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scene:18 三人の新米探索者

 その客は初めから様子がおかしかった。ガッシリとした体格で頬に傷のある男と痩せているが残忍そうな顔をした片耳のない男だ。

 二人がカウンターに近付き、アリサを舐め回すように見てから。

「おい、そこの青煌晶と赤煌晶を全部くれ」

 アリサが少し青褪めた顔で応える。

「そうなりますと、金貨二十一枚になります。よろしいですか」

 片耳男がアリサに顔を近づけ凄み。

「よろしいですかだと、高過ぎる。その品質じゃ銀貨二枚がいいとこだろ」


「残念ですが、その値段では売れません」

  頬傷の男がドスの利いた声で難癖を付け始めた。

「てめえ、俺たちを誰だと思ってやがるんだ」

 アリサの傍に居た背の低いヒューイが尋ねた。

「知らないよ、あんた誰?」

 ヒューイは度胸があるというか、怖いもの知らずというか、誰にでも平気で生意気な口を利く少年だった。


「ガキが生意気な口をききやがって、引っ込んでろ」

 エイタは騒ぎの声を聞いて、店の奥からカウンターに出て来た。

「何事だ?」

「この人達が置いてある青煌晶と赤煌晶の全部を銀貨二枚で売れと言っているのよ」

「そんな値段で青煌晶と赤煌晶が買えるなら、探索者はみんな廃業するぜ」

 ヒューイが恐れを知らないように口出しする。


 いきなり、片耳男が刃渡り二〇〇ウレ《ミリ》のナイフを取り出し、カウンターに突き立てた。

「引っ込んでろと言ったよな」

 ヒューイは平然としている。よほど自分の実力に自信があるのかとエイタは考えた。だが、次の瞬間、その考えは裏切られる。

 片耳男がヒューイの赤毛を掴みカウンターから引き摺り出したのだ。

「イタタタタ……」

 引き摺り出されたヒューイに片耳男が膝を叩き込む。一発でヒューイは床に倒れた。


「ああっ、ヒューイに何しやがる」

 メルクとジャスキーがカウンターを乗り越え、ヒューイの助けに入った。黒髪で背の高いメルクは頬傷男、赤毛で素早いジャスキーは片耳男に向かって行った。

 威勢が良かったのは最初だけで、メルクとジャスキーもゴロツキ二人に殴られ蹴られ床に伸びた。


「こいつら、全然駄目じゃん」

 エイタは頬傷男と片耳男の実力をそんなに高くは評価していなかった。素早さはバーサクラットに劣り、技量はオークに劣ると言う感じで脅威だとは思えなかった。

 アリサが口を押さえ、涙目になって床に倒れた三人を見ている。やっと顔を上げ、エイタに目を向けると必死な様子で告げた。

「エイタさん、警邏兵を呼んで来て」


 エイタが動こうとした時、片耳男がアリサにナイフを突き付けた。

「おっと、動くんじゃ……ウワッ」

 片耳男のナイフを持っていた腕にボルトが突き刺さっていた。後ろを見るとモモカがインセックボウを構えている。エイタは片耳男の髪の毛を握って引き寄せ、相手の額に頭突きをお見舞いする。

 顕在値の高いエイタの頭蓋骨は、普通の者の数倍は頑丈で固くなっていた。それほど力を入れたつもりはないのに、片耳男はクタッと倒れた。


「この野郎!」

 頬傷男が片耳男の手から落ちたナイフを拾い、エイタに突き出した。そのナイフを持つ手を片手で払い除け、頬傷男の顔面に平手打ちをかます。

 鋭い音がして、頬傷男がその場で一回転して床に倒れた。

 ……弱い、手応えがなさ過ぎる。この男達は迷宮へ潜った経験がないのだろう。顕在値がレベル1なら、こんなものなのかもしれない。


 亡くなった師匠が、探索者に喧嘩なんか売るんじゃないぞと厳しく言っていたのを思い出した。やっぱり魔物と喧嘩するような人間は、魔物に近い存在へと変わっていくんだろうか。

 と思い出に浸っている途中、床に倒れているヒューイ、メルク、ジャスキーの三人の事を思い出した。三人とも床に座ってエイタを見詰めていた。

「三人とも大丈夫そうだな」


 倒れている頬傷男と片耳男を縛り上げ、頬傷男の腕に刺さっているボルトを抜き<治癒の指輪>を使って治療する。出血が止まり、傷が塞がったので治療を止めた。完全に治療するのは魔力の無駄遣いだと思えたのだ。

「すげえ」

 治療の様子を見ていたジャスキーが感嘆の声を上げる。

 未だにボーッとしているアリサに声を掛けた。

「そろそろ正気に戻ってくれないか」

「アッ、御免なさい」

「この男達はどうします?」

「警邏隊に引き渡して下さい」

 エイタが済まなそうに。

「この辺は不案内なんだ、警邏隊は何処だ」

 そこにヒューイが立ち上がって声を上げた。


「俺が連れて行きます」

「僕も」

 結局、ヒューイ、メルク、ジャスキーの三人がゴロツキ二人を引き摺って行った。


 エイタはモモカに言っておくべき事が有るのを思い出した。

「モモちゃん、人間にインセックボウを向けちゃ駄目なんだぞ」

 モモカはシュンとする。その様子を見たアリサは、エイタがいいお兄さんなんだなと感じる。

 持っていたインセックボウをカウンターに置き、上目遣いにエイタを見たモモカが。

「でも、変なおじさんが襲って来たらどうするの?」

「そうだなぁ……人間用の武器を作って上げるよ」

 その言葉を聞いたモモカが顔をパーッと明るくする。

「約束だよ」

 エイタの背後で見守っていたアリサは複雑な表情を浮かべる。……武器を持たせるんじゃなくて、そう言う危険な目に遭わせないようにするのが保護者の役割じゃないのと思うアリサであった。


 エイタがアリサの近くに歩み寄り尋ねる。

「アリサさん、こういう事はよく有るのか?」

「まさか、私も初めてよ」

「あのゴロツキどもだけど、リッジとか言う商人とは関係ないのかな」

 アリサは一瞬不快な表情を顔に浮かべてから考え。

「可能性は有るわね。ヴィグマン商会が商品を仕入れたのを知って商売の邪魔をしに寄越したのかも」

「気を付けた方がいいぞ」

「ええ、ありがとう」


 警邏隊へ行っていた三人が戻り、アリサに報告する。

「あの二人は、ク・ドメルで手配されてる殺人犯のゴメスとボルガスだったんだ。警邏隊の隊長ユジマスのオッちゃんがお手柄だと言ってた」

 三人を代表してメルクが話している。三人の中のリーダーはメルクらしい。ク・ドメルは北に在る都市で自由都市連盟で三番目に大きな都市である。

「もしかして報奨金とか貰えるのかしら」

 アリサが嬉しそうに言う。

「そうかも」


「ちょっといいか?」

 エイタが三人に声を掛けた。

「何だい? あ、さっきはありがとな」

「いいんだ、それより、お前たちは探索者なんだろ。顕在値がレベル1のゴロツキにやられるなんておかしくないか」

 三人が顔を合わせ、恥じている中に反発を含んだような複雑な顔をする。ヒューイが言い返した。

「あの時はちょっと油断しただけだ。迷宮じゃ一人前なんだ」

「そうだ、俺らは本番に強いタイプなんだ」

 ゴロツキとの喧嘩も本番だと思うエイタだったが、指摘はせず気になった事を訊いた。

「君等の顕在値はどれくらいなんだ?」


 三人が変な顔をする。

「失礼な奴だな、探索者に顕在値レベルを訊くのはルール違反だぞ」

 メルクが答え、エイタはそうなんだと頷く。

「ああ、御免よ。探索者については余り知らないもんでね」

 三人は疑わしそうにエイタに視線を向ける。ゴロツキ二人を軽々と倒してしまった強さは、一人前の探索者に共通するものが有ったからだ。


「あんた、探索者じゃなかったのか?」

 エイタは首を振り否定する。

「君等の装備を作る職人だ。本当の実力が知りたかったんだ」

 ヒューイがいたずら小僧のように笑った。

「本当の実力を知りたいだって、それには一緒に迷宮に潜るしか無いんじゃないか」

 今度はエイタが疑わしそうな目を向けた。

「一緒にだって……そんな必要はないだろ」

「怖いのか?」

 メルクがヒューイの案に加担するようだ。

「そうじゃないが、オイラは職人だぞ」

「今度は、俺達が守ってやるよ」


 三人はエイタに馬鹿にされたと思い、仕返しを考えているようだ。

「判った。何処の迷宮に潜るんだ?」

「ライオス迷洞だ」

 ユ・ドクトの真北にある迷宮だった。低難易度迷宮の一つで黄煌晶と緑煌晶が採掘され、最も手強い魔物はマウスヘッドだと聞いた覚えがある。

 ライオス迷洞は、洞窟が迷路状に広がる迷宮で通路が狭いそうだ。槍は遣い辛いかもしれない、何か別の武器を用意した方がいいだろうか。それにツルハシを捨てて来たから用意しなくてはならない。雷撃ボルトと凍結ボルトも壊れたり失くしたりしているので補充が必要だろう。


「あたしも行く」

 エイタが迷宮に行くと聞いて、置いて行かれたくないモモカが言い出した。モモカの性格から絶対に行くと言って聞かないだろう。低難易度迷宮だし、モモカも地下迷路採掘場を生きて脱出した実力は有るのだから。

「よし、行くか」

「うん」

 モモカが嬉しそうに笑う。迷宮は怖い思い出しかないはずなんだが、エイタと一緒に出掛けるだけで嬉しいのだろう。

「ちょっと待てよ。こんな小さい子を連れて行くのかよ。足手纏になるだけだろ」

 メルクが反対した。常識的に考えればメルクの言う通りなのだが、たぶん探索者の三人より顕在値に関してはモモカの方が高い上に、インセックボウを持つので戦闘力も上である気がする。

「オヤッ、ゴロツキの手を射抜いたのを見ていなかったのか」

「あれはマグレかもしれないだろ」

「大丈夫、モモカはオイラが守るから心配するな」


「仕方ない、それじゃあ明日行くぞ」

 メルクが迷宮に行く日を勝手に決めてしまう。エイタとしては準備する時間が欲しい。

「待ってくれ、明後日にしよう。こっちも準備が有る」

「判った」


 エイタは買い物をして来ると言ってモモカと二人で出掛ける。まずは古着屋に行ってモモカの服を三着ほど、エイタ自身の服を二着買った。古着屋で買った服に着替えて商店街を散策する。

 新品の服を売っている店で下着を三日分ずつ買い、傀儡関係の素材屋で樹木系魔物の樹液を見付けて買った。

「こいつは、どんな魔物から採取したやつなんだ」

「ウィップツリーです」

 ウィップツリーは地下迷路採掘場の他にも居るようだ。硫黄と水銀、銅の塊と質の良い鉄も買う。金を払ってアリサの屋敷に運んで貰う約束をした。

 次に向かったのは道具屋である。工具類は地下迷路採掘場の工房に置いて来たので、工具類一式をここで買った。金床やハンマーなどの重いものも有るので工具類も運んで貰う約束をする。


 ヴィグマン邸に戻ったエイタとモモカは、使っていいと言われた蔵の鍵をアダムから貸して貰い蔵を開けた。中は埃っぽく、雑多なものが置いて有った。壊れたテーブルなどの家具や樽などは分かるが、傀儡ポンプが九本、傀儡馬が三体も置いて有るのには驚いた。

 どれも埃を被っているが使った形跡がない。

「お馬さんだ、すごぉ~い。これも動くの?」

「ちゃんと整備すれば動くと思うけど、動くようにしてやろうか」

「本当、お兄ちゃん」

 モモカが嬉しそうに飛び跳ねている。モモカの為なら、傀儡馬など一日で整備してやると考えるエイタであった。


 傀儡馬は重過ぎて移動は無理なので、他の家具類などを蔵の隅に移動し、作業が可能な場所を作る。作業台は足が一本折れているテーブルを修理して作業台の代わりとした。

 エイタはテーブルの横に置いた樽に座り、ライオス迷洞で使う武器をどうするか考えた。インセックボウは持っていくつもりなので、接近戦用の武器をどうするかになる。

「オイラが使い慣れている武器となると、槍とツルハシ、それにハンマーくらいかな。ハンマーは武器として使った事はないけど、一番使い慣れているんだよな」


 色々考えたが答えが出なかった。開き直ったエイタは、槍とツルハシ、ハンマーが同時に使えるような武器を考えた。遊び気分で紙に概要図を殴り書きしてみる。

「アレッ、これなら使えるんじゃないか」

 完成した図は槍の柄を三分の一ほどの長さの鉄パイプに変え、ハンマーとツルハシを真っ二つにして半分になった鉄槌とツルハシを接合したものに鉄パイプを付けた戦鎚のようなものをワイヤーロープで繋いだような形だった。


 柄の部分を鉄パイプにしたのは、パイプの中に仕掛けを施し、スイッチ一つでワイヤーロープがパイプの中に巻き込まれ、槍と戦鎚の柄の部分が接合し一つの得物となるようにと考えたのだ。

 柄の部分を短くした槍も戦鎚の柄を足せば短槍と同じ程の長さになる。


 どう見ても使い辛そうに見える。

「戦鎚の頭を右手に持って使えば、槍としては使えるかな。まあいい、一度作って試してみよう」

 今日買った工具類や素材がヴィグマン邸に届くのを待って武器の作製を始めた。まずは鉄に炭素を添加して鋼鉄に変える。これに必要な『組成変性』は使い勝手の良い魔導紋様だと思う。


 『形状加工』の魔導紋様を駆使し、出来上がった鋼鉄で戦鎚の頭部分を作製する。ツルハシとしても使える十分な強度を持つ武器となった。次に鉄パイプを作製する。鋼鉄の塊がニュルニュルと蠢いて鉄パイプになっていく様は、自分がやっていても不思議に感じる。

 ワイヤーロープも『形状加工』で作製してから、鉄パイプと戦鎚の頭部分を接合し戦鎚を完成させる。


 次に槍から木製の柄の部分を取り外し、鉄パイプを作って接合する。見た目は槍というより奇妙な短剣のように見える。

 ウィップツリーの樹液と硫黄、水銀から人造筋肉を作り、戦槌側の鉄パイプに組み入れる。戦槌は魔煌晶を採掘する時にツルハシとして使うので、柄として取り付けた鉄パイプは、槍のものより倍ほど長くなっている。

 人造筋肉とワイヤーロープを結び付け、逆の端を槍の柄に繋ぐ。これで魔力を流し込まれ人造筋肉が縮むと、ワイヤーロープが鉄パイプの中に巻き込まれ、槍と戦槌が合体する。

「合体か、何か響きがいいな」

 本来なら魔力供給タンクやスイッチも組み込んで、スイッチ一つでワイヤーロープが巻き込まれるのだが、時間がないので自分で魔力を流し込んで代用する。


 静かだと思っていたら、モモカは樽に腰掛けて眠っていた。蔵の中にソファーの一つも必要かもしれない。


 右手に戦鎚、左手に槍を持って振り回してみる。武器としてのバランスは今一つで調整が必要なようだ。鉄パイプの中に魔力流し込むとワイヤーロープがスルスルと鉄パイプの中に吸い込まれ、戦鎚の柄と槍の柄が一つになる。

 その状態で新しい武器を振り回してみると片方ずつ使うよりはバランスがいい。


 夕方になったのでモモカを起こし母屋の方へ行く。店仕舞いしたアリサが戻って来ていた。その顔から推測すると、あの魔煌晶が結構売れたらしい。

「店は問題なかった?」

 エイタの問いに、アリサは軽く頷き。

「ええ、エイタさんから仕入れた魔煌晶は半分くらい売れたわ。明日には売り切れになるんじゃないかしら」

「それは凄いな。ところで蔵に傀儡馬と傀儡ポンプが有ったんだが、どういうシロモノなんだ?」

 アリサが顔を顰める。思い出したくもなかったようだ。

「ああ、あれね。父が大量に仕入れて売れ残ったり、不良品として戻って来たりしたものよ」

「あの傀儡馬は不良品だったのか」

「お兄ちゃん、あの馬が不良品だと動かないの?」

「いいや、ちゃんと直せば動くようになるよ」

 モモカがニッコリする。


「エッ、動くようになるの?」

 アリサが驚いている。エイタの経験から言うと、何らかの問題の有る傀儡馬の九割以上が人造筋肉の不具合と導線の切断である。

「たぶん大丈夫だろ。一体修理して動く所をモモちゃんに見せたいんだけど、いいか?」

「もちろん、いいわよ。何なら三体とも修理して」

 エイタは呆れた。アリサが自分に都合の良い事を言い出したからだ。修理したら店で売るのだろう。


「無料でとは言わないわよ。修理してくれたら売値の一割を支払うわ」

「修理に掛かった費用は?」

「もちろん、私が出します」

「判った修理しよう」

 その後、修理した三体の傀儡馬は、二体を金貨十五枚ずつで売り一体はヴィグマン商会で使う事になった。モモカは動く傀儡馬を堪能し満足した。


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