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scene:23 チサリーベア

 鬼山猫と毒尾カワウソの毛皮を較べてみて鬼山猫の方が手触りが良いのが判った。故に量産クマ型愛玩傀儡は鬼山猫の毛皮を使うと決めた。鬼山猫の毛皮を選んだ理由は手触りだけではなかった。毛皮の模様が一つとして同じものがないと判ったからだ。色も焦げ茶色から白に近い色まで有り、買ったお客さんが自分だけの愛玩傀儡として可愛がるだろう。


 量産クマ型愛玩傀儡はエイタによって構造や外観は完成した。後はどういう機能を付加するかである。アイスには命令者の動きを真似るという機能を考えていたが、これは時間が掛かりそうなので量産型は諦めた。

 そこでモモカから貰った踊るというアイデアを煮詰めてみた。


 愛玩傀儡を踊らせるには、リズムに合わせて手足を動かす必要がある。しかし、基本的に愛玩傀儡には聴覚が存在しない。愛玩傀儡の感覚器官は偽魂眼唯一つなのだ。

 そうなった理由は感覚器官に使われる素材が高価であり、製造原価を押し上げるからだ。偽魂眼は四等級以上のマナ珠に『光陰感知』の魔導紋様を刻印したものである。四等級のマナ珠自体が金貨一枚もするのに加え、それを加工して偽魂眼にする技術は高度なもので、これに他の感覚器官を追加すると売値を上げなければ採算が取れないほど製造原価を上げてしまう。


 因みにアイスの偽魂眼は二つであるが、量産クマ型愛玩傀儡は一つだけでもう一つの眼は単なるガラス球である。

 感覚系の魔導紋様には『光陰感知』『聴音』『圧力感知』『嗅覚』が存在する。その中で『圧力感知』だけが魔物の皮に刻印して使い、他はマナ珠に刻印する。


 工房でエイタが悩んでいるとモモカが近寄って来て、エイタの顔を覗き込んだ。

「お兄ちゃん、どうしたの?」

「アイスに踊りを教えようと思うんだけど、アイスは耳が聞こえないんだ」

「聞こえるように出来ないの?」

「出来るけど、音が聞こえるようになる聴音センサーは高いんだよ。自分で作れるようになれば、もう少し安くなると思うんだけど」

「ふ~ん、お兄ちゃんでも作れないものが有るんだ」


 エイタは苦笑いをする。モモカはエイタを何でも作れる凄い職人だと思っているらしい。

「オイラはまだまだ修行中だよ。一人前になるのはモモちゃんが大人になる頃かな」

「そうなんだ。お兄ちゃん、頑張って全部作れるようになってね」

 モモカが邪気のない笑顔をエイタに見せた。エイタは頑張って自作してみようと決心した。


「まずは、必要な魔導紋様を手に入れないとな」

 魔導紋様は職人ギルドで購入する事も可能だった。但し購入するにはギルドに入らなければならない。外国人であるエイタは拒否されるだろう。


 考えているだけではらちかないので、アリサに相談しようと思い立った。試作した量産クマ型愛玩傀儡も一体持ってヴィグマン商会へと向かった。もちろん、エイタの横にはモモカとアイスが居た。

 可愛いモモカがアイスを連れて歩いていると行き交う人の注目を集めた。迷宮から抜け出し十分な栄養と休養を取ったモモカは女の子らしくなっていた。


 春も終りに近い頃になり、陽射しを熱く感じ始めていた。モモカの髪はまだ短かったが、それでも肩まで伸びて男の子と間違われる事はなくなった。

 白いワンピースに赤いリボンの付いた麦わら帽子を被ったモモカは、スキップするような歩き方でエイタの横を進んで行く。


「アリサのお店」

 モモカがトコトコと駆けて行って店に入った。その後ろをアイスが追い掛ける。エイタが中に入るとアリサの声が出迎えた。

「いらっしゃいませ」

 店の中には、以前には見られなかった活気が有った。商品を見ているお客さんやカウンターで交渉をしているお客さんがいる。

 それに店員も増えていた。ヒューイの叔母さんであるリーザロッテさんが手伝いに来ているのだ。両親を亡くしたヒューイは叔母さん夫婦に育てられている。だが、この夫婦も子沢山で生活は苦しく、ヒューイが稼いでいる金も生活費の一部になっていた。

 エイタが作った魔導診断器も地味に売れ始めているようで、リーザロッテさんが商品の説明をしていた。


 値引き交渉をしていたお客さんが帰り、アリサの手が空いたので一緒に奥の部屋に行った。

「今日はどうしたの?」

「量産クマ型の素体が完成したので見せに来ました」

「そうなの、見せて頂戴」

 エイタが持って来た量産クマ型を袋から出し、起動スイッチである丸い尻尾を捻った。アイスと同じタイプの愛玩傀儡だが、その動きは緩慢でより可愛らしくなっている。

 アリサは量産クマ型を抱き上げた。

「アイスと違って軽いのね。それに抱き心地もいいわ」

 モモカの護衛としての機能を持つアイスは骨格も金属で人造筋肉の保護カバーも鋼鉄製である。その為に重くなっている。顕在値レベルが上がっているモモカなら抱き上げられるが、普通の幼児には無理だろう。

 しかし、量産クマ型は軽く出来ており幼児でも抱き上げられる。


「動きも何だか頼りないわね。でも、それも可愛いわ」

「売れると思いますか?」

 エイタが率直に聞くとアリサが頷いた。

「他の店で売られている愛玩傀儡と同じ水準では有るわね。問題はセールスポイントよ」

「そこなんですけど、こいつに踊りを教えようと思ってるんです」

「踊りね、面白いわ。簡単に付け加えられる機能なの?」

「そこで相談が有るんです」

 エイタは愛玩傀儡の聴覚について話し感覚系の魔導紋様が手に入らないか尋ねた。


 アリサは視線を足元に向け少し考えた後、何か閃いたように顔を上げた。

「もしかしたら手に入るかも」

「本当か」

 アリサはエイタとモモカを『タネモル金札店』に案内した。金札とは客が持ち込んだ品物を担保として金を貸す商売である。

 金を返せなくなった客の品物は、同業者が集まって開く販売会で売るか、店内で販売していた。アリサはタネモル金札店の主人と知り合いで、魔導紋様の手本書も担保として扱っているのを思い出したのだ。


 タネモル金札店は二ブロックほど北に在った。ヴィグマン商会の二倍は大きく、店構えも立派だった。中に入り見回すと家具や布団、毛布などが商品として並べられており、カウンターの後ろの棚には高価そうな魔導工芸品や剣、槍などの武器が置かれていた。

 そのカウンターには小太りの老商人が立っていた。

「ジョゼさん、こんにちは」

「オヤッ、アリサさん。今日はお買い物ですか?」

「ええ、お宅で魔導紋様を扱っていたと思うのですが、在庫は有りますか?」

「もちろん、ございますとも」


 ジョゼと呼ばれた主人が、後ろの棚から紙の束を取り出した。その一枚一枚に魔導紋様が書かれているらしい。

「うちにある在庫は、この二十四枚だ」

 主人がカウンターの上に手本書を並べた。その中の三分の二は既に知っているものだった。エイタは未知の魔導紋様を選り分けた。

「感覚系は『光陰感知』『聴音』『圧力感知』、その他は『魔光変換』『渦運動』『温度測定』『振動制御』『成分分析』か」

 アリサがエイタの選んだ魔導紋様を覗き込んで。

「愛玩傀儡に使えそうなのは有る?」

 エイタは『聴音』の魔導紋様を指差し。

「使うとしたら、これなんだけど。値段は?」


 店の主人がエイタを値踏みするように見てから。

「そうですな、金貨十五枚ならお譲りします」

 その金額を聞いて、エイタは驚いた。それはアリサも同じだったらしい。

「ちょっと、これは職人ギルドで売ってるものと同じでしょ」

 ジョゼが小狡こずるそうな笑いを浮かべていた。

「嫌なら職人ギルドでお買いになったらよろしい。私どもの半分以下で売ってくれますよ。……売ってくれるならの話ですが」

 エイタが外国人だと気付き、職人ギルドから手に入れられないと判った上で、法外な金額を要求しているのだ。

「言って置きますが、他の金札屋でも同じだと思いますよ」

 金札屋の主人をしているような商人は、客の弱みに付け込んで金を搾り取ろうとするようながめつさを持っているらしい。


 エイタは怒りを覚えていた。……こうなったら、オイラの特技を使ってやる。

 魔導紋様を選ぶフリをしながら、片っ端から記憶していった。八つの魔導紋様を記憶した後、罪悪感を感じてしまった。怒りに任せてやった事が盗みに等しいと気付いたのだ。


「判った。買うよ。『聴音』の魔導紋様をくれ」

 エイタが金貨を払うとジョゼはご機嫌で『聴音』の手本書を手渡した。

 店を去り通りに出るとアリサがジョゼへの怒りとエイタへの申し訳ないという気持ちを含んだ表情で話し掛けて来た。

「ごめんなさいね。あのオヤジのがめつさは知っていたんだけど。あそこまでとは思わなかったよ」

「別にいいですよ。これで量産クマ型を改良出来る」

 エイタとしては金貨十五枚で魔導紋様を八つも手に入れられたのだから大儲けだった。


 モモカと一緒に工房へ戻ったエイタは、『聴音』の魔導紋様を念入りに調べた。

「駄目だな。この魔導紋様を使うには四等級以上のマナ珠が必要だ」

 マナ珠を使えば製造原価が跳ね上がる。試しにアイスの耳を改造し『聴音』を使った聴音センサーを取り付けてみた。モモカにアイスの耳が聞こえるようになったと話すと大喜びした。

 但しアイスが聞き分けるのは登録した一〇個の命令だけだった。『来い』『止まれ』『立て』などの簡単な命令だけであるが、モモカは気に入って何度もアイスに命令していた。


「お兄ちゃん、アイスの耳はどうなっているの?」

 エイタは聴音センサーについて話した。モモカには難しかったようでコテッと首を傾げ腕を組んで考え始めた。

「判んない。人間の耳と違うんだ」

 エイタは人間の耳がどういう構造をしているか知らなかった。医者であれば知っているだろうが、普通の庶民は体の構造など知らない。但し傀儡工は人間も含めた動物の骨格や筋肉についての情報は持っていた。


「人間の耳はね。コマクという紙の膜みたいなのが音で震えて聞こえるんだよ」

 中途半端な知識だったが、エイタにとって大きなヒントとなった。エイタは量産クマ型に取り付ける振動センサーを作った。

 毒大蛙の皮に『圧力感知』を刻印し、その皮を小さな太鼓のようなものに貼る。音による振動を圧力として感知した皮は繋がっている導線に信号を送るという簡単な仕掛けである。


 聴音センサーは感知した音の中から言語だけを選別し信号として偽魂核に送る。言葉を認識する機能が『聴音』には組み込まれているから便利なのだが、振動センサーは音に反応するだけなので言葉による命令は今のところ無理である。

 但し振動センサーにより振動数を分析するのは簡単なので音程で合図を出すのは可能だろう。


 振動センサーを作り上げてからは順調に量産クマ型の製作は進んだ。完成した量産クマ型を『チサリーベア』と名付けた。チサリーとはお伽話に出て来る踊り子の名前である。

 チサリーベアを踊らせる方法だが、聞こえる音に反応して踊るように設定した。静かな場所ではゆっくりした動きで踊り、騒がしい場所では激しく踊る。無作為に手足を上げたり降ろしたりして踊るのだが、傍で楽器を演奏すると不思議な事に音色に合わせて踊っているように見えた。


 エイタは売れるかどうか判断出来ないので、チサリーベア一体をアリサに預けた。

「これ、絶対売れるわよ」

「しかし、どうやって売るんだ。店の商品棚に並べていても売れるとは思えないけど」

 ヴィグマン商会の顧客は近所の工房の職人達が多い。愛玩傀儡を買うのは裕福な商人や高級官僚の子女が多く、客層が違うのだ。

「判っているわよ。このチサリーベアを連れて知人のパーティを回ってみるわ。会いたくない相手と出会でくわす可能性もあるんで気が進まないんだけど」


 その夜、アリサの叔父であるボリス・ヴィグマンが主人となるパーティに出席した。七家族ほどが集まる小さな集まりだったが、ユ・ドクトでも裕福な商人の家族が参加していた。

「アリサ姉様、いらっしゃい」

 アリサを見付けた従姉妹のテレジアが愛玩傀儡の子犬を連れて出迎えた。十三歳になる従姉妹は栗色の髪と細面の顔だけは同じだったが、あまり似ていなかった。

 頭一つ小さいテレジアは得意気に笑って子犬を抱き上げてた。

「この子を見てよ。コノバル工房のセリオト犬よ」

 投げたものを取って来させる機能を付けて評判となった愛玩傀儡だった。


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