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scene:20 新米探索者の武器

 ヴィグマン邸で数日過ごす間に、蔵を工房化する作業が一段落した。あの重い傀儡馬もメルク達の助けを借りて蔵の隅に移動させた。蔵の広さは六マトル《メートル》四方で十分な広さが有った。

 作業台・炉・煙突・洗い場は自作した。炉は耐火レンガを購入し自分で積み上げ、煙突はアリサの許可を取ってから、壁と屋根の一部を取り壊して備え付けた。ついでに明かり取り窓も壁を改造して作った。

 蔵の隅にはモモカが寛げるように場違いなソファーと小さなテーブルを置いた。


「工房が完成した事だし、あいつらの装備を作ってやるか」

 メルク達の装備については、アリサも混じえて話し合い。リーダーで他のメンバーの動きをよく見ているメルクにはインセックボウと索敵具、力が有り身体の丈夫なヒューイにはブーストフレイルとマナバックラー、素早く身の軽いジャスキーにはスモールソードとスタンスティックを作製する依頼を受けた。


 索敵具は<索敵符>にマナ珠を燃料とする魔玄素変換器を組み込んだ魔導工芸品で、魔力制御が出来なくとも使える魔力索敵アイテムである。

 魔力制御について三人に尋ねてみると駄目だと答えが返って来たので、魔力制御なしでも使えるように索敵具にしたのだ。魔力源がマナ珠なのは、魔力供給タンクにするとポケットに入れられないほど大きくなるからだ。


 フレイルは連接棍とも呼ばれる武器で、柄の先に鎖などで打撃部を接合した打撃武器である。名前にブーストが付いているのは、柄の先端部に『慣性加速』の魔導紋様が刻印され、柄に仕込まれている魔玄素変換器から魔力が流れこむと先端部の動きが加速され、それに連動する金属製の打撃部が猛スピードで敵に叩き付けられるようになっている。

 こいつは使い方が難しい武器になっている。慣れるまで時間がかかるだろう。


 マナバックラーは小型の円盾で、内側に<魔盾符>と魔玄素変換器が仕込まれている。スイッチ一つでマナシールドが発生する優れもので、魔物や魔力を伴う攻撃はマナシールドが弾き、純粋な物理攻撃は円盾で防ぐ仕様なのだ。


 スタンスティックは棍棒の先端に『雷衝撃』の魔導紋様と魔玄素変換器を組み込んだ魔煌合金を取り付けたもので、スイッチを入れ、魔煌合金部分を敵に当てると雷撃が敵を襲う。


 ジャスキーに弓の代わりにインセックボウを与えなかったのは、迷宮での戦闘を見て才能がないと判断したからである。


 防具については現在のものをそのまま使うと決まった。とは言え、三人は防具といえる物は所有していなかった。予算の関係上、武器だけになってしまったが、エイタが作り上げる武器が有ればたライオス迷洞は攻略可能だろう。


 エイタは工房で次々と武器を作製した。最初は各魔導符の作製である。素材は真鍮しんちゅうと青煌晶の合金である青煌真鍮を使う。地下迷路採掘場の工房から持って来た刻印台に『魔瞰視まかんし』の魔導紋様を描き<索敵符>を作り上げる。次は『魔力盾』を使って<魔盾符>を作製し、最後に『簡易魔力制御』を刻印した<魔力制御符>完成させた。


 次にインセックボウの部品を作る。エイタが作業している傍にはモモカが居て、物を作るエイタの姿をジッと見ていた。

「お兄ちゃん、あたしに手伝える事、何か有る?」

 エイタはモモカに視線を向け。

「そうだな。アモンバードの羽からボルトに使える羽を選んでくれ。こういうピンとした羽がいいんだ」

 肉屋から要らない羽を貰って来ていた。麻袋に一袋分有り、相当な数が作業台の上に積まれていた。

「任せてなの」


 エイタは作業を再開し、引金や弦受け、傀儡義手の外殻、魔力供給タンクなどを作成していく。インセックボウだけ魔力源を魔力供給タンクにしているのは、安定した魔力が必要だからである。魔力供給タンクの方が細かな制御が可能なのだ。


 人造筋肉を作り上げインセックボウを組み上げる。大きさはエイタのものと同じにした。魔力供給タンクにアルコールを注入し傀儡義手が動くか確認する。

「モモちゃん、はかどってる?」

 モモカに視線を向けると羽にまみれて仕分けの作業をしている。

「大丈夫だよ」

「ちょっと休憩して、出来上がったインセックボウの試射に行こうか」

「うん」

 モモカの体中に付いている羽を払い落としてやり、屋敷の裏庭に向かった。裏庭は雑草がボウボウと生えている状態で、何度かアダムさんが草刈りを試みたのだが、草を刈るより早く伸びてくるので諦めたそうだ。


 ヴィグマン邸は高さ二マトル《メートル》の塀で囲まれている。北側には丘があり天然の風除けになっている。その北側に板と柱を使って標的を作った。本来なら土嚢を積み上げ的にするのがいいのだが、労働力が足りない。

 即席の標的が完成し出来上がったばかりのインセックボウを的に向ける。


 標的の板に丸を描き、その中心を狙って引金を引いた。カツッと音がして丸の線上に突き刺さった。

「お兄ちゃん、外れたね」

 モモカの何気ない一言がエイタの心に突き刺さる。……ちゃんと狙ったぞ。俺の腕が下手な訳じゃない。

「風が有ったのかな」

 モモカが雑草をブチッと切って空中に放り上げる。雑草はほぼ垂直に落下した。風を有無を調べるのにこうやっているのをテレビで見たので真似したのだ。

「風、無かったよ」

「そ、そうか、弓の照準が狂っているのかな」

 インセックボウを微調整してから、もう一度的を狙った。今度は真ん中近くに命中した。

「さすが、お兄ちゃん」


 続けざま引金を引き問題なくボルトが発射されるのを確認する。インセックボウが完成したのでブーストフレイルの製作に取り掛かった。

 フレイルの柄は材木店で購入した青樫の木を使用する。年輪部分が微かに青い樫の木で、手頃に買える木材の中では最高のものだった。

 青樫の木材を棍棒状に整形し、その先端部分に青煌晶と少量の神銀、鋼鉄の合金である青煌鋼のパイプを取り付ける。青煌鋼は丈夫では有るが、魔導工芸品の素材としては二級品である。魔力伝導率や魔力変換効率も余り優れているとは言えない。その点だけで言えば、青煌真鍮の方が優れている。だが、頑丈なので武器には多用される合金である。


 青煌鋼パイプには『慣性加速』の魔導紋様を刻印する。その魔法効果は、魔力が流れこむと、その部分の運動エネルギーが魔力により増大するものだ。結果として柄の先端部分が加速するのだが、それだけでも凶悪な武器となる。

 魔玄素変換器は素材屋で購入したものを握りの部分に取り付けた。アルコールを魔力に変換する『魔力変換』を改造すれば、マナ珠から魔力を抽出する魔導紋様を開発出来そうに思えたが、それには時間が掛かりそうだったので部品として購入するのを選んだ。


 鎖で繋がった打撃部分は付けていないが、その状態で試してみた。未完成フレイルを振り上げ、振り下ろすと同時に握り部分のスイッチを押す。柄の先端が加速し手から飛び出そうとする。

「オッと……ナックルガードみたいなものが必要だな。慣れないとフレイルが吹っ飛んじまいそうだ」

 打撃部分は棘の付いた鋼鉄の短い棒(スパイクヘッド)にした。


 その日はブーストフレイルが完成した時点で作業を中止した。その次の日は、マナバックラーとスモールソード、スタンスティック、索敵具を完成させた。

 武器が完成した翌日、メルク、ヒューイ、ジャスキーの三人をヴィグマン邸に呼び出し新品の武器を手渡す。

「ほら、こいつがお前達に用意した武器だ」

 三人は大喜びした。エイタから武器の説明を聞くと。

「すげえ……こいつが有れば、尾長狼も一撃だぜ」

 ヒューイはブーストフレイルを手に持って嬉しそうに笑う。メルクもインセックボウを撫で回し一刻でも早く使いたそうな素振りを見せる。

 ジャスキーも喜んではいるが、メイン武器であるスモールソードに不満そうだ。

「どうした、ジャスキー」

 メルクが気付いて声を掛けた。


「僕のメイン武器が唯のスモールソードと言うのがちょっと……メルクはインセックボウ、ヒューイはブーストフレイルなのに」

「ジャスキーにはスタンスティックが有るじゃないか」

 メルクが反論するが、メルクには索敵具、ヒューイにはマナバックラーが有るので説得力は無い。


「ジャスキー、そのスモールソードは唯の剣じゃないんだぞ」

 エイタが説得を始めた。

「でも、魔玄素変換器が付いてないから特別な機能はないんでしょ」

「その剣は鍛造製の剣と同じ切れ味と強度を持つ剣なんだ」

 メルクが今持っているショートソードは鋳造製の剣で、鋳型に溶かした鉄を流し込み形を整えた安物であった。同じ剣でも鍛造製のものを買うと五倍ほどの値段になる。


「ええっ、そんなにいい剣なの……そうなんだ」

 ジャスキーの不満も解消したようだ。モモカはその様子見ていて呟く。

「ジャスキー……チョロい」

「ん……モモちゃん、何か言った?」

「何でもないよ。お兄ちゃん」


「それじゃあ、迷宮に行こうぜ」

 ヒューイが気勢を上げた。新しい武器を試したいのだろう。

「行ってもいいが、武器に慣れないうちは奥には行くなよ」

 エイタが注意した頃には、三人は武器を抱えて走り出していた。


 速攻で迷宮へ向かったメルク達は、途中で顔見知りのロテウス、ガルスの兄弟探索者と会った。同じ新米なのだが、彼らは自由探索者で両者とも剣を武器にしている。

「やあ、メルク。今から迷宮じゃ、採掘場所は無いぞ」

 背の高い兄貴のロテウスがメルク達に声を掛ける。

「それは、等外区や九等区の話だろ。俺達が目指すのは八等区だ」

 ヒューイが胸を張って言い返す。それを聞いたロテウスとガルスが笑う。メルク達はガルスより新米の探索者だったからだ。


「笑わせるなよ。大吸血コウモリから逃げ回っているキッズが八等区だって」

 『キッズ』と言うのは低難度迷宮を攻略出来ずにいる探索者を指す言葉で、通常は新米という意味になる。その他に中難度迷宮を中心に活動する探索者を『アダー』、高難度迷宮を中心に活動する探索者を『アデプト』、超高難度迷宮を中心に活動する探索者を『マスター』と呼ぶ。


 キッズと言う言葉にカチンと来たヒューイが強気で言い返す。メルクが止めようとしたが、無駄だった。

「今日からの俺達は以前とは違うんだ。笑っていられるのも今のうちだぞ」

 ロテウスとガルスの兄弟は三人より少し早く探索者になったが、ライオス迷洞は卒業し、その奥に在る中難易度迷宮『峡谷迷宮』の六等区に挑戦している。

「その自信の元は、目新しい武器か。アリサさんに買って貰ったか。こんな奴らしか店に残ってないと苦労するよな」

「五月蝿え、二度とキッズなんて呼ばせねえからな」

「そういうのはライオス迷洞を卒業してから言うんだな」

 ガルスの言葉にヒューイが激昂する。殴り掛からんばかりのヒューイをメルクとジャスキーが止める。


 ロテウスとガルスはお前らなんか相手にしていられないというように馬鹿にしたような笑いを浮かべ先に行ってしまった。

「あいつら馬鹿にしやがって」

 いきり立つヒューイを宥めたメルクが先を急ぐ様に促した。ライオス迷洞に到着した三人は、入場料を払い中に入った。


 いつもの様に等外区は大勢の新米探索者で溢れていた。その様子を横目で見ながらメルク達は先へと進んだ。九等区まで来ると人影がまばらになる。ここに住み着いている魔物がバーサクラットと大吸血コウモリであるので人気がないのだ。

 それでも幾つかの採掘場所が有るので、ツルハシを担いだ探索者がそれなりに彷徨うろついている。メルクはエイタから言われた事を思い出した。


「そうだ、索敵具を使わなきゃ」

 エイタから一定間隔で魔物の位置を確認しろと言われていたのだ。索敵具のスイッチを押すと頭の中に光の点が幾つか浮かんだ。

 索敵具は使い慣れていないと光の点がどの方角にどれくらい離れているのか判らない。エイタから慣れるには頻繁に使って魔物の居る位置まで行ってみるしか無いと言われていた。一番近い光の点の方角へ三人は向かった。


 光の点は二つあり、そこに到着するとバーサクラット二匹がミニスライムを貪っていた。

「左の奴は俺が、右は二人で仕留めろ」

 メルクが指示を出してインセックボウを構える。矢筒に入っているボルトは通常のものだけ、予備を入れると全部で二〇本、エイタから貰っている。

 傀儡義手が弦を引きボルトを番える。エイタから言われた注意点を思い出しながら引金を引いた。


 ボルトはバーサクラットの方へ飛び、右のバーサクラットの背中に突き刺さった。

「メルク、お前は左のバーサクラットじゃなかったのかよ」

 ヒューイに指摘されメルクが悔しそうな顔をして。

「ちょっと武器に慣れていないだけだ。それより今度はお前達だ、さっさと仕留めろよ」

 ジャスキーが持ち前の素早さを活かしバーサクラットに接近する。バーサクラットは敵意を剥き出しにしてジャスキーに飛び掛かった。スモールソードが振り下ろされるが、バーサクラットは素早く避けてしまった。慣れない武器である。ジャスキーの動きはぎこちなく、剣の振りも遅かった。


 ヒューイが大鼠に近付きブーストフレイルを振り下ろす。金属製の打撃部であるスパイクヘッドが空振りして地面に叩き付けられた。

 そこにジャスキーが追撃の一振りを加えバーサクラットの首から血を吹き出させた。


「当たれば一撃か。武器は良くなったけど俺達の技量が問題だな」

 メルクが呟く。それを聞いたヒューイが。

「そのうち慣れるさ、どんどん行こうぜ」

 メルク達は索敵具で確かめた光の点を目印としてどんどん魔物を狩り始めた。特にメルクがインセックボウの扱いに慣れ始めると面白いように魔物が倒せるようになった。

 インセックボウは元々オークやアサルトウルフを狩る為にエイタが開発した武器。バーサクラットや大吸血コウモリを相手に使えば一撃で仕留められる。


 メルクの顕在値レベルが一つ上がったのを機会に、八等区に進んだ。ここでの強敵は尾長狼である。今までは狼が群れで襲って来るのを恐れ立ち入らなかったエリアだった。

 八等区ではヒューイが活躍した。尾長狼が襲い掛かってくるのをマナバックラーで受け止めブーストフレイルを振り下ろす。その瞬間、フレイルのスイッチを押し振り下ろすスピードを加速させる。

 加速したフレイルの柄は鎖で繋がっているスパイクヘッドも加速させる。そこに遠心力も加わり相当な威力で尾長狼に衝突する。ボキッという音が響きスパイクヘッドが狼の背中に叩き付けられ、背骨をへし折った。


 このエリアで遭遇するもう一種の魔物である八つ目蜘蛛は、スタンスティックの攻撃に弱いと判り、ジャスキーの獲物となった。

 八つ目蜘蛛は体長がヒューイの半分ほどで麻痺毒を持っている。噛まれると死に繋がる攻撃だが、蜘蛛の動きは遅くスタンスティックで攻撃すると暫く動きを止めてしまう。


 ヒューイとジャスキーが顕在値レベルを上げた頃、先客の居ない採掘場所を見付けた。そこで大量の黄煌晶と計量枡二杯分の緑煌晶を手に入れた。


 この日を境に、メルク達は躍進し短期間でライオス迷洞を攻略した。エイタが作った武器のお陰である。

 エイタの実力を認めたアリサは、いつまでも屋敷に住んで良いとエイタに告げ、蔵を改造した工房も好きに使うよう許した。

 これでユ・ドクトでの住まいを得たエイタは、本来の職業である傀儡工の仕事を始めた。


お読み頂きありがとうございます。

ちょっと区切りが悪いですが、ここで「第1章 地下迷路採掘場編」は完了です。

次章は「第2章 愛玩傀儡編」になります。

2017/12/2 修正

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