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scene:31 コルメン商会の破滅

 例年の収穫祭には、会場となるユ・ドクトの中央公園に数万人の市民が集ったと聞いている。今年も例外ではないようで、ユ・ドクトの市民はもちろん、他都市からも数多くの者が見物や商売の為に集まって来ていた。

 優しい陽の光が差す中央公園には百を超すテントが張られ、その下では様々なものが売られていた。子供の玩具や双角小豚の串焼き、焼き菓子、魚の塩焼き、エール、地酒などのお祭りには欠かせないものから、生活雑貨、魔導工芸品、各種に武器までも売られていた。

 その他にも大道芸人が数多く集まり、ナイフ投げや曲芸、芝居小屋なども人気を集めている。


 収穫祭のメイン舞台は、中央公園のど真ん中に用意されていた。その上では有名な歌姫や吟遊詩人が芸を披露する予定になっている。収穫祭に因んで変な野菜のコンテストや料理対決とかも行われる。変な野菜というのはどう見ても足に見える大根とか人の顔に見えるジャガ芋とかである。


 そして、傀儡工房からは新作の商品を宣伝する為のテントが数多く出されている。毎年の事では有るが、収穫祭に集まる人々を相手に新作の愛玩傀儡や魔導工芸品を披露するのは、工房にとって数少ない宣伝の機会なので結構な数の工房がテントを出していた。

 その中にはコルメン商会とヴィグマン商会のテントも在った。工房でなく商会がテントを出すのは珍しいのだが、商会と工房が協力して新商品の開発をしている場合、商会が主体となって宣伝用テントを出す事もあった。


 朝早くからコルメン商会のテントでは改良型チサリーベアの紹介をしていた。

「さあ、見て下さい。この愛玩傀儡は従来の踊るという機能に加え、鳴き声で返事をするのですよ」

 コルメン商会に雇われたらしい若い女性が、新しいチサリーベアの紹介をしていた。大勢の人が足を止め、チサリーベアが踊っている姿や鳴き声を聞いて関心を示していた。

 他の都市から来た商人が踊っているチサリーベアの前に足を止めた。

「面白そうな愛玩傀儡じゃないか。……ホッホウ、鳴き声も大した工夫だ」

 すかさずコルメン商会のモーゲルが。

「お気に召しましたら、コルメン商会にご注文下さい」

「ああ、考えとくよ。……これならク・ドメルでも売れるかもしれん」

 収穫祭は三日続くので、初日に魔導工芸品などの商品を購入する商人は少ない。愛玩傀儡などは受注生産が基本なので最終日に注文し完成した商品を送って貰うのが普通だった。

 それに対し魔煌晶などの限定品なら即日仕入れる。明日まで残っているか判らないからだ。


 この時点で改良型チサリーベアの注文数は少なく、家族の為に購入する者が数人居ただけだった。それでもコルメン商会のモーゲルは不審に思わなかった。最終日になれば注文数が増えると思っていたからだ。


 その頃、エイタとモモカは祭り見物をしていた。

「お兄ちゃん、これ美味しそう」

 モモカが地走り鳥の串焼きを売っているテントに駆け寄り、炭火の上で焙られている串を食い入るように見ている。エイタは四本買って二本をモモカに渡した。

 両手に一本ずつ串焼きを持ったモモカはニコニコしながら食べ始める。エイタも齧り付くと旨い肉汁が口の中に溢れる。

「美味しいね。地走り鳥って鶏みたいな味がする」

「ニワトリ? ……モモカの故郷にはそんな鳥が居るのか」

「うん、卵をたくさん生む鳥さんなの」


 二人は曲芸を見たりテントで売っている魔導工芸品を見たりして楽しい時間を過ごした後、ヴィグマン商会のテントに向かった。そこではアリサと従業員のモーリィが新商品の愛玩傀儡を宣伝する準備をしていた。

「モモちゃん、祭りは楽しい?」

 アリサがモモカに声を掛ける。

「すご~く楽しい!」

 モモカが眼をキラキラさせ弾むような声を上げる。

「楽しんでいるのに悪いんだけど、モモちゃんにはお店のお手伝いをして欲しいの」

 モモカは以前にアリサと約束していたので、ニコッと笑って承知した。


 準備が終わるとアリサとモーリィがテントの前を通る人達に声を掛け始める。

「チサリーベアを考案した職人が、新しい愛玩傀儡を開発したよ」

「新しい愛玩傀儡ですよ。見て下さい」

 人が集まり始めた頃に、アリサが新しい愛玩傀儡を紹介した。


「ヴィグマン商会が新たに販売する愛玩傀儡は、この『チサリーキャット』でございます」

 アリサが披露した愛玩傀儡は子熊型ではなく猫型の愛玩傀儡だった。そのように変更した理由は、コルメン商会の商品と区別する為である。用意された四角い台の上でチサリーキャットが二本足で立ち上がり見物人に向けて頭を何度か下げる。その仕草は可愛く見物人が笑顔を見せた。

 そこにモモカが登場する。モモカの小さな手には三連笛が握られていた。その笛は赤色角カエルの角から作られた三つの笛を組み合わせたものである。

 エイタは灰色角カエルの角笛でいいと主張したのだが、アリサとモモカが可愛い鳴き声の方が売れると多数決で負けてしまった。製造原価は高くなったが、いいものが出来たと思う。


 今回披露しているチサリーキャットは、ウトラ工房の工房長を始めとする職人達が徹夜で作業し五体だけ完成させたものだった。エイタは予め五体分の制御コアと振動センサーを作っておいたので最終調整と確認作業だけで済んだ。そして、ウトラ工房長は死ぬ気でやるという言葉通り、祭りには参加せずに部品作りをしている。注文が入り次第、完成させて発送するつもりでいるらしい。


 アリサがモモカに頼んだ。

「回るように命令して」

 モモカは左手の親指一本だけを立て、その手をチサリーキャットに見せながら三連笛を吹く。左手を見せたのはこれから命令を伝えるという合図である。

「ミュモ、ミュ、ミィ(回れ)」

 三連笛の音色を吹き分ける事で、チサリーキャットは命令を認識し指示通りの行動を起こす。

 チサリーキャットが右回りにクルリと回り「ミュ」と鳴いた。

 見ていた見物人達が一斉に「オッ」と声を上げる。


「ミュ、ミュ、ミュモ(跳んで)」

 チサリーキャットが、その場で跳び上がって「ミュ」と鳴く。

「ミュ、ミュモ、ミュ(転がって)」

 チサリーキャットが、ゴロンと横に転がってから「ミュ」と声を上げる。


 チサリーキャットが様々な芸を見せ、踊りながら鳴き声を上げる頃になるとテントの前は大勢の人で埋まっていた。

「ほう、ここの愛玩傀儡も踊りながら鳴くのか。ユ・ドクトでは流行ってるのか」

 見物していた商人の一人が声を上げた。

「お客様、この愛玩傀儡チサリーキャットはただ踊るだけではないんですよ。なんと人の動きを真似するんです」

 その商人は意味が判らなかったようで首を傾げている。

「ものは試しと申します。実際にやってみましょう」


 見物人の中から一人の男の子を選んで実践して貰う事にする。モモカを三連笛を吹く。

「ミュモ、ミュモ、ミィ(見て真似しろ)」

 チサリーキャットに指示を出した後、モモカが出鱈目に手足を動かす。その動きに合わせてチサリーキャットが真似をする。

「あらっ、本当に真似してるわ」

 見物人の中のご婦人が声を上げた。

「あの子は売ってる商会の身内だろ。本当に真似してるか信用出来んな」


 モモカは三連笛を先程選んだ男の子に渡して「動いてみて」と告げる。三連笛を渡したのは笛を持っている人間の真似をするようにアルゴリズムが組まれているからである。

 男の子は恐る恐る右手を上げる。するとチサリーキャットも同じように右手を上げた。

「アッ、真似した」

 男の子は面白くなったようで、変な踊りを舞い始めた。腰をくねらせ、ぴょんと飛び跳ねる。チサリーキャットも腰をくねらせ、飛び上がるが着地に失敗しバタリと倒れる。

「ミュモ・ミュモ」

 起き上がったチサリーキャットが「失敗・失敗」と言っているかのように鳴き声を上げ、また男の子の真似を始める。


 その様子が可笑しかったのか見物人達は大笑いする。ここに集まった見物人達は口コミでチサリーキャットを広めてくれたようで、次から次に見物人が押し掛け大盛況となった。

 初日に九体の注文が入り、アリサは満足する。二日目もテントの周りに人山が出来、宣伝としては大成功を収めた。注文も二十四体入り、アリサはほくほく顔になる。


 一方、コルメン商会のテントの方はぼちぼちといった感じで、ある程度人は集まるのだが、それが商売に結びつかないようで注文は数体止まりだった。

「リッジ様、売上が思ったほど伸びませんが、大丈夫でしょうか?」

 モーゲルが赤ら顔のリッジに問い掛ける。この時、リッジは祭り見物をほとんどしていなかった。知人の有力者達と酒宴を開き、馬鹿騒ぎをしていたからだ。例年の事なのだが、馬鹿騒ぎを三日続けるのが慣わしとなっているのだ。

「心配いらんだろう。明日になれば注文がどっと増える。お前達は怠けるんじゃないぞ」

 そう言い残して馬鹿騒ぎを続けに戻っていった。もし、リッジが祭り見物を行いヴィグマン商会のテントに気付いていれば、早めに対策を打てたかもしれない。


 収穫祭の最終日になって、モーゲルは異変に気付いた。改良型チサリーベアの注文数が伸びず、何故だろうと調べて回りヴィグマン商会の新製品の噂を聞いたのだ。

 モーゲルが急いでヴィグマン商会のテント前に行ってみると大勢の見物人が猫型の愛玩傀儡を見ていた。


 モーゲルは血の気が引き目眩を感じた。ふらつきながらも唇を噛み締め目前の光景が意味している事を考える。


 ……やられた……罠に嵌められた。

「リッジ様を探し出し、早く知らせねば」

 モーゲルは即座に主人を探しに走り出す。だが、モーゲルがリッジを探し出した頃には祭りが終わり、リッジは商売の話など出来ないほど酔っ払っていた。

 ある酒楼の前でリッジを見付けたのだが。

「にゃんだ、お前は祭りなのに陰気な顔をしおって、けしからん」

 リッジがモーゲルの頭をペシペシと叩く。

「リッジ様、正気に戻って下さい。大変なのです」

「大変にゃの。それだったりゃ総長のダルザックちゃんを呼ばなきゃ……ギャハハハ」

 普段からは考えられないリッジの痴態である。


「なんて事だ。コルメン商会はおしまいだ」

 モーゲルは工房に前金として渡した資金を金貸しシガーニから借りたのを思い出し絶望した。



 収穫祭の翌日、アリサはヴィグマン邸にエイタとモモカ、それにウトラ工房の職人達を招いて祝宴を開いた。

「皆さんのお陰で、チサリーキャットは順調に売れています。これからも忙しくなると思いますが、今後とも宜しくして下さい」

 コルメン商会の不調とは反対に、ヴィグマン商会はチサリーキャットの注文を大量に貰っていた。この後三ヶ月は忙しい日々が続くだろう。

「アリサさん、ありがとうよ。二度も間違いを犯した俺らにチャンスをくれた恩は一生忘れないぜ」

 ウトラ工房長は深く頭を下げた。


「その分、頑張って働いて貰うわよ」

 アリサの言葉にウトラ工房長が頷いた。エイタは豪華な料理を口にしながらウトラ工房長に話し掛けた。

「これからは、偽魂核だけオイラが用意するから後はウトラ工房に任すよ」

 その言葉を聞いてアリサが眉を上げた。

「どうしたの? 何か他に作りたいものでも出来たの?」

「ああ、モモカの乗り物を作りたいんだ。」


「あたしの乗り物って、お馬さん?」

 モモカがエイタに尋ねた。以前に傀儡馬を修理してモモカを乗せた事があり、それを覚えていたのだろう。エイタは少し考えてから。

「傀儡馬だと階段や険しい地形が問題だから、別のを考えるよ」

 探索者達は傀儡ロバを連れて行く場合、階段などでは荷物を降ろし自分達で担いで傀儡の負担を減らすらしい。エイタとしては、そんな面倒な傀儡は嫌だった。

 階段でもスイスイと進み、ある程度の荷物を詰めてモモカを乗せられる。そんな傀儡をエイタは考えていた。


「モモちゃんの傀儡か。チサリーキャットの製造がなきゃ俺も手伝いたいんだが」

 ウトラ工房長が呟くように言う。その後、酒宴は続き祭りで楽しめなかった分を楽しんだ。


 収穫祭から一ヶ月が経過した。その間にチサリーキャットが二〇〇体以上売れ、ウトラ工房では寝る暇も惜しんで製作している。

 一方、コルメン商会は危機を迎えていた。チサリーベアがほとんど売れなくなり、倉庫に在庫の山が出来てしまった。無理をして見込み生産を行ったツケが回って来たのだ。

 コルメン商会のリッジは荷造りをしてユ・ドクトを離れようと決断した。

「その前に、あの女だけは許さん」

 リッジは二人の用心棒を連れてヴィグマン商会に現れた。突然現れたリッジの姿を見たアリサは驚きの表情を浮かべる。久しぶりに見るリッジは幾分やつれ、顔に生気がない。


「あなた、まだ街に居たの。とっくに逃げ出したかと思っていたわ」

 リッジは青筋を立て怒鳴り返す。

「五月蝿い、貴様の所為でどれほどの被害を出したと思っている」

 アリサが呆れたという顔をして。

「私の所為……馬鹿を言わないで、人のものを盗んで勝手に売ろうとした自分が悪いんじゃない」

「違う! 貴様は態と盗ませ、罠に嵌めたんだ」


「商業倫理に違反し汚い手ばかりを使っていたあなたが、私を批判出来ると思っているの」

 アリサが強い口調を言うと、ジッジが真っ赤になって怒り、用心棒二人に命じた。

「その女を傷めつけろ!」

 人相の悪い用心棒が下卑た薄笑いを浮かべてカウンターの後ろにいるアリサに迫る。アリサの後ろには従業員であるモーリィが恐怖を顔に浮かべて隠れている。


 アリサは怖かったが、こういう場合に備えてエイタから武器を買っていたのを思い出す。二丁のフィストガンである。アリサはカウンターの引き出しを開け、二丁のフィストガンを取り出し一丁をヒューイの叔母であるリーザロッテへ渡すと用心棒に向けて構えた。

「止まりなさい。そうでないと容赦しないわよ」

 用心棒二人は、アリサが構えている物が武器だと判らなかったようだ。

「何だ。そんなちっちゃな物で殴るつもりか」


 用心棒二人はカウンターを乗り越え襲おうとした。アリサは後退あとずさりながらも勇気を振り絞ってフィストガンの引き金を引く。フィストガンから撃ち出された見えない拳骨はアリサを襲おうとしている用心棒の顔面に減り込んだ。その用心棒は顔を歪めながら、後ろに吹き飛んだ。

 それを見たもう一人の用心棒は目を見開き驚く。

「何をした?」

 その声を聞いた瞬間、もう一丁のフィストガンを持つリーザロッテが引いた。リーザロッテもフィストガンの使い方と威力は教えられており、教えられた通りに銃先を目標に向けている。

 フィストガンから見えない拳骨が飛び、残った用心棒の腹に減り込み物凄い勢いで弾き飛ばす。リーザロッテはスピードを【中】にして引き金を引いたらしく。最初の用心棒より遠くへ飛んでリッジと衝突する。

「ギャアー!」

 二人は絡まって一塊となり床を転がると気を失い重なって床に伸びた。


 男達が全員気を失っているのを確認したアリサは、ホッと息を吐きだし。

「この馬鹿、最後まで世話を焼かせるわ」

 アリサは警邏隊を呼び、三人が襲って来たと訴えた。店に来たのはユジマス隊長で、アリサが持っているフィストガンを見て情況を理解した。

 ユジマス隊長と一緒に来た警邏隊の隊員達もアリサの持つフィストガンに気付き。

「隊長、あの武器は警邏隊の標準装備にするべきですよ。上と掛け合って予算をとって下さいよ」

「私もその意見に賛成です」

 ユジマス隊長は顔を顰め。

「お前ら、俺がこいつを買うと言った時、そんなもの役に立つのかと言ってたじゃないか」


 隊員達はユジマス隊長に頭を下げ、予算を要求した。

「隊長に先見の明が有った事は認めます。この前だって、そのフィストガンが有ったら傭兵崩れの男達になんか負けませんでしたよ」

 酒場で暴れていた傭兵崩れの男達と戦いとなり、仲間が負傷し逃げられた事件を持ちだした。

「判った。内務庁のお偉いさんに頼んで見るよ」


 話が終わったらしいので、アリサが。

「隊長さん、リッジの奴は他でも悪さをしてると思うのよ。念入りに調べてね」

「ああ、判っている。これでコルメン商会も終わりだな」

 ユジマス隊長が言った通り、リッジと裏社会との繋がりが調べ上げられリッジは有罪となった。そして、重い刑罰が下される。皮肉にもエイタが放り込まれた地下迷路採掘場へ売られるという刑罰だった。


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