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scene:26 フィストガンの威力

 フィストガンは合計で四丁作製した。モモカ用には小さなものを作製したが、他は同じ大きさのものにした。ついでに携帯する為のホルスターバッグも作製。腰に固定するタイプの革製のオシャレなもので、フィストガンの他にハンカチと小銭くらいなら入るようにする。


 モモカにフィストガンとホルスターバッグを渡すと。

「わーい、悪い奴をやっつけるね」

 モモカが早速身に付けてホルスターから素早く抜いて引金を引く真似をする。エイタは銃という武器の使い方までは考えていなかったので、モモカの仕草を見てそういう風に使うんだと感心する。エイタも身に付けモモカと一緒になって抜き撃ちの練習を始める。


 アリサにも新しい武器を提供すると約束していたので、残り二丁のフィストガンとホルスターバッグを持って外出する。モモカもアイスの手を引いて外へ出た。アイスは新しい靴を履き赤いベストを羽織っている。エイタがモモカに頼まれて作ったものだ。

 モモカはアイスと手を繋いでスキップするように歩く。

「モモちゃん、フィストガンは重くないかい?」

 二足歩行で歩くアイスを連れているモモカはホルスターバッグを装備している。外出する時は必ず装備するようにとエイタが言ったからだ。

「大丈夫だよ」

 モモカは嬉しそうにフィストガンが入っているホルスターバッグを撫ぜる。


 最近は工房に篭ってフィストガンの製作とチサリーベアの基幹部品の製作を行っていたので久しぶりの外出である。相変わらず戦闘訓練はしているので体が鈍っている訳ではないが、晴れ晴れした気分になる。

 ヴィグマン商会へ向かう道の途中に狭い路地を抜ける近道が有る。いつも通る道なので迷わず近道に足を向けた。その直後から怪しい男達がエイタ達を付けて来るのに気付いた。


「オイラが外出するのを待ってたな。どうせコルメン商会から頼まれた半端者だ。フィストガンの威力試しに使ってやる」

 エイタは追跡者を誘い込むようにモモカを連れて空き地に入る。広さは三〇マトル《メートル》四方で狭い路地に面していない方は倉庫らしい建物が建っていた。あまり人気ひとけのない寂しい場所で丈が短い雑草が生い茂っている。

「お兄ちゃん、どうしたの?」

「これからフィストガンで悪者を懲らしめるんだ」

 モモカは自分のホルスターバッグの中にフィストガンが有るのを確かめるようにポンポンと叩いて、満足そうに頷いた。

「スピードは【小】、飛距離は五マトル《メートル》にしといてね」

 俺とモモカはフィストガンを取り出しセレクトレバーを操作してから一旦仕舞う。


「おい、エイタとか言うガキはお前か?」

 エイタ達の背後から声を掛けたのは、警邏隊の鎧を着けた四人の男達だった。裏社会の半端者が追って来ているのかと思っていたので、オヤッと思う。エイタはモモカを自分の後ろにかばい。

「あんた達、警邏隊の人か。オイラに何か用があるのか?」

 警邏隊の者にしては凶悪な人相した男達だった。四人とも腰に剣を帯びている。リーダーらしい片目の男はニヤッと笑ってしゃべり出した。

「俺達は他国から侵入した間諜を追っている。その人相が貴様に似ているんだ。おとなしく付いて来い」

 エイタは変な嫌疑が掛かって慌てた。

「ちょっと待ってくれ。オイラは間諜なんかじゃない。あんた達の誤解だ」

「言い訳は警邏隊の本部で聞く。武器を持っているなら捨てて、おとなしく投降しろ」


 エイタはもう一度誤解だと言い掛け、おかしな点に気付いた。最初、呼び止められた時に名前を呼ばれた。人相だけが判っている間諜を追っているのなら、エイタと言う名前を知っていたのは何故だ。

 それに気付いてよく観察すると、男達の靴がバラバラだった。警邏隊には官給品である革のブーツが支給されているはずだ。一人くらい自分で買った靴を履いている者が居ても可笑しくないが、全員バラバラなのは確率的に有り得ない。


 エイタは彼らを試そうと考えた。警邏隊なら必ず知っている常識で、一般的にはあまり知られていない知識を一つだけ知っているのだ。

「待ってくれ、オイラは警邏隊の経理長ガイラスさんとも知り合いなんだ。間諜なんかじゃない」

 片目男が鼻で笑って。

「ふん、経理長の名前を出しても駄目だ。我々はユジマス隊長から直々に命じられて行動しているんだからな」


 ……こいつら警邏隊じゃない。経理長の名前はヒューミス、腰痛持ちの爺さんである。前にゴロツキを捕まえた時に報奨金を持って来たのでエイタは知っていた。こいつらは警邏隊の隊長であるユジマスの名前を知っていても経理長の名前は知らないようだ。本物の警邏隊なら給料を渡してくれる経理長の名前を知らないはずがない。


「ほら、武器を渡せ」

 片目男が手を出しエイタに催促する。背後に居る男達はニヤニヤと笑っている。……チッ、偽物決定だな、当初の予定通りフィストガンの標的にしてやる。

 エイタは大きな声で応えた。


「嫌だね」

 ニヤニヤと笑っていた男達が顔色を変える。

「何と言った。警邏隊に逆らうのか」

 エイタは鼻で笑ってやった。

「ふん、本物なら逆らわねえよ。だが、てめえら偽物だろ」

 片目男が一瞬悔しそうな顔をする。そして次の瞬間怒りの表情を顔に浮かべ。

「偽物だと……何を根拠に」


 怒っているフリをしているが、明らかに演技だった。

「黙れ!……演技が臭いんだよ。本物だったら警邏隊の経理長の名前を言ってみろ」

 片目男の後ろに居た男達が剣を抜いた。

「チッ、マルロスの芝居がバレたのは初めてだぜ」

「こいつ武器らしいものは持っていねえじゃねえか。芝居する必要無かったんじゃねえか」

「ああ、痛め付けてやろうぜ」


 エイタの背後に隠れていたモモカが顔を覗かせ。

「この人達、悪者なの?」

「ああ、そうだよ」

 モモカに返事をしている間に、エイタはホルスターバッグからフィストガンを取り出した。それを見たモモカも急いでフィストガンを抜く。


「おい、ガキ。何を喋っている。その玩具みたいなのは何だ」

 片目男が剣を抜いて脅すような口調で訊く。

「お前達が探していた武器だよ」


「魔工兵器かもしれねえぞ。取り上げろ!」

 自由都市連盟では魔導紋様を秘めている武器を魔工兵器と呼んでいるようだ。師匠であるシュノックは傀儡専門の職人だったので、自分で作るまで魔工兵器の存在は頭の中になかった。その為だろうか、偽警邏隊に言われるまでブーストフレイルやフィストガンが魔工兵器だと認識していなかった。


 男達が一斉に剣を振り上げ眼に殺気を孕ませて迫って来た。その動きから顕在値レベルがほとんど一般人と同じだと判った。高くても精々レベル3ほどだろう。

 エイタは先頭に立ち襲って来る男にフィストガンを向け引金を引いた。狙ったのは顔面で、拳骨で狙うのなら顔面が有効だろうと思ったからだ。


 フィストガンの銃身近くからブンと言う風切音がする。もう少しで剣の間合いに入ろうとしていた男の顔面が歪んだ。拳の形をした目に見えないものが鼻を潰し男を後ろに吹き飛ばした。仰向けに倒れた男の鼻は潰れ盛大に鼻血が出ている。

 ほとんど同時にモモカのフィストガンも風切音を鳴らしていた。モモカの正面に居た男が鳩尾みぞおちを押さえて苦しそうに呻きながら地面に膝を突いた。

 その様子を見た他の二人は攻撃を中止し飛び下がった。二人の顔には驚きと警戒の感情が浮かんでいる。


「アレッ、ちょっと上に外しちゃった」

 モモカの呟きに、エイタはエッと驚いた。上に外したという事は、モモカが狙ったのはアレだ。誰がモモカに男最大の急所を教えたのだろうか。エイタの脳裏にアリサの顔が浮かんだ。


「モモちゃん、狙うのはお腹か顔にしようか。教育上良くないと思うんだ」

 モモカが首を傾げ。

「教育上? よく判らないけど、そうする」

 エイタはフィストガンで攻撃された二人を観察した。見えない拳骨が鼻に当たった男は白目を剥いて気絶している。突進して来た勢いとフィストガンの威力が相乗効果を生み一撃で仕留めたようだ。

 ひざまずいている男にもう一発フィストガンの拳骨を浴びせる。拳骨は男の顎を捉え頭蓋骨内の脳味噌を激しく揺さぶった。呆気無く男は意識を手放す。


 残りは二人。片目男と一番図体のデカイ男だ。

「てめえら、何しやがった!」

 片目男が叫ぶように言う。奴との距離は五マトル《メートル》ほど。警戒しているようだ。

「モモちゃん、スピードは【中】、飛距離は八マトル《メートル》にして狙ってみようか」

 モモカが頷いて、セレクトレバーを操作する。エイタも同様にフィストガンの設定を変える。


「おい、無視するんじゃねえ」

 片目男は仲間を倒されて激怒しているようだ。

「あんたらは剣で襲って来たんだ。反撃するに決まってるだろ」

「変な魔工兵器なんぞ使いやがって、許さねえぞ」


 許さないのはこっちの方だ。警邏隊に見せかけ騙し討しようとしたくせに。

 エイタはモモカに合図を送り、同時に引き金を引いた。先程に比べて大きな風切音が鳴った。モモカが狙った図体のデカイ男の顔面に見えない拳骨が減り込み吹き飛ばした。当たった瞬間、嫌な音がしたので頬骨にひびが入ったかもしれない。

 エイタが狙った片目男は頬を拳骨が掠めただけのようだ。モモカを見ると左手で右の手首を握り狙いがブレないようにしている。テレビとか言う奴から覚えた知識なのだろうか。


 エイタも真似て構え三発目を撃った。仲間を失った片目男は逃げようとしていた。見えない拳骨は片目男の後頭部を弾き飛ばし宙に浮かせる。後はゴロゴロと転がって気絶した。

 丁度顔見知りの職人が路地を通ったので、呼び止め警邏隊を呼んで貰った。偽の警邏隊を本物に引き渡したエイタ達は警邏隊のユジマス隊長から感謝された。この連中は警邏隊でも問題になっていたようだ。


 警邏隊で事情を聞かれ、コルメン商会の話が出るとユジマス隊長がコルメン商会に警告してやると約束してくれた。コルメン商会の悪い噂は警邏隊も知っているようだ。ただコルメン商会の人間が偽警邏隊に依頼したのかどうかは巧妙に隠しているので明らかに出来ず、警告だけに留まったようだ。


 偽警邏隊を倒した武器については試作した武器だと説明した。ユジマス隊長が大いに興味を示した。だが、他の隊員はそれほどでもない。どうせ拳骨で殴るなら自分の拳で……とでも考えているのだろう。

 腕っ節の強さも警邏隊に入る条件になっているので自分達には必要ないと思ったようだ。ユジマス隊長は詳しい説明を求め、自分の為に一丁作ってくれと頼んできた。


 ユジマス隊長は長身のガッチリした体格をした四〇歳ほど男性で、その眼には深い知性が宿っており脳筋揃いの警邏隊の中では異色の人材だった。

「ええっと、ちょっと待ってくれ。もしかしてフィストガンは高価なものなのか?」

 幼いモモカが装備していたので安いと考えていたが、その性能から考えると高価な魔工兵器なのではと思い始めたらしい。

 エイタはフィストガンの売値までは考えていなかったので、材料費を計算してみた。


 改造版『見えない手』の魔導紋様を刻印した魔煌合金と改造した魔玄素変換器が材料費の大半を占める。魔煌合金は大銀貨一枚ほど、魔玄素変換器は金貨一枚する。

 エイタの技術料や手間賃を考慮しなければ金貨二枚とちょっとで作成出来るだろう。

「ユジマス隊長には世話になってるから、金貨三枚で作りますよ」

 ホルスターバッグの材料費も考慮して値段を言うとユジマス隊長が驚いた顔をする。


「魔工兵器だろ。そんなに安くして大丈夫なのか?」

 ありきたりの照明魔導工芸品でも金貨三枚はする。金貨五枚以上を覚悟していたユジマス隊長は驚いた。

「まだ試作品の段階ですから、材料費だけの値段で提供しますよ」

「俺は助かるが、何かすまんな」

「いえ、コルメン商会に警告して貰えれば、こちらも助かりますから」

 エイタは警邏隊の隊長と友好的な関係を結べて満足だった。


 一刻(2時間)ほどで警邏隊から開放され当初の目的であるヴィグマン商会へ行った。アリサに先ほどのことを話すと気を付けるように言われた。だが、二度とエイタを襲う者は居なかった。

 コルメン商会のリッジは、警邏隊からの警告もありエイタを引き抜くのを諦め別の方法でヴィグマン商会にダメージを与える事にしたのだ。


 その方法はヴィグマン商会の主力商品となっているチサリーベアの類似品を作り売り出すというものだった。そこで問題になるのがチサリーベアの基幹部品をエイタ一人で作っており、特に振動センサーの製造方法が判らないという点だった。


 コルメン商会の支配人室でリッジとモーゲルが打ち合わせをしていた。

「それで、振動センサーとやらの設計図は盗み出せたのか?」

 モーゲルがニヤリと笑って、設計図とおぼしき紙を取り出した。

「あいつが下請けに出している工房の小僧を買収して、ヴィグマン邸の工房から盗み出させました」

 ウトラ工房の若い弟子がエイタの工房に毎日のように訪れ、製作した基幹部品を下請けのウトラ工房へ持っていくようになっていた。ウトラ工房長が気を利かせたのだが、それがあだとなった。


 大金に眼がくらんだ弟子の一人がエイタの眼を盗んで、作業台の近くにある棚から設計図を持ち出しモーゲルに渡したのだ。

「さすがにチサリーベア用の動思考論理は盗めませんでしたが、取引のある工房の職人に研究させれば同じようなものが作れるでしょう」

 動思考論理は紙ではなく保管用偽魂核に記録し保管するのが普通で、エイタの工房にある金庫に仕舞われている。チサリーベアが成功してから大量の高価な素材を手元に保管するようになり、アリサに言われて金庫を買ったのだ。


 ある日、エイタが工房で振動センサーを作っているとウトラ工房長が訪れた。ウトラ工房長はエイタに会うなり床に膝を突き謝罪を始めた。

「済まねえ、うちの弟子がとんでもねえ事をやらかしちまった」

 エイタは何の事か判らず、きょとんとする。

「工房長、その弟子が一体何をしたって言うんです?」

「あの馬鹿、エイタさんの所から振動センサーの図面を盗んでコルメン商会へ売りやがったんです」

 突然、弟子の一人の金遣いが荒くなり、様子もおかしくなったので問い詰めた処、振動センサーの設計図を盗んだと白状したらしい。


 エイタは驚いて棚に置いてあるはずの設計図を探した。

「……無い」

 探しても振動センサーの設計図は見付からなかった。

「申し訳ない」

 苦労人らしいウトラ工房長が何度も頭を下げ謝った。気の毒になったエイタは工房長を帰して、アリサの所へ相談に行った。

 話を聞いたアリサはコルメン商会への怒りを露わにして怒鳴り声を上げた。アリサにはコルメン商会が何をしようとしているのか想像がついた。だが、有効な対抗手段を思いつかず、時間だけが経過した。


 しばらくしてから、チサリーベアにそっくりの愛玩傀儡がコルメン商会から大量に売り出された。


2015/11/18 文章追加

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