scene:27 類似品には気を付けろ
感想と評価を頂きました。
ありがとうございます。
感想はすべて目を通しているのですが、返信は時間がなくて無理のようです。
でも、感想と評価を頂くと本当に嬉しいです。
コルメン商会からチサリーベアの類似品が発売されてから二ヶ月が経過した。その間にコルメン商会は偽チサリーベアを売りまくり、ヴィグマン商会への注文はパタリと途絶えた。コルメン商会は幾つかの傀儡工房と契約して大量に偽チサリーベアを作製したようだ。同じような愛玩傀儡なら待つ事なしに手に入るコルメン商会に注文が殺到した。
暇になったエイタとモモカとアイスがヴィグマン商会を尋ねると意外にも活気が有った。メルク達が順調に魔煌晶を採掘している事と魔導診断器が予想以上に売れているようだ。
「依頼の魔導診断器二〇個が完成したから持って来た」
エイタが顔を見せるとアリサが迎えてくれた。エイタとモモカは奥にある商談室へ行きアリサが淹れてくれた紅茶を飲みながら今後について話し始めた。
「リッジの奴、全く頭にくる」
アリサが毎度聞かされる罵倒の言葉を口にする。
「落ち着いてくれ。コルメン商会のやり口には腹が立つけど、怒っているだけじゃしょうがない。これからどうするか考えなきゃ」
アイスとじゃれていたモモカが突然声を上げる。
「そうよ、アリサお姉ちゃん。怒ったら負けよ」
時々、モモカは変な言葉遣いをする。この時もどうして怒ったら負けなのかエイタには判らなかった。
「どうして、怒ったら負けなの?」
アリサも判らなかったようでモモカに尋ねる。
「え~とね……怒るとちゃんと考えられなくなるからかな」
モモカが言わんとする意味は判った。冷静な判断力を欠いた者は負けてしまうと言う意味なのだろう。
アリサはモモカを抱き締め頬擦りをする。
「モモちゃん、ありがと」
お礼を言われたモモカが嬉しそうに笑う。
「エイタさん、コルメン商会から顧客を取り戻す方法を何か思い付いた?」
エイタはちょっと困ったような顔をする。溜まっていた注文の商品を完成させ、やっと考える時間が出来たばかりなのだ。
「偽チサリーベアと本物の違いは使用している毛皮と組み込まれている動思考論理くらいだろう」
「あいつらのチサリーベアは野兎の毛皮を使っているんでしょ」
「ああ、鬼山猫と比べると手触りが劣るし耐久性も低いが、安いので使っているようだ」
耐久性は長年使えばはっきりするだろうが、今はヴィグマン商会のチサリーベアを選ばせるほどの優位性として喧伝しても効果が薄いだろう。
手触りも本物のチサリーベアがいいと言ってくれる人はいるが少人数に留まっているようだ。チサリーベアの最大の売りである踊るという機能が同じなのだから仕方ない。
「動思考論理もオイラが作ったチサリーベアを研究して作られているから大した違いはない」
「結局、ヴィグマン商会の負けなの?」
アリサが沈んだ声を出す。
「アイス用に作っている命令者の動きを真似るという機能が完成するまでは駄目かな」
「動きを真似るという機能だけど、それだけで売れるかしら?」
「オイラは面白いと思うんだけど……」
「ちょっと弱いわね。もう一つ何か欲しいわ」
エイタは振動センサーを改良し音を使って命令出来ないかと以前考えたのを思い出した。その話をするとアリサは食い付いた。
「いいじゃない。聴音センサーの代わりになるのね」
「違う違う。音声じゃなくて音程に反応するんだ」
「何それ」
アリサが理解出来なかったようで首を傾げる。それを聞いていたモモカがニコッと笑って。
「あたし判った。楽器で命令するんだ」
「モモちゃん、正解」
「わ~い、やったー」
モモカが喜んでエイタに抱き付いた。
「アリサさん、商会は立ち直ったんでしょ」
アリサが焦っているように思えたので、エイタは確認した。
「ええ、チサリーベアを一〇〇体以上売ったから、借金もほとんど返せたの。でも、主力商品が売れなくなったのは痛いわ」
それはそうだろう。メルク達が持ち帰る魔煌晶と魔導診断器だけでは現状維持がやっとのはずだ。
「だけど、チサリーベアを改良し新型を完成するには時間が掛ると思う」
エイタが正直に言うとアリサは頭を抱えた。
「そうよね。そんなにホイホイと新商品が作れたら苦労しないわよね。だったら、私も将来を見据えて考えてみる………………よし、考えた」
「はや、早過ぎるよ。アリサお姉ちゃん」
モモカがすかさず突っ込みを入れる。
「冗談よ。前から考えていたの。愛玩傀儡は流行りものだしね。いつかは売れなくなると思うわ。その時に備えて専属探索者を増やし地道に売上を伸ばすしか無いとは考えていたのよ」
エイタも同感だというように頷いた。
「そうだな。オイラも一人か二人弟子をとって育てるか」
モモカが勢い良く手を挙げる。
「はい、あたしが弟子になる」
「じゃあ、モモちゃんが一番弟子だ」
モモカが喜んでアイスと一緒に変な踊りをしながら駆け回る。
それを見たアリサが笑い、何かを思い付いたように声を上げた。
「そうだ。メルク達を鍛えてよ。あの三人が青煌晶を持って帰れるくらいに成長したら商会も楽になるし、メルク達に後輩を育てさせられるようになるわ」
メルク達は峡谷迷宮の六等区で採掘するようになりヴィグマン商会も助かっているが、中々その先へは進めないようだ。峡谷迷宮の五等区には小山が三つ三角形に並んでおり、その山中にオーク・鬼山猫・ワーム・ポイズンバタフライが住み着いていた。
「オイラも赤煌晶が欲しかったんで迷宮に行くつもりだった。ついでに鍛えてやるよ」
「お願いね。私はコルメン商会が何をしてるか調査するわ。幾ら中堅の商人とは言え大量のチサリーベアを見込み生産して販売するなんておかしいのよ」
愛玩傀儡は基本受注生産であり、顧客から注文が有ってから生産するのが普通である。愛玩傀儡を作っている工房は割りと小規模な所が多く見込み生産して販売するほど資金力がないのだ。
翌朝、メルク達が工房を訪れた。アリサから話を聞いて迷宮で鍛えて貰おうと集まったのだ。
「師匠、よろしくお願いします」
「メルクか。今日は峡谷迷宮の五等区に行くからな」
メルク達の表情が曇った。自信がないのだろう。
「俺達の実力だとまだ厳しいと思うんですが」
エイタはちょっと考え。
「まだ無理なのか? ……顕在値レベルが判ると判断出来るだがどうするかな」
メルクが意を決したように声を上げた。
「俺、師匠なら知られても構いません」
「俺も」「僕もです」
エイタは自分を信頼してくれる三人の言葉に嬉しくなった。
「そうか、信頼してくれて嬉しいぜ。それで顕在値レベルはどれくらいなんだ?」
「判りません」「俺も」「僕も」
エイタは意外な答えにちょっとびっくりする。
「何で調べないんだよ」
ヒューイが代表して応えた。
「基魂盤は高いから持っていないよ。調べる時は探索者ギルドに言って調べるんだけど、最近ギルドに行ってないから」
基魂盤と言うのは<基魂符>を組み込んだ魔導工芸品で、魔力制御が出来無い者が基魂情報を調べる時の道具である。
エイタは三人に了解を取って基魂情報を調べる事にした。
<基魂符>を取り出しメルクから順番に調べる。
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【メルク】
【年齢】十四歳
【性別】男
【称号】自由都市連盟生まれの探索者
【顕在値】レベル8
【魔力量】8/8
【技能スキル】一般生活技能:六級、剣術:八級、特殊弓術:七級
【魔導スキル】なし
【状態分析】
魔導異常<なし>、疲労度<0>
====================
====================
【ヒューイ】
【年齢】十三歳
【性別】男
【称号】自由都市連盟生まれの探索者
【顕在値】レベル7
【魔力量】7/7
【技能スキル】一般生活技能:六級、戦槌術:八級、特殊棒術:七級
【魔導スキル】なし
【状態分析】
魔導異常<なし>、疲労度<0>
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====================
【ジャスキー・ベルデック】
【年齢】十四歳
【性別】男
【称号】自由都市連盟生まれの探索者
【顕在値】レベル7
【魔力量】7/7
【技能スキル】一般生活技能:六級、弓術:八級、剣術:七級
【魔導スキル】なし
【状態分析】
魔導異常<なし>、疲労度<0>
====================
三人とも同じような結果が出た。メルクだけが顕在値レベル8で一つ上だったが、誤差の範囲だろう。使っている武器の関係で技能スキルに違いは有るが、レベルは一緒だ。
それにしても思ってた以上に顕在値レベルが伸びていない。低難易度迷宮で低レベルの魔物ばかり相手していた所為か、もしくは瘴気の濃度が低かったので、その影響かもしれない。
エイタが結果を三人に伝えると嬉しそうにしている。前回調べた時の顕在値レベルは相当低かったに違いない。
ジャスキーが職人なら訊いても失礼に当たらないと考えたようでエイタに質問した。
「師匠の顕在値レベルはどれくらいなんですか?」
自分の顕在値レベルを知られたので、エイタのレベルも気になったようだ。エイタは久しぶりに調べてみた。
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【エイタ・ザックス】
【年齢】十七歳
【性別】男
【称号】ジッダ侯主連合国生まれの傀儡工
【顕在値】レベル16
【魔力量】496/512
【技能スキル】一般生活技能:六級、特殊槍術:七級、魔導射撃術:六級
【魔導スキル】魔力制御:四級、魔導刻印術:四級
【状態分析】
魔導異常<なし>、疲労度<0>
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前に調べた時より顕在値レベルが+2上がり、槍術:七級→特殊槍術:七級、特殊弓術:七級→魔導射撃術:六級へと変わっていた。しかも魔力制御と魔導刻印術も一つずつ級が上がっている。
武器関係の技量は新しいキメラスピアやフィストガンを使い始めたので変化したようだ。エイタが一番嬉しかったのは魔力制御と魔導刻印術が『上級者』を意味する四級へ上がっていた事だ。顕在値レベルと魔力制御が上がったので魔力量も大きく上がっている。
「お兄ちゃん、あたしも調べて」
仲間外れになりたくなかったようでモモカも調べて欲しいと声を上げる。
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【モモカ・ヤオイ】
【年齢】八歳
【性別】女
【称号】日本生まれの小学生
【顕在値】レベル9
【魔力量】90/90
【技能スキル】一般生活技能:七級、魔導射撃術:六級
【魔導スキル】自動翻訳:三級、魔力制御:八級
【状態分析】
魔導異常<なし>、疲労度<0>
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顕在値レベルが+4上がり、特殊弓術:八級→魔導射撃術:六級へと変わっている。そして、真面目に練習していた魔力制御が八級へと上がり、魔力量も増えている。
その結果をモモカに伝えるとメルク達がガックリと膝を突いた。
「俺達、八歳のモモちゃんに負けているのか。なんてこった」
三人がゾンビのようになって地面に座り込んでしょげている。
モモカが頭をコテッと傾け、エイタに顔を向けた。
「メルク兄ちゃん達、どうしたの?」
「……まあ、ちょっとした現実に打ちのめされたのかな。すぐに立ち直るから心配ないよ」
「そうなんだ。お兄ちゃん達頑張ってね」
三人がウッと声を出し胸を押さえる。モモカの優しさが逆にメルク達の心の傷口を抉ったのだ。
「三人とも元気を出せ、オイラが鍛えてやるから大丈夫だ」
エイタの言葉で気を取り直した三人は、迷宮へ行こうとした。
「待て、その前に魔力制御を教える」
三人は不審げな表情をし、ジャスキーが尋ねる。
「師匠、僕達は職人じゃないですよ」
「職人でなくとも魔力制御は役に立つ。特に魔工兵器を使うお前達には特にだ」
魔力制御を習得すれば、自分の魔力で制御するような魔工兵器を扱えるようになる。それにインセックボウで使う特殊ボルトを再使用する為に魔力を込める事や<治癒の指輪>を使えるようになるのは探索者にとって大きな利点になる。
エイタは三人に魔力制御の基礎となる呼吸法と瞑想を教え、毎朝行うように伝えた。
その後、エイタとモモカは装備を身に着けアイスも一緒に迷宮へ向かった。メルク達の先導でライオス迷洞を抜け、峡谷迷宮へ入ると早速魔物が襲い掛かって来た。
マウスヘッド一匹である。峡谷迷宮の六等区で遭遇する魔物は毒尾カワウソや串刺し鳥、鬼山猫の三種類が一番多いが、他の魔物が全く居ない訳ではない。偶にマウスヘッドやウィップツリーと遭遇する時もある。
モモカがサッとフィストガンを抜きスピードを【大】にして撃った。見えない拳骨はマウスヘッドのネズミ顔に命中し顔面を陥没させた上に、その体を吹き飛ばした。
倒れたマウスヘッドの額にマナ珠が浮かび上がる。フィストガンの一撃で絶命したようだ。
「フィストガンで魔物が仕留められるんですか?」
メルクが質問する。フィストガンは人間専門の武器だと思っていたのだろう。
「防御力の弱い魔物だったら仕留められる事もある。オークとかは無理だろう」
「師匠、俺も欲しいです」
欲しいと言われても簡単にあげられる値段じゃないので、金を貯めて買えと伝えた。今なら師弟割引で金貨三枚で作ってやると言うと三人とも考え込んでしまった。




