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scene:21 ラダルス大陸の戦雲

今回から「第2章 愛玩傀儡編」です。

 ラダルス大陸の国際情勢は加速度的に悪化していた。大帝歴一五一六年冬、北の軍事大国ブロッホ帝国と東の大国カッシーニ共和国が小競り合いを始めた。

 原因は国境付近に有る湿地帯の領有権を争うものだった。モーリス大湿原は水鳥の繁殖地で緑豊かな場所だったが農地には向かない利用価値の低い土地だった。だが、ここには豊富な泥炭が存在し、この資源を狙う両国は何度となくぶつかり合っていた。


 戦場は国境付近の高原で、ブロッホ帝国の兵力一万五千とカッシーニ共和国の兵力九千が戦った。この戦場に駆り出されたのは兵士だけではない。両国の主力軍用傀儡も戦いに参戦した。

 ブロッホ帝国の人型軍用傀儡ウルガン二〇〇体が戦場に到着した時、ブロッホ帝国軍から勝利を確信した歓声が上がった。ウルガンは高さ二.二マトル《メートル》、ずんぐりした体型をした人型の傀儡で厚い装甲に覆われていた。接近戦を得意とするウルガンは巨大な戦斧を武器に持ち、総重量に比して速い突進力を活かした戦い方をした。

 単眼で白い塗装をしてあるウルガンを他国では『ホワイトオーガ』と呼んでいる。


 一方、カッシーニ共和国の主力軍用傀儡は蟷螂かまきり型の軍用傀儡で、四本の足で高速移動し二本の刃と一体化した腕で兵士を倒す目的で作られていた。マンタクティスと名付けられていたが、多くの人から『キラーマンティス』と呼ばれている。

 マンタクティスは視野を拡げるために眼が二つあり、装甲は薄く全体を赤茶色に塗装されていた。大きさは成人男性と同じほどで、頭を高く持ち上四本足で走る時には二マトル《メートル》ほどにもなった。


 輸送に時間の掛かる軍用傀儡は、戦いが始まった後に戦場に到着する場合が多い。今回の戦いでも兵力が優勢なブロッホ帝国軍がカッシーニ共和国軍を追い詰めている場面でマンタクティス三〇〇体が投入された。

 カッシーニ共和国軍が不利だった状況は一気に逆転する。人間が持つ武器、剣・槍・弓矢では軍用傀儡の装甲は破れず、兵士は一方的に追い回される状況になる。


 マンタクティスの鎌が敵兵士の首を刈り、その鋼鉄の体が血に染まる。ブロッホ帝国軍の兵士四千人以上がキラーマンティスの餌食となった。


 だが戦いの終盤、ブロッホ帝国軍のウルガン二〇〇体が戦場に投入されるとブロッホ帝国軍の兵士はウルガンの背後に逃げ込んだ。戦場は敵味方兵士と軍用傀儡が入り乱れ消耗戦に突入し、勝負がつかず休戦となった。


 この結果に、両国の軍部は不満を持つ。もっと優秀な軍用傀儡が有れば勝てたのではないのかと。

 両国は新型の軍用傀儡開発に予算を積み上げた。それを知った他の国々も動かざるを得なかった。ジッダ侯主連合国、マナバル皇国、そして自由都市連盟も新型の開発を決定する。


 新型の軍用傀儡開発を決定した自由都市連盟は、連盟総長であるユージス・ダルザックの発案で国内の優秀な技術者・研究者を集め開発チームを発足させた。

 自動傀儡の研究者・最大工房の技師長・魔導刻印術の大家など国内のトップ一〇が集まった開発チームは、他国の新型を凌駕する軍用傀儡を開発するだろうと期待された。


 そして、開発チームの発足を記念しユ・ドクトで一番と言われる高級酒楼ヒメズ館で懇親会を開くことになった。

 その夜、ダルザック連盟総長が就任して以来の大事件が発生した。日が暮れてちょっと過ぎの頃、連盟総長付き秘書官が連盟議事堂の総長執務室に駆け込んで来た。

「総長、大変です。か、開発チームが毒殺されました」


「なんだとぉ!」

 珍しくダルザック連盟総長が大声を上げた。白髪交じりの赤毛に綺麗に切り揃えた髭、鋭い眼光と威厳のある容貌、背は高く細身では有るが筋肉質の体である。身なりは絹製の白いシャツに紺色のジャケットを羽織ったラフなものだが、一級の職人が刺繍を施しており上品なものに仕上がっていた。


 ダルザック連盟総長は事件の詳細を調査するべく調査局高等管理官ベスルを現場に急行させた。一国の総裁が殺人事件の現場に高等管理官を派遣するなど尋常ではない。だが、毒殺された開発チームのメンバーは国にとって掛け替えのない者達だった。


 ベスルが現場に到着すると想像以上の地獄が待っていた。開発チームの一〇人と一緒に招待された軍幹部と上級官吏数名が毒入りの酒を飲んで口から泡を吹いて死んでいた。

「どうして、これだけの人間が死んだ。毒なら何人か死ねば警戒するだろう」

 ヒメズ館の主に詰問すると、主の男性が憔悴した顔で応える。

「皆さんは乾杯をして暫くは楽しく過ごされていたのです。ですが、突然苦しみ始められて……」

 ベスルには、そのような毒に心当たりが有った。迷宮で採取される奇網花に含まれる毒が遅効性だったはずだ。


 急ぎダルザック連盟総長の元に戻り、詳細を報告した。

「こんな非道が許されるものなのか……ベスル、何処の国の仕業か探り出せ」

 ダルザック連盟総長は顔に怒気を漲らせ高等管理官ベスルに命じた。執務室からベスルが去った後、連盟軍大将ウォルド・タルカスが総長執務室を訪れた。


 一国の宰相が使う執務室らしく高級で落ち着いた机とソファセットが有り、ドアの外には四人の護衛兵が待機していた。

「総長、新型の軍用傀儡はどうなるのです?」

 開発チームが全員毒殺されたと聞いて、新型の軍用傀儡がどうなるか訊きに来たらしい。ダルザック連盟総長は厄介な者が現れたと溜め息を吐くが、顔には出さずに迎えた。

「もちろん、開発は続行する。代わりの技術者はすぐに集める」

「ですが、我が国の最も優秀な者達が殺されたのですぞ。それで他国にまさる軍用傀儡が開発可能なのですか?」

 ダルザック連盟総長は拳を机に叩き付けた。ドンと言う音がタルカス大将の肩をピクリとさせる。


「そんな弱気でどうする。軍部にも技術者は大勢居るであろう。協力して優秀な傀儡を開発するのだ」

「わ、判りました」

 改めて国中の傀儡工・研究者・魔導刻印術士が調査され、優秀な者が集められた。もし、その調査が他国人にまで及んでいたら、貴重な魔導紋様の知識を数多く持つエイタを見つけ出せたかもしれない。



  ◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆=◆◆◇◆◆


 倒産の瀬戸際にあったヴィグマン商会は、エイタと言う腕の良い職人と出合い立ち直った。資金繰りが少し改善したぐらいで倒産の可能性が無くなった訳ではないのだが、商品である魔煌晶とマナ珠がメルク達の活躍で定期的に手に入るようになり、商売が成り立つようになった。

 店主であるアリサは、主力商品が魔煌晶とマナ珠だけと言う状況に不安を持ち、エイタに相談した。場所はヴィグマン商会の商談室でテーブルと椅子が置いてあるだけの簡素な部屋だった。

 この時、珍しくエイタとモモカは一緒ではなかった。モモカはヴィグマン邸で厨房を預かるカシアから料理を習っていたのだ。最近、料理を作る楽しさに目覚めたようでカシアの手伝いをしながら簡単な料理を習っている。


「新しい商品を考えろって……傀儡馬とかなら作れるぞ」

 アリサは真剣な顔で考え込み。

「傀儡馬は駄目よ。傀儡馬は有名な工房兼商会が幾つか有って、それらの商会以外だと安さで勝負するしか無いわ。そうなると資金力のないヴィグマン商会じゃ簡単に潰されちゃう」

 商売とは難しいものなんだなとエイタは感じ、自分には向かない仕事だとも思った。

「オイラが今まで作った魔導工芸品は<基魂符><索敵符><魔盾符><治癒の指輪><魔力制御符><魔力供給符>とメルク達に作った武器だな。その中に売れそうなものがあるかい?」


「インセックボウとブーストフレイルを除くと他店でも売っているものだわ。<治癒の指輪>は珍しいけど商売にするには危険か……」

 <治癒の指輪>や<治癒符>を使った魔導工芸品は教会で売っているので、教会を敵に回したくなければ販売するのは避けた方がいいだろう。

 加えて<基魂符>組み込んだ魔導工芸品は探索者ギルドが割安で販売しており、店で売っても利益は出ないだろう。アリサは考えた事をエイタに伝えた。


「<治癒の指輪>はしょうがないけど、オイラが作る<基魂符>は探索者ギルドで売っている奴とはちょっと違うんだぜ」

「どう違うと言うの?」

「魔力量と体の状態を教えてくれる」

 アリサは商売になるかもと考えた。だが実際に試してみないと判断がつかず、エイタに試させてくれとお願いした。エイタは腰のベルトポーチから<基魂符>を取り出し、アリサに握らせ<基魂符>の端を額に押し付けさせた。その状態で<基魂符>を握っている指に魔力を流し込む。


「アッ」アリサが小さく声を上げる。あのチクチクする刺激を感じたのだろう。アリサの脳裏に基魂情報ステータスが浮かんだ。


====================

【アリサ・ヴィグマン】

【年齢】十九歳

【性別】女

【称号】ユ・ドクトの商人兼探索者

【顕在値】レベル3

【魔力量】3/3

【技能スキル】一般生活技能:六級、剣術:八級、交渉術:八級

【魔導スキル】なし

【状態分析】

 魔導異常<なし>、疲労度<1>、胃壁に異常あり

====================


 状態分析に『胃壁に異常あり』と出ている。時に胃が痛むのを自覚していたアリサは深刻な顔になった。その変化を見たエイタは、もしかしてと思い。

「胃壁に異常ありか?」

「な、何で判ったの?」

「オイラも夜眠れず、悩んでいた時に『胃壁に異常あり』と出たんだ。どうやら心に悩みがあると胃が荒れて異常となるらしい」

「そうなの……それで何をしたら治ったの?」

「悩みが解決したら治った。アリサさんも商売が軌道に乗ったら治るんじゃないか。……でも念の為に医者に相談した方がいいかも」

「ええ……それは兎も角、この<基魂符>は使えるわね」


 エイタは嬉しそうに頷いた。

「でも、<基魂符>として売り出すと探索者ギルドと揉めそうね。それに、これを欲しがる人は医者や裕福な商人になるだろうから、顕在値やスキル関係はない方がいいかも。エイタさん、改造出来る?」

 探索者などは他人に顕在値レベルを知られるのを嫌がるのを知っていた。エイタは改造可能だと判断し、アリサに可能だと答えた。


 ここで商品として売り出す事になった改造<基魂符>は魔導診断器として売り出され、ヴィグマン商会のヒット商品になった。

 しかし、それは後日の事。魔導診断器だけでは不安なアリサは、他に商売になるようなものはないか話し合う。


「メルク達用に作った武器や防具を売るのも考えものね」

 現在、メルク達が迷宮で採掘出来るようになったのは、それらの武器や防具の存在が大きい。もし他の探索者達に同じ武器や防具を売れば、今のような採掘は難しくなるだろう。メルク達が成長し中難易度迷宮を攻略するようになるまでは販売を控えた方がいい。

 魔煌晶やマナ珠を主力商品とするより、主力商品を武器や防具に変えた方が儲かりそうだとエイタは思ったが、アリサが駄目だと言う。


「始めの間は売れるでしょうけど、すぐに他の工房が真似て同じような武器や防具を売り出すに決まってるわ」

 この時はブーストフレイルに使われている『慣性加速』の魔導紋様が喪失紋様の一つであるとは、エイタもアリサも知らなかった。

 魔煌合金に刻印した魔導紋様を調べる方法は知られていないので、ブーストフレイルだけは他の工房で真似出来ないのである。魔導紋様の刻印は実際に刻む訳ではなく物質に魔導紋様の形をした魔導力場を定着させる事なので見た目は変わらない。


「エイタは愛玩傀儡を作れる?」

「修行の一つとして猫型の自動傀儡を作ったよ。ありきたりなものだったけどね」

「愛玩傀儡は数年前から流行り出したんだけど、商人の奥様達や娘に人気で金貨一〇枚もするような高額なものが売れてるらしいわ」

「でも、傀儡馬と同じで有名な工房とかが有るんじゃないか?」

「愛玩傀儡は昔から有った商品だけど最近になって流行り始めた商品なの。だから傀儡馬ほど有名な工房はないわ。そこに商機が有ると思うのよ」

「どういう事?」

「何か新しい機能を付けるとか。珍しい動物の子供をモデルにして作るとかして人気が出ればって話よ」


「新しい機能……例えばどんなもんだ?」

「コノバル工房は、愛玩傀儡に投げたものを取って来させる機能を付けて評判を取ったわ」

 エイタは投げたものを取って来させる機能を実現する為に必要な傀儡構造を頭の中で描き、自分でも作れそうだと思った。これをコノバル工房が知ったら慌てただろう。なにせアイデアが生まれてから完成するまで一年の設計試作期間が必要だったからだ。すぐさま傀儡構造を描けるエイタの才能は特筆すべきもので有った。


「すぐにアイデアは出ないけど、幾つか愛玩傀儡を作ってみるよ」

「材料費とかは出すわよ」

 アリサと約束したエイタは、その日から愛玩傀儡を作り始めた。

 最初に手掛けたのは、地下迷路採掘場で見付けた熊の愛玩傀儡だった。愛玩傀儡の構造は金属や木製の骨格に人造筋肉とそれを保護する木製カバーを取り付け、その外側に綿などの詰め物をしたもので覆い外皮である動物の毛皮を被せる。


 愛玩傀儡に一般的に使われる人造筋肉は最低ランクのもので、最高出力も幼児並みに低い。しかし、熊の愛玩傀儡には高ランクの人造筋肉を使い最高出力も馬並みにした。過剰な出力だが、この愛玩傀儡には正式な偽魂核を使った制御コアが残っていたので動力源に不足はない。

 この愛玩傀儡に高出力の人造筋肉を使用したのは、モモカの護衛役とするためだ。人造筋肉を保護するカバーも鋼鉄製の薄板で製作した。外皮はアサルトウルフから剥ぎ取った白い毛皮を使った。鋭利な爪を出し入れする機能も残し、制御コアを入れる頭部には鋼鉄製の頭蓋骨を入れ補強した。

 因みに鋼鉄製の頭蓋骨で頭突きをすると洒落にならない威力を発揮する。


 自動傀儡で最も重要なのは制御コアの偽魂核に収められている動思考論理群である。元々の動思考論理は教材用として用意されたものなのか、迷走化処理などの一切いっさいの隠蔽処理が行われておらず、簡単に読み取る事が可能だった。

 簡単な動作パターンと視覚情報認識処理、音声認識処理しか書き込まれていなかったが、高度な技術が使われていた。


 秀逸だったのは視覚情報認識処理と音声認識処理で、長い年月を掛けて磨かれたアルゴリズムは美しいと言えるほど洗練されていた。

 出来上がった小熊の愛玩傀儡をモモカに見せると非常に喜んでくれた。

「お兄ちゃん、このクマさんに名前を付けてもいい?」

「ああ、そいつはモモちゃん用に作ったんだから、名前を付けて上げて」

「んーとね。白いクマだから、アイスにする」

 何故、白い熊だと『アイス』なのか、エイタには判らなかった。だが、モモカが決めたのだ。文句はない。


 アイスが護衛の役に立つか試験を行った。モモカと一緒にライオス迷洞へ潜り、アイスにバーサクラットと尾長狼の相手をさせたのだ。結果はアイスが圧勝した。バーサクラットはアイスの頭突きで頭を潰され、尾長狼はアイスの爪で引き裂かれた。

 十分に護衛役が務まるのが確認された。


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