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scene:28 マッシブツリー

 峡谷迷宮の六等区を抜けるには中央にある池を回り込んで反対側に出なければならない。峡谷迷宮の六等区から五等区に掛けては真北に伸びており途中にある池を迂回する道は東側と西側の両方ある。

 東側は湿原地帯となっており多数の毒尾カワウソが縄張りとしている危険な場所だ。メルク達は一度湿原地帯の突破を試みたが、湿原に足を取られ満足に戦えないうちに毒針のある尻尾で毒を貰い敗退した。毒消しを持っていたので死にはしなかったが、何か対策を取らないと湿地帯は通り抜けられないと判った。


 それで西側を回り込んで反対側に出ようと試みた。だが、途中に串刺し鳥の群れが住む林があり突破出来ずにいた。

 その林を通過しようとすると数百羽も居そうな串刺し鳥の群れが上空から逆落としに急降下突撃して来る。そのくちばしは針を巨大化したように鋭く尖っている。メルク達は敵の圧倒的な数の前に逃げ出すしか無く、生きて帰れたのはヒューイのマナバックラーのお陰だと言う。

 発動すると直径一マトル《メートル》になる魔法の盾に三人が隠れ一目散に逃げ出したらしい。


 エイタ達は串刺し鳥の林を目前にして話し合っていた。

「師匠、大丈夫なの?」

 心配そうにヒューイが尋ねる。

「ちゃんと準備して来たよ。それより他の探索者達はどうやって、その林を通過してるんだ?」

「他の探索者が教えてくれる訳ないよ」

 そんなお人好しの探索者が生き残れるような場所じゃないのは判っていたが、エイタが用意した手段を他の探索者が取っているとは思えないので訊いてみたのだ。


「まあいい、オイラの周りに固まって移動するから離れるなよ」

 エイタは新しく作り直した<魔盾符>を腰のベルトポーチから取り出し左手に握り締めると頭上に掲げた。魔力制御を行い魔力を<魔盾符>に流し込む。その魔力に反応し直径四マトル《メートル》ほどの透明なマナシールドが生まれた。

 メルク達とモモカとアイスはエイタを囲むようにして集まり、マナシールドの下から出ないようにして移動を開始する。林に入ると串刺し鳥が気付き甲高い鳴き声を上げた。その声は仲間を集める合図だったのか、一斉に数百羽の串刺し鳥が空中に飛び上がり旋回し始める。


 一羽の串刺し鳥が急降下してマナシールドに激突した。丁度真下に居たジャスキーが驚きの声を上げたが、マナシールドは串刺し鳥を跳ね返す。エイタは安心させようと声を上げる。

「心配するな。このマナシールドは特別製だ」

 一羽目の攻撃が合図だったかのように次々と串刺し鳥がダイブする。マナシールドと激突した串刺し鳥は嫌な音をさせ首の骨を折って命を落とす奴も多かった。作り直した<魔盾符>はマナシールドの硬さと形、大きさを自在に変えられるように変更してあり、今回は鋼鉄並みの硬さにしてあった。


「これ、カワセミみたいな鳥だ」

 モモカが急降下してくる串刺し鳥を見て呟いた。モモカはテレビでしか見ていないが似ていると思った。

 串刺し鳥の攻撃が一層激しさを増し、エイタ達は前に進めなくなった。その場で耐えるしかなくなり、我慢していると次第にダイブする串刺し鳥の数が疎らになりピタリと止んだ。

 気が付くとエイタ達の周囲に無数の串刺し鳥の死骸が散らばっていた。そして、身体が熱くなり力が溢れ出す、顕在値がレベルアップしたらしい。自滅であっても顕在値はエイタのものになったようだ。


「仕事だぞ。串刺し鳥のマナ珠を回収するんだ」

 エイタの言葉でメルク達とモモカがマナ珠を集め始めた。エイタだけは回収に参加せず周囲を警戒している。暫くして回収が終わると一〇〇個以上の六等級マナ珠が集まった。六等級マナ珠はフィストガンで使うので幾らでも欲しい。


 エイタ達はは串刺し鳥の林を抜けた。メルク達は串刺し鳥の林を振り返り、エイタへの賞賛の言葉を口にする。

「ハハッ、俺達じゃ全然駄目だった西回りの攻略路が簡単に通れちゃったよ」

「師匠、凄いなぁ」

「僕もそう思う」

 エイタはくすぐったいような気分になり話題を変えた。

「お前達だって魔力制御が上手くなれば同じようにやれるんだ。しっかり訓練するんだぞ」

「「「判りました」」」


 もう少しで池の反対側へ到着する直前、エイタは左の方角から濃い瘴気が漂って来るのに気付いた。急いで<索敵符>を取り出し魔力の分布を調査する。濃い瘴気が流れてくる方角に魔物の強い反応があった。

「あっちの方に強い魔物の反応がある」

 エイタが告げるとメルク達が武器を構え真剣な表情で、魔物がいる方を見た。

「どうする。このまま通り過ぎてもいいんだが?」

 メルクが応えた。

「確かめましょう。帰りに襲われるのは嫌です」

「よし、行こう」

 エイタとモモカはインセックボウを構え歩き始め、その後ろにアイスとメルク達が続く。


 樹木の密度が濃くなり、頭上を枝や葉っぱに覆われるようになると周囲が薄暗くなった。それに比例して緑の香りが強まり、モモカが鼻で周囲の臭いを嗅ぎ始める。

「どうした、モモちゃん」

「変な臭いがする」

「樹木や草から出る香りだろ。迷宮じゃ珍しいけど、市街の森なんか行くと同じ香りがする」


 遠くの樹の枝がガサッと揺れる音がした。またガサッと音がし段々と何者かが近付いて来る。二〇マトル《メートル》ほど先の木陰から、エイタの倍ほども背丈が有る樹木系魔物が姿を現した。初め巨大なウィップツリーかと思ったが、違う種類の魔物のようだ。

 その魔物は二股に分かれた根っ子で地面を歩き四本の太い枝(腕枝うでえだと言う)を振り回している。頭の部分はゴツゴツしたこぶの集まりで見ように依っては顔に見える。


「ウワッ、マッシブツリーだ」

 ヒューイが大声を上げた。この樹木系魔物はアサルトウルフ並みの強さを持つ化け物で、剣や槍が通用しない魔物として知られていた。魔工兵器は別として、剣や槍では傷付ける事は可能でも止めを刺すのは非常に困難だと言われている。


「師匠、こいつは危険だ。逃げましょ」

 メルクが撤退しようと進言する。マッシブツリーは六等区で遭遇するような魔物ではなく、格からすれば峡谷迷宮のもっと奥でしか遭遇しないはずの化け物なのだ。

 エイタはマッシブツリーの動きを観察し、その移動速度がそれほど速くないのに気付いた。逃げるのはいつでも可能だ。峡谷迷宮の奥に行けば、こんな化け物がうようよ出て来るなら、このマッシブツリーに持っている武器で何処までダメージを与えられるのか試したい。


「逃げる前に、雷撃ボルトと凍結ボルトがダメージを与えられるか試す」

 エイタはインセックボウにセットされているボルトを雷撃ボルトに変えた。同じようにモモカも雷撃ボルトに変える。その時点でマッシブツリーは一〇マトル《メートル》ほどの距離にまで接近していた。

 エイタ達を脅すように腕枝を振り回しており、その腕枝が周囲の木に当たり大きな音を立てている。

「モモちゃん、枝の付け根を狙うんだ」

「うん、ちゃんと狙うね」

 エイタが引き金を引くと雷撃ボルトが化け物目掛けて飛翔する。マッシブツリーの幹に突き立った雷撃ボルトはやじりに溜め込まれた魔力を一気に雷撃へと変換し放出する。

 一瞬、マッシブツリーがピクリと痙攣し動きを止めるが再び動き始めた。そこにモモカが放った雷撃ボルトが突き立つ、またピクリと痙攣して動きを止める。


 攻撃を受けたのを知ったマッシブツリーはエイタに襲い掛かった。二本の腕枝がエイタ目掛けて振られる。エイタは飛び退き攻撃を躱す。腕枝自体は躱したが、その枝が巻き起こした風はエイタ達の服をはためかせ、その攻撃の威力が尋常でない事を知らせる。

 メルク達も攻撃しようとマッシブツリーを取り囲むが、振り回される腕枝が邪魔して攻撃する隙を見付けられないでいた。

「ウワッ、危ねえ」「アッ、枝の先っぽが掠った。血が出てる」

 危なっかしい戦い方をするメルク達にエイタは呆れた。

「皆、後退して距離を取るんだ」

 一斉に後退し一〇マトル《メートル》ほど距離を取る。


 その位置からエイタとモモカは雷撃ボルトを連続して四本ずつ発射する。だが、威力が足りず大したダメージを与えられなかった。

 最後に『慣性加速』を刻印した追加パーツを組み込んだ特殊雷撃ボルトを発射した。マッシブツリーの幹に深く突き刺さった瞬間、特大の火花が飛び散った。特殊雷撃ボルトは通常の雷撃ボルトを基準にすると五倍くらいの威力を持つ雷撃を解き放つ。

「これで駄目なら凍結ボルトだ」エイタがマッシブツリーの様子を見ながら呟く。


 マッシブツリーから白い煙が上がった。幹の内部を流れる樹液が雷撃で加熱され蒸気となって立ち昇ったのだ。効果あり、特殊雷撃ボルトで仕留められそうだ。

「モモちゃん、もう一発頼む」

 特殊雷撃ボルトは二本しか作っておらず、エイタとモモカで一本ずつ持っていた。白い煙を立ち昇らせているマッシブツリーは完全に動きを止めていたが、死んではいなかった。

 モモカはインセックボウを入れていたショルダーバッグから特殊雷撃ボルトを取り出しインセックボウに取り付けられている小さな矢筒に入れる。そして、弓床にあるレバーを前に倒すと傀儡義手が動き出し弦を引いて特殊雷撃ボルトを番える。


 モモカは慎重に狙いを付け引き金を引いた。マッシブツリーに突き立った特殊雷撃ボルトは特大の雷撃を放ち化け物の息の根を止める。唯の丸太となった樹木系魔物は地響きを立て横倒しになった。

 マッシブツリーの魂に刻まれていた顕在値がモモカの魂に吸収され、顕在値レベルが上がる。

「あれっ……身体が熱い」

 久しぶりのレベルアップでモモカはちょっと驚いたようだ。その声を聞いたメルク達が羨ましそうにモモカを見た。

「師匠、俺にも特別なボルトを作って下さい」

 メルクがエイタに頼んだ。眺めているだけで戦力にならなかった自分を不甲斐なく思ったのだろう。

「このボルトを使うには魔力を込めなきゃならないんだ。魔力制御を習得したら作ってやる」

「判りました。約束ですからね」

 


 メルクと約束したエイタは、マッシブツリーから三等級のマナ珠を回収した。このクラスのマナ珠は軍用傀儡の偽魂眼を作る素材となり、売れば金貨一〇枚にはなる。

 樹液も回収したかったが、雷撃の所為で煮詰まっており回収出来なかった。使ったボルトを回収し魔力を込めて再び使えるようにする。


 エイタは濃い瘴気が流れて来る場所が気に掛かった。<索敵符>で近くに魔物が居ないのを確かめ指示を出す。

「瘴気の流れを追うぞ」

 濃い瘴気は西の方角から流れて来るようだ。膝までしか無かった下草が胸まで届くようになり、エイタ達が前進するのを妨害する。モモカは前が全然見えないので歩き難そうだ。エイタはモモカを抱え上げ運ぶ事にした。

 モモカ以上に小さいアイスはどうかと確認すると、下草など何の障害にもならないようで、自慢の馬力に物を言わせ雑草を押し倒しながら進んで行く。


 程なくして峡谷迷宮を外界と隔てる崖に辿り着いた。聳え立つ崖は圧巻で、この峡谷迷宮の広大さを覚らせてくれる。崖を観察すると幾層もの地層が重なっており、岩や骨らしいものも混じっている。

 そこは全体的に瘴気が濃くなっていて長くとどまっていられるのは魔物くらいだろう。

「これだけ瘴気が濃いんだ。魔煌晶が結晶化している場所が有るはずだ。探すぞ」

 エイタ達は手分けして探し半刻《一時間》ほど後に魔煌晶の鉱床をモモカが発見した。モモカは探しものが得意なようだ。

「お兄ちゃん、見付けたよ」

 黒に近い地層が見える場所にキラリと光るものがあり、剥ぎ取り用のナイフで掘り出してみると青煌晶だった。メルク達が歓声を上げる。


「やったね」「初青煌晶だ」「神様、感謝します」

 メルク達は興奮して採掘を始めた。黒い地層にツルハシを打ち込むと土砂と一緒に青煌晶が地面に転がる。青煌晶だけではなく青白く光る鉱石も出て来た。

「オッ……こいつは神銀の鉱石だ」

 含有率は低いようだったが、間違いなく神銀鉱だった。エイタは神銀鉱だけを集め始める。この採掘場所からは九個の神銀鉱が掘り出された。一つ一つは両手でないと持てないほどの重さが有り、その一つに『抽出分離』の魔導紋様を描いて神銀を抽出してみた。

 メルク達が興味深そうに見ている中で抽出された神銀は、親指一本分位の量しか無かった。


「ちょっとしか取れないんだ」

 ヒューイがガッカリしたように言う。メルクとジャスキーも残念そうな顔をしている。

「お前ら何も判っていないな。これだけの神銀を店で買うと金貨一〇枚位するんだぞ」

 メルク達は驚いた。自分達が狂喜した青煌晶以上の価値があるからだ。エイタは他の鉱石からも神銀を抽出するが、その作業に時間が掛かった。一つ一つの鉱石に魔導紋様を描かねばならないのだから無理も無い。

「今度『抽出分離』を刻印した魔導工芸品を作ろう」

 全部の神銀を合わせると拳一つ分になった。エイタはほくほく顔で神銀をリュックに仕舞う。その様子をメルク達が物欲しそうな顔で見ているのにエイタは気付く。

「お前達も手伝ったからフィストガンを作ってやるよ」

「師匠、最高」「やったぜ」「ありがとうございます」

 思わぬ出費となったが、喜んでいるので良しとしよう。


 エイタが神銀を抽出している間に青煌晶の回収も終わった。かなりの量が取れたようで手伝ったモモカも笑顔になっていた。

「この鉱床が回復するまでどれくらい時間が掛ると思う?」

 不思議な事に迷宮の鉱床は一度掘っても時間が経てば回復する。エイタの問いにメルクが応える。

「峡谷迷宮は閉鎖した空間じゃないないからなのか。他の迷宮より時間が掛るようで、平均すると五日位だと聞いています」

「五日か、回復した頃にまた来よう」


 池の反対側を目指して進み始め、途中、鬼山猫とマウスヘッドと遭遇し戦いとなった。メルク達が戦い慣れた様子で鬼山猫とマウスヘッドを倒した。鬼山猫程度だと余裕で倒せるような実力をメルク達は身に付けたようだ。

 エイタ達は昼を少し過ぎた頃に五等区の入口となる場所に到着した。

 その場所だけ崖が迫り出していて谷が細くなっていた。細い亀裂のような通路が有り、それが奥へと伸びている。ここが峡谷迷宮の亀裂門と呼ばれる場所だった。


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