は簡単な説明部分しか翻訳していなかった。
『斥力場』の魔導刻印理論を書き出した紙を前に唸っているエイタに、モモカが近付き膝の上に腰掛ける。
「お兄ちゃん、何をしてるの?」
「難しい理論のお勉強だよ」
何気なく紙を見ていたモモカが声を出して読み始めた。
「このマドウモンヨウの……んー……キソとなっているゲンリは、……ぶー……ブツシツの最小単位であるゲンソが持つ……カクリョクに反発する場の力をケイセイ……」
「エエーッ。モモちゃん、これが読めるの?」
「うん、読めるよ」
モモカが『偉いでしょ』と胸を張る。
エイタは驚きと同時に何故セグレム語をモモカが読めるのか疑問に思った。
「モモちゃんの国ではセグレム語を使っているの?」
「違うよ。こんな字、初めて見た」
……何故初めて見た字が読めるんだ。エイタは前に見たモモカの基魂情報に『自動翻訳:三級』と言う魔導スキルが有ったのを思い出す。
「そうか、自動翻訳と言うのは、こういう力だったんだ」
その後モモカに頼んで魔導刻印理論を翻訳して貰い突破口を見付けた。色々な元素の斥力場の中で、ある元素が斥力場を遮断する力を持つと書かれていたのだ。例として、銅の斥力場は亜鉛に依って遮断される。
この特性を利用すればと考えた。銅製の弾に底部だけ除いて亜鉛で鍍金したものを銃弾とし、<斥力リング>には銅の斥力場を形成する魔導紋様を刻印して使うのだ。
これなら前方に有る斥力場は亜鉛で遮断され、リングを通過した時に底部の銅が斥力場の力を受け加速する。簡単な仕組みだが、上手く行きそうである。
早速、銅の<斥力リング>二つを取り付けた鉄パイプと亜鉛鍍金銅弾を作製する。但し、<斥力リング>の製作には黒煌晶と銀の魔煌合金が必要だった。黒煌晶は最も希少な魔煌晶である。それを使って作られた<斥力リング>は凄く高価なものとなった。
二つの<斥力リング>に魔力を流し込んでから鉄パイプに亜鉛鍍金銅弾を押し込むとヒュンと言う音がして弾が発射された。弾は丸太に命中し少しだけ減り込んだ。
「成功だ!」
発射実験に成功した後は、急ピッチで開発は進んだ。<斥力リング>を十五個使った斥力加速銃身、肩当ての銃床の中に組み込んだ魔力供給タンクと<魔力制御符>、引き金に銃把等を組み立てると新しい武器である『リパルシブガン』が完成した。
銃把の近くにセレクトレバーが組み込まれ五段階に威力を調整可能になっている。調整方法は十五個の<斥力リング>に流れる魔力の制御で実現する。セレクトレバーを一つ上げる毎に三個の<斥力リング>に導線が接続され魔力が流れ込む。
最低の威力であるセレクト【1】では三個の<斥力リング>しか使用せず、威力はインセックボウとほぼ同等と推測していた。エイタの計算ではそうなるのだが、実際は試射して確かめなければならない。
実験場所として選んだのは都市の北部にあるオルンの森である。アリサが所有する傀儡馬の馬車を借り、エイタとモモカはリパルシブガンを持って出掛けた。
二時間程で森に到着する。この森は起伏の激しい地形である為に開発されず、原始林が広がってる場所である。道が途切れた場所で馬車を降り森の中に分け入った。岩山の裾野に木々に囲まれた野っ原があり、そこで発射実験を行う事にする。
「ここ迷宮? インセックボウ持って来てないよ」
フィストガンだけを腰に下げているモモカが周りを見回し不安そうな声を上げた。
「ここはただの森さ。魔物は居ないから大丈夫だよ」
モモカを安心させてから、セレクト【1】で試射してみた。二〇マトル《メートル》先にあるやっと抱えられるほどの太さの立ち木に狙いを付け引き金を引く。軽い反動が有り、ヒュンと言う音を発して飛翔した弾丸が幹に減り込んで止まった。
「インセックボウと違って反動が有るんだ」
結果はほぼ予想通りだったので、セレクト【2】で試射してみた。先程より強い反動が有って、標的にした幹に深く減り込んだようだ。
既にインセックボウの威力を超えていた。セレクト【3】で試射すると肩を殴られたような反動があり、バンと爆発音が聞こえた。標的にした立ち木を確かめると、立ち木を貫通した弾は背後の岩に命中し大きなひびが走った。
「な、何だ。この威力!」
リパルシブガンは予想を超える威力を示し始めていた。
ちょっと不安はあったがセレクト【4】を試してみた。肩にドカッという衝撃がありエイタは仰向けに倒れた。先程より甲高い爆発音が耳を震わせた。弾は何かに命中し爆発したようだ。
「うっひゃあ」背後でモモカの驚きの声が上がる。
起き上がって確かめてみると、弾が大きな岩に命中し粉々に砕いていた。音の二倍を超える速度で岩に命中した亜鉛鍍金銅弾は岩に減り込んで爆散し、その衝撃で岩を砕いたのだ。
セレクト【5】を試すかどうか躊躇ったが、いつかは試すのだからと姿勢を低く構えてから大岩に狙いを定め引き金を引いた。肩が爆発したような衝撃を受け体が一回転してから地面に倒れた。
弾は狙った大岩を外れ一〇〇マトル《メートル》先にある岩に命中し、その岩を粉々にしてしまった。
エイタは地面に倒れたまま舞い上がった土煙を見て呟く。
「威力は申し分ないけど、何か考えな使えないな」
2016/4/18 正式武器 =>制式装備 修正