表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/80

scene:2 採掘下人と水晶広場

 商人のドラウスの説明により、この場所がどういう場所なのかは判った。


 ……どうやら、オイラは強制的に採掘下人として働かされるらしい。


「オイラ、外には出られないのか?」

 エイタの微妙に訛っている言葉を聞いて、商人が『田舎者だな』と言う目をしてエイタを見た。

「お前は罪人だ。三ヶ月は外に出す事など出来ん」

 三ヶ月の賦役を罰として命じられたのを思い出す。


「こんな身体だと働けねえよ。薬はないのか?」

 ドラウスが冷酷な声で返事をした。

「貴様などにくれてやる薬など無い。明日から働いて貰うぞ」

「そ、そんな……め、飯はどしたら?」

「採掘した魔煌晶と引き換えに一日分の食い物を渡す。つまりは魔煌晶が無ければ飯抜きだ」

 エイタはガックリと肩を落とした。


「だが、多くの魔煌晶を持ってくれば、豪華な食い物を用意してやる。必要な物が有れば、それも用意する」

「水はどうすんだ? 水がねえと死んじまう」

「向こうにドアが有るだろ。あそこから通路を通った先に『水晶広場』がある。そこに泉が有るから心配ない」

 エイタがトイレの場所を聞くと、ドラウスが嫌そうに部屋の隅に有る穴を指差した。


「それから、向こうのドアの横に丸い銅板が有るだろ。それに手を押し当てろ、そうすれば横のドアが開けるようになる」

 エイタは奥のドアへ近寄りドアを開けようとした。───開かない。

 ドラウスの言う丸い銅板に右手を押し当てた。銅板が淡い黄色の光を放ちすぐに消えた。唯の銅板かと思っていたが、魔導工芸品らしい。もう一度ドアに手を掛けるとスーッと開いた。


「お前には道具を渡しておく」

 ドラウスは小さな穴から、使い古しのツルハシ、丈夫そうな麻袋を二枚、革製の水筒、それに魔煌晶の分量を計る計量(ます)をエイタに渡した。計量枡には片手一杯(約二〇〇ミリリットル)ほどの魔煌晶が入るだろう。

「毎日、日暮れ時に魔煌晶を回収する。覚えておけ」

 そう言うとドアの穴を閉め、ドラウスは去って行った。


 一人になって急に心細くなった。こういう時は師匠の事が思い出される。厳しく自動傀儡工学の基礎となる鍛冶術や魔導刻印術などを教えてくれた。エイタの両親は子供の頃に戦乱に巻き込まれて死んだので、友人だった師匠が父親代わりとなって育ててくれた。

「師匠、何で死んだんだよ」

 エイタがポツリと呟いた。


 暫く呆然とした感じで座り込んでいたが、喉の渇きを覚え立ち上がった。

「水……汲みに行くか」

 革の水筒とツルハシを持って天窓とは反対のドアを開けた。そのドアには『34』と言う番号が描かれていた。ここが34号室という事なのか。その先には薄暗い通路が続いていた。


「ううぅっ」

 体を動した拍子に痛みが走り呻き声を上げる。裂傷や打撲は有るが、骨折はしていないようだ。

 痛む身体を引き摺るようにして、狭い通路の中を進み始めた。そこは、高さ二マトル、幅一マトルほどの通路で、周囲は岩壁だった。


 因みにマトル(約一メートル)と言う長さの単位は、伝説に出て来る大男の英雄ヒュジノスの歩幅が基準となっていると聞く。

 但し、平均的な成人男性の歩幅がヒュジノスの七割しかないと言うから、かなりの大男だったのだろう。


 エイタは、通路が真っ暗ではないのに気付いた。目を凝らすと星明かりだけの夜のような空間が広がっていた。

 闇に目が慣れたのだろうか。周囲のものがぼんやりと見えるようになった。

 エイタの眼が洞窟の闇に慣れてくるに従い、洞窟内の微かな光は空気中を漂うほこりのような微粒子から発せられているのに気付いた。

 迷宮内部では瘴気の密度が濃い、その所為で共鳴を起こした瘴気の微粒子が発光していると言われる。


 迷宮の正体は未だに不明だが、地脈から瘴気が噴き出す地点に生まれるのは知られている。

 では瘴気とは何か? 魔力が変質し結晶化した微粒子だと判っている。


 瘴気の正体は古代神聖帝国の偉い学者が発見したらしい。大昔は瘴気を魔力に還元する技術が存在していたので、瘴気が噴き出す場所には魔力精製工場が建設され、工業都市として発達したそうだが、現在では失われた技術として知られている。


 右手に護身用のツルハシ、左手に水筒を下げ慎重に通路を進む。暫く歩くと広い空間に出た。

 公園ほどの広さが有り、中央に巨大な水晶で出来た柱が有った。そこから赤い光が放たれている。もしかすると天井を突き抜けた水晶の柱は、地上に飛び出し夕陽の光を受けているのかもしれない。


 泉はその柱の横に有った。岩の地面が寝台ほどの広さで抉れ、その中心から綺麗な水が湧き出している。その水は小川となって広場の北側へと流れ、岩壁に開いた穴の中へと消えている。

 後ろを振り返ると通路の出口の上に『34』という数値が彫られていた。これで帰り道を間違える心配はない。

 今来た通路の横には同じような通路が並んでいた。この通路の一つ一つがあの小部屋と同じような部屋に通じているのだろう。


 周りには人影はない。他の連中は魔煌晶を持って自分の部屋に戻ったのだろうか。人が居るかもしれないと期待したのだが、残念だ。

 痛む身体を確かめるとあちこちから血が流れていた。服を脱ぎ、ポケットの中に入っていた手拭いを使って全身を洗った。ついでに下着と服を洗い、水を絞ってそのまま着た。

 気分はさっぱりしたが、濡れた服が冷たい。


 水に映った十七歳になる自分の姿を見た。

 ひょろりとした体形に、太い腕。後ろで束ねた黒髪と灰色の瞳が印象に残る。エイタが興奮した時に瞳が緑色に変わると師匠に教えられた。そう言う眼を『緑昂眼りょくぼうがん』と呼ぶらしい。

 古代神聖帝国を築いたセグレム人の血を受け継ぐ証拠だとも聞いた。だが、セグレム人の特徴である赤い髪や高い鼻はまったく受け継いでおらず、師匠からは『昼寝中の犬』だと称された平凡な容貌だった。


 泉に屈みこんで水を飲んだ。喉の渇きは治まったが、空腹感は消えない。

「おい、こんな時間に何をしておるんじゃ?」

 誰かがエイタに声を掛けた。先程は気配も感じなかったのに。見回すと柱の後ろに白いひげを伸ばした年寄りの姿が有った。

「ああ、今日からお仲間になっただ。今は水を汲みに来た」

 エイタが水筒を見せた。姿を確認すると白髪のやせ細った爺さんだった。自己紹介をすると爺さんもオルダと言う名を教えてくれた。


「ふん、また騙されて人が増えたか」

 ……騙された訳じゃない。いや、騙されたのか。兄弟子と武官達に裏切られたんだ。思い出すと鞭打ちの傷が痛み出す。

「爺さんも騙されて、ここに来たのか?」

「……」

「どうした、爺さん」

「あんまり昔なんで忘れてしもうた」


「ここに長く居るなら、教えてくれ」

「駄目じゃ、魔煌晶の採掘する場所は誰にも教えん」

 ……魔煌晶の採掘場所は、同じ採掘下人の間でも秘密にするようである。まあ、採掘の成果次第で待遇が変わると言ってたからな。


「採掘場所じゃない。魔物の事やここで採掘してる人達についてだよ」

 オルダ爺さんは少し迷ったようだが、ポツポツと話し出した。

「儂は東側の魔物しか知らん。よく見るのは、ミニスライム・バーサクラット・双角小豚・ウィップツリーくらいじゃ。後は偶に、アサルトウルフが紛れ込む事も有るが、アイツを見たらひたすら逃げるしか無いぞ」

ほかの人達は、なんか武器を持ってるのか?」

 オルダ爺さんは麻袋とツルハシを持つだけだった。

「ん……武器じゃと……棍棒くらいかのぉ」

「そしたら、魔物に襲われたらどうするんだ?」

「ミニスライムは石でも投げて追っ払え。バーサクラットはツルハシを振り回せ」

「双角小豚やウィップツリーは?」

「まずは逃げるんじゃ。どうしようもない時は、ツルハシを振り回せ」


 ……最後はツルハシなのか。ここで暮らすとツルハシ術免許皆伝とか貰えそうだ。


「魔物も気を付けにゃならんが、一番気を付けるべきなのは人間じゃ」

 オルダ爺さんの話に依ると、自分では採掘せず他人が採掘したものを奪って暮らしている連中もいるらしい。

「そんな連中が……そういう時は?」

「なんじゃ。訊いてばっかりじゃの」

「申し訳ないけど教えてくれ」

「ええよ。そんな連中に会ったら、大人しく魔煌晶を渡すしか無いの」

 エイタが納得出来ないという顔をする。

「分かっとらんのぅ。下手に逆ろうて大怪我でもすれば、何日も飯抜きという場合もある」

「けれど、魔煌晶を取られちまったら飯抜き決定じゃないか」

「そういう時の為に魔煌晶を隠しとくんじゃ」


 ……魔煌晶を隠すのか。でも、魔煌晶の提出量が減ったら待遇が悪くならないか。

「爺さん、普通の人は一日どれ位の魔煌晶を採掘するのかな」

 オルダ爺さんが少しの間考えて。

「まあ、一番価値の低い黄煌晶なら、計量枡三杯。その上の緑煌晶なら計量枡一杯。青煌晶なら三粒ほどかな……北側には赤煌晶や紫煌晶が産出する場所もあると聞くが、命あっての物種じゃからな」


 ……そうか、一日にそれ以上採れたら隠しとけばいいんだ。……何処に隠せばいい?。


「言っておくが、隠し場所は教えんぞ。それと、部屋の中には隠すな。何日かに一回、商人の使用人が部屋を調べるから、見つかったら大変じゃぞ」

「わ、判った。ありがとう」

 ……危ねえ。部屋の中に隠そうかと考えたよ。

「もうすぐ日が落ちる。そしたら魔物どもが巣から抜け出し迷路を彷徨い始めるぞ。ここにもやって来るんじゃ、部屋に帰った方がええぞ」

 ここの魔物は変な習性があり、日中は巣で大人しくしているが、夜になると迷宮の中を彷徨うらしい。


 魔物を畏れたオルダ爺さんが帰って行った。その頃には中央の柱は完全に光を失い、辺りは暗くなっていた。エイタは水筒とツルハシを持って部屋に向かって歩き始めた。


 広場の地面を這うミニスライムを見付けた。てのひら位の粘体生物は、地面や壁を這いながら付着している瘴気を身体に取り込んでいるようだ。

 この時はまだ魔物の存在を軽く考えていた。


「ほおっ、近くでスライム見るんは初めてだけど、綺麗なもんだ」


 ミニスライムの身体の中に吸収された瘴気が光を放ち、周りよりも鮮やかに光っている。


「グィキーーッ」

 甲高い耳障りな鳴き声が聞こえ、目の前に居たミニスライムが兎ほどの大きさがある魔物に襲われた。


 驚いて反射的に飛び下がったエイタの目の前で、ドブネズミを大型化したような魔物バーサクラットがミニスライムを噛み千切り振り回して壁に叩き付けた。


 ミニスライムを仕留めたバーサクラットが、視線をエイタに移す。その眼は普通の動物とは違い赤黒く狂気を秘めているのを感じる。


 知り合いの探索者ユジムから、バーサクラットは迷宮で最弱の部類に入る魔物だと聞いていたが、この小さな魔物から感じる恐怖は油断出来るような相手ではないと教えてくれる。

 慌てながらも水筒とツルハシを持って逃げ出そうとしたが、バーサクラットが前方に回り込んだ。


 バーサクラットが素早い動きでエイタの顔を目掛けて飛び掛かる。

「ウワッ!」

 大声を上げツルハシを振り回す。ツルハシは魔物に当たらなかったが、エイタの裏拳がバーサクラットの顔を殴り、その体を弾き飛ばした。

「痛っ!」

 殴った時にバーサクラットの爪で手を引っ掻かれたようだ。手の甲に爪の跡が刻まれ、血が滲み出した。


 幸運にもバーサクラットの攻撃は躱せた。だが、地面に転がり起き上がったバーサクラットは、

『こいつ、やりやがったな』

 という目付きでエイタを睨み、唸り声を上げながら再度突進して来た。


「クソッ、お前が攻撃して来たからじゃないか」

 エイタの頭はパニックを起こしていた。鋭い歯が並ぶ口を大きく開け、エイタの鼻に噛み付こうとするバーサクラットを何とか座り込むようにして避け、背後に着地した奴に向けツルハシを振るう。


 ツルハシの狙いが外れバーサクラットの横に突き刺さる。

「ああっ」

 必死でツルハシを引き抜こうとした瞬間、バーサクラットが飛び掛かった。地面に突き刺さっていたツルハシが抜け、バーサクラットの身体と交差する。


 偶然にもツルハシの先端がバーサクラットの頭に減り込み吹き飛ばす。地面を三回転ほどして倒れたバーサクラットはヨロヨロと立ち上がる。魔物を倒すチャンスは今しかないと悟り、必死でツルハシを振り下ろす。ツルハシの切っ先がバーサクラットの胴体を貫通した。


 魔物が死んだ瞬間、その魂に刻まれていた顕在値がエイタの魂に吸収される。顕在値とは、魂に溜め込まれた根源力であり、生物の潜在力をどれほど引き出せるかを示す指標でもあった。

 倒した魔物の顕在値を吸収する現象は迷宮特有のものであり、迷宮以外の場所で魔物を殺しても顕在値は吸収出来ないと聞いていた。


 エイタが初めて魔物を仕留め、顕在値を吸収した瞬間だった。

「オッシャーッ!」

 思わず喜びの声を上げるが、次の瞬間、別の魔物が寄って来ないか心配になった。

「早いとこ逃げ……じゃないな。こうゆう時は素材を回収するんだった」


 バーサクラットの素材となる部位は、額に張り付くように結晶化しているマナだまだけである。

 マナだまと言うのは、魔物が体内に蓄積している魔玄素マナが死の瞬間に結晶化したものだ。魔玄素マナとは魔力が純粋結晶化した粒子で、瘴気のように変質していない為、直接魔力として取り出せる。

 死んだ魔物は、マナだまを額や心臓に結晶化する。バーサクラットの場合は額に結晶化すると聞いていた。


 バーサクラットの額に恐る恐る手を伸ばし、額の毛を掻き分けてみた。小さな水晶の塊のような物が有った。

 大きさは豆粒ほどしかなく色は赤黒い、それほど綺麗なものではなかった。


「六等級のマナ珠だ。磨り潰して刻印呪液としか使えねえ奴だ」

 以前に使った経験のある品質のマナ珠だった。


 マナ珠は大きさや質により、神宝級・国宝級・特級、そして一等級から六等級までに分類される。

 六等級のマナ珠は店で売っても三ゴルにしかならず、屋台の串焼きが三本しか買えないクズ珠と言われている。


 マナ珠を服のポケットに入れた。それ以外に仕舞う入れ物が無かったからだ。……それにしても、作業用の厚手のズボンと木綿のシャツが濡れていて気持ち悪い。


 エイタは早足で小部屋に戻り、濡れた服を脱いで貰った二枚の麻袋の上に広げた。考える気力も無くしたエイタは藁束の中に潜り込み眠った。


2017/12/8 誤字修正

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
【連載中】

新連載『崖っぷち貴族の生き残り戦略』 ←ここをクリック

『天の川銀河の屠龍戦艦』 ←ここをクリック
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ