scene:32 探索者ギルド
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アリサからリッジの顛末を聞いたエイタは、自業自得だと思った。コルメン商会のモーゲルは夜逃げし行方不明、コルメン商会自体も潰れたそうだ。
「これで邪魔されずに商売が出来るわ」
そうアリサが晴れ晴れした様子で言っていた。
その後、チサリーキャットは売れ続け、ウトラ工房は嬉しい悲鳴を上げた。そんな中、エイタは完成した偽魂核を持ってウトラ工房に向かった。エイタが用意した百数十個の偽魂核はウトラ工房で製作されるチサリーキャットの一ヶ月分であり当分は困らないだけの数だった。
ウトラ工房の作業場でエイタを出迎えた工房長は、少し痩せたように見える。後ろで忙しそうに働いている弟子達も疲れているようだ。
「工房長、皆疲れているようだな」
工房長が苦笑いして応える。
「ちょいと無理させているからな。だが、愛玩傀儡は流行りものだ。いつかは飽きられて売れなくなる。稼げる時に稼いでおくのが傀儡工房ってもんだよ」
エイタはそうなんだと感心し、職人達の身体を気遣う。
「体を壊さない程度に頑張ってくれ」
「おう、有り難く稼がせて貰うぜ」
エイタは後で精の付く肉でもウトラ工房へ贈ろうと思った。
チサリーキャットの製造原価は金貨七枚程度で、この中にはウトラ工房への工賃も含まれている。それを金貨十三枚で売っているので、利益は金貨六枚。ヴィグマン商会に販売手数料と輸送費を含めて金貨三枚を渡しているので、残りの金貨三枚がエイタの懐に入る。
チサリーベアより一体の利益率は少なくなったが、自由都市連盟全域の都市を相手に販売路を広げたので売上数はチサリーベアの何倍にもなるとアリサから聞いている。
ウトラ工房を後にしたエイタは帰りの道すがら考えていた。
エイタは一生優雅に暮らせるだけの金を手に入れたのだが、いつまでもヴィグマン邸の蔵を工房として使っている訳にもいかない。それで自分の工房を購入しようと考えた。そうなると金貨数百枚が必要だろう。
「自分の工房を持つとなると大変なんだろうな」
エイタは溜息を吐いた。ちゃんとした工房を持つ前に自由都市連盟の国民となり、職人ギルドに入る必要がある。ギルドに加入しないと正式な工房として認められないからだ。
調べてみると自由都市連盟の国民になるには移民という形を取るしか無いのだが、現在の自由都市連盟は移民を積極的に受け入れてはいない。
連盟議員の推薦が有れば移民の許可はすぐに下りると聞くが、生憎そんな知り合いは居ない。取り敢えず、移民の申請書を書いて役所に届けてはいる。もちろん、モモカの分も出した。
その申請書が承認されるには時間が掛かるだろうとアリサは言っていた。問題を起こさずに一〇年ほど自由都市連盟で生活し、審査に通れば国籍が取れるのだ。
普通に働くだけなら国籍は必要ではない。商業ギルドや職人ギルドへ加入する場合や役人になる場合に必要となる。因みに探索者ギルドへの加入は国籍を必要としない。
メルク達から聞いた情報によると探索者にはランクが存在し高位ランクの探索者になると望めば国籍が与えられるとの事だった。
……探索者ギルドに加入するか。それで高位ランクになって国籍を得るのが一番の近道かもしれないな……とエイタは考えた。
早速、探索者ギルドへ行こうと思ったが、その前にヴィグマン商会へ行ってアリサと相談してみた。話を聞いたアリサは眉間にシワを寄せ。
「そんなに無理して国籍を取らなくても一〇年待てば良いじゃない?」
探索者の仕事はランクが上がるほど危険になる。自分の事を心配してくれているのだと判っているのだが。
「でも、一〇年は長い。待っている間に技術が進歩し、取り残されるのが怖い」
アリサから見るとエイタの技術は、そこらの工房に居る職人より上だと思う。
「自信を持ちなさい。エイタの技術はかなりのものだと思うわよ」
エイタは『そうなのかな』と考えてから。
「でも、新しい魔導紋様を買えないのはちょっとね」
アリサはタネモル金札店で魔導紋様を買った時の様子を思い出した。あの業突く張りのオヤジはエイタが外国人だと知って魔導紋様に法外な値段を付けた。国籍を取らない限り、それは今後も同じだろう。
「探索者になっただけでは駄目なのよ。高位ランクにならなきゃ」
「それは判ってるよ。探索者はキッズ・アダー・アデプト・マスターの順でランクアップするんだろ」
アリサ自身も探索者ギルドに加入しているので、ランクの事は知っている。高位ランクと言えるのは、アデプト以上なので、高難度迷宮を中心に活動するような探索者にならなければならない。
「高難度迷宮で活動しなきゃならないのよ。峡谷迷宮なんかの数十倍も危険な場所だわ」
普通の装備で挑めるのは峡谷迷宮のような中難易度迷宮までで、高難度迷宮は専用の装備が必要になる。
それが『強化装甲鎧』と呼ばれるもので、探索者であれば誰もが憧れる装備であるが、金貨数百枚もする代物で中途半端な覚悟では手を出せない。
エイタとしては自作したいが、全く知識のないものなので設計にも入れない。
まあ、その前に中難易度迷宮の峡谷迷宮を完全攻略しないと高難度迷宮に挑むなど無理なのだ。
「無茶はしない。出来るだけ優秀な装備を整えて進めるから大丈夫だよ」
アリサが困ったもんだというように溜息を吐き。
「判ったわ。あなたが死んだら悲しむ者が大勢居るのを忘れないで」
エイタとモモカはメルク達に教えられた探索者ギルドへ行った。ユ・ドクトには三つの探索者ギルドが存在する。中央本部と二つの支部ギルドである。
エイタ達が行ったのは、探索者ギルド北支部でメルク達が所属している所である。そこは都市の北側に在る大きな煉瓦製の建物で両開きの扉があった。
その扉を開くと役所の待合室のような場所と受付カウンターが見えた。
モモカが物珍しそうにキョロキョロと見回し、受付にいる女性を見付けるとトコトコと歩き出す。その背後には当然のようにアイスが付き従っている。
エイタは苦笑しながらモモカを追って受付まで歩いた。受付は三つ有り、ごつい体格をしたオッさんと綺麗な中年女性、そしてエイタと同じ歳位の若く可愛い女の子だ。
エイタとしては可愛い女の子の方へ並びたかったが、そこには長い列が存在していた。意外にもごついオッさんの前にも列が有り、誰も並んでいないのは綺麗な中年女性の前だった。
モモカはトコトコと綺麗な中年女性の前に行き、振り返ってエイタを呼んだ。
「お兄ちゃん、ここが空いてるよ」
周りに居る探索者達の視線がモモカとエイタに突き刺さる。モモカは気付いていないようだが、エイタは気付きどういう事だろうと不思議に思った。
「済みません、ここは受付やっていないんですか?」
白いシャツに魔物の革製らしい上着を羽織り長い栗色の髪を後頭部で団子状に纏め紐で結んでいる女性が、可愛らしいモモカを見てクスッと笑い。
「受付ているよ。何の用だい?」
「ギルドに加入したいんですが、ここで手続き出来ますか」
「ああ、この用紙に記入して頂戴」
手渡された申請書を見てから、もう一枚要求した。
「もしかして、このお嬢ちゃんも入るのかな?」
女性が微笑みながら尋ねる。エイタに代わってモモカが応える。
「そうだよ、探索者になって魔煌晶をたくさん見付けるの」
「お名前は?」
「あたし、モモカ。お姉ちゃんは?」
「ヴィリスよ。よろしくね」
モモカが受付嬢と話していると邪魔する者が現れた。ごついオッさんの前に並んでいた強面の若い男だった。その男は大きな狩猟犬を連れていた。
「貴様、支部長に受付の仕事なんてさせてるんじゃねえよ」
その言葉を聞いたエイタはヴィリスの前に列が無かったのは何故か悟った。
「エエッ、支部長さんだったんですか。済みません」
エイタが謝るとヴィリスは苦笑して。
「構わないよ。私が好きで受付に座ってるんだ。……それなのに、こいつら避けやがって」
ヴィリスは威圧を含んだ視線を若い男に向けた。
「さ、避けてるんじゃなくて、遠慮しているんですよ。――それより貴様、こんな幼い子供を探索者にするとか、俺達を舐めてるんじゃねえか」
若い男はエイタに向かって凄んだ。
それを聞いたモモカが。
「あたしは迷宮だって行けるよ。アイスも居るんだから」
モモカが子熊型傀儡のアイスを指差すと、若い男は鼻で笑う。
「ふん、愛玩傀儡を迷宮に連れて行くつもりでいやがる。迷宮に連れて行くなら、こういう戦える奴を連れて行けよな」
若い男は連れている狩猟犬を撫でる。狩猟犬を迷宮に連れて行く探索者は少なからず居た。その鋭敏な鼻で魔物を発見させたり、戦わせたりする為だった。但し狩猟犬を戦わせるのは低難易度迷宮まで、中難易度迷宮へ連れて行く探索者は魔物を発見する為だけに連れて行っているようだ。
「アイスは戦えるもん!」
モモカが大きな声を上げた。それを聞いて、若い男が薄笑いを浮かべて狩猟犬をけしかけた。ちょっとした脅しのつもりだったのだろうが、アイスの自己防衛機構が反応し両手の爪を伸ばすと狩猟犬に向けて振り下ろそうとする。
そこに木製の椅子が飛んで来た。アイスは狩猟犬に向けていた爪を翻し、飛んで来た椅子を切り刻む。
バラバラになった椅子が床に散らばった。
ガヤガヤとしていた周りがシーンと静まり返った。そして、ニヤニヤ笑っていた若い男が顔を青褪めさせる。
「そこまでにしときな!」「アイス、止めろ」
ヴィリス支部長とエイタの声が同時に響いた。どうやら椅子を投げたのは支部長のヴィリスだったようだ。アイスはエイタの声で戦闘態勢を解除しモモカの足元で狩猟犬をジッと見ている。
狩猟犬はヴィリス支部長に威圧され、若い男の背後で小さくなった。
「まったく……床を犬の血で汚す気かい」
エイタは謝った。
「済みません。アイスの自己防衛機構が働いたようで」
ヴィリス支部長が眼を細めてエイタを見た。
「自己防衛機構だって……軍用傀儡についている奴かい。見掛けは愛玩傀儡なのに中身は軍用傀儡か、物騒な物を連れてるねぇ」
「モモカの護衛用として作ったんです。あっ、椅子は弁償します」
「椅子なんかいいけど、あんた傀儡工なのかい?」
エイタは頷き、若い男を睨んでいるモモカを引き寄せる。モモカはエイタの太腿に抱き付きながらも若い男から視線を外そうとはしなかった。エイタはモモカの頭を優しく撫でて落ち着かせようとする。
「年齢制限や傀儡工だと探索者になれないとか言う決まりはないですよね」
「基本、探索者は誰でもなれる。そのお陰で質の悪い奴らもいる。――幼い子供に犬をけしかけるとはどういう事だ?」
ヴィリス支部長が若い男をジロリと睨み問い質す。
若い男は一旦怯んだように後退るが、周りから注目されているのに気付き虚勢を張る。
「ちょっと脅かしただけだ。こんなガキを探索者にするとか言うんでな」
周りで見物していた者達もモモカのような子供を探索者にするのには異議があるようだ。エイタもモモカが探索者とならなくてもと思うのだが、モモカがやる気を出ししているので一緒に来たのである。
とは言えモモカを危険な迷宮へ連れて行くのは限度があるので、危険の少ない場所で魔煌晶を採掘する場合だけ連れて行こうと思っている。
「支部長、こいつの意見も一理あると思いませんか?」
受付のごついオッさんが意見を言った。ヴィリス支部長は一瞬考え込むような顔をした後。
「探索者ギルドとしては加入申請を拒否する事は出来ない。だが、迷宮に挑戦する実力が付くまで迷宮に入らないよう指導することは可能だ」
エイタは困ったような顔をした。すでに何度もモモカを迷宮へ連れて行っているからだ。
「あの~、迷宮に挑戦する実力と言うのはどうやって確認するん……です?」
エイタは偉い人と話す機会など無かったので、慎重に言葉を選びながら話していた。
「ライオス迷洞の九等区で魔物を狩れる位にならなきゃ認められねえな」
若い男が偉そうに言う。先程まで青くなっていたのに、いつの間にか復活したようだ。それを聞いたモモカが眼をキラキラさせ、エイタに確認する。
「バーサクラットと大吸血コウモリが居る所だよね」
「そうだよ」
「あたし頑張る」
モモカはすぐにでも迷宮に行きそうな勢いで声を上げた。
ヴィリス支部長としてはモモカがもっと成長してから迷宮に入るよう指導したつもりだったのだが、モモカの動きを観察して考えを変えた。歳の割に動きに力強さが有り、幼児特有の精神的脆さもないようだ。もしかしたら、既に迷宮へ潜り魔物を狩っているのかもしれない。
鋭い視線をモモカに向けたヴィリス支部長が声を上げる。
「何だ。もう迷宮へ行く気なのかい?」
「バーサクラット位は大丈夫だよ」
モモカの言葉に若い男が反発する。大人気ない男である。
「ガキが何が頑張るだよ。どうせ、その愛玩傀儡に守って貰うつもりだろう」
「違う。モモカだけでも倒せるもん」
放っておくとこのまま口喧嘩を続けそうなので、ヴィリス支部長の仲裁で明日ライオス迷洞へ行ってモモカの実力を試す事になった。それに同行するのはエイタと支部長、そしてモモカの喧嘩相手であるモロボブという若者だった。