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scene:3 初めての採掘

「ウワーッ!」

 記憶からは消えてしまったが悪夢を見ていたようで、エイタは悲鳴を上げながら目を覚ました。その時、口に何かが入っているのに気付く。藁だ、急いで吐き出し身体を起こす。


 体中から痛みを訴える信号が脳に押し寄せて来た。

 鞭打ちにより出来た傷とロープで縛られ馬車に揺られた時に生じた傷が一斉に痛み出し涙が溢れる。

「クソッ、あいつら一生忘れんぞ」

 自分の体に鞭打った武官やドムラル、大使の姿を思い出した。エイタの心に激しい怒りと憎悪が湧き起こる。


 半刻(一時間)ほど恨み言をブツブツと呟いていたエイタは、背中がゾクッとするような雄叫びを聞いた。

「そ、そうだ。ここは迷宮だった」

 この国に来て知り合い友人となった探索者のユジムから聞いた迷宮について思い出した。

 探索者と言うのは、迷宮の調査や魔物の討伐、迷宮に存在する素材の採取を生業なりわいとしている者達の呼称だ。


「飯の為には、魔煌晶を探しに行かねえと……」

 服を着て水筒の水を飲み、ツルハシ・麻袋・水筒を持って部屋を出た。通路を通って広場に到着する。

 広場の中央にある柱から明るい光が溢れ出していた。やはり地上の陽光が水晶の柱を通じて広場を照らしているようだ。


 広場には数人の採掘下人が小川で顔を洗ったり、水筒に水を汲んだりしていた。採掘下人の中でも故郷が一緒らしい集団が情報交換をしている。

 話し掛けてみたが、煩そうに拒絶された。

 仕方がないので、他の採掘下人たちの傍に座り、顔を洗いながら耳をそばだてる。


「バーサクラットが巣食っている場所で一人殺られたそうだ」

「魔物の棲み家の奥に在る採掘場所を狙ったのか。馬鹿な奴だ」

「チクショウ、武器さえ有ればデカいネズミなんぞに好きにさせねえんだが」

「仕方ねえよ、バーサクラット相手に一回か二回なら倒せるかもしれないが、武器無しじゃいつか殺される」

 採掘下人達は最弱の魔物であるバーサクラットと言えど避けて採掘しているらしい。

 採掘下人達が採掘に行ってしまい、エイタだけが広場に残された。


 明るい光の中で見回すと四方の岩壁に奇妙な図柄の大きな模様が描かれていた。大きさは二マトル(メートル)以上もあり、大きな円の枠の中に細かな縦横の線が引かれていた。

 最初はこの迷路の地図かと思った。だが、四方の図柄は全て異なっており地図にしてはおかしい。


 水を汲んだ採掘下人達が、広場の岩壁に開けられた通路の一つを選んで消えて行った。それらの通路の上には数字ではなく奇妙な記号が彫られていた。


 ここを建設したルシアテス共和国の独自文字なのかもしれない。グルッと周囲を見回す。岩壁には百五十ほどの通路が開いており、上に数字が彫られている通路は入り口である小部屋に通じ、奇妙な記号が彫られている通路は迷路に通じているのだろう。


 エイタは東側の通路を一つ選び迷路に入った。少し直進すると分岐点に到着した。二股に別れる分岐点で、そこを右へと進む。そちらの方が瘴気が濃いと感じたからだ。

 次の分岐点は三つに分かれており、そこも右へと進む。


「このまま進むと帰り道が分からなくなりそうだ。地図を書きたいけど、紙もペンも無いしなぁ……」

 分岐点の壁に有った乱暴な印が目に入った。

「そうか、壁に印を付けて目印にしてるんだ」

 壁には三つの印が有り、それぞれが別の通路に別れたようだ。

「でも、何で三つしか無いんだ。ここの通路を数十人、いや数百人の採掘下人が通ったはず」


「そうか、迷宮の再生能力か」

 探索者ユジムから迷宮を破壊しても翌日には再生していると聞いた覚えがある。

「今日ここを通ったのは三人という事だな」

 エイタは落ちていた小石を使って自分の印を壁に書き込む。


 幾つかの分岐点を選択し通路を進んだエイタは、一際瘴気の濃い場所に出た。そこからツルハシが岩を削る音が響いていた。

 男が一人ツルハシを振るっていた。地面には土と岩の欠片と一緒に黄色の結晶が落ちている。


「ここは俺の場所だ。近付くな!」

 凄い形相で怒鳴られた。エイタはその剣幕に驚き通路を引き返した。

「あんなに怒鳴らなくてもいいのに」

 この時点でのエイタは考えが甘いと後に後悔する。


 二つほど分岐点を引き返し、誰も進んでいない通路を選択した。その通路は魔物が出現する小空間へと通じていた。迷宮には魔物の棲み家となっている小空間が幾つも存在し、エイタが向かった先もその一つで、二匹のバーサクラットが居た。だが、その時点では魔物の存在に少しも気付いてはいなかった。


 通路が段々明るくなっていくのに気付いた。明るいというのは、瘴気の発光現象が強くなっているのを意味する。つまり瘴気が濃くなっているのだ。

 ……何か嫌な予感がする。


「引き返した方がいいかな?」

 決心が着かないまま惰性で歩みを進めていると、前方で物音がした。

「何だ……何か居るのか?」

 通路から奇妙な小空間へと出た。地面には苔と紫の草が生い茂り、壁際には迷宮蔦と呼ばれる植物がカーテンとなって覆っていた。奥を見ると別の通路が存在する。

 その時、紫の草の中で何かが動いた。

 目を凝らして見る。バーサクラット二匹がこちらを目掛けて走って来た。


「ウワーッ!」

 一匹でも手に負えそうにないのに二匹は無理だ。エイタは逃げ出そうとしたが、迷路の中で闇雲に動くのは死に繋がると思い出した。

 それに狭い通路だとツルハシは振り回せない。咄嗟の判断で小空間の角に逃げ込み、少なくとも背後からは襲われないようにする。

 振り返るとバーサクラットがすぐそこまで迫っていた。ツルハシを構え大きなネズミ目掛けてスイングする。

 ツルハシの先端が運良く魔物の首に突き刺さる。その幸運な一撃でエイタは生き延びる可能性を大幅に上げた。


 喜ぶ暇もなく残ったもう一匹がエイタに飛び掛かる。辛うじてツルハシの柄で鋭い歯の噛み付きを防いだが、前足の爪で頬を切り裂かれた。

 力を込めてバーサクラットを突き放し、地面に着地した瞬間を狙いツルハシを振り回す。

 その慌てた一振りは力の入っていない情けないほど遅いものだった。

 当然、バーサクラットはステップして避け、再度襲い掛かる。


 振り回した勢いに負けよろけた身体にバーサクラットが駆け上り首筋に噛み付こうとする。

 悲鳴を上げ身体を左右に捻り、バーサクラットを振り落とす。

 それから夢中でツルハシを振り回す。バーサクラットはツルハシを躱しながら、前後左右に飛び跳ねる。狙って大振りしたツルハシが魔物の背中を掠った。その衝撃で動きを止めたバーサクラットに隙を見出した。エイタは下から掬い上げるようにしてツルハシを振る。バーサクラットは逃げようと動き出すが、一瞬早く鉄の切っ先がその胸を抉る。


 倒した魔物二匹の魂が消え、その顕在値がエイタの魂に吸収された瞬間、エイタの全身に力がみなぎり、全身の細胞にちょっとだけ質的転換が起こる。


 人間の筋肉は二つ種類がある。遅筋ちきん速筋そっきんと呼ばれるもので、遅筋ちきんは瞬発力はないが持久力に優れ、速筋そっきんは持久力はないが瞬発力に優れている。

 そして、魔物を倒し顕在値を取り込む事で魔物の筋肉に似た妖応筋ようおうきんと呼ばれる筋肉細胞が生まれる。

 それだけではない。骨や皮膚細胞も耐久性が上がり、衝撃にも強くなる。


 これは人間が魔物に近付く事を意味する。商人や農民などの審判の女神『アフィミリア』を主神と信じる者はこれを禁忌として恐れる。探索者や軍人などの戦神『マルテミス』を主神と信じる者は、生き残る為に必要なら仕方ないと割り切るようだ。


 傀儡工などの職人は匠の神『タナゴス』を主神と信じる者が多いので禁忌とはしないが、忌避きひする傾向にある。


 バーサクラットのマナ珠を回収した後、小空間の中を調べてみた。

「植物がこんな薄暗い所で育つのは不思議だけど、特に変わったもんは無い……ん……何?」

 迷宮蔦が覆い隠した壁に何かが埋まっていた。蔦をツルハシを使って剥がし下に埋まっていた大きな銅板を剥き出しにした。不思議な事に銅板はまったく錆びていなかった。普通なら全面に緑青ろくしょうで覆われているはずだ。

 銅板の上部には三つの穴が空いており、エイタは何故だか非常に気なった。観察すると丁度指が入るほどの大きさである。


 その時何故そうしたのか判らないが、右手の人差指、中指、薬指を穴に入れてみる。ほこりが溜まっているようでザラザラする。突然、銅板から光が溢れ模様が浮かび上がった。


「何だ、こりゃ!」


 その銅板に知っている魔導紋様が浮かび上がった。それは『基魂表示』の魔導紋様であった。生物や物を内包する高次元の存在に刻まれている基魂情報ステータスを読み取る効果を持つものだ。

 銅板の下部に古代神聖帝国の公用語であるセグレム語で『基魂表示』と彫られており、その下には簡単な説明と詳細な魔導刻印理論の記述も有った。


 セグレム語は魔導刻印術を習う者しか学ばない言語で、エイタは師匠から教わった。師匠はセグレム語を理解出来るようになると四つの魔導紋様を教えてくれた。『基魂表示』と『切断』『変形』『抽出分離』である。


 『基魂表示』は初めて魔導刻印術を習う者が覚える魔導紋様で、『切断』『変形』『抽出分離』は自動傀儡製作に必要だと師匠が言っていたので、まだ早いと言う師匠に無理を言って教えて貰ったものだ。

 だが、師匠に教わった『基魂表示』と銅板のものは少し異なっていた。


 そしてもっとも重要だと思われるのは、魔導刻印理論である。『基魂表示』に使われている魔導刻印理論が記述されていたが、その詳細の中には喪失ロストした理論も含まれていた。

「凄い、この知識は、職人のオイラにとってお宝だ」


「取り敢えず、記憶しとかなきゃ」

 エイタには他人にない特技が一つだけ有った。どんな光景でも精神を研ぎ澄ました状態で心臓が一〇回鼓動する間見詰め続けると正確に記憶するというものだ。

 だが、この能力であまり得したと言う覚えがない。自分でも時々忘れてしまう能力なのだ。

 深呼吸して精神を研ぎ澄ます。銅板の魔導紋様と記述文を一〇拍(心臓が一〇回鼓動する時間=約一〇秒)見詰めると脳裏に刻み付けられた。その時、チクッと頭に痛みが走るが、これは記憶した合図である。


 三本の指を引き抜くと浮かび上がっていた魔導紋様と文字が消え、唯の銅板に戻った。


 小空間の調査を終えたエイタは、本来の目的を思い出した。

 奥に在る通路の先に視線を向けた。瘴気が濃くなっている。奥の通路に入り少し進んだ所に縞模様をしている剥き出しの地層が有った。ここが採掘場所なのだろう。

 エイタはツルハシを振るい地層を掘り返す。土砂や岩と一緒に小指の爪ほどの大きさがある黄煌晶が転がり落ちた。地面にはキラキラと輝く幾つかの黄色い結晶が顔を覗かせていた。

「すげえー! 採れたての黄煌晶だ」

 黄色の輝く結晶を見て感激した。師匠の工房で見慣れている黄煌晶だが、自分で採掘するものには特別な達成感が湧く。


『ガツッ……ガツッ……ガツッ』

 とツルハシを叩き付ける度に黄煌晶が転がる。それを拾い麻袋に入れて、またツルハシを振るう。

 その作業を一刻半《約三時間》ほど続けると黄煌晶が尽きた。麻袋の中には計量枡で六杯分ほどの黄煌晶が溜まっていた。


「これで全部か……見落としはないな」

 地面に山となっている土砂や岩を選り分け黄煌晶の取り残しがないか調べる。岩の一つに緑色の鉱石が含まれているのを発見した。ありふれた銅鉱石だが、それも拾ってもう一つの麻袋に入れた。


「ハアッ……疲れた。戻ろ」

 ボソリと呟き、重くなった麻袋を担いで通路を引き返す。目印はちゃんと残っており無事に広場まで帰り着いた。中央の柱は、まだ明るく輝いていた。

 広場には四、五人の採掘下人がたむろしていた。その中の三人の男が嫌な目付きでジロジロとこちらを見ている。


 昨日、オルダ爺さんに他の採掘下人に気を付けろと言われたのを思い出した。

 エイタはわざと銅鉱石の入った麻袋を落とした。バラバラと緑色の鉱石が広場の地面に散らばる。

「チキショウ、こんなのしか出てこなかったぜ」

 芝居が下手だったかと一瞬ヒヤッとした。


 遠くから声が聞こえた。

「あいつ……銅鉱石なんか拾って来てどうするつもりだ。見ない顔だが新人か」

 ジロジロ見ていた男の一人が声を上げた。

「チッ、放っとけ」

 もう一人の男がつまらなそうに声を上げた。男達の腰には棍棒が挟まっており、近くにはツルハシはない。怪しい男達だ


 エイタは散らばった銅鉱石を麻袋に入れ自分の小部屋に戻った。外に通じるドアに近付き人の気配を探る。

 近くに人は居ないようだ。黄煌晶を地面に広げ、その輝きにうっとりしてから、半分を麻袋に戻し半分は藁束の下に隠した。

 鞭打ちの傷が痛み始めた。藁束の上に横になり体を休める。


 暫くしてドアから声が聞こえた。

「おい起きろ。魔煌晶の回収に来た」

 ドラウスと言う商人の声ではなかった。天窓を見ると外が赤くなっている。眠っていたらしい。

 エイタは起き上がり、麻袋に入った黄煌晶を渡した。受け取った男はドラウスの使用人でジェルドと言う疲れた感じの中年男だった。白髪の混じった黒髪に質素なシャツとズボンを身に着けている。


「ふん、初日にしてはまあまあか。ほら、一日分の食糧だ」

 ドアの穴から二個のパンとほとんど具のないスープを酒場で使われる木製のジョッキのようなものに入れて渡された。

「スープは一日それだけだ。飲み終わったらジョッキを洗ってドアの外にある台に乗せておけ」

 ジェルドは麻袋の中の黄煌晶を自分の背負い袋に入れ麻袋をエイタに戻した。

「なあ、銅鉱石も有ったんだけど、こいつは要らねのか?」

「いらん、そんなもの持ってくるな」

 ジェルドは初日から黄煌晶を採掘して来たエイタに少し驚いていた。ここに初めて来た奴らは、どうしたらいいのか分からず、ジェルドに尋ねる者がほとんどだったからだ。


 ドアの向こうから人の気配が消えた。

「パンと水みたいなスープだけか」

 エイタはパンにかぶり付く。硬いパンだ。パンをスープに浸しながら食べ始めた。あまり美味しいものではなかったが腹は膨れた。

 初めての採掘は一応成功したと言えるだろう。だが、こんな生活が三ヶ月も続くのかと思うと泣きたくなった。


 日が落ちると部屋の中は真っ暗になる。

 闇の中では何も出来なくなるので、藁束の上に横たわって、あの小空間で記憶した魔導紋様の情報を脳裏に浮かび上がらせる。エイタは『基魂表示』の魔導紋様に使われている魔導刻印理論を読み理解しようと研究する。

 但し、セグレム語で書かれた理論を翻訳しながらになる為、全てを理解するには時間が掛かりそうだった。

 脳が疲れ果てるまで研究を続け、途中で眠りに落ちた。


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