scene:33 召喚罠
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翌日、エイタとモモカがフル装備でライオス迷洞へ向かった。防具は安物の革鎧を二人共装備し、インセックボウが入ったショルダーバッグとフィストガンはもちろん、エイタはキメラスピアも持っていた。
ライオス迷洞の入口の前で、ヴィリス支部長とモロボブに合流する。ヴィリス支部長は高難度迷宮で活躍した探索者で片手剣の使い手でもある。褐色のミノタウロス革鎧を着け腰に片手剣を帯びた姿は、戦女神のような威厳が有った。
黙っていれば戦女神なのだが、喋ると何処かの姉御と言う感じになってしまうのは残念である。
もう一人のモロボブはエイタ達と同じような安い革鎧と短槍を持っており、装備から推測すると探索者となってから、それほど日にちが経過していないようである。昨日連れていた狩猟犬の姿は無い。モモカの実力を試すだけだからであろう。
エイタ達もアイスを連れて来ていなかった。アイスに頼らなくてもちゃんと探索者としてやっていけると証明する為だ。支部長がモモカの方に視線を向け。
「お嬢ちゃんの武器は無いのかい?」
「有るよ」
モモカはショルダーバッグからインセックボウを取り出した。それを見た支部長は鋭い視線で観察する。
「クロスボウに傀儡の腕を付けたのか。また奇妙な物を作ったもんだねえ」
支部長が呟くように言う。それを聞いたモロボブが反発するように。
「こけ脅しだ。そんな変なものが迷宮で役立つもんか」
エイタは肩を竦めただけで反論しなかった。実際に威力を示せばいいだけだと思ったからだ。
四人が揃ったので迷宮へ入る。等外区は素通りした。アモンバードが近寄って来たがエイタのキメラスピアで頭を潰して終わった。九等区へ入った四人はモモカを先頭にして進んだ。
九等区は活動している探索者の数が一番多い場所で、向かう途中に何人かの探索者と行き交う。ヴィリス支部長の姿を見た彼らは驚いたような表情を浮かべてから、挨拶をしエイタ達を追い抜いて行った。
モモカはエイタから借りた索敵符を使って魔物の位置を探る。魔力制御を習得したモモカは索敵符を使えるようになっていた。
それを目にしたヴィリス支部長は目を細めてモモカを見詰める。
迷路状の洞窟の奥を指差したモモカが眼をキラキラさせて告げる。
「向こうに三つの反応があるの」
モモカは魔物を狩る為に反応の有った方へと進んだ。その様子は落ち着いていて魔物を恐れているような気配はない。ヴィリス支部長はこの二人が迷宮で経験を積んでいると判った。
バーサクラット三匹と遭遇した。
「オオッ、大ネズミが来たぞ。お嬢ちゃんどうする。逃げてもいいんだぞ」
モロボブがバーサクラットを見付けてモモカを囃し立てる。
モモカがインセックボウを起動すると傀儡義手が動き出し弦を引いてボルトを番える。その動きを見たヴィリス支部長は感心したように頷いた。
モモカはインセックボウを構えると走って来るバーサクラットを狙う。モモカはチラリとエイタを見て、その顔に自分に対する信頼が有るのを感じた。
モモカは小さく頷き引き金を引いた。鉄の鏃を付けたボルトが宙を駆けバーサクラットの背中に当り、その息の根を止めた。
「アッ」
倒れたバーサクラットを見たモロボブが驚いてモモカの方へ顔を向ける。その時には傀儡義手が次のボルトを番えており、モモカが再び引き金を引く。二匹目がボルトで貫かれて倒れ、最後の魔物に狙いを移す。
瞬く間に三匹のバーサクラットが倒れた。
「お見事、大人顔負けの腕前じゃないかい」
ヴィリス支部長が声を上げた。エイタが作ったのであろう新式のクロスボウも凄かったが、一度も狙いを外さなかったモモカの技量にも驚いた。
これなら低難易度迷宮の攻略も時間の問題だろうとヴィリス支部長は考えた。本当は既に攻略済みなのだが、エイタとモモカが持ち帰った素材や魔煌晶はヴィグマン商会で直売しているので、探索者ギルドでは把握していないのだ。
エイタがバーサクラットの死骸を見ながらヴィリス支部長とモロボブに尋ねる。
「これで納得して貰えただろうか?」
ヴィリス支部長は顎に手を当て考え始めたが、モロボブは首を振る。
「まだだ、バーサクラットなんか雑魚じゃないか。八等区の尾長狼くらいは倒してみせろ」
昨日は九等区で魔物を狩れるのが条件だみたいな事を言っていたのに、モモカが簡単にバーサクラットを仕留めるとハードルを上げて来た。モロボブが意固地になっているのかとエイタは考えたが、モロボブの言葉を聞いたモモカはコテッと首を傾げ。
「八等区の狼さんでいいの」
そう言うと八等区を目指して進み始める。その足取りは軽く今日の狩りを楽しんでいるようだ。モモカにとって低難易度迷宮は脅威ではなかったのだ。
暫く進むと今度はモロボブが先頭に立って進み始めた。何か意図が有るのか、探索者が余り行かない西側の迷洞に向かって行く。ライオス迷洞には東側を通って最奥部へ行くルートと西側を通って行くルートが存在する。
探索者のほとんどは東側ルートを通る。東側ルートには魔煌晶の採掘場所が多く有るのに較べ、西側ルートは採掘場所が少なく、危険な罠が有るからだ。
エイタやメルク達も東側ルートを普段は選んでいるので、西側ルートに関しては余り知らなかった。しかし、探索者ギルドの支部長であるヴィリスは知っていた。
「何処へ行くつもりだい。そちらは召喚罠が有るポイントじゃないの」
「ええ、その手前に尾長狼の出るポイントが有るんです」
ヴィリス支部長は思い出そうと頭を悩ませるが、そんなポイントは思い出せなかった。
エイタは召喚罠に興味を持ち、ヴィリス支部長に尋ねる。
「支部長、召喚罠と言うのは何です?」
「スイッチを踏むと迷宮の召喚装置が作動し特定の魔物を召喚する罠さ、中には質の悪い魔物を召喚する奴も有るんで探索者は嫌ってる」
「八等区にある召喚罠は、どんな魔物を召喚するんです?」
エイタが尋ねるとモロボブが変わって答えた。
「八等区には三つの召喚罠が有って、ウィップツリーとオークが召喚されると聞いている」
モロボブが答えてくれたのは二つだけ残り一つが気になった。エイタが尋ねると。
「もう一つは、ギルドが封印しちまったよ」
素っ気ないモロボブの答えに、エイタはヴィリス支部長へ顔を向ける。
「低難易度迷宮で活動する探索者では、絶対敵わない化け物だったんで仕方なく封印したと記録には残っている。とは言え封印されたのは遥か昔の事、私も実物には遭遇してないんで詳しくは知らないよ」
「まあ危険には近付かないのが一番だ」
モロボブは迷う事なく進み広い空間に辿り着いた。直径が三〇マトル《メートル》程のドーム状の空間で正面の壁に石碑みたいなものが嵌め込まれていた。
「おい、尾長狼などおらんではないか」
「あれっ、おかしいな」
モロボブはエイタ達から少し離れ、薄ら笑いを浮かべてから大きな声を上げる。
「約束通り、連れて来たぞ!」
エイタとヴィリス支部長はモロボブの言葉に危険の臭いを嗅ぎ取り、周囲を油断なく見回す。
背後の洞窟に人の気配がして、声が聞こえた。その声にエイタは聞き覚えが有った。
「よくやった。支部長は余計だったが、これでリッジ様の敵を討てる」
「お前、コルメン商会の副支配人じゃないか」
モーゲルの姿を見たエイタが驚きの声を上げた。やつれた感じのモーゲルの背後には二人の男がおり、一人は大きな盾を持っていた。
「オヤッ、覚えていてくれましたか」
エイタとモーゲルの会話を遮るようにモロボブが声を上げた。
「約束は果たした。早く金をくれ」
モーゲルはニヤッと笑って中央の地面に置いてある小さな袋を指差し。
「約束の金はあそこに置いてあります」
モロボブが油断なく小さな袋の方へ足を進める。
モロボブはニヤけた顔付きで中央付近に転がっている袋に手を伸ばす。モーゲルから声を掛けられた時、チャンスが来たと思った。エイタとか言う小僧なんぞどうでも良かったが、モーゲルが約束した金貨五〇枚は喉から手が出るほど欲しかった。探索者としてのレベルアップが停滞しており、新しい武器が欲しかったのだ。
ヴィリス支部長がモーゲルを問い質す声を上げる。その声には怒りが含まれている。
「私達をここへ連れて来させたのは何故かな?」
モーゲルは隈の浮き出た目でエイタを見詰め、憎々しげに声を上げる。
「リッジ様はお亡くなりになった。何もかもお前の所為だ」
コルメン商会が潰れた後、モーゲルは逃げユ・ドクトの貧民街に隠れ住んだ。だが、妻子はモーゲルを見限り彼の元から去った。豊かな生活と妻子を失ったモーゲルはエイタとアリサを憎んだ。
そこに地下迷路採掘場へ送られたリッジが死んだという知らせが届いた。それはモーゲルの心に狂気を産んだ。持っていた財貨で用心棒を雇い、エイタに罠を仕掛けた。
モーゲルの恨み言を耳にし、エイタが語気鋭く問う。
「オイラに復讐しようとここへ呼び出したのか?」
自業自得であるのにも関わらず逆恨みし、モモカを巻き込んでまで復讐しようとするモーゲルに怒りを募らせていた。
「そうだ、お前はここで死んで貰う」
甲高い声でモーゲルが喚いた。その顔には歪んだ笑いが張り付いている。用心棒らしい二人の男は剣を抜いて油断なく構えエイタを牽制する。
「そこの二人が我々を殺すと言うのかい。そこまで技量が有るようには見えないがねぇ」
用心棒二人に値踏みするような視線を向け、ヴィリス支部長が言う。モーゲルが不気味に笑ったまま。
「心配無用、貴様らを殺す相手は別に用意している」
ヴィリス支部長が怪訝な表情をしてから、ハッと何かに気付いたようにモロボブの方を見る。ちょうどモロボブが小さな袋を拾い上げる所だった。
ガコッと音がして周囲に渦巻く瘴気が光を放ち始め石碑の周りに集まりだす。神秘的な光を放った石碑は、その内に秘めた魔導紋様を浮かび上がらせた。
その貴重な魔導紋様を目にしたエイタは職人の性で特技を使って記憶する。その間にも魔導紋様の輝きが強くなり、空間が揺らぎ始める。モモカは見た事もない現象に目を丸くして見入ってしまう。
魔導紋様を記憶したエイタはモモカを引き寄せ背後に庇う。
「おい、何だこれは?」
異変に気付いたモロボブがゆっくりと一歩二歩と後退る。その顔には驚きの表情が浮かんでいる。彼には輝く魔導紋様が何か判らなかったようだ。だが、エイタは魔導紋様を見て召喚系の魔導紋様だと見抜いた。
「召喚罠だ。魔物が召喚されて来るぞ」
エイタはショルダーバッグからインセックボウを取り出し矢筒に雷撃ボルトを入れる。自動的に弦が引かれボルトが番えられた。モモカにも雷撃ボルトに変えるように指示を出す。
「お兄ちゃん、狼さんじゃなかったの?」
「どうやら違うらしい。気を付けるんだぞ」
モモカがコクリと頷いた。同時にヴィリス支部長が片手剣を抜き油断なく構える。
「支部長、どんな魔物が出て来るか判りますか?」
「残念ながら記憶に無いわ。ウィップツリーかオークだったら嬉しいんだけど」
エイタの顔に驚きが浮かぶ。
「エッ、ここは封印した罠なんですか?」
「厄介な事に、私が知っている召喚罠と位置が違うのよね」
その時、空間が怪しく揺らめき虚空から大きな魔物が姿を現した。全長五マトル《メートル》程の巨体は牛に似ており、頭だけが豚だった。地下迷路採掘場でも遭遇したカトブレパスと呼ばれる魔物だ。
カトブレパスは堅固な毛皮で身を守っており、キッズを卒業したばかりの探索者の剣や槍が通用するような化け物ではない。前回遭遇した時は倒したというより自滅したと言うのが正しいのでエイタ達が持つ武器が通用するかも判らない。
「カトブレパス……拙い」
ヴィリス支部長は自分の持つ片手剣に視線を走らせる。この化け物にダメージを与えるには片手剣などの軽い武器ではなくバスタードソードやクレイモアのような両手剣が必要なのだ。
カトブレパスは真っ赤な目をモロボブへ向けると鳴き声を上げて突進する。鳴き声は豚なのだが地面から響いてくる足音はドカッドカッという硬い蹄が地面を削る音である。
「助けて!」
モロボブが縋るような目付きでモーゲル達を見るが、冷ややかな目で見返されるばかりだった。モロボブはよろめくようにして逃げるが、すぐにカトブレパスに追い付かれ背中に前足の蹄が減り込んだ。モロボブはそのまま倒れ、グシャリと踏み潰される。
「キエーーッ!」
ヴィリス支部長が気合を発し片手剣でカトブレパスの胴に突きを入れる。十分に鋭い突きだったが、浅い傷を負わせただけだった。支部長は素早く後退し間合いを取る。
エイタが雷撃ボルトを放った。飛翔したボルトは化け物の肩に突き刺さり雷撃を放つ。火花が飛び雷撃がカトブレパスの身体を流れるが、それほどダメージを与えられなかったようで身震いすると雷撃ボルトが簡単に抜け落ち地面に転がった。
モモカがインセックボウの引き金を引いた。雷撃ボルトはカトブレパスの顔を目指して飛び、左目に突き立ち雷撃を放出する。化け物の目が焼け爛れ、盛大な悲鳴が上がった。
「お兄ちゃん、命中したよ」
「偉いぞ、モモちゃん」
エイタはモモカを連れて唯一つ脱出口であるモーゲルの居る方へと駆け寄ろうとした。その動きを見た用心棒の一人が背負っていた盾を取り出し前に突き出した。
「依頼人の命令で、あんた達を逃がす訳には行かねえんだよ」
用心棒の一人がエイタ達に言い放った。ヴィリス支部長が怒りで眼を吊り上げる。
「見下げ果てた奴らめ、この化け物を仕留めた後ただじゃおかないからね」
用心棒が肩を竦め。
「おお、怖っ。美人に睨まれるとぞくぞくするぜ」
馬鹿にするような笑いを浮かべるのを見て、エイタは雷撃ボルトを射とうかと思ったが、無駄にボルトを消費する情況ではないと思い、カトブレパスに向き直る。
片目を失い苦しんでいたカトブレパスは、血の涙を流しながらエイタ達に目標を定め突進を開始しようとしている所だった。
「避けろ!」
ヴィリス支部長の叫び声が響いた。カトブレパスはエイタを狙って突進して来た。その突進スピードはモロボブを襲った時より速く、エイタは避けるタイミングを逸した。
それでもインセックボウを盾のように使い横に飛ぶ。カトブレパスの肩がエイタを跳ね飛ばした。盾にしたインセックボウは壊れて地面に散乱しエイタはゴロゴロと転がる。
壁際で突進を止めた化け物が、身体を回転させ倒れているエイタの方へ向く。エイタの頭の中で警報が鳴り響き『逃げろ』と本能が叫んでいた。
2016/1/14 修正