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scene:24 アリサの営業活動

 アリサの叔父ボリスは、織物商として成功した商人である。西に在るマナバル皇国の織物工房との契約に成功し、入手した珍しい絹織物をユ・ドクトの富裕層に売り捌いて財を築いた。

 ボリスの家族でアリサと仲が良いのはボリスの妻ミゼルカだけで、従姉妹であるテレジアとも仲が良いとは言えなかった。

 テレジアはボリスに似て傲慢な所があり、どうしてもアリサとは反りが合わなかった。ただ人前では仲の良い親戚というフリをするので、ボリス夫妻は仲が良いと思っていた。

 その日もテレジアは、手に入れたセリオト犬を自慢したいが為にアリサを招待したいと言い出した。


「アリサ、オジェル兄上から執り成してくれと頼まれたのだが、まだ許さない気か?」

 テレジアの後ろから現れたボリスが口をへの字に曲げて父親の事を口にした。

「当たり前です。あれだけの財産を食い潰し、家まで失くす所だったのですよ」

 父親のオジェルが起死回生の策として行おうとした商売は、ジッダ侯主連合国から大量の海産物を買い込み自由都市連盟で販売しようと言う計画だった。その為に屋敷を抵当に入れ資金を手に入れようとしたのだが、問題が発生した。屋敷の所有者がアリサになっていたのだ。

 オジェルの父親であるコウレルは、アリサが生まれた時は壮健でヴィグマン家の主であった。初孫が生まれたのに狂喜したコウレルは屋敷の権利を生まれたばかりのアリサに譲っていたのだ。


 オジェルはアリサを説き伏せ抵当に入れるのを認めさせようとした。だが、アリサは商売の計画を危ぶみ徹底的に調べた。その結果、この計画を仲介した者が詐欺師であり騙されているのが判明した。

 その事実を父親に突き付けるとオジェルは必死に騙されてはいないと抗弁した。だが、詐欺師は逃げ出し行方が知れなくなり、資金を貸そうと言っていた商人はジッダ侯主連合国へ逃げてしまった。

 父親の面子は丸潰れ、妻のマヌエラは怒って離婚すると実家に帰ってしまった。オジェルは懲りずに別の計画を立てようとしたが、それも屋敷を抵当に入れ資金を調達する計画になっていた。アリサは父親に勘当を言い渡し屋敷から追い出した。


 そればかりではなく、役所に行って相続放棄の手続きをした。自由都市連盟の法律では、十八歳を過ぎれば大人と認められ、自分の意志で親からの遺産相続を放棄する事が可能だった。

 遺産が貰えなくなるが、負債も負わされなくなる。アリサにとって願ってもない法律だった。


「それで父は何をしているのです?」

「反省している」

 アリサが首を傾げ。

「そうではなくて、働いているのですか?」

 ボリスが躊躇ってから言葉を選ぶようにして返答した。

「別荘で……いや別荘の管理を任している」

 アリサが大きな溜息を吐いた。結局働かずにブラブラしているという事だ。

「甘い考えを捨てて真面目に働くようになったら、教えて下さい」

 ボリスが諦めたように首を振る。


 アリサはパーティ会場となっている広間に向かった。小さい子供が走り回れるほどの広さが有る部屋に五脚のテーブルとソファーが幾つか置かれていた。立食パーティーのようだ。

 テーブルの上には大皿に料理が盛られていて美味そうな匂いがしている。

「まあ、アリサちゃん。お久しぶり」

 ボリスの妻ミゼルカが歩み寄ってアリサに抱き付いた。ミゼルカはアリサの母親の親友で、小さい頃から可愛がってくれた。彼女は小太りで色白の上品な婦人である。

「父が迷惑を掛けているようで申し訳ありません」

「何を他人行儀な……それより店は大丈夫なの?」

「ええ、やっと軌道に乗り始めました」

「大変だったでしょ」


 そこにコルメン商会のリッジが現れた。

「アリサ、苦労して商売を続けているようだな」

 その言葉を聞いて、アリサは唇を噛み締めた。この場でなかったら、罵声を浴びせているところだ。商売を邪魔するリッジは、ボリスが経営する商会の取引相手であり、ボリスの友人でも有った。

「お前には判らんだろうが、商売には守らねばならない仕来りが有るのだ。それを無視して商売を続けても長続きせんぞ」

「私どもは法律を守って商売をしておりますよ」

「法律ではない。仕来りだ、先輩の商人を敬い、忠告に従うのが懸命だぞ」

「尊敬出来る先輩なら従いますが、脳味噌が下半身に付いているような先輩は御免です」

「誰の事を言っておる」

 険悪になった気配を感じて、ボリスが執り成そうとした。

「まあまあ、二人共。ここは親睦を深めようと言う集まりなのですぞ」

 リッジが顔を赤らめて怒っていた。

「ボリス殿、お宅の姪っ子の教育はどうなっているのだ。そんなだから商売につまづくのだぞ」

 ボリスの顔色が少し変わった。叔父の商売に何か問題が起きているようだ。


 リッジがアリサを睨み。

「商売が下手なのは血筋か」

「何処かの了見の狭い商人が、商売の邪魔をしていたからですよ。ですが、そんな商人には負けません」

 リッジの顔に暗雲が垂れる。侮辱されたと気付きアリサを見詰める目に険しい気配が込められる。

「儂の下に来れば、そんな苦労はしなくて済んだのに」

 アリサのこめかみがピクリと痙攣する。

「ふん、オークに嫁いだ方がマシです」

 アリサとリッジの周囲だけが氷点下となったようで、ボリスとミゼルカも顔を青褪めさせている。


「小娘が調子に乗りおって、これで終わったと思うなよ」

 リッジは挨拶もせずにボリス邸を立ち去った。リッジが急に帰ったので不審に思う招待客も居たようだが、リッジとアリサの争いには、ほとんどの招待客は気付かなかったようだ。


「アリサ、大丈夫なの。リッジさんが激怒していたわよ」

 肩を震わせているアリサに、ミゼルカが声を掛けた。

「ヴィグマン商会の専属探索者を引き抜いて、仕入れが出来ないように圧力を掛ける以上に何が出来るんです」

「リッジさんは裏社会の人間と繋がりが有るという噂があるわ。気をつけなきゃ」

 裏社会と聞いてアリサは先日店内で暴れたゴロツキを思い出した。

「ゴロツキなら商会に来ましたわ。撃退して警邏隊に引き渡してやったけど」

 ミゼルカが驚いて目を丸くする。

「傭兵でも雇ったの?」

「我が家に居候している傀儡工が探索者並みに腕が立つんです」

「まあ、撃退したのは傀儡工なの。もしかして魔導診断器を作った職人なの?」


 アリサはミゼルカが魔導診断器を知っているのを意外に思った。魔導診断器は医療関係者や魔力量を把握しておきたい職人には便利だが、他の人々には無用なものだと思っていたのだ。

「あの魔導工芸品は、子供の健康状態を調べるのに丁度いいのよ」

「子供の?」

「ええ、赤ちゃんもそうだけど、子供は具合が悪くても何処が痛いのか正確に言えないでしょ。例えば背中が痛いのにお腹が痛いと言ったりするのよ」

 自分の子供の頃はどうだっただろうと思い出そうとしたが思い出せない。

「そんな時に、魔導診断器を使うという母親が増えているのよ」


 アリサは自分の店で売っている商品なのに、ミゼルカの方が詳しいので感心した。

「でも、あれはチクチクするから子供は嫌がるんじゃない」

「赤ちゃんは確実に泣き出すわね。でも、言葉が判るようになっている子供はあれくらい平気よ」

「そうなんだ」

「きっと売れるわよ。ヴィグマン商会の主力商品になるんじゃない」

 魔導診断器は少しずつだが売れ始めているのには気付いていたが、子供を持つ母親が買っているとは気付かなかった。


「みんな見て!」

 大きな声が広間に響き渡った。テレジアが子犬型愛玩傀儡の芸を披露するようだ。茶色と白の混じった毛皮を纏った子犬がテレジアの足元に居た。

「さあ、これを取ってくるのよ」

 テレジアが手に持つ短い棒を広間の反対側に投げた。セリオト犬は棒を眼で追い掛け落ちたと同時にトコトコと駆け出す。そのヨタヨタした走り方が可愛いと女性達には人気がある。

 棒の所まで来ると口で咥えテレジアの所に戻って来て、その足元に棒をポトリと落とす。


「可愛いわ。あたしも欲しい」

 テレジアと同年代らしい少女が黄色い声を上げた。その少女の母親らしい婦人が微笑み。

「シモーヌ、すぐには無理よ。コノバル工房には注文が殺到していると聞いたわ」

「えーっ」

 頬を膨らませる少女を見て、テレジアが満足そうに笑う。


 アリサは今晩の集まりに参加したのは失敗だったと思い始めていた。こんな状況でチサリーベアを紹介するとテレジアに恨まれそうだ。

 チサリーベアは革袋に入れてアリサの足元に有った。アリサは溜息を吐いて革袋を広間の隅に隠した。

「それは何なの、アリサ」

 ミゼルカが気付いてアリサに声を掛けた。

「新しく店で売りだそうと思っている商品なの」

「まあ、凄い。魔導診断器の他にも新しい商品を開発してたなんて。それでどんなものなの?」

「小熊型の愛玩傀儡でチサリーベアと言うの。皆に紹介したかったんだけど」

 ミゼルカがテレジアの方をチラリと見て。

「テレジアに遠慮する事ないわ……皆さん、ちょっと聞いて」

 叔母がテレジアの周りでセリオト犬を見ている招待客達の注意を引く。


「私の姪が新しい愛玩傀儡を売り出すそうなの。ご覧になって下さいな」

「まあ、姪御さんが」「どんな傀儡でしょ」

 アリサの周りに人が集まり始める。革袋からチサリーベアを出して近くのテーブルの上に乗せた。

「あら、小熊の傀儡なの……可愛いわね」

 ミゼルカがチサリーベアを持ち上げる。

「手触りがいいわ。何の毛皮を使っているの?」

「鬼山猫の毛皮ですよ。皆さん触ってみて下さい」

 ワッと女の子達がチサリーベアに群がった。ミゼルカが抱いている傀儡に手を伸ばし、その感触を確かめる。

「ふわふわだぁ」


 その様子を見ていたテレジアは不機嫌そうにしている。セリオト犬の芸を見せて自慢していたのに邪魔されたからだ。

「アリサ姉様、そのクマはちゃんと動くの?」

「動くわよ」

 アリサはミゼルカからチサリーベアを受け取り、その尻尾を捻ってテーブルの上に乗せた。チサリーベアが起動し体を震わせてから四つ足で立ち上がった。周囲を見回しアリサを見付けると傍まで駆け寄る。

 その動きはセリオト犬よりしっかりしているようだ。


「動くだけじゃ駄目よ。ちゃんとした芸をしなきゃ」

 ミゼルカは攻撃的な口調になっている娘に呆れた。

「テレジア、初めて開発した愛玩傀儡なのよ。特別な芸が出来なくてもいいじゃない。普通の愛玩傀儡がする事は出来るのよね」

「もちろんです」

 愛玩傀儡の機能で代表的なのが、主人を追い掛けて歩く、主人に体を擦り寄せる、与えたまりなどの玩具で遊ぶ、合図に反応し『待て』『伏せ』『回れ』『お手』などを行うというものだ。

 よく訓練されたペットなら可能な動作だった。


 アリサが革袋に入れて来たまりをチサリーベアに与えると、それを使ってチサリーベアが遊び始める。鞠の上に覆い被さるように乗ってバランスを崩しゴロンと転がる。転がったチサリーベアは手足をバタバタしてから起き上がり二本足で立って両手で鞠を転がし始める。その仕草は可愛らしく女の子達の心を掴んだようだ。

「きゃあ、可愛い!」


 これらの可愛らしい仕草は開発者が意図して行うように組み込むのだが、エイタとアリサが何度も打ち合わせをして決定したものだった。

「お母様、この小熊を買って」

 テレジアの友人らしいシモーヌという少女が母親におねだりする。

「あなた、セリオト犬が欲しかったんじゃないの?」

「セリオト犬は諦めるから、これを買って」

「しょうがないわね。アリサさん、これはおいくらなの?」


 値段を訊かれたアリサは、肝心の値段を決めていなかったのに気付いた。エイタから製造原価が金貨六枚になったと聞いているので、金貨八枚以上なら利益が出るだろう。

 アリサは勝負に出た。

「このチサリーベアは金貨十二枚でお売りします」

 それを聞いたテレジアが口を挟んだ。

「何の芸も持たない愛玩傀儡がセリオト犬と同じなんて、高過ぎる」


「芸は有るわ」

 一般に『芸』と呼ばれているが、正確には愛玩傀儡に組み込まれた特殊機能の事である。これまでに『宙返り』『二足歩行』『逆立ち』『踊り』などがあった。

 チサリーベアと同じ『踊り』の芸を組み込まれた愛玩傀儡もあるのだが、これは決められた順序で手足を踊るように動かすだけでリズムに合わせる訳ではない。


「どんな芸よ。つまんない芸だったら承知しないんだから」

 テレジアが何故か興奮している。感情を制御出来ないようだ。

「テレジア、黙りなさい。アリサ、チサリーベアはどんな芸を持っているの?」

「音楽に合わせて踊ります」


 アリサは持って来たオルゴールを取り出してテーブルの上に置いた。オルゴールのフタを開けると【妖精の踊り子】という幻想的で静かな曲が流れ出す。アリサはチサリーベアの頭をポンポンと叩いた。

 チサリーベアは二本足で立ち、曲に合わせて左右に背伸びをするような動きを始める。曲調が軽快なテンポを奏でるようになると短い足で円を描くように歩きながらリズムに合わせて手を上げ下げし腰を振る。

 その様子は可愛らしく、見ている者は自然にみが溢れる。


 結果から言えば、アリサの営業活動は大成功だった。その夜だけで五体の注文が入る。

 その夜以降、幾つかのパーティでチサリーベアを紹介し、口コミで評判が広がった。注文が殺到しエイタは悲鳴を上げた。

「ちょっとは職人の苦労も考えろ。下請けに出せる作業を外に発注しても、オイラ一人で作れるのは一日二体が限界だぞ」

「まだまだ注文が来そうなのに残念ね」

 アリサがパーティでチサリーベアの宣伝を中止した時点で、五十二体の注文が来ていた。売値を合計すると金貨六二四枚である。アリサはエイタとの契約で一つの注文につき金貨二枚を手数料として受け取る契約となっていたので、もっと大量に売りたかったが、作り手のエイタが無理だと悲鳴を上げるのなら仕方がなかった。


 このチサリーベアの成功でヴィグマン商会は完全に立ち直り、ヒューイの叔母であるリーザロッテと近所に住む十四歳の少女モーリィを正式に店員として雇う事にした。


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